蝶々炎舞

まさみ

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十八話

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『馴染むまで小一時間かかると思ったが、淫売の褥のように節操なく受け入れたな。俺たちは相性がいいらしい』
「ひっぺがすで」
『案内人の離脱は痛手だろ』
「いちいち喩えがやらしいねん、ぞわぞわする」
首の後ろから直接脳裏に響く声に苦い顔で黙り込む。
他家の術式を組み込んだ化身を宿すのは異物に寄生されるのと同じこと、並の術師は拒絶反応を示す。「慣らし」を経験した茶倉だから耐えられた。
多聞も茶倉の辛抱強さには感心していた。
『よく平気なふりができる』
「こちとら貫通済み、とっくに破瓜はかされとる」
『きゅうせんにか』
「……」
『わかりやすい。玄はどうだ』
「なんでアイツの名前が出てくんねん」
『ヤッたんじゃないのか』
呆れた。
「小学生と中学生やぞ、ナニ想像しとんねん」
『あれから会ってないのか』
「ジブンを負かした相手のこと、やっぱ気になるか」

稚児の戯で多聞を倒したのは準決勝で当たった玄だった。
黒い蝶が澄ました声色で吐き捨てる。

『所詮は野蛮な山猿と見くびっていたのは認める。腐っても役小角の末裔ってところか、まんまとやられたよ』
「舐めプして返り討ちとか最高にださかったで」
『お前の敵討ちって大義名分を与えたのは失敗だった。どれだけボロボロにしても倒れないんで、しまいには殺す気で式を飛ばした』

多聞は玄を半殺しにした。
しかし玄は倒れず、最後まで地面を踏み締め、根性の勝利をもぎとった。

積年の恨みがぶり返し、揺らめく蝶が気炎を吐く。

『大人しく慰みものになってりゃよかったのに』

天幕を張った境内に跪く、玄の姿が瞼に結ぶ。

『玄をたらしこんで、仇をとってくれって焚き付けたのか』

わざとらしくため息を吐き、冷ややかな嘲笑を浴びせる。

「お前の敗因は慢心や。しょうもない嫌がらせや脅しに精出す時間を鍛錬にあてたらええもんを、配分間違えたな」

仕返ししてくれなんて頼んでない。玄が勝手な負い目を抱いて多聞を叩きのめしたのだ。

茶倉の見解を高飛車に撥ね付け、蝶が蠢く。
『稚児の戯筆頭の栄誉は御厨が手にするはずだった』
「うざ、まだ根に持ってんのかい」
『番狂わせなど誰も望まん。なあ練、お前が優勝して誰が得をした?世司は頭をなでてくれたか』
「ほっとけ」
『神聖な闘技の場を穢したな』
「居残りなんぞせずはよ荷物纏めて帰ればよかったんや、全部見届けてこいて親に言われたんか」
『お前は「わざと」きゅうせんをけしかけた、俺たちを皆殺しにする魂胆だったんだ。うまいこと考えたもんだ、稚児の戯の最中に起きた事故なら罪に問われん、何もかも化け物のせいにして知らんぷり決め込める』
「妄想が過ぎんで。血と肉散らかしたら始末が大変やん、詩織さんに迷惑かかる」
皮肉っぽい笑みを片頬に刻んで言えば、多聞がまた一段冷え込んだ声色で指摘する。

『笑ってたぞ、お前』

茶倉が真顔になる。

『障子の向こうできゅうせんと交わってた時と同じ、おぞましい笑い顔だ』

稚児の戯の記憶は決勝戦で途切れている。気付いた時には子供たちは逃げ惑い、玄はへたりこんで失禁し、多聞は右の眼窩から流血していた。

血反吐の泥濘で悶絶する少年少女。
破竹の勢いで地面を掘り返し、暴走するきゅうせん様。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、ただ一人たたずむ茶倉。

『玄とデキてるのか。助手ともヤッたのか。本命はどっちだ』
千里眼の蝶が囁く。

「どっちもただの腐れ縁や」
腹がじんと熱を持ち、前屈みに片腕を回す。茶倉の怒りに反応し、きゅうせん様が目を覚ます。
『化け物が妬いてる』
「うるさい」
『生理痛か』
「殺すぞ」
額に脂汗が滲む。
壁に凭せた肩がずり落ち、片方の膝が頼りなく泳ぐ。
『嗚呼すまない、陣痛と間違えた。ここで産むのか?』
「きゅうせん様に食わすで」
皮膚がぴんと引き攣れ、密やかに産毛がそよぐ。
『なんでまだ「様」付けなんだ?』
「……っ」
『お前を破瓜した醜い化け物を様付けで敬うのは何故だ』

胎動が強まる。
うなじが灼ける。

『当ててやる。怖いんだろ』
「癖がぬけへんねん。きゅうせんは俺の下僕、手足と一緒や」
『自由自在に動かせる幻肢ってわけか。蜥蜴のしっぽみたいに切ったら生えてくるのか、断面はどんな色だ、瑞々しい肉色か。剥けた陰茎と同じ―』

歌い上げるような挑発に憎悪が爆ぜた。

四肢に根差した触手が鼓動に合わせて脈打ち、みちみち畝を盛り上げうなじに回り、肉と肉の間を縫って疾走るのを封じ込む。

「生餌になりとうないなら言葉を選べよ、瞬殺されたいんか」

瀬戸際で踏み止まり押し返す。
ミミズの節に似て太い肉瘤が脈動し、赤黒い畝がずくずく伸び縮み、背中の傷痕に収斂するように萎んでいく。

多聞の分身などその気になればすぐ消せる、きゅうせん様に命じて食い殺せる。
生かしておくのは使い道があるからだ。

『別れが惜しけりゃ飼われてやろうか』
お喋りな痣が後ろ襟にもぐり、皮膚にくるまれた肩甲骨を吸い立て、背筋と臀部のくぼみで羽ばたく。
『醜い背中だな。折檻されたのか』
「覗き見は金とるで」
『行きすぎた躾で被虐趣味に目覚めたか』
奥歯で力んで殺意を御す茶倉をよそに、多聞が化けた蝶は傷痕一ツ一ツに接吻し、踊るように下肢へ行く。
ズボン越しではなく、今度は剥き出しの。
「っ……は……、」
袖口に迷い込んだ蝶と違い、生きた痣は追い出せない。
打ち交わされる翅の震えが甘痒い疼きを広げ、筋肉に守られてない膝裏や内腿に官能のさざなみを巻き起こす。
『痛みを快楽にすり替えるのは淫乱の才能だ。調教し甲斐がある』
蝶が飛ぶ都度さざなみが立ち、ぬるい愛撫が産毛を逆立て、肌全体が性感帯に張り替えられる。
「やめ、ろ、いうとるやろ、ッぁ」
多聞が遠隔操作する蝶に嬲られ高まる一方、ありったけの理性をかき集めきゅうせん様を押さえ込む。
「自分で行き来できるなら人の体借りることないやろ、ひらひら飛んで付いてこい!」
『運んでもらうほうがラクだ』
しっとり汗ばむうなじに痣を浮かべ、多聞が飄々と仕切り直す。
『結界の綻びをさがすぞ』
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