少年プリズン

まさみ

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五十話

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 空高く舞い上がったナイフが鍵屋崎の死角に急降下する。
 鍵屋崎は気付かない。サーチライトを反射したナイフがぎらりと輝き、無防備な頭上を急襲しても―
 ん?違和感を感じ目を細める。鍵屋崎の背後で何かが動いてる。長身痩躯の人影だ。闇に紛れて忽然と鍵屋崎の背後に現れたそいつが腕を一閃、ぼーっと突っ立ってる鍵屋崎のこめかみを掠めるように木刀が撓る。
 ガキン、耳底を揺する鈍い音と同時にメガネとナイフが弾け飛ぶ。
 鍵屋崎を背に庇い仁王立ちしたその人物は……
 「サムライ?」
 「無論だ」
 意外そうに叫んだ鍵屋崎に応じたのは無愛想な返事。仏頂面のサムライが隙なく木刀を構え、闇の帳越しにこちらを睨みつけている。ちぇっ、残念。もう少しでジャマな日本人を消せたのに。
 まあいいや、時間稼ぎはできた。
 コンクリートの手摺に腰掛けた僕の視界の端々に退避し、闇に紛れて敵の動向を窺っていたのは北棟の生き残り、狂える皇帝サーシャの忠実なる家臣たち。レイジに膝を屈したサーシャの姿を目の当たりにして怒り心頭に発した彼らがじりじりと屋上中央に固まった四人との間合いを詰めてゆく。
 攻撃は唐突だった。
 獣じみた咆哮を皮切りに、怒涛をうってレイジたちへと突撃してゆく北棟の生き残り。北から南から東から西から前後左右から、全方位の視界を塞いで一斉に攻めてきた少年たちに足取り軽く応戦するレイジとサムライ。それぞれがロンと鍵屋崎を背に庇うかたちで相対した敵を屠ってゆく。よどみない動作で木刀を振り、的確に急所をついてゆくサムライ。人体の中心線を狙い、柔軟に蹴りをはなつレイジ。たった二人、たった二人の男に数では倍に比する少年たちが圧倒されている。
 攻撃が緩んだすきに摺り足で移動、互いの死角を補うために背中合わせに立ったレイジとサムライの傍らで危うげに地面を探っていたのは鍵屋崎。木刀にはじかれたメガネを見つけ、いそいそと拾い上げる。ふたたびメガネをかけた鍵屋崎と偶然目が合い、おかしさがこみあげてくる。
 「リョウ!お前、サーシャになにか弱味でも握られてんのかよ?そこまで義理立てする理由ってやつを教えてほしーな、二百字程度で」
 「二百字もいらないね。サーシャは上客だ。僕はまだ彼から報酬をもらってない。このまま君たちを帰せば永遠に報酬がもらえなくなるー……」
 すうと深呼吸した僕を見て、馬鹿にするようにレイジが笑う。
 「アフターケアは万全ってか」
 「レイジさ、誤解してない?野郎の下で股開くのだけが僕の仕事じゃないんだよ」
 心外だ。囚人・看守相手の売春は僕が数多く持ってる顔のひとつにすぎない。もったいぶって四本指をたて、続ける。
 「サーシャは君のことを憎んでる。そりゃもう手段を問わず亡き者にしたいほどに。そりゃそうだよね、サーシャの混血嫌いは有名だもん。とくにアジアの血が混ざった奴なんて人間として認めてないね、家畜以上犬以下ってかんじ。そんなサーシャにとって東棟の王様は目の上のたんこぶなわけよ、君がいる限りブラックワークの覇者になることはできないもんね。北棟・南棟・東棟・西棟……東京プリズンを構成する四つの棟にはそれぞれトップがいて、東西南北それぞれの棟をシメてる四人+その四人に継ぐ腕自慢の実力者のみが栄えあるブラックワークのリングにあがれるわけだけど」
 「よっ」と反動をつけて手摺からとびおり、ぶらぶらと屋上を歩く。
 「レイジ……君が入所してからというもの、殆ど番狂わせが起きなくてみんな退屈してるんだ。そりゃ下位グループはめまぐるしく変動してるけど、上位陣の顔ぶれは毎回ほぼおなじ。下克上こそブラックワークの醍醐味っしょ?負けた奴はトップの座から退き、首領の座を譲る。それが東京プリズンの暗黙の掟なのに君ときたら何年一位を独占すれば気が済むのかな?さすがにちょーっと図々しすぎない?」
 屋上中央で歩みを止め、挑発的にレイジを覗きこむ。
 「サーシャがキレても無理ないよ」 
 「どうでもいいけどリョウ」
 すれ違う間際、吐息に絡めてささやいた台詞にかえされたのは不敵な笑み。
 「二百字超えてる」
 「……うっわー、やな性格」
 顔がひきつるのはおさえられなかった。
 ポケットに手をつっこみ、スキップするように後退。視界の端で銀の頭が起き上がるのを確認し、声をはりあげる。 
 「ハイ、時間稼ぎおしまい。復活の時間だよ、皇帝」
 「「!」」
 ナイフを手に立ち上がったサーシャに一同の視線が注がれる。
 「―しぶといね、本当」
 自分が投げ捨てたナイフを握り締め、幽鬼じみた瘴気をまとって復活したサーシャにレイジがうんざりと顔をしかめる。
 「下賎な雑種に慈悲をかけられるなど、北の皇帝の名誉にかけて断じて許せん」
 「命の恩人に感謝するフリくらいはしろよ」 
 「恩人?これはたとえ話だが……一匹の犬がいたとする。血の汚れた雑種だ。その犬が飼い主に噛み付いたとする。それがたまたま喉笛でなく足首だった。さて、飼い主は『喉笛ではなく足首に噛み付いてくれてありがとう、お前は本当にやさしい良い犬だ』と感謝すると思うか」
 「Oh my god」
 情けない声をだしたレイジに歩み寄ったロンが、地面に落ちていたナイフを拾い上げる。さっき僕が投げたあのナイフだ。
 「レイジ。もういい、めんどくさい。決着つけろ」
 「いいのか?お前、俺がとどめ刺さなくて安心したんじゃねえの」
 「お前らのような殺人狂と一緒にすんな、今だって血なんか見たくねえよ……けど、むこうに引き下がる気がないならケリつける方法はこれっきゃねえだろ。第一、俺は眠いんだ。明日も強制労働がある。お前らブラックワークの特権階級は試合日以外やりたい放題好きに過ごせていいだろうけど、こちとら庶民階級はそうはいかねえ。東京プリズンでラクできるのは王様だけだ。俺は庶民だから、睡眠時間削ってまで王様の茶番に付き合わされるのはこりごりだ」
 手渡されたナイフをもてあそびながら眠たげな顔のロンを見つめていたレイジの口元が綻び、好戦的な眼光が強まる。生き生きとした顔のレイジをあきれたように眺め、釘をさす。
 「後腐れなく今この場で、一対一で決着つけろ。でも、できれば殺すな」
 ロンから手渡されたナイフをじっくりと見下ろし、サーシャへと向き直る。手にしたナイフを握りなおし、臨戦態勢に入るサーシャ。
 四隅にサーチライトが輝くコロシアムで、王と皇帝の頂上決戦が始まろうとしている。

 「OK, let's fight(殺るか、皇帝)」
 「望むところだ、サバーカ」
 
 「さて、こっちはこっちで殺ろうか」
 どっちが勝つのか見届けたい気持もあるけど、こっちはこっちで後腐れなく決着つけとかなきゃね。
 ポケットに指をひっかけて振り向く。サムライ、ロン、鍵屋崎。北棟の残党に取り囲まれ、身動きできずに追いつめられた三人を少し距離をおいて眺め、口の中だけで呟く。
 「Fack Faight」
 まず動いたのはサムライだ。
 サムライが腕を一薙ぎし、木刀が虚空を走る。打ち下ろされた木刀が鎖を叩いた刹那、輪だけ残して脆くも壊れてちぎれとぶ手錠。
 卓抜した手品のようにあざやかな光景にあんぐり口をあけたロン、驚きに目を見張った鍵屋崎から周囲を取り巻いた敵へと視線を流し、サムライが言う。
 「鍵屋崎、目は見えるか」
 「眼鏡をしてるからな」
 なにを当たり前のことを、と完璧ひとを見下した調子でかえした鍵屋崎の方は見ず、サムライが断言する。
 「それならば、俺の背を掴まなくても自分の身くらいは守れるな」 
 サムライが木刀を振り下ろすのと、鍵屋崎が殴り倒されるのは同時だった。
 二人同時にとびかかってきた少年を難なくさばきながら間合いをとるサムライ、奇声を発して殴りかかってきた少年の脇腹に鋭く蹴りを入れるロン。腕に覚えがある二人は問題ないとして、暴力沙汰とは縁のない環境でぬくぬく育ってきた鍵屋崎はなかなかダメージを回復できず、コンクリートに仰向けた姿勢で苦しげにもがいていたが、顔面めがけて今まさに拳がうちこまれんとした瞬間に膝を跳ね上げ、胴にまたがっていた少年を振り落とす。逆上した少年が突進してくるのにあわせて後退、手摺を背にして待ち受けると見せかけておもいきり頭を屈め、前傾姿勢をとる。
 「ぎゃああああああああああ!?」
 手摺を乗り上げた少年の悲鳴が夜闇に響き渡る。
 「慣性の法則だ」
 手摺のむこうを見下ろし、鍵屋崎が捨て台詞を吐く。
 「力がはたらくと物体の運動のようすが変わる。逆にいうと、運動のようすが変わった物体は必ず力を受けたことになる。要するに力がはたらかないときは速さや向きが変わらない、ということだ」
 わけがわからない。
 息をきらして駆けつけてきたロンと二言・三言交わし、再び敵とまみえる。なんだアイツ、ひよわな日本人だとバカにしてたらなかなかやるじゃん。八割は偶然の産物だろうけど。
 なかなかどうして健闘してる鍵屋崎からサーシャたちへと視線を戻すと、こちらはこちらで白熱していた。
 最も、ふたりが動く気配はない。互いに互いを見つめたまま、微動だにせずその場に立ち竦んでいるのだ。隙をついて攻撃しようにも隙がなくて動くに動けない、そんなかんじ。 
 ただ、二人を取り囲む空気の密度だけが何十倍にも膨張したかのような錯覚を受ける。
 重苦しい沈黙を破ったのはレイジだった。
 「北のガキどもは全滅だ。お前も降参したらどうだ、皇帝」
 「痴れ者が。その口に私の靴を舐める以外の用途は認めん、愚にもつかん戯言は聞き飽きた」
 「舐めるより舐めさせるほうが好きだな、俺は」
 軽口の応酬を済ませ、相対する王と皇帝。サーチライトに導かれて大股に歩を詰めるサーシャをリラックスして待ち受けるレイジ、その顔には終始ひとを食ったような笑みが浮かんでいる。
 「べつにここで決着つけなくても、二日だか三日後には正規のリングで片がつくんだぜ」
 「ブラックワークのリングで、満場の囚人が見守る中で、か?お前のような血の汚れた男を神聖なリングにのぼらせるなど、考えただけで虫唾が走る。あまつさえ、お前のように下等な猿の血が流れた男と同じリングで戦えと?褐色にくすんだ肌と薄汚れた茶の髪のいやらしい混血児と同じリングの上で戦い、自ずから囚人の見せ物になれと?反吐がでる提案だな」
 「一対一で俺に勝つ自信がねえから、客の前でみじめに吠え面かくのがいやだから、試合前に集団リンチなんて卑怯な手使ったんじゃねえの?」
 「お前とおなじリングに上がるなど、満場の客の前で野犬と交尾しろと言われているようなものだ」
 「皇帝のプライドが許さないってか」
 「賢い犬だ」
 接触の寸前、ナイフが大気を裂いた。
 レイジの前髪をかすめたナイフが白銀の弧を描いて戻ってくるのを待たず、続けざまに攻撃を繰り出すサーシャ。一直線に心臓を狙って繰り出されたナイフを体前に掲げたナイフの刃で受け止め、レイジが笑う。
 「犬じゃねえっつの」
 細い腕の下でねじりあわされた筋金の筋肉に物を言わせ、力づくでナイフをおしこんでくるサーシャに右腕一本で対抗しつつ、レイジが口を開く。
 「R(アール)」
 サーシャのナイフが頬の薄皮を裂く。
 「A(エー)」
 右腕を切り裂こうと斜め上方から振り下ろされたナイフをナイフの背で弾き、サーシャの懐にもぐりこむ。
 「G(ジィー)」
 サーシャに後退する間を与えずにナイフを跳ね上げる。下顎が切り裂かれ、血が飛び散る。
 「E(イー)……レイジ。それが俺の名前だ、おぼえとけ」
 狂気にくまどられた微笑を浮かべたレイジがサーシャの防御が綻んだ隙に鋭くきりこみ、その心臓を抉るべく電光石火の速度でナイフを突き出す。サーシャは素早くこれに反応した。あざやかに手を翻し、ナイフの柄でレイジの手の甲を叩く。レイジの腰が前に泳いだその瞬間、無防備な頭上めがけてナイフを投げ上げる。
 「看上部!(上だ!)」
 ロンの声を拾い上げ、流れるように前転の姿勢に移る。前転から起き上がり、コンクリートの地面に投げたナイフを掴む。
 「愛してるぜロン!」
 「前を見ろ!!」
 レイジが正面を向いた時にはわずか1メートルの距離にまでサーシャが迫っていた。
 「私は認めん。お前のような下賎な混血児が私の上に君臨するなど、断じて認めん」
 うわ言のようにぶつぶつ呟きながら疾走してきたサーシャの目は完全にイッていた。僕が打ったクスリが全身にまわり、現実と妄想の境がつかなくなってるらしい。アイスブルーの目に狂気を宿し、飛ぶようにコンクリートを蹴って迫りきたサーシャと対峙し、レイジが目を瞑る。
 こんな時に目を瞑るなんてなにを考えてるんだ、ぼくらの王様は。まさか、勝負を投げたのか?
 そういぶかしんだ僕の目の前、瞼を下ろして瞳を隠し、レイジが呟く。
 『主よ。王をお救いください。私が呼ぶときに私に答えてください』
 今度はぼくにもはっきり聞こえた。
 『Amen』
 「王よ、みじめに死ね」
 祈りの文句に被さったのは風鳴りの音と非情な宣告。綺麗な弧を描いてレイジの首筋へと吸いこまれたナイフの刃に目を奪われる。レイジの頚動脈が断ち切られて噴水の如く血が噴き出すまぼろしを見た気がしたけど、かわりに夜空を舞ったのは何かきらきらしたもの。
 サーチライトが眩く照らす中、紺青の夜空に舞った黄金の粒子の正体はレイジの首からちぎれとんだ金鎖のかけら。紙一重でナイフを避けた拍子に首からさげていた金鎖が切断され、金鎖の先にぶらさげていた十字架ともども宙に旋回する。
 傍目には偶然としかおもえない奇跡が起こった。
 空中にてサーチライトの光を反射した十字架が眩く輝き、その光線が今まさにレイジの息の根をとめようとしていたサーシャの目を射る。たまらず目を覆って後退したサーシャへと肉薄、頭上に片手を上げて金鎖の切れ端を掴み、レイジが勝ち誇る。
 「あばよ、皇帝」
 サーシャの首に金鎖が巻きつき、極限まで剥かれた目におびただしい毛細血管が浮かぶ。静脈が浮いた首を掻き毟り、くぐもった呻き声を漏らしたサーシャの体がやがてぐったりと弛緩し、コンクリートの地面に膝をついてその場にくずおれる。
 「お前の敗因を教えてやるよ」
 自分の足もとに倒れこんだサーシャを見下ろし、哀れみ深くレイジが諭す。
 「ひとつ、ナイフの扱いに長けてるのはお前だけじゃない。ふたつ、俺は身につけてるものこの場にあるもの、すべてを武器にできる。みっつめ……これが決定打だ。お前はアマチュアで、俺はプロだ」
 サーシャはアマチュアで、レイジはプロ。
 どういう意味だかよくわからなかったけど、これだけは言える。僕はこの目でばっちり見ていた。頚動脈を狙ってくりだされたナイフを避けたとき、レイジが首からさげていたネックレスの金鎖がちぎれとんだのは決して偶然などではない。ナイフの方向、速度、位置、法則。それらを全部踏まえた上でサーシャのナイフが金鎖を切り裂くよう計算し、レイジは首を倒したのだ。
 サーシャの完敗だ。
 「レイジ!」
 手をつかねて傍観していたギャラリーがはじかれたように駆け寄ってくる。レイジを無視してサーシャの脇に屈みこみ、息があることを確認したロンがあからさまにホッとする。失神したサーシャを取り囲むように集まりだした四人を眺め、コンクリートの屋上を見回す。周囲には死屍累々と北の少年たちが倒れていた。皆意識を失っているだけで息はあるようだ。
 「―ひとつわかったことがある。ブラックワークについてだ」
 視線の先で鍵屋崎が口を開く。
 「サーシャ及び北棟の少年たちの言動、レイジ―すなわち君の言動を総合した結果、導き出される結論はひとつ。ブラックワークとは東京プリズンの暗部―おそらくレイジ、君が担当しているブラックワークは囚人たちに息抜きの娯楽を提供するのが目的の部署。リョウの言葉から推測すれば、東西南北四つの棟のトップとそれに継ぐ腕自慢の実力者だけがこのブラックワークに配属されるらしい。つまり……」
 「バトルロワイヤルさ」
 鍵屋崎の語尾を奪ってネタバレ。四人の視線が僕に向くのを待ち、ひょいと手摺からおりて屋上中央へと歩み寄る。
 「さすがだね眼鏡くん、その眼鏡が伊達じゃないってのも今なら頷けるよ。君の言うとおり、ブラックワークの存在理由は囚人どものガス抜き、東京プリズンのエンターテイメント担当、これに尽きる」
 「なぜだ?なぜ刑務所にそんなものが……」
 理解に苦しむという顔つきの鍵屋崎を哀れみたっぷりに見つめ、わざとらしく両手を広げてみせる。
 「眼鏡くん忘れてない?ここはただの刑務所じゃない、最低最悪のブタ箱と名高い東京プリズンだよ。とうぜん収容人数だって他に類を見ず、日本全国から集められてる札つきのワルばかり。そんな連中が日々の強制労働でストレスためてぷっつんきて暴動起こしちゃったらどうする?上からの圧力で抑えるにも限界があるっしょ。だいたい数が半端じゃないからね、万一そういう事態が起こったときに看守と囚人の力差が逆転しないともかぎらない。だから上は一計を案じたわけさ。囚人にも娯楽が必要だろう、適度な息抜きが必要だろうって。それで設置されたのがブラックワーク。三度の飯より喧嘩が好きで、それが高じて刑務所にぶちこまれたオツムの悪いガキどもにはうってつけのショウってわけ。ルールはなんでもありのバトルロワイヤル、どんな手を使っても勝てばいいってのが公然とまかりとおってる共通認識。で、日頃うっぷんをためこんでる囚人どもはブラックワークの試合観戦で憂さを晴らしてせいせいして房に戻ってゆく、とまあこーゆーわけ」
 「そのわりにはリンチやレイプが横行してるみたいだが」
 やれやれ、飲み込みが悪い。さっきも言ったじゃないか、「ここをどこだと思ってるの?」と。懐疑的な口調で指摘した鍵屋崎に苦笑いし、僕は続ける。
 「こうは考えられないかな?ブラックワークがあるから『この程度』で済んでるんだ、と」
 後は頼んだよとレイジに視線で乞うと、我らが王様は親切にも説明を引き取ってくれた。  
 「ブラックワークがなかったら、今頃キーストアなんて手足の健切られてケツ掘られて捨てられてる頃だぜ。お前が今日まで生き残ってこれたのはブラックワークのおかげだ」
 「ブラックワークは上・中・下の三つに分けられると聞いた」
 「そこまで知ってんのか」
 レイジが驚きの表情を浮かべるのを無視し、鍵屋崎が繰り返す。
 「『上』はわかった。『中』と『下』はなんだ」
 世の中にはしらないほうがいいことがたくさんある。わざわざ好き好んで開かずの扉を開けることもないのに。 
 詮索好きな鍵屋崎に内心あきれつつポケットを探り、一枚のコンドームを握り締める。鍵屋崎の隙を狙い、手の中のコンドームをぽいと投げる。
 「『中』は売春」
 反射的にコンドームを受け取った鍵屋崎が目を丸くする。
 「刑務所の中で公認売春が行われているというのか?」
 上擦った声で叫んだ鍵屋崎に首を竦め、食えない笑みをたたえる。
 「そう、公認売春―まさにそれだ。上だってもちろんこのことは知ってる。いいかい、ブラックワークは必要悪なんだよ。闘技観戦でストレスを発散し、公認売春で性欲を解消する。そうすれば看守の目の届かないところで行われるリンチやレイプも多少は減るし、犯られるほうだって持ち回りの義務だとおもえば諦めがつくっしょ。念のため言っとくけど、今日まできみが処女を守りとおせたのはブラックワークの売春夫たちの存在あってこそだよ。彼らがいれば、囚人の大半は腕づくで新入りを犯そうなんて気は起こさない。抵抗してくれなきゃ燃えない、反抗してくれなきゃ燃えないって、はねっかえりの新入りのケツばっか追っかけてる凱みたいな物好きもなかにはいるけどさ。で、『下』だけど」
 「―もう、いい」
 さらに続けようとした僕をさえぎり、鍵屋崎がうなだれる。言わなくても察しがついていたのだろう、唇を引き結んでうつむいた鍵屋崎の顔には形容しがたく複雑な表情が浮かんでいた。
 「『下』の仕事は死体処理だろう」
 絞りだすように呟いた鍵屋崎を見て、にっこりとほほえむ。
 「ご名答」
 きみの言う通り、ブラックワーク『下』のお仕事は死体の運搬と処理だ。
 さっき東棟の裏手で目撃したリュウホウも、おそらくブラックワーク『下』に属しているのだろう。僕には半ば察しがついていた。凱たちにリンチされたダイスケの死体を見回りにきた看守が見つけ、ブラックワーク『下』の囚人を叩き起こす。ダイスケの死体がほかの囚人に見つかって騒ぎになる前に、腐敗して蝿がたかりだす前に密やかにここから運び出すようにと命じられたリュウホウはその言葉に従い、二人一組で組まされた囚人と協力してダイスケの死体をゴルフバッグにつめこむ。
 なぜ二人一組で行動するのが原則の『下』のリュウホウがあんな時間にひとりでほっつき歩いてたのか謎だけど、おおかたうじうじじめじめした性格が災いし、相棒と喧嘩して放り出されるかしたんだろう。
 同じジープで運ばれてきた囚人のうちひとりは死亡、もうひとりは東京プリズンでも最悪の任に就かされて。
 右手薬指と瞼の上を怪我しただけで済んだ鍵屋崎は、三分の一の確率で自分が生き残ったという自覚があるのだろうか。
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