少年プリズン

まさみ

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百九十七話

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 「あははははははっ!」
 やばい、面白すぎる。ツボにはまった。
 双眼鏡を構えた僕の視線の先ではこれ以上ない仏頂面のレイジと憮然としたサムライとが握手してる。お互い気が乗らないがサムライの側じゃ鍵屋崎が、レイジの側じゃロンが睨みを利かせてるから妥協して手を握ってるんだけど二人とも嫌がってるのが見え見えだ。大人げないったらない。
 足をばたつかせておなかを抱えて、地下停留場を埋めたその他大勢の囚人と同様に爆笑していたらバランズを崩してあわやバスの天井から転落しかける。
 『Danger!』
 視界がぐらっと傾いで体が浮遊感に包まれて、あ、落ちちゃう落ちちゃうと焦った僕の手を引っ張り上げてくれたのはビバリーだ。バスから転落寸前に僕を引き戻してくれた命の恩人のビバリーが安堵に胸を撫で下ろす。
 「リョウさん、あんた何回落っこちれば気が済むんスか」
 「落っこちなかったんだからいいじゃん。それに僕が安心して落っこちられるのはいつでもビバリーが引っ張り上げてくれるって信頼してるからだよ」
 茶目っけたっぷりにウィンクすれば、反省の色のない僕にあきれかえったふうにビバリーが首を振る。やれやれとお手上げ状態のビバリーをよそに再び双眼鏡を構えて目をくっつける。会場を爆笑の渦に巻き込んだ当の本人たちはいまだ脚光降り注ぐリング上で晒し者になっていた。
 ロンに命令され鍵屋崎に威圧され、渋々不承不承握手を交して仲直りに至ったレイジとサムライだけど、まだ完全にはわだかまりが払拭できないらしくお互いばつが悪そうにしてる。何百何千の大観衆の注目の的、野次と喝采が喧しく飛び交う中で握手を強制されたのだから気恥ずかしさで顔から火がでてもおかしくない状況だ。実際、遠く離れたバスの上から双眼鏡を覗いてもレイジの顔が赤らんでるのがわかるし、注意してよく見ればサムライも眉間に縦皺を刻んでいる。
 ロンと鍵屋崎に監視され、見渡す限り地下停留場を埋めた大観衆にやんやと囃し立てられ、レイジとサムライがやけくそで握手する光景を堪能してから双眼鏡をおろす。もう我慢できない、もっと近くに行きたい。この距離からじゃ声が聞こえない、レイジ達が何を話してるのか猛烈に気になる。双眼鏡の性能がいいから試合観戦するぶんには何の問題もないけど、バスの上の特等席じゃ会話が聞こえないのが難点だ。
 「僕ちょっと行ってくる!」
 「行ってくるってリョウさん無茶な、潰されちゃいますよ」
 「失礼な、ひとをありんこみたいに」
 ビバリーの失言に憤慨する。そりゃたしかに僕はちびだけど人に踏み潰されるほどじゃない。ふくれ面でビバリーを睨みつけ、双眼鏡の紐を首に通して胸にぶらさげる。バスの窓枠に足をかけ、足を踏み外さないよう慎重に下りる。足裏に衝撃、地面に着地。ちびにはちびなりの利点がある、小柄で身軽なのが僕の取り柄だ。
 ビバリーをバスの上に残し、一散に駆け出す。胸の双眼鏡を弾ませ人ごみの喧騒に飛びこめば後ろから「ちょ、待ってくださいっス、放置プレイはごめんっスよ!」とビバリーの狼狽した声が追いかけてくるけど無視無視。一度ならず命を救ってくれた恩人に対して酷い仕打ちだと自分でも思わないでもないけど僕をちび呼ばわりした恨みは根深い。
 それはそうと、面白いことになったぞ。
 人ごみをすりぬけて走りながら自然と頬が緩むのをこらえきれない。レイジとサムライに続いて鍵屋崎とロンがペア戦参戦を表明するなんて予想外の展開だ。現在、地下停留場には東京プリズンの人口の約八割が集まってる。何百何千の大観衆の前でペア戦参戦を表明したらもう後戻りできない。ロンが言ったこと、鍵屋崎がしたことには取り返しがつかないのだ。もし今さら前言撤回なんかしたら怒り狂った囚人にリンチされた末に殺されるのは確実。
 鍵屋崎とロンは自力で運命を打破するつもりが、最悪の選択肢を選んでしまったのだ。
 レイジとサムライならともかく、理屈をこねるしか能がない鍵屋崎と短気で喧嘩っ早いロンのコンビがペア戦を勝ち抜けるとは思えない。思えないけど、そんなのはささいなことだ。要は僕を楽しませてくれればいい。規則に束縛され規律に抑圧された刑務所ライフに倦み果てた囚人を、週末のお祭りで最高に楽しませてくれればそれでいい。
 「ああ、今からたのしみでたのしみでしょうがないよ!リングで裸に剥かれて泣きっ面の鍵屋崎も凱に叩きのめされてケツ掘られるロンもっ」
 こみ上げる笑みを抑えきれない。お高く取り澄ました鍵屋崎と口が悪くて生意気なロン、可愛げないふたりがリングで恥かかされて泣きべそかく未来絵図に心が踊る。リングで晒し者にされたふたりが立ち直れなくなっても知るもんか。いや、それこそ僕が期待する展開、歓迎すべき流れだ。
 すこぶる上機嫌に人ごみを駆け抜ければ、じきにリングが見えてくる。リング周辺に群れた囚人をすりぬけかきわけ何とか前に出ようとして、
 「但馬看守、話がある」
 声が聞こえてきたのは偶然だった。
 反射的に声の方に目をやれば安田がいた。鍵屋崎とロンのペア戦参戦に許可をだした後は外野に退き傍観者に徹していた安田が、冷徹な眼差しで地に這いつくばったタジマを見下ろす。
 「は?な、なんでしょうか副所長」
 なくした警棒が見つからず不安が隠せないのか、副所長直々に声をかけられて緊張してるのか。反射的に立ち上がったタジマが体の脇に腕を密着させた直立不動の姿勢をとる。囚人相手に威張りちらす平常時とは別人のようだ。そんなタジマを針の眼光で一瞥、安田が低く言う。
 「きみが無断で持ち出していたボイラー室の鍵のことだが……話ではブレーカーの不調を見に行ったらしいな」
 「はっ、そのとおりです!」
 「ここに来る途中ボイラー室に寄ってきた。なるほど、ブレーカーの故障は嘘ではなかったらしい」
 「は?はあ……」
 何が何だか意味不明といった間の抜けた顔のタジマの背後、地獄耳でこちらの会話が聞こえたらしい鍵屋崎が何故だか複雑な顔になる。要領を得ないタジマの返答にも表情を変えずスッと片手を掲げる安田。
 「しかし、『彼ら』についてはどう説明する?」
 安田が器用に指を弾けば、それが合図だといわんばかりにボロボロの集団が現れる。互いが互いを支え合うように寄り添い寄りかかって何とか二足歩行してる状態の集団に向き直り、鍵屋崎が叫ぶ。
 「無事だったのか」
 「?」
 鍵屋崎の知り合いなの?
 殴る蹴るの暴行の痕跡の青痣を顔に咲かせ、瞼を倍ほどに腫れ上がらせた囚人の集団が、鍵屋崎に声をかけられて照れ臭そうな素振りを見せる。強面の看守数名に付き添われ、一人で立てないほど疲弊した者は腕を掴まれ引きずり出されたガキどもを見て、タジマの顔から血の気がひく。
 「ここで来る途中、ボイラー室前の廊下で争っていたところを拘束した。中のひとりに事情を聞いたところ但馬看守、君が妨害工作を仕組んで100人抜きを阻止せんとしたらしいが……」
 「でたらめに決まってますよ、こんな奴らの言うこと信じるんですか安田さん!?」
 目を憎悪に濁らせたタジマが汚い唾をとばして自分の身の潔白を訴える。が、笑えるほど説得力がない。 怒りに任せてガキの一人に歩み寄ったタジマがその胸ぐらを掴む。
 「犯罪に手え染めて砂漠くんだりの刑務所にぶちこまれた社会の屑の言うことと看守の言うこと、どっちを信じるんですか?え、てめえか副所長にでたらめ吹きこみやがったのか。俺になにか恨みでもあんのかこら。それともお前か、そっちのお前か!?」
 タジマに口汚く罵倒されたガキが、乾いた鼻血がこびりつき、青痣の目立つ顔に不敵な笑みを浮かべる。
 「味見された売春夫であんたに恨みもってねえ奴なんかいねえよ」
 「!?なっ……、」
 安田の前で滅多なこと言うなという台詞が喉元まで出かけたのをぐっと嚥下したタジマが逆ギレ、胸ぐらを掴んだガキめがけてこぶしを振り上げる。
 「こんな噂を耳にしたのだが」
 ガキの窮地を救ったのは冷静沈着に落ち着き払った声。
 声を耳にした全員が安田を振り返る。一声で場を掌握する存在感といい、逆上したタジマをたちどころに萎縮させる侮蔑の眼差しといい、やっぱり格が違う。たった一声で冷水を浴びせ掛けたようにタジマの怒りを鎮めた安田が、神経質な手つきでブリッジに触れ眼鏡の位置を直す。
 「タジマ看守、君は以前にもたびたびボイラー室の鍵を持ち出してるな」
 「……な、んで知」
 「私が気付いてないとでも思っていたのか」
 「あきれたな」と嘲りをこめ、安田がため息を吐く。
 「本来関係者以外立ち入り禁止のボイラー室に、以前からたびたび囚人が出入りする光景が目撃されてな。不審に思って調べてみたら、きみが秘密裏に鍵を持ち出してるのが判明だ。ここから先は噂だが、きみは賄賂と引き換えに一部の囚人にボイラー室を開放し、人目を盗んでいかがわしい行為をするための場所を提供してるそうじゃないか」
 「なーるほど」
 密林を行く豹のような忍び足で鍵屋崎の隣にひょっこりやってきたレイジがわざとらしく驚いてみせる。
 「立ち入り禁止のボイラー室にウェルカムって連れこまれて、変だと思ってたんだよな」
 鍵屋崎の隣に立ったレイジが肩越しに振り返り、対岸に視線を投げる。金網を隔てた対岸、亡霊のように陰惨な存在感を醸してこちらを凝視するのは灰色がかって不健全な肌の男……サーシャだ。
 いつからそこにいたのか、いや、ずっとレイジを見ていたのか。
 体温を感じさせないアイスブルーの双眸に映るのは、心を感じさせないレイジの笑顔。
 「サーシャのやつ、そんなに俺と遊びたかったのか。かわいいとこあるじゃん」
 乾いた呟きで思い出す。数週間前、ボイラー室で目撃した淫靡な光景。服の内側にナイフを突っ込まれ、その冷たさとくすぐったさに娼婦の囁きに似た忍び笑いを漏らすレイジ。
 安田が婉曲に表現した「いかがわしい行為」の内容が僕にはありありと思い描ける。
 早い話、ラブホ代わりだ。
 レイジが口の端っこに指をひっかけ、サーシャに舌をだすのを横目に呟く。
 「サーシャのやつ、思う存分レイジをいたぶるためにボイラー室に連れこんだのか。タジマにかけあってまで」
 まったく、いい性格してるね。サーシャの執念深さに心底あきれた僕をよそに、安田と対峙したタジマは絶体絶命の窮地に立たされていた。裏工作と裏商売が露見し、はては倒錯した性癖まで暴露されて精神的に追い詰められたタジマが血走った目であたりを見まわすが、これまで散々タジマに酷い目に遭わされてきた囚人たちは誰一人として手をさしのべないどころか「ざまあみろ」とわんばかりの嘲りの表情を浮かべてる。
 タジマに同情する人間は一人もいない。タジマを弁護する人間は一人もいない。
 「いい気味だ、タジマの豚が」
 「自業自得だ」
 「イエローワークで殴られた痣がまだ消えねえ」
 「今までさんざんやりたい放題やってきた罰だ」
 「こんどはお前が痛い目に遭う番だ」
 「お仕置きされる番だよ」
 「~~~~~~~!!っ、」
 リング周辺に黒山の人だかりを成した囚人が自然と輪になりタジマを取り囲む。タジマの破滅を心の底から喜ぶ哄笑と嘲笑が渦巻く中、ストレス発散と警棒でぶちのめしてきたガキに後ろ指をさされ、性欲解消の公衆便所扱いでペニスをしゃぶらせてきたガキにケツを蹴り上げられ四つん這いに這い、嗜虐心を満足させる「お仕置き」の名目でふざけ半分に爪を剥いできたガキに背中を蹴られ鳩尾を蹴られ。
 「~~~~~くそっ!!!!」
 盛大に反吐を戻し、顔から制服から吐瀉物にまみれて鼻の曲がりそうな異臭を放ちタジマが跳ね起きる。蹴られた鳩尾を庇い、安田に背を翻して逃走を図ったタジマの行く手を包囲する囚人たち。
 この瞬間、一分の隙なくタジマを取り巻いた囚人全員が共犯関係を結んだ。
 「話は執務室でゆっくり聞こう。事と次第によっては減棒処分は免れないと思え」
 包囲網の中心に立たされ、敵愾心と復讐心とに燃え盛る視線の集中砲火を浴び、制服の脇が変色するほど汗をかいたタジマに冷徹な宣告を下す安田。しとどに脂汗をかいた顔面に卑屈な笑みを浮かべ、何か抗弁しようと口を開いたタジマをがっちり羽交い絞めにし、人ごみの外へと連れ出したのは安田お付きの看守二人組。そのまま地下停留場の出口へと強制連行されるタジマが往生際悪く喚き散らす。
 「誤解だ俺は無実だ、なあ話せばわかるって副所長さんよ!あんた騙されてるんだよここの囚人に、ここの囚人はみんな口が上手くてこずるいから世間知らずのエリートはころりと騙されちまうんだよ。あんただってさんざん見てきただろ、東京プリズンの囚人がどんだけタチ悪いか知ってるはずだろうがよ!?たとえるなら発情期の犬だ、男同士だろうが関係なくどこでも見境なくさかりやがって……ふざけんなよ売春班のガキども躾てやった恩忘れやがって、飼い主の手に噛みついたらただじゃ」
 ―「いい加減にしたまえ!」―
 地下停留場に殷殷と響き渡ったのは歯切れ良い声。
 周囲をコンクリートで固められただだっ広い地下空間に、その声はよく響いた。地下停留場を埋めた無数の囚人が度肝を抜かれたように声の方を凝視。
 珍しく、本当に珍しく感情を昂ぶらせてタジマを一喝した安田が大きく深呼吸して心を沈静化。囚人はおろか、付き添いの看守にまでぽかんとした間抜け面で注視されてさすがに気恥ずかしくなったのか、いつもの冷静さを取り戻した安田が能面みたいな無表情で付け加える。
 「……たしかに東京プリズンの囚人の素行は誉められたものではない」
 動揺を鎮めんと眼鏡のブリッジを押さえる安田に、鍵屋崎とおなじ癖を見出して変な気分になる。ブリッジに触れた安田が意味ありげに鍵屋崎を見る。安田の視線に促されるように隣に立った鍵屋崎が毅然と前を向いてタジマを見据える。情緒不安定で危なっかしい印象がついて回った以前の鍵屋崎とは違う、恫喝に怖じることなく脅迫に屈することないどこまでも率直な眼差し。
 体の芯をサムライと共有したみたいに強い眼差し。
 そんな鍵屋崎を満足げに見下ろし、安田がかすかに、ほんのかすかに微笑む。
 「だが私は彼らの言葉を信じる。私は東京少年刑務所の執権代行者、副所長の任に就く人間。正しい者とそうでない者を見定め、正否の判断くらいはできる」
 「~~~~似合いもしねえオールバックの若造が、覚えてやがれ……」
 タジマの化けの皮が剥がれた。 
 憎憎しげに捨て台詞を吐いたタジマが、地下停留場の出口へずるずる引きずられながら声を限りに吼える。
 「調子のってんじゃねえっ、エリート気取りの若造が!砂漠の刑務所に左遷された身のくせに、出世街道外れたくせによ!いいか俺は看守だ主任看守のタジマ様だ、東京プリズンで俺に逆らえる奴なんざ誰一人もいねえって体に叩き込んでわからせてやる!!」
 はでに暴れても羽交い絞めを解くには力不足、強制退場の憂き目を見たタジマから鍵屋崎に視線を移した安田はまたいつもの無表情に戻っていた。見苦しい醜態を晒して連れていかれたタジマに呑気に手を振るのはレイジで「あばよタジマさんー、次帰って来るときゃ地獄の土産話聞かせてくれや」と笑ってる。
 ロンはといえば、リングの真ん中にへたりこんで眠っていた。残る一人、サムライはどこだろうと視線を巡らせばいつのまにリングを下りたんだかちゃっかり鍵屋崎の隣にいた。まるでそこが定位置だといわんばかりに。
 「………本当にいいのか」
 サムライが低く呟く。何のことを言ってるんだろうと訝しんだが、鍵屋崎はすぐに理解したようだ。心配性のサムライをあきれたように見上げて言う。
 「何度おなじことを言わせれば気が済むんだ?僕の参戦表明に異存はないんじゃなかったのか」
 「しかし、」
 「しかしはない」
 気遣わしげな色を目に湛えたサムライをそっけなくあしらい、こめかみを指さす。顔には不敵な笑み。
 「僕にはIQ180の天才的頭脳という武器がある。低脳どもが100人集まってペアを組んだところで負ける気はしない、それを証明してやる」
 「………強情だな」
 「君には負ける」
 「ならば俺も覚悟を決めよう」
 力強く木刀を握り直したサムライが、気高い志と強固な決意を秘めた双眸でひたと鍵屋崎を見据える。
 「地獄の涯てまで道連れになる、と」
 「………まったく、デリカシーのない男だな。地獄だ何だと幸先悪いことを言わないでくれないか。どうせ道連れになるならもっといい場所を目指したい」
 声こそあきれていたが、鍵屋崎の顔はどこか嬉しそうで。
 ああ、鍵屋崎はずいぶん変わったんだなと、僕は何だか寂しい気分になった。僕ひとりがいつまでたっても成長せずに取り残されたような、そんな気分。
 「………」
 無言で立ち竦む僕をよそに周囲の状況は刻一刻と変化する。全身に傷を負った少年たちーさっきの会話で判明したが鍵屋崎の元同僚、売春班のメンバーらしい―が、安田の的確な指示に従い、数名の看守に付き添われて医務室へと向かう。顔は青痣だらけ、他にも体じゅう至る所が生傷だらけであるにもかかわらず不思議とその顔はすがすがしく、全力を賭して何かを成し遂げたあとの爽快感が漂っていた。
 少年たちがお互い肩を抱いて医務室へ向かったあと、再びリングへと目を転じる。リングの真ん中に突っ伏したロンの傍らに屈みこんだレイジが、意識のないロンを指で突ついて「幸せそうな顔してんじゃねーよ、ばあか。キスしちまうぞ」とぼやいてる。そうやってぶつくさ言いつつもロンを背中におぶさって腰を上げる。本当、ロンにだけは特別優しい王様だ。
 鍵屋崎とサムライはまだ何か話してる。仲睦まじくて結構なことだ。
 タジマが強制連行され、売春班の面々が去り、仕事を終えた安田もまた踵を返し。疎外感を抱いて立ち尽くした僕のもとへ駆けてくるのは軽い足音。
 瞬間、僕は振り向いていた。
 「遅いよ、ビバリー。もう全部終わっちゃったよ」
 「『終わった』?」
 ビバリーが来てくれて安心したような、一人じゃなくなって嬉しいような不思議な気分をひた隠して怒ったふりをすれば、全部が終わったあとにようやっと駆け付けてきたビバリーがいたずらっぽく笑う。
 「ノーノー、違いますよリョウさん。『終わった』んじゃなくて『始まり』っス」
 「?どういうことさ」
 謎かけめいた台詞に眉をひそめ、つられてビバリーの視線を追う。リング中央、ロンをおぶさったレイジのもとへと歩み寄るサムライと鍵屋崎。
 リング中央に集まった四人を見つめ、ビバリーは宣言した。
 「今から本当のペア戦の始まりっス」
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