少年プリズン

まさみ

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ハバナトライアングル

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東京プリズンには広大な中庭が存在する。
四面をコンクリの棟に囲まれただだっ広い空間は殺風景なコンクリ打ち放しで、バスケットコート以外には設備もないが、身体を動かすのが好きな囚人には一定の需要らしく自由時間には割と賑わっている。もっとも東京プリズンの囚人はバスケと肉弾戦の区別が付かない程度の低能ぞろいなので、別にかまわないのかもしれない。彼らの大半が暴れる口実に球技を利用しているだけであって、過激なファウルで怪我人がでたらこれ幸いと乱闘に縺れこむ。
僕は中庭に縁がない。避けて通っている。自由時間はもっぱら図書室で過ごすのが日課なので、わざわざ中庭に足を運ぶ必要や目的はない。ただでさえ過酷な強制労働で消耗しているのに、貴重な休憩時間に体力を浪費したがる連中の気持ちが理解できない。不合理と非効率の極みだ。
その日本来交錯するはずのない僕とレイジの動線が交錯したのは、ある理由があったからだ。
「おう親殺し、図書室帰りだ」
「今日はどんなエロ本借りたんだ、見せてみろ」
中央棟と東棟を接続する渡り廊下を歩いている時、見るからに頭が悪そうな囚人に絡まれた。その二人組は僕の行く手を大股に阻み、因縁をふっかけてくる。
「本と猥褻物の区別も付かない低能に教える義務はないな。くだらない嫌がらせに現をぬかす暇があるなら、漢字のルビを拾い読みする作業にもどったらどうだ。少しは日本語に堪能になるぞ」
図書室で借りた本を携えてそう返せば、案の定怒り狂った囚人が僕の胸ぐらを掴んで凄む。
「なめやがって、サムライやレイジとツルんでるからって調子のんじゃねーぞ」
「アイツらがいなけりゃお前なんて即マワされて捨てられてらァ」
「自慰のあと洗ってない不衛生な手を即刻どけろ、性病が伝染ったらどうするんだ」
「この野郎!」
挑発に容易くのった一人が力ずくで僕の本を奪い、薄ら笑いを浮かべてお手玉しだす。
「返せ!」
「カント……って誰だ?字がちっちぇー」
「カントは哲学者だ、君たちには一生涯縁のない人種だから忘れていいぞ」
はやまった、と悟った時には既に遅く、僕の発言に激昂した囚人が中央棟の窓を開け放ち、分厚い哲学書を投げる。
「!なっ、」
「わりい、手が滑っちまった」
「早くとりにいかねーとクソしたあとケツ拭く紙にされちまうぜ」
二人組が盛大にニヤけて揶揄する。なんて面倒くさい。かといって放置するわけにもいくまい、図書室の本は貴重品だ。僕個人としても本を粗末に扱うのは度し難い。
そこで僕がとった行動は単純明快。
「タジマ看守、この2人が中庭に不要物を捨てたぞ」
あんな男の名など口にするのも汚らわしいが、物は方便だ。いっそ利用してやると思えば胸も透く。二人組の背後を凝視して声を張り上げれば、予想通りタジマの悪名の効果は絶大で、二人組が「タジマ!?」「ちがえ、これにはわけが」と取り乱す。
今だ。
「どわっ!」
「ちょ、待、親殺しが逃げたぞ!」
僕の虚言を真に受けた二人が振り返った隙を突いて逃げ出す。運動音痴の僕が彼らを巻けたのは奇跡だった。というのも、東京プリズンは複雑な構造をしている。中央棟の渡り廊下こそ一本道だが、抜け道や近道さえ把握していれば敵を煙に巻くのは簡単だ。
さすがに東棟全体は広すぎて困難だが、図書室から自分の房に至るルート周辺の抜け道や近道を熟知できる程度には、僕も東京プリズンでの暮らしが長くなった。
中央棟を渡りきったあと、階段を下って適当な通路に引っ込む。騒々しい足音に続いて怒号が炸裂するものの、しばらくするとうんざりした会話が聞こえてくる。
「もういい、ほっとこうぜ」
「ンだよ、親殺しにびびってんのかよ」
「追いかけっこで自由時間潰す方がアホらしい、それにアイツに手ェ出したら面倒だ。サムライやレイジまで敵に回す気か?」
「ちっ……命拾いしたな」
足音が去っていくのを辛抱強く待ち、壁に背中をもたせてずりおちる。「はあ、はあ、はあ……やっと行ったか」
ずれた眼鏡の位置を修正し呼吸を整える。
連中も本気で喧嘩を挑んできた訳じゃない、単なる暇潰しだ。認めるのは非常に不愉快だが、僕と事を構えるとサムライがでしゃばる可能性がある。
後ろ盾に関係なく嫌がらせをしてくる無能も少なからずいるが、さっきの連中にそこまでの気骨はなさそうだ。
「…………ッ」
こんな時までサムライに甘えているようで、屈辱感に胸が焼ける。彼が気にしなくても彼と対等でありたい僕は大いに気にする。
が、こんな事をしている場合じゃないと我に返る。最優先事項は本の回収だ。図書室の本を紛失したら困る、最悪貸出禁止の罰則が待っているかもしれない。本は僕にとって最大にして唯一の娯楽、取り上げられるのは死活問題だ。
そして僕は中庭を訪れた。
中央部では東棟と西棟によるバスケットボールの試合が行われている。東京プリズンのバスケは格闘技となんら変わらない。いかに派手に見せるか、相手を捻じ伏せるかに選手は命をかけている。
「そっちいったぞよそ見すんなディフェンス!」
「どんくせえドリブルだな、ボールにハエがとまって見えんぜ」
「いけっ朴、王様のケツ嗅いでるドぐされ東のあほたれなんかぶっ殺しちまえ!」
「根性見せろよ張、前回テメェに頭突きかました西のクズにリベンジだ!」
ボールを激しく奪いあい、フィジカルなパフォーマンスを演じるれば演じるほど野次馬は盛り上がる。東京プリズンのバスケにテクニカルなスキルは要求されない。
一体なにが楽しいのかさっぱり理解できない。
「一体なにが楽しいのかさっぱり理解できねえって顔だな」
「いたのかレイジ」
思考を見透かされ、驚いた本音をひた隠して振り向く。
バスケの試合が繰り広げられる中庭の周縁、見物をきめこむ囚人の後方にレイジがいた。
「何故ここに……まさか君も出るのか?」
「試合に?悪かねーけど今日は気がのらねーな、見てるだけで十分」
「君が出場したら戦力差が付きすぎる。1人で他を圧制する」
王様がバスケの見学に回るなど珍しいこともあるものだ。
「ロンは?姿が見当たらないが一緒じゃないのか、珍しいこともあるものだ」
「そっちは?サムライいねーみてーだけど」
「彼は房で日課の写経にいそしんでいる。図書室への行き帰りに付き添うほど過保護じゃない」
「どうだかな、大方付いてこようとするのを必死に食い止めたくちだろ」
図星だ。
「ロンなら房だよ。一応見物に誘ったけど、興味ねーってフラれちまった」
「だろうな」
半々のロンは東棟の中国人派閥に除け者にされている。東棟と西棟のバスケの試合を観戦にきても肩身の狭いをするだけだ。それに思い至らない王様でもあるまいしと怪訝な顔をすれば、レイジが説明を捕捉する。
「あっちはあっちで手がはなせーの。宝物の麻雀牌を磨くのに大忙し」
「なるほど」
ロンの愛用品だと聞いたことがある。東京プリズンには他人にはおよそ理解しがたい常軌を逸した趣味嗜好性癖の囚人が大勢おり、中にはロンのように麻雀牌に執着する変人もいる。
「そして君はうるさく纏わり付いて怒りを買い、気が散るからどこかへ行ってろと追い払われたくちだな」
「正解」
レイジがおかしそうに笑いだす。相変わらず耳障りな笑い声だ。声質自体は悪くないのに致命的に音痴というか、人としての軸が歪んだ不協和音を奏でている。
レイジがロンと行動してない理由などどうでもいい、今の僕には優先すべき事案がある。中央棟の渡り廊下を起点に、本の落下予測地点へと歩をむける。
「キーストア」
「悪いが君と生産性のない話をしている場合じゃない、本をさがさなくては」
「さっき落ちてきたぜ、お前のじゃねーの」
レイジが片手の本を掲げてみせる。紛れもなく僕がさがしていた哲学書だった。
「前に読んだ。おもしれーよな」
「返せ」
「へーへー。いきなり降ってくるからびびったけど、まーた図書室帰りに絡まれたわけ?やっぱ用心棒いるんじゃねーの」
レイジの手から本を奪い返して憮然とする。幸い背表紙は剥がれてない、頑丈な革装丁が幸いした。
安堵も束の間、王様の親切だか皮肉だか付かない助言がプライドに刺さる。
「用心棒など不要だ。事を大袈裟にしたくない」
「好意には素直に甘えとくもんだぜ」
「君とロンの二の舞になりたくないしな」
「どういう意味だよ?」
レイジが片眉と唇の片端を器用に曲げ、左右非対称の剣呑な表情を作る。
「正直に言うが、ロンは君の事をわずらわしく感じているんじゃないか」
「はあ?馬鹿言えよ、ロンは俺にぞっこん惚れてるぜ。こないだなんか俺のベッドにもぐりこんで」
「寝ぼけてベッドを間違えたんだな」
「ちげーって」
本は無事回収した。これ以上レイジとどうでもいい話をし、退屈な試合を眺めるには値しない。さっさと房へ帰って読書をしようと踵を返せば、鼻先に甘く濃厚な煙が一筋ながれてくる。
「これは……」
小鼻をうごめかして煙を追えば、レイジが薄く整った唇の端に葉巻を咥えている。
僕の視線を引き付け、指の股に預けた葉巻をひょいと掲げてみせる。
「ハバナ産の上物」
「君が煙草を喫うのは初めて見たぞ」
「めったにやんねーけどな。実際何年ぶりか……娑婆ぶり?」
「どういう経緯で手に入れた」
純粋な好奇心から問えば、内心聞かれたがっていたのか、得意げにふんぞりかえってひけらかす。
「王様の嗜好品は大半が貢ぎ物。上流階級の特権ってヤツだな」
東京プリズンに存在する東西南北四棟のトップは、日常さまざまな面で優遇されている。
一般の囚人は娯楽を厳しく制限されているが、トップともなれば検閲をスルーして欲しい物が手に入る。悪しき慣習としてトップに嗜好品を献上する者も、また存在する。
「看守?囚人?どちらだ」
「それ重要?どっちでも似たようなもんじゃん」
「まあそうだが」
「いや、もっと食い付いてこいよじらし甲斐ねえじゃん」
「どうでもいい。そこまで興味もない」
隣で本を開き読書をはじめれば、相手にされず拗ねた王様が自爆する。
「わかった話すよ話しゃいいんだろ、コイツをくれたなァ南棟の囚人。プルエトリコ出身の―……あー名前は忘れちまった、ホセのパシリだよ」
「ホセの?」
南の隠者の名前がでて軽く驚く。
「東棟の囚人じゃないのか。自分の待遇向上の為に賄賂を贈ったとばかり」
「鋭い、大半の貢ぎ物はそうだ。けど全部が全部そうとも限らねー、中にはトップからトップへパシリを介して貢がれる品もある。東西南北4棟のパワーバランスは絶妙にして微妙だかんな、たまにゃご機嫌うかがいをかねて物珍しい賄賂が行き来することもあるのさ」
「均衡の維持を重んじる外交上の必然か」
「正確に言やあホセからのプレゼントだな。持ってきたのは別人だけど」
南の隠者も憎いまねをする。
東の王に貴重な葉巻を献上することで得られるメリットを見込んでいたのなら、見た目のみならず腹の中まで真っ黒な政治家だ。
「君と同じ位底が読めない男だな」
率直な感想を述べて本に戻るものの、鼻先を横切る煙が煩わしく集中力を欠く。副流煙は肺癌を誘発する。レイジめ、僕を殺す気か?
「わざとやっているのか?」
本を閉じて不愉快な顔をすれば、レイジが挑発的に口の端を持ち上げる。
「喫ってみるか」
極薄のガラスを何枚も重ねたように底知れない瞳が、僕の困惑を映す。
「いい」
「遠慮すんな」
「断る。喫煙は百害あって一利なしと先人も言っている」
「もういねえ奴らの遺言を律義に守って、リコリスキャンディみてーに長く細く生きんのか」
「そんなキツい煙を体内に取り込んで肺と血液が汚れたらどうする、端的に自殺行為だ。君は僕に無理心中を持ちかけているのか」
ここを出て再び恵に会うまで死ねないというのに。
軽率な誘いを一蹴すれば、食えない王様は盛大に煙を吸って吐く。
「いいね。してみっか」
「本気か」
太い葉巻を指に預けたレイジがふいに僕を注視、危うい色香を匂い立たせて嘯く。
「一緒に生きてェのはロンだけど、死にてェのはお前だって言ったら?」
レイジの目は底が見えないほど澄み、口元には濃い煙がぼかす笑みがたゆたっていた。
悪ふざけも度が過ぎる王様に対し、僕は冷えきった蔑笑を浴びせる。
「大人しく死んでやる気など欠片もないくせに、運命を煙に巻こうとでもしてるのか」
レイジがともに生きると誓った相手はロンだ。世界中でロンただ一人だ。
ありもしない「もしも」を口に上げたのはただ僕の反応が見たいから、ふざけた好奇心と愉快犯の悪意がなせるわざだ。
案の定あっさり肩を竦め、スノッブな手付きで葉巻をふかす。
「キーストアにゃばればれか。ちょっとはのってこい、ド滑りは寒いだろ」
「ロンを副流煙にさらしたくないから大人しく追い出されてきたのか」
副流煙が身体に毒だと知らないレイジではない。彼は博識だ、どうかすると僕以上に図書室の本を読み漁っている。
「心中する気なんてさらさらないんじゃないか」
レイジが僕の隣で葉巻を喫っているのは、すなわちそういうことだ。彼にとってロンはどこまでも守りたい対象、大事にしたい存在。
対して僕は、時には腹を割って話せる相手だ。葉巻を喫うのをやめないのは本当にそれを嫌っているなら自主避難するだろうと、逆説的な意味で信用してるからだ。
実際、僕はそこまで気分を害してない。副流煙を吸い込むのが嫌なら風向きを考えて離れればいいだけだ。
それに葉巻の先端から漂い出す煙は、僕が忘れかけていた「外」の匂いを運んできてくれる。
「煙草はガキの頃に卒業したよ」
「今は喫わないのか」
「歯が黄ばんじまったらキスん時かっこ悪いじゃん、ロンにお断りされたくねーし。あと臭ェし」
「正論だな」
レイジから喫煙者特有の口臭がしたら、ロンは死ぬほど嫌がるはずだ。金輪際キスをさせてくれない可能性もでてくる。その点僕は、潔癖症を自認していてもそこまで極端じゃない。
否、無理矢理ならされたのだ。
売春班で囚人や看守の相手をさせられていたときは、口臭や体臭で選り好みができる立場じゃなかった。
「あててやろうか」
「何をだ」
「キーストアが喫いたくねー理由。サムライに勘繰られたくねーからだろ」
「指摘の意味が不明だ」
「潔癖症で喫煙もしたことねーお前から煙草の匂いがしたら深読み不可避だろーが。それか単に匂いを移したくねーとか?キスもろくにしてねーお前らにゃ関係ねーか」
「サムライが僕の浮気を疑うと?僕が誤解に怯えていると?」
「違うのかよ天才」
違わない、レイジは僕の臆病な本音を意地悪く突いてくる。
僕が喫煙を拒むのは潔癖症であるのと行為に有益性を見いだせないのが最たる理由だが、建前の裏側にはサムライに嫌われたくない、軽蔑されたくない怯えが潜んでいる。
サムライは勘がいい、僕の身に常ならぬことが起きたらすぐ見抜く。そして鼻もいい、僕から煙草の移り香がしたら怪しむはずだ。
「本を立てて煙をカバーしてんだろ」
「憶測にすぎない」
「露骨に風上に移動して」
「発がん率の高い煙を避けてるだけだ」
「じゃあ喫えるよな」
王様の誘いを蹴んのかよ。
「献上品を献上されるなんて役得と特権、ロン以外に預かれんのお前だけだぜ」
中庭の歓声が急に遠のき、ボールが固い地面を叩く音が撓んで響く。
レイジは僕をきっかり見据えリアクションを観察してる。僕に選択権を委ねると見せかけ、困惑する様子を心底愉しんでいる。
「……性悪だな君は」
ならばと決断をくだす。
もしここで引いたら、レイジはサムライと僕の仲を勘繰って冷やかしてくるはず。葉巻の煙を房に持ち帰りたくないのは、断じてサムライを慮っての行為じゃないとわからせねば。
本を伏せて脇におき、無言で片手を突きだす。たちどころに意を汲んだレイジが懐から新品の葉巻をとりだし、恭しく僕の手に献上する。
ぎこちない手付きで葉巻を口元にかざす。
「シガ―カッターはあるか」
「房じゃ缶切りで代用したけどここにゃねーな」
「使えな」
皆まで言わせず鋭利な手刀が葉巻の先端を切断。
「問題ねーな」
「缶切りで代用した意味は?」
「いちいちかっこ付けたパフォーマンスいらねーだろ?割とマジでどん引かれるし」
レイジは全身が凶器だ。手も足も使い方次第で人を殺せる、おそらくはそういうふうに育てられたのだ。
だからこそ、親しい人間の前ではできるかぎりその危険さを薄めようとする。
とにもかくにも葉巻を咥えるが、今度はライターが見当たらない。ただ咥えてるだけじゃ意味がない。馬鹿馬鹿しくなって葉巻を抜こうとした時
「ステイ」
低くセクシーな声が耳朶を掠め、干し藁によく似た質感と色合いの茶髪が肩をこする。
だしぬけに僕の肩に手をかけ、自分の葉巻の先端から火を移す。シガレットキスのまねごとだ。
不意打ちすぎて身動きとれなかった。
潔癖症の僕なら即座に手を払ってもいいはずが、王様の行動が突飛すぎ、反応が遅れてしまった。
優雅に長い睫毛の本数さえかぞえられそうな距離に綺麗な顔がきて、引き込まれるように先端に火をもらい、吐息のカタチをかたどる煙を絡めて離れていく。
「はじめてかよキーストア。まねしてみな」
先輩ぶるレイジにならって深々一服すれば、キツい煙が咽喉の奥を殴り付ける。
「ぐ」
目鼻口、すべての粘膜に強烈な煙がしみる。耐えられない。
「ぷっくく」
生理的な涙で視界が滲み、脳髄を燻されるような酩酊感によろめく。苦しげに噎せる僕の横、肩をヒク付かせ俯いたレイジが、葉巻が浮く勢いで大口広げて笑いだす。
「あはははははっはあっはははははははははは、だっせーー!!」
「レイジ貴様……だましたな」
「ひーーーーーーーっだってさ、まさか真に受けるたおもわねーじゃん?頭いいお前ならわかってんだろ、初めての煙がどんだけ刺激的か!いやもちっと疑えよ警戒心もてって、てかキーストアさーガチガチに緊張してたろお前、じゃなきゃ素直に言うこと聞くわけねーもんな、人生初挑戦の葉巻で上がっちまうなんて天下の天才も案外かわいいとこあんじゃん」
咳き込みがてら睨めばレイジは反省の素振りもなく馬鹿笑いし、遂には手で地面を叩きだす。殺意が湧く。
指の谷間の葉巻を持て余して咳をすれば、ようやく笑いを引っ込めたレイジが、僕の背中を恩着せがましくさすってくる。
「わりーわりー、冗談だって。めずらしくノッてくるからイケるかなって魔がさして」
「僕をリトマス試験紙にするんじゃない」
かすれた声で小さく言い返せば、レイジがふてぶてしく笑み、僕の耳朶にくちびるを寄せてくる。
「房に帰ったらサムライにキスしてやれ、驚くぜきっと」
「葉巻同士も間接キスにカウントされるのか?」
深呼吸でやりこめれば、レイジが「さあな」と肩を竦める。
吸いさしの葉巻を持ち上げ、乾いた青空へ煙がのぼっていくのを見送り、レイジが妙にはればれと宣言。
「そうなら三角関係ハバナトライアングル完成ってな」
レイジの煙が僕に移り、僕はそれをサムライに移す。それぞれが所有権を主張するように、マーキングをほどこすように。
ならば返事は決まっている。
「君からもらった匂いを彼に付けるのだけはごめんだ」
レイジからもらった葉巻をアスファルトの地面で揉み消し、未練なく腰をあげた。
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