タンブルウィード

まさみ

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五話

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スワローが遅く帰る頃には家族は寝ている。
兄はどうでもいいが母を起こすのは少しうしろめたい、どこで何してたかうるさく詮索されては面倒だしかったるい。
家族の安眠に配慮し、こそこそ人目を忍んでトレーラーハウスに上がる。
カーテンの向こうの気配に耳を澄ます。母は熟睡しているらしく規則正しい鼾が響く。

『母さんね、家族川の字で寝るのが夢だったの』
「…………」
それが母の口癖だった。あんまりにもささやかでちっぽけな夢。

子供の頃は母を真ん中に挟んで三人で寝ていた。スワローは川の字を知らない。せがむ息子に母は空中に指で字をなぞって説明してくれたものだ。なんでも英語のリバーをさす単語らしい。むかしむかし極東の島国から渡ってきたお客さんに教えてもらったのだと少し得意げに言っていた。
母が時々怪しい日本語を使うのも、少女時代に出会ったその人物の影響らしい。
『むこうでは親が子供を挟んで川の字になって寝るんだって。端っこの長い棒がお父さんとお母さん、真ん中の短い棒が子どもね。なんだか楽しそうじゃない?親が子供を守ってるみたいで』
『でも真ん中は母さんじゃん。俺とピジョンが端っこで』
『じゃあスワローが真ん中になる?』
『……いい』
『あらなんで?』
あの時俺はなんて答えたっけ。もう忘れちまった、何年も前のことだ。
いつしか母子三人で寝る事はなくなった。
いつまでも乳離れできないガキじゃない、親子三人ベッドでぎゅう詰めは狭っ苦しくてかなわない、ピジョンとベッドを使ってる今だって寝返りのたびに肘や足があたるのだ。
川の字の習慣を卒業してだいぶ経つ。
スワローは複雑な表情で閉め切られたカーテンの向こう、母が眠りに就いてるはずのベッドを見詰める。
子供の頃はぼんやりとしか母の仕事を理解してなかった。
あのカーテンの向こうで母が何をしているのか、覗きに行こうとしては兄に羽交い絞めにされたものだ。生きながら押し潰されているかのような喘ぎ声にてっきりいじめられてるものと勘違いし、突っ込んでいきかけたのも一度や二度じゃない。
母さんをいじめるヤツは許さねぇ、俺が守る。
ふしだらでだらしない、頼りなくてダメダメな俺の母さん。
料理の腕は最悪で、見た目も味もエグい飯しか作れない俺達の母さん。
恋人に接するような態度で子どもに甘え、ハグとキスをくりかえし猫かわいがりする。そんなべたべたと甘い母を鬱陶しがるのと同じ位、厄介な愛着を感じてもいる。
ストロベリーソーダの中でゆっくり窒息、溺死していくような依存の感覚。体に毒だとわかりきっていててもやめられない、愛情という名前の中毒性のある甘味料。

『行こうか、スワロー』
客が訪れる都度ピジョンはスワローを宥めすかし外へと連れだした。
そして母が一仕事終えるまで、辛抱強く遊び相手になってくれた。
『母さんは仕事中だから邪魔しちゃだめだよ。いま友達が来てるんだ、いい子にできるだろ?』
口の前に指を立てしーと諭すピジョン。靴紐の教え方はその時にレクチャーされた。
ある程度年がいってからは自発的に表にでるようになった。母に迷惑をかけるのは本意でない。好奇心に負けて窓から覗くことは何度もあったが、スワローもピジョンも母の負担になりたくないという一点では同意していた。
自分の境遇が特別悲惨だとも格別陰惨だとも思わない、もっとひどいヤツはごろごろいる。
三年前に遭遇したレイヴン・ノーネームの記事を読んだ。アイツの生い立ちも相当だ。レイヴンは孤児院育ちの捨て子で、そこでも疎外され孤立していた。レイヴンと同期の子供が謎の失踪を遂げており、ごく最近になって孤児院の裏庭から白骨が発見されたことから、それも彼の犯行ではないかと疑われている。
上を見ればきりがなく、下を見てもきりがない。けれどもこれだけは断言できる。
スタジャンのポケットから愛用のナイフ……レイヴン・ノーネームの犠牲者の名前をとってレオナルドと呼んでいる……を引き抜き、軽く投げ上げる。旋回して戻ってきた柄をキャッチ、突き放すよう呟く。
「被害者を作る被害者は加害者だろ」
レイヴン・ノーネームは自ら身を滅ぼした。不幸な生い立ちは彼のせいじゃないが、失明に至る破滅は彼自身が招いた行いだ。高すぎる代償とは思えない。ヤツには慈悲深い結末だ。
レイヴンの両目をナイフでかっさばいた時、スワローは絶頂を感じた。
復讐が実った快感は筆舌尽くし難い。
損を覚悟の捨て売り……サクリファイス。レイヴン・ノーネームは被害者ヴィクテムであると同時に加害者であり、己の良心を生贄サクリファイスに捧げて怪物に生まれ変わった愚かな男だ。
スワローの処女を奪った、憎んでも憎み足りない因縁の相手でもある。
「最悪の初体験だ。思い出したくもねェ」
上書きするにはまだまだ経験が足りない、刺激が足りない。
厳密にはレイヴン自身が奪ったんじゃないが同じことだ。ベッドに縛られケツに死体の歯とナイフを突っこまれた体験に纏わる壮絶なトラウマは骨の髄まで刻みこまれ、たまに悪夢を見せる。夢の中でスワローは暗闇にいる。真っ暗い寝室に監禁され、ベッドに手錠をかけられ、影になって見えない男に犯されている。けれども男は絶対に最後までしない。男は道具を使ってスワローを辱めるのを好んだ。ある時は歯、ある時はナイフの柄。スワローの尻に次々異物を挿入し、内臓を軋ませ痛がる様子に悦に入る。
『ほらほら、レオナルドが入っていくよ。君のお尻をぐちゃぐちゃに犯しているよ』
「うるせえ黙れおんぼろカラス野郎」
頭の片隅に巣食った亡霊が粘着に囁く。当時を回想すると苦い胃液がせりあがる一方、下半身が浅ましく昂っていく。刺激を欲しがって尻の穴が疼く。
ピジョンの事を淫乱だ変態だと罵れない、挿れるのと同じく挿れられる気持ちよさをスワローは知ってしまった。
行きずりの男女と刹那的なセックスに淫する中で、過去からこだまする呪わしい囁きを打ち消そうと努めたが、アレに勝る刺激にはなかなか巡り会えない。
スワローはペースを上げてナイフを回す。
空中で旋回するナイフを手で受け止め、ワンタッチで飛び出した刃を翳す。
このナイフレオナルドを持っているのは、魂に烙印された復讐への渇仰を忘れないためだ。
賞金稼ぎになるというあの夜の誓いを忘れないためだ。

『お前も。汚れてるなんて思ったこと、一度もない』
今夜もゲスを殴り倒したこの手で。
返り血と他人の体液に塗れたこの手を見ても、そう言えるのかよ。

「ッ……」
兄の優しい嘘がスワローの裡に巣食う情欲の獣を目覚めさせる。
アイツはずるい、俺のことなんか何も知らない、なんにもわかっちゃないくせに。
ナイフの柄を握る手が軋み、指が白く強張る。
ナイフを扱うのは造作もないのに、アイツに触れただけで手のひらが熱くなる。アイツはナイフほど頑丈にできてないから、肩を握り潰すのなんざきっとワケない。
無造作に雑誌を蹴りどかし、脱ぎ散らかされた服を踏み越えていく。
スワローはわざと兄と生活時間をずらしている、アイツと顔を合わせるとむしゃくしゃして自分を抑えきれないからだ。
この頃は兄が寝入った頃に帰り、背中を向けてふて寝する。
ピジョンだってこっちを避けてやがるからお互い様だ、アイツはこの所ひどくびくびくして前にも増してうざったい、ちょっと声をかけただけで跳びあがって角に足の指を強打する始末だ。
約束の期限がすぎたから?単なる思い過ごし?どっちだよ、はっきりしやがれ!どちらか判じかね態度を決めかねているスワローにしてみれば生殺しの極みだ。
ベッドの前に到着。ブラインドの隙間から青白い月光がさしこみ、無防備にシャツをはだけて熟睡する、ピジョンの身体を洗っている。
「……俺がいなくてよかったな。安心したろ?」
ベッドの際に腰かけ、しあわせそうに眠りこける兄の頬に手をのばす。規則正しい寝息と共に緩やかに上下する胸……寝乱れたシャツの襟ぐりから皮膚に包まれた鎖骨の突起と、そこに這う鎖が覗く。
「ベッドもひとりじめできるし。ゆったり手足をのばして熟睡できるし」
ピジョンに語りかけふざけて頬をぺちぺち叩く。
返事はない。兄は一度眠ったら起きないたちだ。それをいいことに悪戯心が騒ぎだす。
俺の気も知らないで、マジでムカツク。
ぎしり、ベッドが軋む。ピジョンの胴を挟んで膝立ち、刃を寝かせて頬に滑らす。
冷たくなめらかな鋼の質感に、ほんのわずか眉根が歪む。
頬に沿って刃をおろし、極端な緩慢さで引き締まった首筋へ伝わせ鎖にひっかける。
「……なあ。寝てンの?」
体の奥底でちりちりと炎が燻る。
腰の奥が粘ついて、なにもかもをぶち壊したい暴力衝動と結び付いた欲望が昂っていく。
スワローはナイフを器用に使い、兄の身体の表面をすみずみまで舐め尽くす。
剥き出しの頬から首筋、綺麗な鎖骨のラインを経て、シャツの上から胸板と腹筋を撫でさする。ちょっとでも身動きしたら万事休す、寝返りなど打とうものなら大参事だ。そのスリルがたまらない。シャツの裾に切っ先をひっかけ、刃の表面で素肌を掠めれば、ピジョンがじれったげにもぞつく。
「ぅ……」
「ナイフになでられて感じてンの?やらしー体」
気のせいか息が上擦ってきた。顔も紅潮している。
ナイフで悪戯され、寝ながら感じはじめたピジョンの痴態がスワローを焚きつける。
静かに裾をめくり、刃の表面をピンク色の乳首に押し当てる。
「ふっ……ぅ」
「動くと切れるぞ」
乳首が圧し潰され、赤らんだ寝顔が切なく吐息する。
片手に持ったナイフを兄の脇腹に添えたまま、もう片方の手で下着ごとズボンをずりおろす。
ボクサーパンツの中へ手を突っ込み、湿り気帯びた違和感に眉根をよせる。
「……てめぇ、俺がいねーあいだにオナったな?」
腰に密着するパンツの中は既に蒸し、よく目を凝らして観察すれば中心に恥ずかしいシミができている。
「自分で慰めるくれーならなんで言わねーんだ、相手してやるのに」
むしゃくしゃがむらむらにとってかわる。
兄の自慰の痕跡に興奮するなんて異常だ。それがどうした?ボクサーパンツに染みついた生乾きの残滓に鼻を鳴らし、ゆっくりと手を動かし始める。
「ふぁ、ぅあ」
「知ってる?一回イッたあとはめっぽう感じやすくなるんだと、下拵えご苦労さま」
びく、とピジョンが震える。
目尻に淫蕩な朱がのぼり、喉が仰け反って唇が薄く開かれる。ピジョンの股間を夢中でまさぐりながら片手のナイフを意識、ジーンズ越しに太腿に滑らす。起きるか?大丈夫、セーフだ。スワローは逸る気持ちを抑え、自分のズボンを下ろし、勃起したペニスをさらけだす。
トランクスから勢いよく飛び出したペニスは、さんざん兄の淫らな寝姿を見せつけられ透明な我慢汁を滴らせている。
熱く脈打つ肉棒をジーンズの内腿に擦りつける。
デニムのざらつきにやすりがけられ鋭い性感が走り、ナイフを預けた手元がうっかり狂いそうになる。
「ぅあ、んぅ、っく……」
何をしてるんだ俺は。
兄貴の寝姿をズリネタにオナってる。
ピジョンもまんざらじゃない様子で、スワロー自身を擦り付けられるたび甘ったるく喘いで反応を返す。ペニスをなすられた内腿に透明な粘液が付着、デニムの色が濃くなる。
内腿を遡って足の付け根に至り、許してもらえないキスの腹いせに鈴口同士を接吻させるよう、ペニスの先端を激しく擦り合わせる。
「ぁうっ、あ!」
「っ……すっげェいい。見ろよピジョン、俺のとお前のが一本の糸で繋がってら」
ゆるみきった口の端から一筋よだれをたらし、もどかしげにシーツを蹴立てるピジョン。一回イッた体は腰の奥に火照りを持て余し、すぐに火がつく。
ペニスの先端が透明な粘液の糸で結ばれ、揉みくちゃに擦り立てるごと強烈な快感が生じる。
鈴口同士をぐりぐりとねじりあって、カリ首の括れをまとめて持って、先走りに乗じてぬらつく裏筋をくりかえし擦り上げる。俗にいう兜合わせだ。
ピジョンの性感帯は手に取るようにわかる、だてに十代のとっかかりから仕込んでない。弟の手で皮を剥かれ、調教に馴らされた身体はひどく快楽に貪欲で、睡眠中でも節操なく性器への直接的な刺激に催していく。
尻の穴を使わない疑似的なセックス。シャツの裾が捲れあがって、尖りきった乳首がスワローの位置からまる見えだ。
「ふ」
「ふぁ……」
ピジョンが唾液の糸で繋がる口を開き、また閉じ、それをくりかえす。搾り出された熱い吐息は切なく潤んで、こじ開けられた膝に震えが伝い、小揺るぎする腰が堪え性なく欲しい欲しいと訴える。キツく瞑った目元は、自分を翻弄する熱流の正体がわからず限りなく恐怖に近い戸惑いを濃くしている。生殺しの淫夢にうなされ歪むやりきれない表情。
互いの汗とカウパーが混じりあった体液が捏ね回され、ぐちゅぐちゅと卑猥な水音を立てる。ピジョンのジーンズの内腿はすっかり濡れそぼって、パンツの中まで漏らしたみたいに大洪水だ。
ふと先刻の醜男の失禁がぶり返し、こんな時だってのに笑いたくなる。
「……は……ぐちゃぐちゃのどろどろになってんのわかるか?聞いてみろよ。ちょっとさわっただけでこのザマだ、寝ながら勃たせまくってよ。俺と兄貴のが擦れてンの、わかる?太さは俺の勝ち、長さは譲ってやる」
ピジョンの目尻にうっすらと涙が滲み広がり、しっとり湿った前髪が揺すられるごと跳ねる。
唾液が糸引く口が「あっあっ」と喘ぎをもらし、股間に押し付けられる肉棒の抽挿に無意識な動きで応じていく。
「はぅ……ぁう」
びくびくと腰を上擦らせ、シーツの上を背中で這いずり、膨らんだカリ首をひくひくとわななかせる。
夢なのか現実なのか、ペニスをしごき立てる快感と、全身をドロドロに侵す熱に朦朧として口走る。
「や、すわろ」
やばい、でる。
「う」
咄嗟にペニスの位置をずらし、ピジョンの腹の上に射精する。
寝言で名前を呼ばれた瞬間、果てた。ピジョンの痩せた腹筋に大量の白濁が飛び散る。
「はあっ……はあっ……はあっ」
犬のように息を荒げるスワローの真下、ピジョンの寝息が次第に安らかに戻っていく。たった今自分の身に降りかかった災いなど一切知らず、腹筋を濡らす違和感にほんの少しむずがって脇腹を掻く。
ふやけきった寝顔を目の当たりにし、凄まじい自己嫌悪と虚脱感が襲う。ピジョンのシャツを掴んで乱暴に腹を拭いてからパンツとズボンを直し、自分もさっさと服を身に付けていく。
「……テメェが悪いんだぞ。煽るようなまねしやがって」
最後までヤッちまおうか?
悪魔の誘惑が一瞬脳裏を掠めるも、実行するにはリスクが高すぎる。夜這いをかけたら激しく抵抗されるだろうし、兄はスワローと同じベッドに寝るのを金輪際拒絶するだろう。
規則正しい寝息をたてる唇を物欲しそうに見つめ、顔の傍らに手をついて付け狙うも、触れ合う寸前にひっこめる。
「……チッ」
寝てるヤツから奪うのは簡単だ。だからこそ何の意味もない。求めに応じないキスなど虚しいだけだ。
べとつく指をいやがらせにピジョンのジーンズになすりつけ、背中を向けて毛布を纏う。
こんな状態は長くは続かないだろう。
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