タンブルウィード

まさみ

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五話

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ピジョンは神父の私室に通される。
「今回はどういった依頼だったのですか」
「女の子をさらって売り飛ばしてる連中を捕まえました。監禁されてた女の子も全員保護できてよかったです。今頃地元に帰された頃かな……無事に家族と再会できてるといいんだけど」
赤ん坊に会いたがっていた赤毛の少女の顔を思い浮かべる。
神父は気に入りの安楽椅子に腰かけて、父性が滲み出る愛情深い眼差しで若い弟子を見守る。
「それはよいことをしましたね。賞金首の身柄は?」
「一応、殺さず引き渡しました」
「一応」と付けたのは、スワローは手加減が下手だからだ。ピジョンが見た時にはまだ息があったが、保安局に引き渡してから容態に関知してない。深く考えると怖いので、突っ込まないようにしている。辛うじて致命傷は避けていたし大丈夫だと思いたい。
うしろめたげに答えるピジョンの内心を察したか、神父が穏やかな笑みを口元に添える。
この人とは三年の付き合いになるが、ちっとも変わらない。
ピジョンはまだ神父の瞳の色を知らない。
洒落たチェーンを繋いだ眼鏡の奥の糸目がはっきり見開かれたことは一度としてなく、終始にこやかな表情と相まって若干の胡散臭さすら醸し出す。
知的で穏やかな口調と物腰に一対一のカウンセリングを受けている錯覚をきたし、ほんの僅か顔を歪める。
「もうちょっと早く拠点を突き止められたら……」
女の子たちが辱められる前に救えたのに。
いわずもがなの後半は伏せて俯くピジョンに、神父はおっとりと声をかける。
「自分を責めてはいけません、君は今できる最善を尽くしたのです。彼女たちの体と心の傷は深いでしょうが、命ある限り希望は死にません」
自責の念に苛まれてうなだれる弟子を励まし、卓上のティーカップを口に運ぶ。
「安心しました。稼業は軌道に乗っているようですね」
「なんとか慣れてきました。一時はどうなることかとおもったけど……」
「鍛えた甲斐があるというものです」
「あの時は死ぬかと思いました」
「ジョヴァンニ氏ご推薦の有望株とあらば指導に熱が入るのは当然かと」
「彼には感謝しています、先生に引き合わせてくれて……」
ピジョンが先生と慕うこの人物こそ、彼が唯一無二と恃む狙撃の師である。
賞金稼ぎになりたての頃、ピジョンはこの神父のもとで住みこみの修行をしていた。
あれから歳月が経過した今現在もピジョンが教会に訪れる形で師弟の交流は続き、茶飲み友達に近しい間柄となっている。
仄白く湯気立ち上る紅茶を含み、しみじみと呟く。
「君も随分と成長しました」
「そうですか?自分じゃ全然実感ないんですけど」
「もっと自覚を持ちなさい。君はやればできる子です」
子ども扱いは面映ゆいが不思議と腹立たしさは感じない。人徳だろうか。
時折窓に目をやって、外で遊ぶ子供たちの様子を眺めては優しげに笑む横顔は慈父の鑑だ。
「弟さんは相変わらずで?」
砂糖壺の蓋を開け、ちゃぽんちゃぽんと角砂糖を投入する。
一、二、三……合計四個。ティースープーンでよくかき混ぜて、ゲル状の何かと化した紅茶をさもうまそうに嚥下する姿に胸焼けするも顔には出さず、曖昧に応じる。
「ええ、まあ、はい……やりたい放題です」
「大変ですね」
「もう慣れました。アイツに振り回されるのが俺の運命です」
すっかり諦めきった調子で述懐し、黄色い眼鏡の奥の双眸に一抹の懸念を過ぎらせる。
「先生の方は……?孤児院の経営、そんなに苦しいんですか」
「今の時代好き好んで寄付してくださる篤志家も少ないですからね。まあ主のお慈悲と善き隣人の助けもあって、なんとかやっていけてます。どうかご心配なさらず」
スラム街の教会などいまどき流行らない。礼拝に訪れる人も少なく寂れている。されどこの教会が周囲から敬遠されるのには別の理由がある。
「スラムではこの教会自体が[[rb:異例 > イレギュラー]]ですからね」
神父が寂しげにひとりごち、窓の外で歓声を上げて駆け回る子供たちを眺める。

毛皮に包まれた耳としっぽ、鱗に覆われた肌と金の瞳……
差別もない。区別もない。序列もない。
あらゆる獣の特徴を持ったミュータントの子供と、なんら変哲ない人間の子供が仲良く遊ぶこの光景がピジョンは好きだった。
だが、それを快く思わない者もいる。
神父の行いを偽善と唾棄し、嫌悪を通り越した憎悪すら向ける者たち。

「ひとの子とミュータントの子が共に集団生活を営む……彼らはここで兄弟も同然に育ちます。互いを家族として尊重する下地を築くのです。外見は少々異なりますが、痛みを感じる心は同じです。肌の色の違いが心まで侵しはせぬように」
「孤児院にいる子供たちは、もともとスラムで保護された孤児なんですよね」
「そうとも限りません。賞金首が関与する事件や事故に巻き込まれ家族をなくした子もいれば、おのれの出自や本当の名前すらわからぬ人身売買の被害者もいる……境遇はさまざまです」
子供たちの辛い過去に胸が痛む。

イレギュラーとはもともとミュータントを蔑む隠語だ。
人の道と姿から外れ、稀に異能すら発揮する特例。
差別や迫害を受けやすい立場に生まれ、性根を歪めて犯罪に走る者も少なくない。
神父が経営する孤児院は極めて例外的なことに人とミュータントを差別と区別なく受け入れ、分け隔てなく養育している。
孤児院を卒業した者の中にはシスターや神父見習いとして従事する者も多いと聞く。

神妙な面持ちで神父の言葉を聞いていたピジョンは、モッズコートのポケットをさぐり一通の封筒をさしだす。
「これ……少ないですけど」
「!いけませんピジョン君」
「いえ、ほんの気持ちなんで」
「弟子に気を遣わせるなんて面目ありません」
「どうか受け取ってください」
封筒に手をおいてテーブルに滑らす。
こうなるとピジョンは頑固だ、神父が受け取るまで絶対引かない。
ピジョンは小さく息を吸い、施しに遠慮する神父をかっきり見据える。
「あなたのためじゃありません、ここで大きくなる子どもたちのためです。いちばんはいいことをして気持ちよくなりたい俺の自己満足です」
そう、これはピジョンの自己満足だ。
手にした報酬の中から毎回いくばくかを寄付し孤児院の運営にあててもらうことで、いもしない神様にうしろめたさを憶えざるえない、おのれの良心を担保している。
そこまで言われては神父も引けない、変にごねてはピジョンはもっとむきになるしかわいい弟子に恥をかかせることになる。
「……ありがとうございます」
真心こめた礼と共に封筒を受け取って僧衣の懐におさめてから、眼鏡の奥の双眸を愛おしげに細める。
「私があげた十字架、してくれてるんですね」
「はい。なんかコレしてると落ち着いて」
ピジョンが胸にさげるロザリオは、一人前と認められた暁に師から贈呈されたものだ。
ごく自然に十字架を握り締め、はにかみがちに言葉を付け足す。
「先生言ってましたよね、狙撃手はマインドコントロールが大事だって。精神統一のスイッチを入れるにはなんでもいい、なにかきっかけが必要だって。俺の場合、コレなんです。十字架にさわってると心がス―ッと凪いで……静寂の中に入っていけるっていうか。上手くいえないけど、自分の輪郭が透明になる感覚なんです。今じゃすっかりスコープ覗く前に十字架いじくるのが癖になって……」
「そちらのドッグタグは?」
「これは……」
十字架をドッグタグに持ち替え、持て余し気味にひねくりまわす。
「……ずっと前、弟の誕生日にペアで作ったヤツの片割れです。せっかくだからかけてるんです」
「大事な物なんですね」
神父が微笑ましげに述べ、ピジョンは煮えきらずに頷く。
十字架もドッグタグもどっちも大切、特別な人からの贈り物だ。どっちかなんて選べない。
「おや」と神父が目を丸くし、自らの首筋を突付いて知らせる。
「腫れてますよ。虫刺されですか?」
「え゛」
鎖で隠していたのにバレた。
反射的に首筋を覆い、しどろもどろ弁解する。
「寝てるあいだにノミに噛まれたのかな?シーツもろくに取り換えてない安モーテルに泊まったから……やっぱケチっちゃだめですね、あはは」
「ノミは怖いですよノミは、無精がらずにシーツはまめに干して消毒しないと……いけません私としたことが、生きとし生けるものへの殺生は戒律で禁じられてるというのにうっかりノミの虐殺を推奨してしまいました。おお神よ慈悲深き主よ、我の愚行をお許しを!しかし放置すればノミが大繁殖し子供たちの柔肌を齧るのは必至、この場合どうすれば?」
思考が大幅にずれ、何故だかノミの殺処分の是非を検討し始めた神父にやや引くも、深く追及されずに心の片隅で安堵する。

いい人なんだけどちょっと面倒くさいんだよな、この人。

神父のことは師として尊敬してるし人柄には好感を抱いているが、信仰が絡むと暴走しがちなのが玉に瑕だ。
「いや待て……ノミを駆逐することでシーツの衛生面と子どもたちの健康が保たれるとあらば、ノミの魂が主の御許に召し上げられることを意味すまいか?天国の扉は小さきものの為に開かれると聖書にもありますし」
「たぶんいま先生が世界で一番ノミの命を重んじていますね」
師がよそ見している隙にしめしめと砂糖壺から摘まみ食い、口の中で溶ける甘さを堪能して唐突に真顔に戻る。
ピジョンは椅子から身を乗り出し、完全に自分の世界に入ってしまった神父に尋ねる。
「先生は信者の懺悔や相談も受けてるんですよね?」
「え?あ、はい、もちろんですとも!私が力になれるならなんなりと。とはいえ有益なアドバイスができるかは保証しかねますが、悩みを聞くことならできますよ」
妄想から引き戻された神父が無駄に爽やかに言い、ピジョンは唇をなぞって考え込む。

「あのこと」を、いっそ相談してみてはどうだろうか?

「…………」
誰にも相談できず途方に暮れていた。
頼る人がいなくて困り果てた。
でも先生なら、こんな俺をナイスなアイディアで導いてくれるんじゃなかろうか。
何も馬鹿正直にすべて話す必要はない、都合が悪いことは伏せるなり脚色するなりしてぼかせばいい。嘘を吐くのはいけないが、これは嘘じゃない。ほんのちょっと盛るだけだ。麻薬がまずければ白い粉と表記するのと同じだ。
昨日の今日でピジョンは精神的に追い詰められていた。
ほんの数秒のあいだに凄まじい自己欺瞞を発揮、強引に葛藤を振り切って念を押す。
「その……デリケートな内容でも大丈夫ですか?」
「もちろん」
ほら、こう言ってる。
意を決して深呼吸、ごにょごにょと話し出す。
「俺……の友達の話なんですけど」
「はい」
「夜の話で」
「はい?」
「だからえ~と、夜のですね……そっちの話です」
相手が弟ならいざしらず、人前で「セックス」なんて口に出せない。
ましてや先生になんて……恥ずかしくて死ぬ。
ピジョンは頬を染め目をそらし、ティーカップの表面に付着した水滴をすくいとって、人さし指でテーブルに書き付ける。
S、E、X……SEXの三文字を。
「……続けてどうぞ」
神父がアルカイックスマイルを浮かべる。
「俺の友達に付き合ってるヤツがいて。パートナーがすごい最低野郎なんですよ、下品で乱暴で口を開けば下ネタしか言わない、端的に言ってゲスいクズです。でもまあ血は水より濃いってゆーか腐れ縁でずるずるきて、結局突き放せなくて……そこはもうなれっこなんですけど、夜がすごい一方的なんです」
「一方的とは?」
どう説明したらいいんだ。正常位だのバックだの神父の前じゃ口が裂けても言えない。
悩んだ末に無言のまま砂糖壺の蓋を開け、とりだした二個をきちんと向かい合わせに置く。
「こうしたいんです」
片方の頭をもう片方の尻に追突させる。
「なのにこうするんです」
「…………なるほど」
達観を極めて無我の境地に到るアルカイックスマイルで神父が頷く。
ピジョンは角砂糖をバックでツンツン攻めながら、真剣極まりない面持ちでまくしたてる。
「レイプまがいっていうか……どうしたって無理矢理されてる気になりますよね?叶うならお互い目を見て抱き合いたい、でもあっちはガツガツしてフツーにしたいって言ってもてんで聞いちゃくれない、気が立ってるとあちこち噛み付いて生で出すし中で出す。元から自分勝手な俺様ドSなんですけどやってるときはさらにエスカレートして……」
「いけませんね、避妊はちゃんとしないと」
「え?あ、はい、言語道断です」
一瞬遅れて反応してから、しょぼんと肩を落とす。
「どうしたらいいでしょうか」
「別れては?」
「できたら苦労しないです」
さんざん突付いて転がした角砂糖を摘まんで口に入れ、もう片方を神父が同じようにかじる。
「そのときイエスはこう言われた。父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです」
突然の引用にピジョンは目を瞬く。
「ピジョン君のお友達の恋人……ですか。その方もおそらく自分が何をしてるかわかってないのでは」
「わかってない……とは?」
「彼らは相性が良すぎるか、もしくは悪すぎるのです。一方は痛みまでもけなげに受け入れて、一方はそれに甘えて激情と欲望を吐きだし続ける。単に相性が悪いだけならとっくに破綻している、さっさと別れて違う道を歩んでいます。しかし悪すぎると……かえって互いを縛り付けて離れられくなる。行き着くところまで行き着くと、ひとは自ら進んでどん底に堕ちたがる」
「良すぎる場合は?」
「同じです、骨の髄まで喰らい合っていずれ滅びます。天国と地獄は隣り合わせというじゃないですか」
涼しい笑顔でおそろしいことを言ってのけ、シャリッと奥歯に挟んだ角砂糖を噛み砕く。
「お友達に伝えてください。地獄に落ちる前に引き返しなさいと」
眼鏡の奥の双眸に冷たい光を忍ばせ、彼は言った。
その後、神父と何を話したかはよく覚えてない。ピジョンの中では神父の言葉が渦巻き、平静を装うのに細心の注意を払った。
からになったティーカップをソーサーにもどし、頃合いを見て暇を告げる。
「ごちそうさまです。俺はこれで」
「もうですか?」
「弟にパシられ、いえ買い出しを頼まれてるんで……またきます。雨漏りの修理は日を改めてでいいですか?なるべく早く出直しますんで」
「よろしくお願いします」
見送りに立った神父をドアまででいいと断ってから、「そうだ」と振り向く。
「先生、さっき教会に子どもたちがいたの気付いてましたよね」
「どうしてそう思うんですか?」
「金槌と釘を持って上がったのに音がしなかったからです」
神父は「屋根の修繕をしていた」と言ったがピジョンがいるあいだ金槌の音は途絶えていた。屋根の上で聞き耳を立てていた証拠だ。
神父が素直に感心の色を浮かべ、続いて物柔らかく苦笑する。
「勘がいいですね……ご明察です」
「悪気はなかったんです、あんまり怒らないであげてください」
「教会で騒いではいけないと日頃から言い聞かせているのですがね」
「俺も子供のころ弟と一緒にかくれんぼしましたよ、長椅子の下やイエス様の後ろでジッと息を潜めて……救貧箱の古着がめあてで通ったんですが、街の人にまぎれて神父さんの話を聞くのも楽しかったな」
「たしかトレーラーハウスで旅していたと……」
「ええ、そうです。よそものだからバレたら摘まみだされたんですが、大人しくしてれば大目に見てくれたし。母の仕事中、いろんなところにでかけました。暇をもてあますとろくなことしないから弟を連れ回すのが俺の役目だったんです。けれどスワローのヤツ人の気も知らないで、教会で大鼾かいて爆睡するもんだから大顰蹙です。挙句燭台かっぱらって遊ぶ金の足しにしようとか寝ぼけたこと言いだすし、その足で質屋に行こうとするのを服の裾引っ張って必死に止めたんですよこっちは!」
当時の怒りがぶりかえし声に熱が入る。
昔懐かしむピジョンに何を思ったか、神父がいたずらっぽくほくそえむ。
「君がそういうならオヤツを一個減らすだけで勘弁してあげます。今日はシスターゼシカお手製のレモンパイなので泣いて悔しがりますよ」
「ああ……」
余計なことを言ってしまったかもしれない。
「……子供たちがでてったあとの独り言も聞いてました?」
「さすがに屋根の上まで届きませんよ?」
「安心しました」
あの長ったらしい告白を盗み聞きされでもしたら、金輪際師に会えなくなっていたところだ。

神父の部屋を辞したピジョンは再び教会へ赴く。
壁に穿たれた大窓からはステンドグラスで漉された陽射しが注ぎ、御子の昇天を祝福する。
「安請け合いしちゃったけど、結構な大仕事になりそうだな」
天井の中央部に開いた大穴を見上げて弱音をこぼし、左右に分かたれた信徒席が並ぶ一番奥、巨大な十字架の前にたたずむ。
無意識にロザリオの珠を手繰り、目を瞑る。
「……神様、俺は罪を犯しました」

本当はこれが目的でやってきた。
本当に懺悔したいことは別にある。

ロザリオを握り締める手が白く強張り、瞼の裏の暗闇に弟の顔が浮上する。

あの夜ふたりで泊まった安モーテルで、ピジョンは人生最大の過ちを犯した。こともあろうに実の弟に欲情し、寝ているあいだに手をだそうとした。

本当に罰されるべきはアイツじゃない、この俺だ。
天に呪われて地獄に落ちるべきは俺なのだ。

おぞましい現実から目を背けアイツが悪いアイツのせいだと自らの弱さずるさ何もかも全部スワローにおっかぶせて逃げようとしたが、結局はここへ戻ってきてしまった。

こんなこと、懺悔室ではとても言えない。
もう信じてもいない神様以外、だれにも聞かせられない。

「俺は……スワローに……」

あどけない寝顔にむらむらして?
みだらな寝姿に惑わされて?
どれもくだらない言い訳だ、弟を犯しかけた免罪符にならない。
首筋の痣を見た瞬間理性が蒸発して、俺がどうあがいても絶対付けられない場所にこれ見よがしにキスマークを付けた名前も顔も知らぬ相手に猛烈な殺意と嫉妬が沸いて、なによりそんなことしでかして呑気に鼾をかいてるスワローが凄まじく憎たらしくて、無防備すぎるタンクトップの脇から手を入れていた。

俺がこんな汚く浅ましい人間だって知ったら、先生は軽蔑するかな。
俺だって自分自身を酷く軽蔑してるんだ。

でもそれだけじゃない、それだけならまだ救われた、まだマシだった。
一番やっかいなのは、それで終わらないことだ。
反省しろと命じる理性を上回る衝動が食い破り、情欲に薪をくべる残像の断片が甦る。

シーツに仰向けに寝転がるスワロー、伸びきったタンクトップの胸刳りから覗く綺麗な鎖骨、捲れた裾から大胆に露出する形よいへそ、無造作にはねたイエローゴールドの髪、起きている時の険が抜け落ちたあどけない寝顔……

あの瞬間、昂ぶりを禁じ得ない下半身が切なく疼いた。
華奢な鎖が絡んだ首はしょっぱい汗の味がした。自分にも流れる血を薄めた味。

表で遊ぶ子供たちの歓声が切れ切れに届く、俗世から隔絶された教会内。
ステンドグラスから斜に注ぐ光に打たれ、ロザリオに縋る。

あれから何年もたって、お互いに大人になった。
教会でかくれんぼをして遊んでいた頃の無邪気なピジョンはもうどこにもいない。
失われた日々への郷愁に胸が疼き、代わって名伏しがたい情動がこみあげてくる。
てのひらの一際柔らかい部分に十字架が食い込んで、烙印じみた痛みをもたらす。

『そのときイエスはこう言われた。父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです』

聖書から引用した神父の言葉が耳の奥でリフレインし、ピジョンは漸くもって、理性の枷を着せて自身の奥底に封じた禁断の欲望を自覚する。
俺は、スワローを抱きたい。
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