タンブルウィード

まさみ

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Christmas market

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アンデッドエンドに移住し、初めてのクリスマスがやってきた。
街はクリスマス一色に染まり、赤と緑のカラーリングを基調に、豆電球を鈴生りにしたきらびやかなイルミネーションが往来を彩る。
赤い色紙のような花を咲かせるポインセチアとギザギザの葉が愛らしいヤドリギのリースが市の至る所に飾られ、石畳を敷き詰めた悪運の法廷バッドラックコートの中心には、どこからか持ってきた樅の木が聳える。
多種多様なイルミネーションとオーナメントを巻き付けられ、ドロップスを砕いたような光を降らせるさまはそれなりに美しく、親子連れや恋人たちでにぎわうホットスポットと化す。
無駄に荘厳な噴水を中心に円形にひらけた広場には、クリスマスマーケットに出展した露店が犇めいて、子どもならずとも迷子になりそうだ。
「人出が多いね。こんな盛大なの見たことない、さすが都会だ」
「おのぼりさんまるだしだぞ恥ずかしい」
「離れるなよスワロー、はぐれたら困る」
「るっせえ保護者か、したらツリーのてっぺんまでのぼって見回せ」
「木登りは得意じゃないよ」
「もっぱら落ちるのが得意だもんな」
スワローの返事はそっけない。弟の塩対応にはもう慣れた。ピジョンはキャラメル色のピーコートの襟をかきあわせ、マフラーをしっかり巻き直す。さすがに愛用のモッズコートじゃ寒い。対するスワローは右胸にツバメの徽章エンブレム入りのスカジャンを羽織り、ロング丈の白シャツと合わせ、ゴツいブーツをはいている。冬仕様の外出着アウターは稼ぎで新調したものだ。タンクトップは春先までお別れ。
世界から四季が失われて久しいとはいえ、暦上はイエス・キリストの生誕も近い12月。
大陸中が中西部を基準にした乾燥帯になったとはいえ、真冬ともなれば気温は下がり、ガラスの破片を細かく鋤きこんだ空気が冷え込みを伝えてくる。
ピジョンはこの空気が嫌いじゃない。寒すぎれば難儀もするが、頬を刺す空気の刺激は好ましく、冬の上澄みを胸いっぱいに吸い込む。
清潔に掃き浄められた広場では、子どもたちが元気に走り回っている。兄弟だろうか、よく似た面差しの男の子がふたり追いかけっこに興じるも、よく見れば兄がひけらかすリースを掴みそこね、着膨れした弟がべそをかく。
「おっと、」
リースを片手に掲げ駆け回っていた男の子が、前をよく見ず衝突したのを中腰で受け止める。
「ありがとーおにいちゃん」
「大丈夫かい?」
「うんっ!おれね、パパとママとおとうとと買い物にきたんだ」
「それじゃあいじわるせずに弟のことちゃんと見てあげないとね」
「はあい」
男の子が肩を竦めて素直に返事、「いい子だ」とその頭をなでてやる。追い付いた弟へリースを渡せば、あどけない顔いっぱいに幸福な笑みが浮かぶ。
「やってらんねーコント」
手を振って幼い兄弟を見送ったピジョンが歩き出すのと同期し、頭の後ろで手を組んだスワローが腐す。
「お前もあの位の時はかわ……いくはなかったな、別に」
昔を思い出して訂正する。はたしてスワローに可愛い時代などあったろうか?よしんば可愛くても可愛げはないのがコイツだ。
クリスマスマーケットにでかけないかピジョンが誘えば、ちょうど暇をしていたのか珍しく付いてきた。
無関心な素振りを装ってこそいるが、アンデッドエンドに来て初めて迎える本格的なクリスマスとあって、目白押しのイベントに浮き立っているのは否めない。ピジョンはよく知っている、どうかすると弟は自分以上の俗物なのだ。
ピジョンもほんの少し、はしゃいでいるのは否定できない。スワローと普通にでかけるなんて何か月ぶりだ?オフの予定が噛み合うのはまれだ。
クリスマスムードに華やぐ噴水広場、荘厳な彫刻を同心円状に広がる水のカーテンが濯ぎ、そこに幻想的な光が映じるロケーションはデートにもってこいで、実際それらしい組み合わせをちらほ見かける。
まあピジョンの場合色気より食い気で、ドーナツやシュトレン、バウムクーヘンやミートパイなど、店先に盛り付けられた菓子の数々に目を奪われている。
「なあスワロー、アレ買わない?シュトレンだってさ。ドライフルーツを練り込んだドイツの菓子パンで、クリスマスの四週かけてじっくり熟成するからその都度ちがう風味がたのしめるんだよ」
「勝手に食えよ」
「見ろよあのチュロス、3フィートはあるぞ!食べるのが大変だな……ふたりで端っこ咥えてかじってこうか」
「だからテメエひとりで」
「この時期限定のドーナツだ。金と銀のラメ入りでリースに見立ててるんだ、ゴージャスだなあ」
スワローの袖をひっぱり、あるいは肩を突付き、頻繁に声をかけて顔を覗きこんじゃあ甘く香ばしい匂いに惹かれて屋台によっていく。
「これください、あとこれも」
「あいよ」
見てるだけで歯が溶けそうな、砂糖とシロップにどっさりひたしたドーナツを紙袋で買い、店主に愛想よく微笑む。
「よいクリスマスを」
「おたくもね」
屋台を離れてもどってきた兄をでむかえ、スワローはあきれ半分感心半分の口笛を吹く。
「いちいちまめなこって」
「生誕節は気持ちよく迎えたいからね。店の人にもお祝い気分をお裾分け、減るもんじゃないしいいだろ」
胸元に紙袋を抱え、片手に持ったチュロス(弟がさっぱりのってこないので冒険はやめ、平均サイズで妥協した)をかじるピジョン。食いしん坊万歳。
と思いきや胃に若干の余裕があるらしく、星形にくりぬいたクッキーを軒先に吊った屋台へはずむように駆けていく。
「これなんですか?」
「スイスのクリスマスのお菓子でツィームトシュテルンっていうの、シュテルンは星の意味ね。アーモンドと砂糖を混ぜて練ったローマジパンで作ってるから甘くておいしいの、待降節アドヴェントのあいだ窓辺に飾るのよ」
若い女の店番が親切な物腰で説明するも、敷布を敷いた台上に並べられたクッキーに目を輝かせて見入るピジョンの肩越し、無愛想なスワローと目が合い豹変。こっちがまだ何も言わないうちからリボンを結んだ小袋をとり、ピジョンの手に押し付ける。
「あげる」
「え?お代は」
「いいわよタダで、そっちのお兄さんカッコイイからおまけしちゃう」
ミーハー全開、ピジョンを素通しスワローに色目を使いにっこり微笑む。上気した頬にげんきんな女心があらわれている。
「またねー」
名残惜しさを隠しもせず、大仰な手振りでピジョンと主にスワローを送り出す。紐をほどいた小袋のクッキーを摘まみ、一口かじったピジョンが負け惜しみを呟く。甘いくせにやけにしょっぱい。
「お前と一緒だといろいろおまけしてもらえて助かる」
「コレがめあてで引っ張ってきたのかよ」
「そうじゃないけどさ……」
会話するあいだも周囲の女性陣から引く手あまたのスワローは、「んまあ色男ね」「ね、ね、フリー?イブに予定なかったらデートしない?」「目の保養だわー」と、袋詰めした菓子だの銀色に塗りたくった松ぼっくりだのをもらっていく。
殺到した女性陣に揉みくちゃにされ、どさくさまぎれに頬や首まで吸われ、熱烈なプレゼント責めに不機嫌の絶頂の仏頂面をきめこむ弟を、ピジョンはうらやましそうに眺めるばかり。
「スワロー、クリスマスツリーみたいになってる」
「~~~誰だよ人の頭にリースのっけやがったのは!」
「天使の輪っかみたいだ」
「ちくちくしていてーんだよ」
おまけの半分以上を兄に回し、試飲用に配られている紙コップのホットワインを腹いせにがぶ飲み。一口あおってから目をちょっとまるくし、「結構イケんな」とこぼす。
「砂糖・シナモン・クローブ・レーズン・ナッツを加えたホットワインで、グリュックっていうんだって」
両手に抱えたプレゼントにコケそうになりながら、覚束ない足取りで隣に来たピジョンが「俺も一杯」と受け取りかけるのを断固制す。
「忘れたのかよ、ウィスキーかっくらってどうなったか」
「む、昔の話だろ……ワインなら大丈夫だって、ほら子どもも飲んでる」
「てめえの大丈夫は手遅れだ、ぶっ倒れたらおいて帰んぞ」
目線で咎められ、渋々手をひっこめる。
しおらしく俯く兄をよそに、スワローは自分ひとりほろ酔い加減になるまでグリュックを呷り続ける。
かわいそうにおあずけをくらったピジョンは、さてはコレがめあてで付いてきたなと、さもうまそうにワインを嚥下する弟を横目で睨む。
「あ……」
クリスマスツリーの麓に人だかりができている。なんだろうと行ってみる。そこには山とオーナメントが積み上げられ、野次馬が楽しげに騒ぎながらツリーを着飾らせていた。
「自由に飾り付けできるのか」
一旦荷物をおいて手ぶらになり、どれにしようかさんざん迷った末に、紐が生えた銀色の球体に決める。
よさげな飾りは既に獲り尽くされて余りものしかなかったが、ピジョンは満足だ。
他と比べればどうしても地味で見劣りする銀の球を、宝物さながら大切そうに目の前にぶらさげて、ツリーの枝先に遠慮がちに括り付ける。
「よし」
「へったくそだな、ズレてんじゃねーか」
木の根元の殆ど目立たない位置に球を結ぶピジョンの隣にスワローが来て、ずっと上方に特大の金星を飾る。まだこんなの残ってたのか……いやスワローのことだ、何喰わぬ顔で他人のをぶんどったに違いない。いずれも量産品の安物だが、スワローが無造作に飾った星は他を圧するような尊大な輝きを放っている。ピジョンの球など瞬く間にかすんでしまい、唇を噛む。
「わざわざ近くにするな」
「俺様が選んだんだよ、文句あっか」
ふてぶてしい笑みをそえて宣言。手が届くならツリーのてっぺんに一番星を飾りたかったに違いない目立ちたがり屋の弟と寄り添い、ピジョンが白い息を吐く。
「こうしてると思いだすな、子どもの頃」
「ウチでもツリーが飾ったよな、どっからかかっぱらってきた安もん」
「母さんの馴染みが買ってくれたの忘れるなよ」
「兄貴のプレゼントまだ覚えてるぜ、あの気持ち悪い手作りの……ダンシングツリー?糸引っ張ると瀕死の痙攣じみた動きでギクシャク踊り出すんだ、ドン引き」
「スプレー吹きかけてキレイに塗ったのに……壁に投げ付けたうえ踏み潰して窓から捨てるなんて、お前には人の心がない」
樅の木に見立て緑のスプレーで着色したハンドメイドツリーの末路を回想、沈み込んだ気分を切り替え傲然と宣言。
「今年のクリスマスはすごいぞ」
「んっとかよ?」
「あっと驚け」
お前はなにくれるんだと軽口を続けかけ、スワローの目に光る企みに嫌な予感がもたげる。スワローが自ら高みにかかげた一番星を弾き、冷えた頬に掠めとるようなキスをする。
「俺も、サイっコーのをくれてやる」
「ちょっおま、人が見て」
「ヤドリギの下ならセーフ」
「樅の木だろ!」
首まで真っ赤に染め、泡を喰って抗議するピジョンの視線を人さし指で誘導すれば、ちょうど二人の頭上にヤドリギのリースがかかっている。
「~~~だからここにしたのか……」
「そーゆーこった」
人前で堂々キスする口実を得るためならてっぺんなんていくらでも譲ってやる。
作り物の一番星と銀球が上下に並んで見守る中、ヤドリギを冠した鳩と燕は、ホットワインの残り香がするキスをした。
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