タンブルウィード

まさみ

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Dancing night

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「……また寝落ちか」
あきれてものも言えない、自分自身に。
昨日の記憶はスワローが果てると同時に自分も達したところで途絶えている。察するに、体力を消耗しきって眠りこんでしまったか。
寝ぼけた生あくびをし、乱雑に散らかった部屋を眺める。几帳面なピジョンとは正反対で、脱いだ服や雑誌、レコードが床を埋め尽くし足の踏み場もない。
壁にはパンクバンドのポスターが貼られている。
「どうしてアイツはモノを片さないんだ?」
持ち主の自堕落な性格がよくでていると妙なところに感心、裸足で床に降り立って服を着、昨晩の反省をする。

『ヤろうぜ兄貴』
『眠いからいやだ』
『出すもん出したほうがスッキリしてよく眠れんじゃん』
『お前の理屈じゃそうなんだろうね。俺はベッドでゆっくり休みたいんだ』
『ンなこと言って、部屋にひっこんだら持て余して一発ヌくんだろ?』
『はあ?何を』
『聞こえたぜ喘ぎ声』
『嘘吐け、ちゃんとシーツに押し付け……』
墓穴を掘った。
誘導尋問にひっかかり見事自爆した兄の間抜けさに笑い転げ、行く手に回りこんで通せんぼする。
右に避けようとすれば右に出、左に避けようとすれば左に出、素早いディフェンスで妨げられきりがない。
『シーツを噛んで喘ぎ声殺してたって?えっろ。いい加減素直になれよピジョン、お前は俺なしじゃ一夜ともたねー淫乱体質なんだって。それともジェシカの世話んなるか?』
ピジョンの部屋に横たわるダッチワイフを話題に上げれば、当人がこれ以上ない仏頂面をする。
もとは酔っ払ったスワローが粗大ごみ置き場からかっぱらってきて兄に押し付けたものだ。
等身大の人形なので場所はとるし夜起きて目が合うと心臓が止まりかけるしで、ジェシカを引き取ってからピジョンの安眠は脅かされているのだが、また捨て直す気にもなれないのは人のカタチをしたものをぞんざいに扱えない彼の性格に起因する。
彼女Sheを性欲処理なんかに使うもんか、余生はインテリアとして静かに過ごさせる』
あれThatじゃねえのかよ』
あれThatだのそれItだの可哀想だろ』
『人形に可哀想って発想がマジイミフ』
『俺が人のカタチをしたもの邪険にできない性格だって知ってるくせに』
『ドライブインでケロイド人形拾ってたもんな』
『何年前の話だよ……蒸し返すなよ』
『おてて繋いでダンスした』
耳をかっぽじって垢を吹くスワロー。
毎度おなじみのお説教を真面目に聞く気はさらさらない。というか、人形が可哀想ってコイツマジで頭おかしいんじゃねえの?
ピジョンは苦りきった面持ちで弟を睨むも、弱みに付け込まれ拒み通せず、壁際に追い詰められる。
スワローの端正な顔が間近に迫り、期待と怯えを孕んだ震えが走る。
男にしてはきめ細かな片手がピジョンの頬を包み、もう片方の手が兄の腰に回される。
ちょうどあの夜、廃墟のドライブインで踊ったように。
『あの時の続きしようぜ』
『続きって……バタバタしたら苦情がくるぞ』
『したら返り討ち。隣近所も騒音たててんだ、お互い様だろ?俺らだけ愉しんじゃいけねーってのはフェアじゃねー』
スワローが熱っぽい吐息を絡めて囁き、既にしてしっとり汗ばんだ兄の指に指を絡めてくる。
情熱的な恋人繋ぎは、あたかも独占欲で締め上げるようで。
ピジョンが躊躇して何も返せずにいると『決まりだな』と笑い、恋人繋ぎに絡めた兄の手を引っ張って、意気揚々と自室へ拉致っていく。
『ちょっ待て、決まってないぞ!うるさくしたらご近所さんに迷惑』
ノブを捻って開け放ち、滑り込みざま腕を振り抜き、桟に躓いて倒れ込んだピジョンを抱きとめる。
子供の頃より太さを増したスワローの腕の中、仰向けたピジョンがぼやく。
『明日も早いんだ、早く寝なきゃ。水曜は手配書の更新日だろ?早く行かないといいのはみんなとられちゃうぞ』
『踊りたい時に踊る自由がなくて何が人生だよ、ラ・ラダンスだ』
会話が成立しない。
ちなみに保安局が発行する賞金首の手配書は、毎水曜日に更新される。
そのため水曜日には保安局のホールに食いっぱぐれた賞金稼ぎが殺到し、獲物の奪い合いになる。この狂騒を皮肉って、『アウトローリングゴロツキ転がし』と称す。
兄の言葉に鼻白んだスワローが、乱暴にピジョンを振り回す。
『アウトローリングなんざ体力バカどもに任せとけ』
『けど……わっ!?』
さらに足さばきが加速、ステップが勢い付く。
スワローがラジオをチューニングし、音楽をながしている放送局にチャンネルをあわせる。
聞こえてきたのはノリのいいポップソング。愛してるとか好きだとか、あなたなしじゃいられないとか、若い女が唄っている。
『俺の動きに合わせろ』
『こ、こう?』
『ばーかちっげえよ、足元見てたら手がお留守だろ!ぴったり体をそわせて、次にどっちの足だすかじかに感じて備えんだよ。要は間合いだ間合い、射程読むのは得意だろ狙撃手』
挑発的にふっかけられ、むきになったピジョンが不機嫌に声を低める。
『お前を的だと思えばいいのか』
『よく狙って撃てよ。ど真ん中にデケェのぶちこんでくれ』
くだらない会話をくりひろげる間もステップは止まらず、オフビートの流行歌に乗って右に左に円を描き、スピーディーに部屋中を巡る。
優雅とか華麗とか、お世辞にもそんな表現はできない。
ピジョンもスワローもダンスに関しては素人だ。指導を受けた経験もない。
しかし天性の反射神経と音感に恵まれたスワローの身ごなしは鋭く研ぎ澄まされ、周回ごとに洗練を見せていく。
『他人の足を踏まないように音楽に合わせて動きゃいいんだ。殆ど人生とおなじだろ?』
『お前は容赦なく踏んでくだろ』
『どころか、わざと踏み付けるけどな』
ピジョンも負けてはいない。
ぎくしゃくと不器用ながらスワローの呼吸を掴み、でしゃばりな手足の表情を読んで、ときに先回りし、足をスライドするフェイントをかけ主導権をとりにいく。
『チッ』
スワローの舌打ちは、守りと攻めが交代する予感にあせったせいか。
的と射程のたとえで狙撃手の勘が冴えたのか、振り回される一方だった動きが柔軟に変化し、互角とはいかないまでも実にアグレッシブな追い上げと食い付きを見せる。
『いま舌打ちした?』
『してねえ』
『したじゃん』
『調子のんなカス、トロい足さばきで退屈させんな』
『とか言って……ちょっとあせってるだろ』
ピジョンが悪戯っぽく含み笑い、優越感に光る流し目をよこす。
『標的とシンクロして秒単位で動きを読む……なんてことない、This is俺のな my wayりわいじゃないか』
的……主に人間は止まっちゃくれない。
故に狙撃手は集中力の全てを注ぎこみ、目線の向きや息遣い、無意識下の予備動作から絶えず次の行動を予測し、殺戮射程キルゾーンへ至らしめる瞬間まで引き金を引かずにいる。
ぴたりと密着していれば、筋肉への力の伝わり方でどの方向へ行こうとしてるか漠然とわかる。
同世代の賞金稼ぎから一馬身抜けた頭角をあらわすスワローに比ぶるべくもないが、ピジョンも成長したのだ。
『余裕かましてられんのはいまだけ。本番いくぞ』
兄の下剋上を断じて許さず、さらにペースを上げ翻弄する。
互い違いにあぶなっかしく足を出しては引っ込めて、次の曲に移る頃には不思議と息が合ってきた。
『そうそ、やればできんじゃん』
『…………』
お前のリードが上手いから、とは口が裂けても認めずムッツリ黙り込む。
こじれた意地を見抜いたスワローは、掴んだ腕を掲げてトンネルを作り、そこを綺麗にスピンしながらくぐりぬける。
目をまるくするピジョンを振り返り、意地悪くほくそ笑んで勝ち誇れば、大いにプライドを刺激されて自分も挑戦。
『見てろ』
スワローの腕を跳ね上げてブリッジを架け、そこを回りながらくぐり……
スワローがおもいきり腕を引っ張る。
『!?っ、』
中断されたスピンの勢いを殺せずバランスを崩し、たまたまにしては準備がよすぎることに、そこにあったベッドに背中から倒れ込む。
『急に引っ張るから失敗したろ!ああもー、やっとコツが掴めてきたのに……』
心底悔しがり、やけっぱちで手を振り上げ弟をひっぱたく……はずが、スワローが首を傾げて避け、空振りしてぱたりとマットにおろす。
『だせーの、前奏イントロで息上がってんじゃん』
マットを叩いた弾みにスプリングが軋み、まずいと思った時には手遅れ。
『まだまだ踊り足りねーだろ?』
そしてピジョンは、スワローにたっぷり踊らされた。

「どうしてああのせられやすいかな、俺……」
ベッドの端に腰かけ、両手で頭を抱え込む。
ダンスを切り上げさっさと帰りゃよかったのに、達者すぎるステップが許しちゃくれなかった……なんていうのはただの言い訳だと、子どもでもわかる。
昔に戻ったみたいで純粋に楽しくて。
ただただ踊るのが楽しくて、時間が過ぎるのを忘れていた。
結論からいうと、ピジョンとスワローはベッドの上でも下でも気持ちよく汗を流し、最高に充実した時間を過ごした。
ダンスの延長でキツく握り合った手は強張って、行為の最中も互いを求め貪りあい、果てる瞬間もまだそこにあり、目覚めた時も緩やかに繋がっていた。

握り締め、爪を立て、組み敷き返して組み伏せて。
『愛してるぜピジョン、もっと踊れよ』

「…………」
寝ぼけまなこでそれを見て、何故かはじめに「やっぱりな」と思い、次いで深く安堵した。
毛布をはだけて寝入る弟の顔を覗き込み、イエローゴールドのおくれ毛を払い、汗が冷え乾いた額をやさしくなでてやる。
「俺のダンスどうだった。昔よりちょっとはマシになったろ」
刹那。
兄の語りかけに反応するように絡めた指がぴくりと震える。
「手玉にとろうなんて万年はえー……」
起きてるのかと疑ったが、規則正しい寝息が回復し、他愛ない寝言と悟る。
一体どっちが踊らされているのか。
寝ている時だけ素直でかわいい弟に微笑みかけ、ふと遠い目をして続ける。
「……付いてくだけで精一杯なんて、もういわせないぞ」
小さくも断固たる声音で自分に言い聞かせ、次こそ見返してやるとピジョンは心に誓うのだった。
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