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六話
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映像にノイズが走る。画質は粗い。
四角い枠に映し出されたのはコンクリ打ち放しの殺風景な空間。
四面に有刺鉄線を巻いた金網が張り巡らし、巨大な檻に見立てている。分厚い床にどす黒く乾いた染み……おそらく血痕。確実に致死量だ。
場違いに明るい音楽が冒頭に被さる。上から降ってきたタイトルクレジットが、一度はねて中央に固定される。
『COYOTE UGLY SOHW』
まるっこくデフォルメされた、カートゥーンアニメのようなデザインの字体。
コヨーテアグリショー。
それがこの悪趣味なビデオの名前らしい。
画面の中央に若い女が出てくる。
女は怯えきってる。靴は脱いで裸足だ。奪われたのか?涙と洟水で厚化粧が溶け崩れ、悲惨な素顔が暴かれる。商売女だろうか、露出度が高い派手な服装だ。
胸刳りの深く切り込んだ扇情的なドレスから乳房の上半球が覗いてる。
『ッ!』
照明機材の直射に手を翳す。場所を特定できない暗闇の中、望まぬ主役に仕立て上げられた女の周囲だけが眩く切り取られる。
『話が違うじゃない、ここどこよ。外でやるなんて聞いてない』
女がいらだって親指の爪をかじる。
突然の咆哮。毛深く獰猛な犬が、女にむかって放たれる。
『きゃああああっ』
女が絶叫して逃げ回る。
地面を蹴り、手を泳がせ、空気を掴むように上体を前のめりに傾がせて、追いかけてくる犬から必死に逃げる。
あきらかに普通の犬じゃない。
犬種はドーベルマンだろうか、耳の先がカットされている。黒茶の毛並みに覆われているが、筋肉が瘤のように隆起した脚は度重なる肉体改造の証拠。人間を襲うよう訓練されてる。
『あっちいってよ、獣くさいワン公はおよびじゃないのよ!』
正気を手放す一歩手前まで追い詰められた女が泣き笑いで強がり、壁を背にずり落ちる。脚力と持久力では犬が圧勝だ。
犬が前脚を撓め、喉奥で低くくぐもった威嚇の唸りを泡立てる。
次の瞬間あざやかに跳躍、鋭い悲鳴を上げた女にとびかかる。
服に噛み付いてビリビリ破き、柔肌のあちこちに容赦なく牙を立て肉を抉りとる。
『痛ッあが、いやっやめて、離れて……お願いわんちゃんひどいことしないいで顔だけはやめて!あんた何撮ってんのこんなことしてなにが面白いんだ短小インポの変態野郎、おっ勃ててないでさっさと助けろ!』
激痛と恐怖に身悶える女が、憎悪を滾らせた形相で迫るカメラを罵り、犬の吠え声がさらにうるさくなる。
やめてごめんなさい今のなし取り消す、この子をどっかやって……
哀願と謝罪が爆ぜる咆哮にかき消される。
犬が女を組み敷き、長い舌で顔といわず乳房といわずなめまわす。ヨダレまみれになった女が悲痛に喘ぎ、見開かれた瞳に焦りが浮かぶ。
『ちょっ、や、なにして』
細腕を突っ張って懸命にひっぺがそうとするも無駄、犬が女の下着を無惨に引き裂いて陰部と肛門をなめる、寝返りを打って這いずる女の背に犬がのしかかる、後ろ脚のあいだのペニスは雄々しく勃起して準備万端。
何が起こるか察し、目をそむけたくなるのを辛うじて堪える。
犬には亀頭球がある。コイツは犬科の陰茎の根元にある、瘤のように丸く膨らむ部位だ。
犬の陰茎は勃起すると根元の亀頭球から太い管のような本体までが全て露出し、射精中は膨らんだまま、雌の膣から抜けないようになる。早い話、射精が終わるまでの栓留めだ。 これによって受精率が上がるらしい。
そんなどうでもいい知識を思い出し、思い出したことを後悔する。俺もまじまじ見んのは初めてだ。
『いやああああああああッあァっふァっや!?』
画面の中、犬が女を犯し始める。後ろ脚で立ち上がり、激しく腰を使いだす。調教された動き。ヒトを犯すのは初めてじゃない。
嘘、冗談でしょ、やめさせてよ……狂ったように泣き叫ぶ女をよそに、腰遣いはどんどん速くなる。
胃袋が固くしこって吐き気がせりあがる。
過激な獣姦シーンはたっぷり二十分は続いたろうか、最後の方は女も殆ど正気を失い、快楽と恥辱で白痴じみた表情をさらしていた。
『あ゛ッ゛いいッそこッ、太いのォおおおおおおおォおおおおお!無理そんな、裂けちゃう痛い、やだやだ抜いて抜かないでふァあああああァ!』
びゅるびゅると膣内に射精され、白目を剥いて何度目か絶頂する女に群がる新たな犬たち。
一匹、二匹、三匹……もう人語も忘れ、腰を振るだけになった女へ次々のしかかる。獣の種壺と化した女は、ふやけきった口からヨダレをたらしへらへらと笑ってる。もう立派な牝犬だ。正気の沙汰じゃない……狂気に理性を売り渡さなければ精神が耐えられない。
映像がひどく乱れ、一旦途切れて再開。
哀れな女が退場して安堵するも束の間、主役がとってかわる。
『ふざけんなオイッ、俺にこんなまねしてただですむと思ってンのか!マジにイカレてるぜこのキチガイが、仲間が黙ってねーぞ!』
虚勢を張って吠えたてる野郎の顔にびっしり脂汗が浮かぶ。年の頃は三十代前半か、むさ苦しい無精ひげが顎を覆った粗野な男だ。
途切れ途切れにノイズが走る中、犬たちがけしかけられる。ドーベルマン、ブルドッグ、シェパード、ボクサー……いずれも屈強で鳴らす精力絶倫な猟犬だ。
強靭な筋肉で全身を鎧った犬が、みっともなく逃げ回る男に襲いかかり、全身至る所に噛み付く。万力めいた顎が尻の肉をひきちぎり、二の腕にかぶり付き、頬をごっそりこそぎとる。
もんどりうって絶叫する男の股間に染みが広がる、生きながら肉を食いちぎられる激痛にたまらず失禁したのだ。
歯の根が露出するまで頬肉を抉り取られた男が、あぶくを吹いて命乞いをする。
『あっが……やめろ、頼む、コイツらを引っ込めろ……わかった、お前の商売のことはだれにも言わねえ、見逃してやっからだから命だけは助け』
再びの絶叫……そして断末魔。
それ以上はさすがに直視に耐えかね顔を背ける。犬たちが肉を貪る。犬たちが尻を犯す。男の四肢がビクビク痙攣する。
吐き気が極限まで膨らみ胃がでんぐり返る。
薄暗く散らかった部屋の中、口を手で押さえて唸る。
「正気じゃねェ」
「賭けの胴元が裏ビデオでぼろ儲けたァ欲かきすぎだな」
隣で足を崩したスワローが、あくびまじりに冷めた感想を述べる。退屈そうな顔……コイツには共感力ってもんがねえのか?
血と肉と悲鳴。おぞましい惨劇。
再生終了したカセットテープをデッキから抜き、背に貼られたシールを見る。
『COYOTE UGLY SOHW』。
「で?このスナッフまがいのどギツいポルノが、コヨーテ・ダドリーの裏稼業だってか」
スワローが軽く尋ね、俺の手からひったくったカセットテープを物珍しげにひねくり回す。
吐き気がある程度おさまるのを待ち、億劫げに口を開く。
「コヨーテ・ダドリーの撮ったポルノは獣姦趣味の変態どもに大人気だ。お芝居じゃ出せねェリアルさがいいんだとさ、そりゃそうだ、はじめから終わりまで完璧にノンフィクションだもんな」
「街で拾ったオンナに犬をけしかけて一部始終を録画」
「それ以外にも自分の敵を拉致ってきちゃ餌食にしてる」
「見せしめ?」
「趣味と実益を兼ねてんだろ」
「なるほどね。迫真の演技よか生のリアルさがウケるのか」
「映像の粗さもわざとかもな」
コヨーテ・ダドリーのポルノは莫大な利益を生む。
世の中特殊性癖の変態は腐るほどいる。オンナが狂犬に犯されるのに悦び、男が噛まれて半殺しにされる光景に射精する連中が。
心の中であきれ半分感心半分、スワローの顔色を観察。
職業柄惨たらしい死にざまをそれなりに見慣れてる俺でさえ、今のはちょっとキツかった。映像がエグすぎる。
なのにコイツは眉一筋動かさねえ、まだガキのくせしてとことん度胸が据わってる。ポーカーフェイスを装っているだけなのか、虚勢でもたいしたもんだ。
「吐くならトイレ行け」
カセットテープでお手玉しながらこっちを見もせずスワローがほざく。
「吐かねェよ。胃袋が愉快に小躍りしてるだけだ」
「ンな神経細くてよく賞金稼ぎなんてやってられんな」
「男が犬に掘られるの見ておっ勃てりゃいいのかよ、ドン引きだ」
「オンナもダメか」
「獣姦に興奮する趣味はねェ、胸糞ワリィだけだろあんなの。お前はどうなんだ、ヤリたい盛りにゃ関係ねえか。ドーナツの穴にも欲情する年頃だもんな」
「無理矢理は嫌いじゃねーが、スナッフフィルムに勃起する趣味はねーな」
スワローが肩を竦める。
同感だ、世の中殺人とセックスをセットで語る異常者が多すぎる。
「よく手に入れたな」
スワローの疑問で我に返る。
「ああ……ちょっとしたコネをあたってな。獣姦マニアやSM趣味のオタクのあいだじゃ結構評判らしい」
実の所、コヨーテ・ダドリーの製作したポルノビデオは呉哥哥からの借り物だ。
どうでもいい本人の名誉の為に捕捉すると、呉哥哥に獣姦趣味があるわけじゃねえ。あっても驚かねえけど、それはまあ別の話として、そっち方面のビデオ業者から借金のカタに押収した中に紛れ込んでたんだそうだ。
ここは俺が間借りしてる部屋で、ビデオデッキなどの機材が一式そろってる。
本当の住まいは別にあるんで、人に見られたくねえ相手と人に聞かれたくねえ話をするためのセーフハウスみてえなもんだ。皮肉なことにスワローはどっちにも合致する。
床には暇潰しに持ち込んだ雑誌や漫画がなだれ、デリバリーのピザの空き箱やテイクアウトしたヌードルの容器が不均衡に積み上がってる。
スワローは興味津々といった風情で、レトロなブラウン管テレビを叩く。
「個人所有のテレビなんてリッチじゃん。見てくれはパッとしねーが稼ぎはいいのか」
「全部中古だよ、馴染みのスクラップ業者から安く卸してもらったんだ」
「こっちのビデオデッキも?」
「ほぼ全部な。仕事に入用なんだ」
「仕事?」
「あー……小遣い稼ぎにポルノ業者の下請けやってんだよ。で、ボカシのチェックに使うんだ。無修正の裏モノと、アダルトショップに出荷するのを選り分けてな」
嘘じゃない、それも俺の……というか、下っ端の大事な仕事だ。ポルノビデオはギャングの大きな収入源だ。上はちょっとでも人件費を節約してえから下っ端に内容のチェックを任す。
……それは重々承知の上だが、よりにもよってオンナの苦手な俺にチェック係を押し付けるのは呉哥哥のいやがらせなんじゃねえか?
上司の意図を勘繰って気分が暗澹としてきたので話題を変える。
「なんだよ、テレビが珍しいか。田舎もんにゃ縁のねえ文明の利器だもんな、アンデッドエンドにきて初めてお目にかかるヤツも多いぜ」
「馬鹿にすんな、テレビくれえ知ってる。映画館だって行ったことある」
「へえ、田舎に映画館あんの?」
「トレーラーハウスで旅してまわってたかんな、あるとこにゃあるさ」
言うまでもなく、テレビもビデオデッキも贅沢品だ。
今の時代、自治体ごとの電力供給量はごく限られている。個人所有のテレビに至っては殆ど幻の存在だが、所変わればなんとやらで、都会では少々事情が異なる。
ほんの少し気分をよくして世間知らずの後輩に教えてやる。
「アンデッドエンドはご覧の通り大陸中から、いや世界中から賞金稼ぎが一攫千金めざして集まってくる町だ。地下じゃ大戦期の発電機が半永久的に動いてっから、生活に回す分がなくなる心配ねェ。ちんたら風車回して賄ってる田舎たァわけが違うよ。この街に何軒映画館あるか知ってるか?田舎もんが一生かけてお目にかかる倍、いや、それ以上だ。夜もネオンでぴかぴかだ。で、テレビは比較的庶民の手の届きやすい娯楽だ。ビデオも安く出回ってっから、ポルノ産業はずうっと右肩上がり」
もともとアンデッドエンドになる前のこの街は、大陸でも最大の工業都市で、電化製品のメッカだった。その面影を引き継いでか、地方じゃすっかり衰退した映像文化がいまも脈々と息衝いてる。
タンブルィードが風に吹かれて転がる地方と、嘗てのラスベガスに規模が比肩するアンデッドエンドじゃ、20世紀前半と後半ほどの文明レベルの開きがある。
初めてアンデッドエンドにきた人間は衝撃を受ける。
こんな素晴らしい都市があったなんて、と。
ここにはなんでも揃ってる。合法・非合法とりまぜて、ありとあらゆる娯楽の中心地だ。
まあいくら進んでるといったって大衆にまで下りてくるテクノロジーはせいぜい70年代どまりだ。過去の過ちを反省して、それ以上の技術の普及は厳しく取り締まってる。巷じゃテレビより身近な存在としてラジオが愛され、広く市民権を獲得している。
まるで自分のことを誇るように説明すりゃ、スワローが生意気に鼻で笑い飛ばす。
「ビデオデッキもカセットテープもよそに全く流通してねえわけじゃねえ。いちいち有り難がって拝むほどのもんじゃねえよ」
「しかるべき業者なら取り扱ってんだろうな。見栄はりてェ成金はいるだろうし」
「ガキの頃に母さんの馴染みが持ち込んだ。中古のガラクタで再生にやたら時間かかるし、テープは伸びきってノイズだらけだったが、一応観れたぜ。耳のでっけえゾウが空飛ぶアニメとか」
「メルヒェンだな。それまだあんの」
「いんや。ぶっ壊れた」
「切ねえ」
「別れ話ん時にソイツが暴れて」
思った以上に切ねえ話だった。
話が逸れたが仕切り直す。ビデオにでてきた女や男がどうなったかはあえて考えないようにする。暗転した画面には、不健康な痩せぎすの男が映っている。
「コヨーテ・ダドリーが反吐出る変態だってのは十分わかったが、このあとどうする?正面から突っ込んでったらコイツらの二の舞だ……って人の話聞けよ、主の許可なくガサ入れしてんじゃねーよ!」
ちょっとよそ見したらすぐコレだ、ホントに手癖のわりぃガキだ。ヌードルの空き容器をほっぽり雑誌をどかし、ごそごそやってたスワローがあっけらかんと言ってのける。
「いや、コンドームはねえかと」
「ねえよ」
「中出し派?」
「それもねえよ」
「オナホやバイブ隠してねーの」
「なんでお前は人んちひっかきまわして使用済みのオナホやバイブさがしてるわけ?プライバシーって概念わかるか、最低限度の社会的な動物にはみんな備わってるらしいぜ?」
「めっけ」
「は!?」
勝ち誇った声を上げるスワローにさっと血の気が引く。手に持ってるのは俺が女性恐怖症のリハビリのために取り寄せた春画。よりにもよって、吸盤だらけの大蛸の触手に女が犯されてる一番マニアックなヤツだ。
「返せよ!」
「知ってるぜ、UKIYOEだろ。大昔のニッポンのポルノだ。へー……お前みてえなネクラ野郎ほど屈折した性癖もってると睨んだらビンゴ、触手プレイたあハードル高いぜ」
「ちげーよ!コレは純粋に芸術的な興味からコレクションしてんだ、やましー下心なんかこれっぽっちもねえよ」
「陰毛濃すぎねえ?」
「人の話聞けよ!!」
「紙飛行機にしてどこまで飛ぶかためすか」
「俺が悪かったお願い返して頼むこの通り」
ブラインドを開けて窓から紙飛行機をとばそうとする、フリーダムすぎる仮の相棒を死ぬ気で制す。なんなのコイツ馬鹿なの?スワローが腕を振り抜き、室内へと紙飛行機を飛ばす。
あざやかに滑空する紙飛行機に視線を奪われる俺をよそに、ひとしきり遊んで気が済んだスワローが、テレビの前にもどってくる。
「またそれ見んのかよ、気に入ったのか」
俺の言葉を無視して再びビデオをセット、ボタンの長押しで巻き戻す。三分の一まで遡って一時停止、赤錆の目を鋭く眇める。
「あー……どーりで見覚えあるはずだ」
「え」
「コイツ知ってる。前に組んだ」
「賞金稼ぎか」
ちょっと驚く。
スワローは犬に尻を犯されて半泣きの男を指さす。
「てめえと同じように組合から割り振られて、ケチな強盗をとっ捕まえた。名前はビルだかウィルだか……べたべたケツさわってきたんでよく覚えてる」
「よく指切り落とさなかったな」
「刃が錆びるともったいねーじゃん」
冗談で言ったんだが、冗談とも本気とも付かない返しにびびる。名前すらおぼろげで、はたしてよく覚えてると言えるのか疑問だがそこはスルーする。
俺は一時停止した映像の中、牝犬にされたむさ苦しい男に向き直る。
「ってことは……トチったのか」
「コヨーテ・ダドリーのヴィクテムが更新されたなァ先週だ。とっ捕まえるか殺すかしようとして、まんまと返り討ちにあって処刑ビデオにご出演ってわけ」
同情などかけらもなくあっさり言い放ち、思慮深げに唇をなぞる。
「コヨーテ野郎は獣姦趣味のド変態だが馬鹿じゃねえ、それなりに用心深くてオツムが回る。じゃなきゃ『コヨーテ』の称号なんざ戴けねえし、闘犬ショーを当てた上にポルノで荒稼ぎもできねェ。なあ先輩、アンタも知ってんだろ?コードネームにちなんだランク付け」
馬鹿にしきった顔と口調にムッとする。
「当たり前だ、何年この道で食ってると思ってやがる。賞金稼ぎ賞金首のコードネームは基本自称だが、ソイツの性癖や嗜好にひっかけて付けることもある。序列は原則食物連鎖と一緒だ。シマウマはライオンに喰われる、ライオンはドラゴンに喰われるって具合に、コードネームに何の動物が入ってるかで強さやどのあたりにいるのかがまるわかりだ」
「そこでコヨーテだ。犬に似て犬より強く、なんと犬と交配もできる」
「インディアンはトリックスターとして崇めてるらしいな」
どうでもいい話はさておき、飽きたスワローから取り返したカセットテープを持て余す。
今回のターゲットはちょっと厄介だ。
元凶は呉哥哥だ。野良ツバメの力量を測る小手調べをかねて、一心同体依頼をこなしてこいと簡単に言ってくれちゃいやがったが、テストケースにしちゃ相手が面倒くさすぎる。
きちんと作戦立てて挑まねーと、最悪墓穴を掘る。
スワローが真っ暗い画面を見詰めてぼそりと呟く。
「コヨーテにはやな思い出があんだよな」
「おっかねえの?」
「冗談」
振り向いた顔には不敵な笑み。好戦的に目を輝かせ、誇らしげに断言する。
「リベンジのチャンスだ」
四角い枠に映し出されたのはコンクリ打ち放しの殺風景な空間。
四面に有刺鉄線を巻いた金網が張り巡らし、巨大な檻に見立てている。分厚い床にどす黒く乾いた染み……おそらく血痕。確実に致死量だ。
場違いに明るい音楽が冒頭に被さる。上から降ってきたタイトルクレジットが、一度はねて中央に固定される。
『COYOTE UGLY SOHW』
まるっこくデフォルメされた、カートゥーンアニメのようなデザインの字体。
コヨーテアグリショー。
それがこの悪趣味なビデオの名前らしい。
画面の中央に若い女が出てくる。
女は怯えきってる。靴は脱いで裸足だ。奪われたのか?涙と洟水で厚化粧が溶け崩れ、悲惨な素顔が暴かれる。商売女だろうか、露出度が高い派手な服装だ。
胸刳りの深く切り込んだ扇情的なドレスから乳房の上半球が覗いてる。
『ッ!』
照明機材の直射に手を翳す。場所を特定できない暗闇の中、望まぬ主役に仕立て上げられた女の周囲だけが眩く切り取られる。
『話が違うじゃない、ここどこよ。外でやるなんて聞いてない』
女がいらだって親指の爪をかじる。
突然の咆哮。毛深く獰猛な犬が、女にむかって放たれる。
『きゃああああっ』
女が絶叫して逃げ回る。
地面を蹴り、手を泳がせ、空気を掴むように上体を前のめりに傾がせて、追いかけてくる犬から必死に逃げる。
あきらかに普通の犬じゃない。
犬種はドーベルマンだろうか、耳の先がカットされている。黒茶の毛並みに覆われているが、筋肉が瘤のように隆起した脚は度重なる肉体改造の証拠。人間を襲うよう訓練されてる。
『あっちいってよ、獣くさいワン公はおよびじゃないのよ!』
正気を手放す一歩手前まで追い詰められた女が泣き笑いで強がり、壁を背にずり落ちる。脚力と持久力では犬が圧勝だ。
犬が前脚を撓め、喉奥で低くくぐもった威嚇の唸りを泡立てる。
次の瞬間あざやかに跳躍、鋭い悲鳴を上げた女にとびかかる。
服に噛み付いてビリビリ破き、柔肌のあちこちに容赦なく牙を立て肉を抉りとる。
『痛ッあが、いやっやめて、離れて……お願いわんちゃんひどいことしないいで顔だけはやめて!あんた何撮ってんのこんなことしてなにが面白いんだ短小インポの変態野郎、おっ勃ててないでさっさと助けろ!』
激痛と恐怖に身悶える女が、憎悪を滾らせた形相で迫るカメラを罵り、犬の吠え声がさらにうるさくなる。
やめてごめんなさい今のなし取り消す、この子をどっかやって……
哀願と謝罪が爆ぜる咆哮にかき消される。
犬が女を組み敷き、長い舌で顔といわず乳房といわずなめまわす。ヨダレまみれになった女が悲痛に喘ぎ、見開かれた瞳に焦りが浮かぶ。
『ちょっ、や、なにして』
細腕を突っ張って懸命にひっぺがそうとするも無駄、犬が女の下着を無惨に引き裂いて陰部と肛門をなめる、寝返りを打って這いずる女の背に犬がのしかかる、後ろ脚のあいだのペニスは雄々しく勃起して準備万端。
何が起こるか察し、目をそむけたくなるのを辛うじて堪える。
犬には亀頭球がある。コイツは犬科の陰茎の根元にある、瘤のように丸く膨らむ部位だ。
犬の陰茎は勃起すると根元の亀頭球から太い管のような本体までが全て露出し、射精中は膨らんだまま、雌の膣から抜けないようになる。早い話、射精が終わるまでの栓留めだ。 これによって受精率が上がるらしい。
そんなどうでもいい知識を思い出し、思い出したことを後悔する。俺もまじまじ見んのは初めてだ。
『いやああああああああッあァっふァっや!?』
画面の中、犬が女を犯し始める。後ろ脚で立ち上がり、激しく腰を使いだす。調教された動き。ヒトを犯すのは初めてじゃない。
嘘、冗談でしょ、やめさせてよ……狂ったように泣き叫ぶ女をよそに、腰遣いはどんどん速くなる。
胃袋が固くしこって吐き気がせりあがる。
過激な獣姦シーンはたっぷり二十分は続いたろうか、最後の方は女も殆ど正気を失い、快楽と恥辱で白痴じみた表情をさらしていた。
『あ゛ッ゛いいッそこッ、太いのォおおおおおおおォおおおおお!無理そんな、裂けちゃう痛い、やだやだ抜いて抜かないでふァあああああァ!』
びゅるびゅると膣内に射精され、白目を剥いて何度目か絶頂する女に群がる新たな犬たち。
一匹、二匹、三匹……もう人語も忘れ、腰を振るだけになった女へ次々のしかかる。獣の種壺と化した女は、ふやけきった口からヨダレをたらしへらへらと笑ってる。もう立派な牝犬だ。正気の沙汰じゃない……狂気に理性を売り渡さなければ精神が耐えられない。
映像がひどく乱れ、一旦途切れて再開。
哀れな女が退場して安堵するも束の間、主役がとってかわる。
『ふざけんなオイッ、俺にこんなまねしてただですむと思ってンのか!マジにイカレてるぜこのキチガイが、仲間が黙ってねーぞ!』
虚勢を張って吠えたてる野郎の顔にびっしり脂汗が浮かぶ。年の頃は三十代前半か、むさ苦しい無精ひげが顎を覆った粗野な男だ。
途切れ途切れにノイズが走る中、犬たちがけしかけられる。ドーベルマン、ブルドッグ、シェパード、ボクサー……いずれも屈強で鳴らす精力絶倫な猟犬だ。
強靭な筋肉で全身を鎧った犬が、みっともなく逃げ回る男に襲いかかり、全身至る所に噛み付く。万力めいた顎が尻の肉をひきちぎり、二の腕にかぶり付き、頬をごっそりこそぎとる。
もんどりうって絶叫する男の股間に染みが広がる、生きながら肉を食いちぎられる激痛にたまらず失禁したのだ。
歯の根が露出するまで頬肉を抉り取られた男が、あぶくを吹いて命乞いをする。
『あっが……やめろ、頼む、コイツらを引っ込めろ……わかった、お前の商売のことはだれにも言わねえ、見逃してやっからだから命だけは助け』
再びの絶叫……そして断末魔。
それ以上はさすがに直視に耐えかね顔を背ける。犬たちが肉を貪る。犬たちが尻を犯す。男の四肢がビクビク痙攣する。
吐き気が極限まで膨らみ胃がでんぐり返る。
薄暗く散らかった部屋の中、口を手で押さえて唸る。
「正気じゃねェ」
「賭けの胴元が裏ビデオでぼろ儲けたァ欲かきすぎだな」
隣で足を崩したスワローが、あくびまじりに冷めた感想を述べる。退屈そうな顔……コイツには共感力ってもんがねえのか?
血と肉と悲鳴。おぞましい惨劇。
再生終了したカセットテープをデッキから抜き、背に貼られたシールを見る。
『COYOTE UGLY SOHW』。
「で?このスナッフまがいのどギツいポルノが、コヨーテ・ダドリーの裏稼業だってか」
スワローが軽く尋ね、俺の手からひったくったカセットテープを物珍しげにひねくり回す。
吐き気がある程度おさまるのを待ち、億劫げに口を開く。
「コヨーテ・ダドリーの撮ったポルノは獣姦趣味の変態どもに大人気だ。お芝居じゃ出せねェリアルさがいいんだとさ、そりゃそうだ、はじめから終わりまで完璧にノンフィクションだもんな」
「街で拾ったオンナに犬をけしかけて一部始終を録画」
「それ以外にも自分の敵を拉致ってきちゃ餌食にしてる」
「見せしめ?」
「趣味と実益を兼ねてんだろ」
「なるほどね。迫真の演技よか生のリアルさがウケるのか」
「映像の粗さもわざとかもな」
コヨーテ・ダドリーのポルノは莫大な利益を生む。
世の中特殊性癖の変態は腐るほどいる。オンナが狂犬に犯されるのに悦び、男が噛まれて半殺しにされる光景に射精する連中が。
心の中であきれ半分感心半分、スワローの顔色を観察。
職業柄惨たらしい死にざまをそれなりに見慣れてる俺でさえ、今のはちょっとキツかった。映像がエグすぎる。
なのにコイツは眉一筋動かさねえ、まだガキのくせしてとことん度胸が据わってる。ポーカーフェイスを装っているだけなのか、虚勢でもたいしたもんだ。
「吐くならトイレ行け」
カセットテープでお手玉しながらこっちを見もせずスワローがほざく。
「吐かねェよ。胃袋が愉快に小躍りしてるだけだ」
「ンな神経細くてよく賞金稼ぎなんてやってられんな」
「男が犬に掘られるの見ておっ勃てりゃいいのかよ、ドン引きだ」
「オンナもダメか」
「獣姦に興奮する趣味はねェ、胸糞ワリィだけだろあんなの。お前はどうなんだ、ヤリたい盛りにゃ関係ねえか。ドーナツの穴にも欲情する年頃だもんな」
「無理矢理は嫌いじゃねーが、スナッフフィルムに勃起する趣味はねーな」
スワローが肩を竦める。
同感だ、世の中殺人とセックスをセットで語る異常者が多すぎる。
「よく手に入れたな」
スワローの疑問で我に返る。
「ああ……ちょっとしたコネをあたってな。獣姦マニアやSM趣味のオタクのあいだじゃ結構評判らしい」
実の所、コヨーテ・ダドリーの製作したポルノビデオは呉哥哥からの借り物だ。
どうでもいい本人の名誉の為に捕捉すると、呉哥哥に獣姦趣味があるわけじゃねえ。あっても驚かねえけど、それはまあ別の話として、そっち方面のビデオ業者から借金のカタに押収した中に紛れ込んでたんだそうだ。
ここは俺が間借りしてる部屋で、ビデオデッキなどの機材が一式そろってる。
本当の住まいは別にあるんで、人に見られたくねえ相手と人に聞かれたくねえ話をするためのセーフハウスみてえなもんだ。皮肉なことにスワローはどっちにも合致する。
床には暇潰しに持ち込んだ雑誌や漫画がなだれ、デリバリーのピザの空き箱やテイクアウトしたヌードルの容器が不均衡に積み上がってる。
スワローは興味津々といった風情で、レトロなブラウン管テレビを叩く。
「個人所有のテレビなんてリッチじゃん。見てくれはパッとしねーが稼ぎはいいのか」
「全部中古だよ、馴染みのスクラップ業者から安く卸してもらったんだ」
「こっちのビデオデッキも?」
「ほぼ全部な。仕事に入用なんだ」
「仕事?」
「あー……小遣い稼ぎにポルノ業者の下請けやってんだよ。で、ボカシのチェックに使うんだ。無修正の裏モノと、アダルトショップに出荷するのを選り分けてな」
嘘じゃない、それも俺の……というか、下っ端の大事な仕事だ。ポルノビデオはギャングの大きな収入源だ。上はちょっとでも人件費を節約してえから下っ端に内容のチェックを任す。
……それは重々承知の上だが、よりにもよってオンナの苦手な俺にチェック係を押し付けるのは呉哥哥のいやがらせなんじゃねえか?
上司の意図を勘繰って気分が暗澹としてきたので話題を変える。
「なんだよ、テレビが珍しいか。田舎もんにゃ縁のねえ文明の利器だもんな、アンデッドエンドにきて初めてお目にかかるヤツも多いぜ」
「馬鹿にすんな、テレビくれえ知ってる。映画館だって行ったことある」
「へえ、田舎に映画館あんの?」
「トレーラーハウスで旅してまわってたかんな、あるとこにゃあるさ」
言うまでもなく、テレビもビデオデッキも贅沢品だ。
今の時代、自治体ごとの電力供給量はごく限られている。個人所有のテレビに至っては殆ど幻の存在だが、所変わればなんとやらで、都会では少々事情が異なる。
ほんの少し気分をよくして世間知らずの後輩に教えてやる。
「アンデッドエンドはご覧の通り大陸中から、いや世界中から賞金稼ぎが一攫千金めざして集まってくる町だ。地下じゃ大戦期の発電機が半永久的に動いてっから、生活に回す分がなくなる心配ねェ。ちんたら風車回して賄ってる田舎たァわけが違うよ。この街に何軒映画館あるか知ってるか?田舎もんが一生かけてお目にかかる倍、いや、それ以上だ。夜もネオンでぴかぴかだ。で、テレビは比較的庶民の手の届きやすい娯楽だ。ビデオも安く出回ってっから、ポルノ産業はずうっと右肩上がり」
もともとアンデッドエンドになる前のこの街は、大陸でも最大の工業都市で、電化製品のメッカだった。その面影を引き継いでか、地方じゃすっかり衰退した映像文化がいまも脈々と息衝いてる。
タンブルィードが風に吹かれて転がる地方と、嘗てのラスベガスに規模が比肩するアンデッドエンドじゃ、20世紀前半と後半ほどの文明レベルの開きがある。
初めてアンデッドエンドにきた人間は衝撃を受ける。
こんな素晴らしい都市があったなんて、と。
ここにはなんでも揃ってる。合法・非合法とりまぜて、ありとあらゆる娯楽の中心地だ。
まあいくら進んでるといったって大衆にまで下りてくるテクノロジーはせいぜい70年代どまりだ。過去の過ちを反省して、それ以上の技術の普及は厳しく取り締まってる。巷じゃテレビより身近な存在としてラジオが愛され、広く市民権を獲得している。
まるで自分のことを誇るように説明すりゃ、スワローが生意気に鼻で笑い飛ばす。
「ビデオデッキもカセットテープもよそに全く流通してねえわけじゃねえ。いちいち有り難がって拝むほどのもんじゃねえよ」
「しかるべき業者なら取り扱ってんだろうな。見栄はりてェ成金はいるだろうし」
「ガキの頃に母さんの馴染みが持ち込んだ。中古のガラクタで再生にやたら時間かかるし、テープは伸びきってノイズだらけだったが、一応観れたぜ。耳のでっけえゾウが空飛ぶアニメとか」
「メルヒェンだな。それまだあんの」
「いんや。ぶっ壊れた」
「切ねえ」
「別れ話ん時にソイツが暴れて」
思った以上に切ねえ話だった。
話が逸れたが仕切り直す。ビデオにでてきた女や男がどうなったかはあえて考えないようにする。暗転した画面には、不健康な痩せぎすの男が映っている。
「コヨーテ・ダドリーが反吐出る変態だってのは十分わかったが、このあとどうする?正面から突っ込んでったらコイツらの二の舞だ……って人の話聞けよ、主の許可なくガサ入れしてんじゃねーよ!」
ちょっとよそ見したらすぐコレだ、ホントに手癖のわりぃガキだ。ヌードルの空き容器をほっぽり雑誌をどかし、ごそごそやってたスワローがあっけらかんと言ってのける。
「いや、コンドームはねえかと」
「ねえよ」
「中出し派?」
「それもねえよ」
「オナホやバイブ隠してねーの」
「なんでお前は人んちひっかきまわして使用済みのオナホやバイブさがしてるわけ?プライバシーって概念わかるか、最低限度の社会的な動物にはみんな備わってるらしいぜ?」
「めっけ」
「は!?」
勝ち誇った声を上げるスワローにさっと血の気が引く。手に持ってるのは俺が女性恐怖症のリハビリのために取り寄せた春画。よりにもよって、吸盤だらけの大蛸の触手に女が犯されてる一番マニアックなヤツだ。
「返せよ!」
「知ってるぜ、UKIYOEだろ。大昔のニッポンのポルノだ。へー……お前みてえなネクラ野郎ほど屈折した性癖もってると睨んだらビンゴ、触手プレイたあハードル高いぜ」
「ちげーよ!コレは純粋に芸術的な興味からコレクションしてんだ、やましー下心なんかこれっぽっちもねえよ」
「陰毛濃すぎねえ?」
「人の話聞けよ!!」
「紙飛行機にしてどこまで飛ぶかためすか」
「俺が悪かったお願い返して頼むこの通り」
ブラインドを開けて窓から紙飛行機をとばそうとする、フリーダムすぎる仮の相棒を死ぬ気で制す。なんなのコイツ馬鹿なの?スワローが腕を振り抜き、室内へと紙飛行機を飛ばす。
あざやかに滑空する紙飛行機に視線を奪われる俺をよそに、ひとしきり遊んで気が済んだスワローが、テレビの前にもどってくる。
「またそれ見んのかよ、気に入ったのか」
俺の言葉を無視して再びビデオをセット、ボタンの長押しで巻き戻す。三分の一まで遡って一時停止、赤錆の目を鋭く眇める。
「あー……どーりで見覚えあるはずだ」
「え」
「コイツ知ってる。前に組んだ」
「賞金稼ぎか」
ちょっと驚く。
スワローは犬に尻を犯されて半泣きの男を指さす。
「てめえと同じように組合から割り振られて、ケチな強盗をとっ捕まえた。名前はビルだかウィルだか……べたべたケツさわってきたんでよく覚えてる」
「よく指切り落とさなかったな」
「刃が錆びるともったいねーじゃん」
冗談で言ったんだが、冗談とも本気とも付かない返しにびびる。名前すらおぼろげで、はたしてよく覚えてると言えるのか疑問だがそこはスルーする。
俺は一時停止した映像の中、牝犬にされたむさ苦しい男に向き直る。
「ってことは……トチったのか」
「コヨーテ・ダドリーのヴィクテムが更新されたなァ先週だ。とっ捕まえるか殺すかしようとして、まんまと返り討ちにあって処刑ビデオにご出演ってわけ」
同情などかけらもなくあっさり言い放ち、思慮深げに唇をなぞる。
「コヨーテ野郎は獣姦趣味のド変態だが馬鹿じゃねえ、それなりに用心深くてオツムが回る。じゃなきゃ『コヨーテ』の称号なんざ戴けねえし、闘犬ショーを当てた上にポルノで荒稼ぎもできねェ。なあ先輩、アンタも知ってんだろ?コードネームにちなんだランク付け」
馬鹿にしきった顔と口調にムッとする。
「当たり前だ、何年この道で食ってると思ってやがる。賞金稼ぎ賞金首のコードネームは基本自称だが、ソイツの性癖や嗜好にひっかけて付けることもある。序列は原則食物連鎖と一緒だ。シマウマはライオンに喰われる、ライオンはドラゴンに喰われるって具合に、コードネームに何の動物が入ってるかで強さやどのあたりにいるのかがまるわかりだ」
「そこでコヨーテだ。犬に似て犬より強く、なんと犬と交配もできる」
「インディアンはトリックスターとして崇めてるらしいな」
どうでもいい話はさておき、飽きたスワローから取り返したカセットテープを持て余す。
今回のターゲットはちょっと厄介だ。
元凶は呉哥哥だ。野良ツバメの力量を測る小手調べをかねて、一心同体依頼をこなしてこいと簡単に言ってくれちゃいやがったが、テストケースにしちゃ相手が面倒くさすぎる。
きちんと作戦立てて挑まねーと、最悪墓穴を掘る。
スワローが真っ暗い画面を見詰めてぼそりと呟く。
「コヨーテにはやな思い出があんだよな」
「おっかねえの?」
「冗談」
振り向いた顔には不敵な笑み。好戦的に目を輝かせ、誇らしげに断言する。
「リベンジのチャンスだ」
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