タンブルウィード

まさみ

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十一話

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スワローは飽くなき刺激を求める性分だ。
熱くなりやすい性質は母からの遺伝か、あるいは顔も知らない父方の呪いか。
ギャンブルは大好きだし賭け事は血が騒ぐ。
その傾向はアンデッドエンドに居を移してからも変わらぬどころかエスカレートの一途を辿り、荒稼ぎしたあぶく銭をスロットに突っ込んで素寒貧になる、ルーレットの一点賭けに挑んで見事どっ外すなど、無軌道な行動が目立っている。店を貸し切って女遊びで散財したこともある。
故に収入は多くとも生活は安定せず、その時々の懐具合でランクが上下動するモーテルに泊まるか、肌の合う女や男の部屋を自堕落に渡り歩く毎日だ。

やりたいことはやりまくる。
やりたくないことはばっくれる。

楽しければそれでいい、気持ちよければそれがいいが彼の座右の銘。齢十五にして快楽主義の権化、むらっけのかたまりだ。
真面目に地道にコツコツとが取り柄のどこかの誰かさんとは違い、徹底した刹那主義を貫いてきたスワローだが、その傍若無人な生き様が災いし最近では同業者にまで敬遠されている。
かといって反省はまったくしないが、この頃少し物足りなさと苛立ちを感じはじめていた。早い話が「焼け付いた」のだ。
自力で稼げるスワローが組合に登録してるのは、自分で依頼をさがしてくるのが面倒くさいからに尽きる。
その手の面倒くさい雑務担当が出払っている為に、わざわざ保安局に出向いて何百何千と張りだされた賞金首の手配書をあたり、いちいちヴィクテムの更新頻度や内容を確かめ、何時間も……下手したら何日もかけて、一人一人とじっくりお見合いしなきゃいけない。
やってられっか、かったりぃ。

時間は有限だ。
人生は短い。

屑の中から金をふるいにかける行為は、金が紛れていると信じればこそ意味がある。全部屑だったら疲れるだけ、額に汗した幻滅と徒労で報いられるのはごめんだ。
そして賞金首は、この屑の母数が非常に多い。本当にもういやになるくらい。
ヴィクテムは諸刃の剣だ。なまじだれでも懸賞金をかけられるため、私怨もいりまじり草の根賞金首が大繁殖する。娘と駆け落ちした男を誘拐犯として指名手配する父親などはよくある例で、検閲も甘いときて、デマとガセとヨタが乱れ飛び、ピンキリの幅が引きのばされる。
懸賞金は合算式だから、賞金額が高いヤツほど大物と単純に考えるが、「愛娘をたぶらかした憎い男を全財産注ぎこんで追う父親」なんていうのもいなくはない。
スワローはルックスが及第点で肌の相性さえ合えば来る者拒まずのフリースタイル、賞金稼ぎとしての流儀はさらに奔放だ。
大物狙いで名を上げたい野心もなくはないが、生き急ぐほど情熱を賭けるに値する敵には未だ巡りあえず、粗悪な紙に刷られた不細工ヅラを拝みにせっせと通い詰めるのも馬鹿馬鹿しいとあれば、天に運を任せて偶然の目を恃む方がスリリングだ。
自分というサイコロをルーレットに投げ込んで、なにがでるか試したい。
賽を投げる才を磨きたい。
組合の割り振りはランダムと聞く。
コネのあるヤツが裏で手を回してるなんて良からぬ噂も聞くが、運任せ運頼み、自分をベッドしてあたりはずれの落差すらゲーム感覚で楽しんでしまえるのがスワローという人間だ。
組んでくれるヤツが見当たらないから仕方なく世話になってるんじゃない。けっして。
そんな間違った方向にギャンブラーの才能を開花させたスワローは、意気揚々と闘犬ショーに繰り出した。
今回の標的であるコヨーテ・ダドリーに接触するには、敵陣への潜入が必須。
ジャンクヤードの一画は小さなテーマパークと化している。
スイングドアが仕切る入口ではもぎりの下っ端が行列を整理している。
詰所にはポータブルテレビが据え付けられ、質の粗い映像を垂れ流す。
四角い枠内に映し出されるのはコヨーテアグリーショーの自主製作コマーシャルで、コミカルにデフォルメされた犬が、愛嬌たっぷりにしっぽをふりたくって特大の骨付き肉に齧り付く。
フラフープをくぐり抜け、平均台を片足立ちで渡り、さまざまな芸を披露する犬のアニメーションに被さって、でかでかとタイトルが駆け巡る。
『WELCOME to COYOTE UGLY SHOW!』
スワローが抱く感想はたった一言。
「金のかかったプロモーションだな」
押しかけた客は多岐にわたり、擦り切れたオーバーオールに筋骨隆々たる体躯を包んだ肉体労働者もいれば、着飾った若いカップル、小さい子を肩車した家族連れまでいる。子供には少々刺激が強すぎる見世物だが、どの世も流血沙汰の娯楽が大衆を夢中にさせるのは事実だ。
「ねーまだー?ヒール高い靴履いてんのよ、足痛い」
「もう少しの辛抱だよハニー、ほらごらん列が進んでく」
「パパ―わんわんいるー?」
「もうすぐ会えるよ。くれぐれもお手はしちゃいけないよ坊や、噛みちぎられるからね。そしたら手首を拾って帰らなきゃ」
「針と糸でちくちく縫うの?痛い!」
「聞いたか、ここのショー主の首に賞金かかったって」
「マジで?なんかしたの」
「殺しに暴行に色々。犬にヒト食わせてても驚かねーけど……過激がウリのコヨーテアグリーショーだもんな」
「街中の賞金稼ぎに狙われてんのにしれっと通常運転かよ、図太えタマだな」
「逆に話題作りになるって計算じゃねーか?賞金額に比例して入場者倍増だって」
「イカレてる」
「この街にイカレてねえヤツなんているか?」
「ちげえねえ」
「ドンパチの巻き添え食わねーように用心しとけよ、俺ァ腹に雑誌巻いてきたぜ」
「どうりで着太りしてるわけだ」
列は遅々として進まない。じれた連中が赤裸々な噂話に興じる。
スワローは何喰わぬ顔で列に並ぶ。
「ホント、泥ツバメだな」
前髪を一房引っ張り、染まり具合を確かめ自嘲する。
即席の変装にしては上等だ。だがマスクは失敗だった、これでは煙草が喫えやしない。
せっかちなスワローにとって、長蛇の列に並ぶのは苦行でしかない。
もともと忍耐力なんてものは毛ほども持ち合わせないのだ。
行列のできる店なんてとんと興味がないし、腹が膨らむならメシの選り好みはしない。イレギュラーお断りとお高くとまった店だろうが屋台のホットドッグだろうが大差はない。
そういやもう長いことアイツのサンドイッチを食ってねえ。
幼い頃から三日と空けず食べてきた馴染みのメニュー、うまくもまずくもないピーナッツバターとスパムのサンドイッチがほんの少し恋しい。
何かいいことがあった時、もしくは家計に余裕がある時は、ちょっとだけ奮発してハムとチーズのサンドイッチが供された。
イチゴとママレードのジャム、缶入りのピザソース、チリビーンズ、オイルサーディン、チキンブレスト、酸っぱいピクルス……野菜は入手困難なのでレタスを挟むのは稀だ。
食べ物に執着のないスワローにも、思い出の味はある。
サンドイッチの味を反芻すると同時に腹が鳴る。
「しくった、なんか食っときゃよかった」
胃がもたれるとキレが鈍るから空きっ腹できたのだが、判断をミスったか。
おもわず舌打ちがでる。
ならば煙で腹を膨らませようとポケットをさぐるも、無防備に素顔をさらすのは気が引ける。
マスクの上側に指をひっかけ逡巡するスワローの鼻先を、仄白い煙が一筋たなびいて掠める。前の男の副流煙だ。
ちきしょう喫いてえ。今すぐもぎとりてえ。
ツレと馬鹿笑いする男を忌々しげに睨む。
禁煙はハタチになってから、というのが彼の譲れぬポリシーだ。
十歳になるかならないかの頃から母の馴染みの所持品をちょろまかし、愛想が売りの貰い煙草にあずかってきた。
今では立派なチェーンスモーカー、モクが切れると途端に情緒不安定になる。
「メンソールなんて喫うヤツぁみんなオカマだ。口がすーすーして気持ちわりぃ」
未練たらたらポケットに手を突っ込み、くしゃくしゃに潰れた箱を取り出す。
丸く縺れた枯れ草が、落雷に打たれて炎に包まれる図案を印刷した小箱。
スワローの愛飲する銘柄、タンブルウィード。
名前の由来はタンブルウィードを燃やした香りがするからだとか言われているが、真偽のほどはさだかではない。
名残惜しげに煙草を戻し、状況把握に努める。
人々が詰めかけたゲートの向こうは犬舎を改造した闘技場に通じている。
通常、客が入れるのはここまでだ。
奥は従業員以外立ち入り禁止のプライベートエリアで、コヨーテが居座る場所。もう夜逃げの準備を済ませているかもしれない。
気が急くのを足踏みでごまかす。
今回、相方として宛がわれた男は使えるかどうか。
寝癖だらけのダークブラウンの髪と無気力によどんだ目をした、中華系の若い男……劉。
肋骨が浮くほどの極端な痩せぎすで、最初はヤク中を掴まされたかと勘繰ったが、数日間様子を見、杞憂とわかって安堵した。
さりとて肉弾戦には到底持ちこたえられないだろう貧弱な体、多少オツムは切れるようだがそれだけでは心もとない。
せめて暴れる時に足手まといにならない程度の実力の持ち主であってくれとスワローは祈る。無能のお守りはたくさんだ。
マスクに隠した口元が性悪な弧を描く。
「役立たずならテキトーに使い倒すさ」
義理はない。人情もない。
たまたま組合に割り振られただけ、利害の一致で組んでるだけのドライな間柄だ。

まあ、数日前の「お遊び」はそこそこ楽しめたけど。

突き放すようにひとりごちてから、心の中で付け加える。
欲求不満を指摘されたら肯うしかない。
ここ数か月というものスワローは満たされない想いを持て余し、手あたり次第に捌け口を求めている。
本来片割れが引き受けるべき衝動と欲望が暴発寸前まで内圧を高め、彼を無軌道に駆り立てる。
瞼の裏に再生される劉の顔、放埓に仰け反る喉仏。

『頼む……見んな……』
『拜托……!』

しめやかに水膜が張った眸が屈辱に引き歪み、意外に長い睫毛が儚く震え、鼻梁のそばかすまでも色付く媚態はなかなかにそそった。
年上のくせに軽んじられる臆病さのぬけない物腰、世を拗ねて卑屈な表情もいじめ甲斐がある。

穴埋めにさえならないまがい物でも、それはそれで暇潰しになる。
誰も代わりになどなれないと知りながら、被虐に感じ、快楽に溺れる他人の痴態を通して結ぶ残像を追い求めているのなら、まったくもって救いようがない。

そうでもしなければ、胸の真ん中が永遠に埋まらない。
空虚に食い尽くされて、跡形もなくなる。
あの女が言うように―

「……?」
尻に手が触れた。ゴツい男の手だ。
ジーパンに包まれた臀部を無遠慮になでまわし、内腿へと指を忍ばせる。くりかえしなでさすり、ゆるやかに上下し、デニムの生地越しにねっとりと揉みしだく。
猥らがましく慣れた手付きにも増して、うなじにあたる生温かい吐息が露骨な下心をはっきり伝えてくる。
痴漢だ。
やれやれと苦笑いして肩を竦めたいのを辛うじて制す。沈黙と無抵抗をどうとったか、背後の人物はますます調子に乗る。
引き締まった尻の感触を楽しみ、会陰をゆるゆると人さし指でなぞり、中心に指をねじこんでくる。
さてどうするか。
甘ったるい息でもサービスしてやるか。
普段のスワローならナイフを抜いてるところだが、悪目立ちは避けたい。まだゲートも通過してないのだ、摘まみだされるのはご遠慮したい。
大人しさをびびってると解釈したか、顔の見えない男が細腰にぴったり密着し、片手で円を描いて囁く。
「エロいケツだな。誘ってんのか?」
この混雑だ、周囲の人間はまるで気付かない。汗でじっとり蒸れた手の感触が不愉快だ。
今の自分は無口なマスク少年にでも映っているのだろうか?「シャイな」「人見知りの」「オタク入った」……好きに付け加えればいい。
断言するが、もしスワローがイライラと煙草をふかすなり、周囲を威圧するのが癖になった不機嫌な素顔をさらけだしていればこの手の変質者は絶対近寄ってこなかったはずだ。
痴漢に遭うのは初めてじゃないが、頻度では兄がダントツだ。
連中はルックスの良し悪しより従順か否かで獲物を選ぶ。羞恥心と世間体が綱引きして反抗する度胸もない、告発する勇気もない、そんな被害者の弱みに狡賢く付け込んでくる。
泣き寝入りが得意技の兄は、駄バトの分際でいいカモだ。
「…………」
もうちょっと遊んでやってもよかったが、気が変わった。
腰から尻にかけてをなでまわす手を掴み、唐突に振り返る。
「な」
目と鼻の先にあばただらけの醜男のぎょっとした顔。
逃げ遅れた男の股間を反対の手でむんずと掴む。
「い゛ッ!!!!?」
「45点」
露出した目元だけでにっこり微笑む。
「へたくそ」
蛇口を締める具合に、おもいっきり捻り上げる。
男が悶絶してしゃがみこみ、周囲の人間があっけにとられる。
「ばっちぃ」
ジーンズの横にてのひらを擦り付け、マスクの向こうで舌を出す。
徐徐にスワローの番が近付いてくる。
第一関門を切り抜ければ、お次は本命を獲るだけ。
人相のよろしくない男が二人、入場者の身体を検めている。右側、カラフルなビーズを編み込んだドレッドヘアが顎をしゃくる。
「行ってよし。次。行ってよし。次……缶切り?没収」
「はあ?なんでだよ、そりゃツマミを開ける用だ!」
「ここにゃドッグフードっきゃねえぞ、吠えるんなら回れ右だ。次……」
「逝ってよし。逝ってよし。逝って……待て、胸の谷間に何か隠してやがんな?近くでじっくり見せろ」
「は?見ないでよ変態!」
「過剰反応が怪しい。さてはボス狙いの賞金稼ぎだろお前、連れてけ」
「ちょ、ふざけ……わかったわかった降参、どうこれで満足!?減るもんじゃなし乳くらいいくらでも揉みなさいよ!!」
左の肥満体は、相手が女の時だけやけに念入りに身体検査を施す。スケベまるだしで実にわかりやすい。
両者とも数をこなすうちに疲れがではじめ、だんだんおざなりになる。
「賞金稼ぎの見分け方、初歩編ってか」
周囲に素早く目を配り、腰と懐をチェック。

いた。
スワローの後ろから四人目。
赤髪を逆立てた素晴らしくガタイのいいチンピラが、苛立たしげに貧乏ゆすりをしてはしきりに淡を吐き、後ろの老人に嫌な顔をさせる。
長いこと待ちぼうけてストレスがたまっているのか、客と入場係を見比べては「ちんたらやってんじゃねえよ」と毒突く。
その腰が不自然に角張っている。
ビンゴ。

「おっと、」
ありもしない石に躓き、列から弾かれた小芝居。
「邪魔だガキ」
「こっちくんなよ」
前後の男達からご親切な野次がとぶ。スラムで営業しているだけに、もともと気が荒い連中が多い。
列からまろびでたはずみに、赤髪のチンピラの前に勢い付いて割り込めば、当の本人が不愉快そうに顔を顰める。
「テメエなに人のど真ん前塞いでんだ?順番守れよ」
「すまねえ、コケちまってさ。もうすぐだし大目に見てくれよ、また並び直すのかったりぃし」
「知るか、図々しい。どうしてもってんなら俺の美しいケツを拝みな」
赤髪が尊大に顎をしゃくり、スワローは肩を竦め、大人しく後ろに並ぶ。
「―と、そういうワケだ。邪魔してわりぃなじいさんたち」
「ワシらはかまわぬよ」
赤髪の次は白髪の老夫婦で、孫ほど年の離れたスワローの詫びを快く受け流す。不愉快な男を遮ってくれて、逆に感謝したい位だと顔に出ている。
列がのろくさ進み、やがて赤髪の番がやってくる。
そこでハプニングが起きる。
「ハジキだ」
「賞金稼ぎか!?」
赤髪の腰を叩いたドレッドが呟き、脂下がった顔を引き締めて相棒が気色ばむ。
銃の所持がバレた赤髪はおもねるような愛想笑いで弁解する。
「ただの護身用さ、いちいち騒ぎ立てるほどのもんじゃねェ。俺はさらっぴんの一般人、いま話題の闘犬ショー見に来ただけでテメエらの親分になんざ興味もないね」
「銃の持ち込みは禁止だ、終わるまで預からせてもらう」
「は?そりゃ俺のだぞ」
「コヨーテアグリーショーは安全清潔、アップタウンのファミリー層でも安心して楽しめるのが売りだ。子どもからお年寄りまで愛される愉快なわんわんショーの真っ只中でぶっぱなされたらドミノ倒しの大パニック、わかってんのか脳筋野郎。観覧に銃なんざ必要ねえ」
「追い剥ぎやスリがでたらどうすんだ、喧嘩に巻き込まれたら?興行主が自腹で責任とんのかよ」
「食い下がるのが怪しい。てめえやっぱりボス狙いか」
赤髪と肥満が激しい口論をおっぱじめ、ドレッドが仕方なく加勢に入る。
物騒な成り行きに不穏なざわめきが広がっていく。
今だ。
「なあ、まだ?あとつかえてんだけど」
できるだけ面倒くさそうに、うんざりした調子で促す。だらけきったスワローの催促に、「そうだそうだ」「早くしろ」「待ちくたびれたわよ」と追随の声が上がる。
赤髪の対応に手間どっていた肥満が舌打ち、ドレッドが「ハイハイわかった、今やるよ」と億劫げに動く。
一歩前に出たスワローの裏表をてっぺんから爪先までざっと検め、シメに顔を覗く。
「マスクとれ」
「牙見る?」
「早く」
冗談が通じねえ奴。
マスクをずらし喉チンコがよく見えるよう大口かっぴろげる。
「行っていいぞ」
正式に許可をもらい堂々たる大股でゲートをくぐる。背後じゃまだ赤髪が騒いでる。
計画通り。
意地悪い笑いがこみ上げるのをおさえ、人ごみにまざってからマスクを引き下げて顔をだす。
首尾はこうだ。
ド素人の見分け方は先日劉に教えてもらった。事前に目を配り、腰や懐が膨らんだヤツに狙いを付けて後ろに並ぶ。
賞金稼ぎにしろただの間抜けにしろ、銃やナイフを呑んだ相手には当然チェックが厳しくなる。血が上りやすくガタイがいいなら好都合、赤髪は全条件に該当した。
上背も横幅もスワローの倍ある男の制止に、入場係はかかりきりになる。
ふたりがかりで押さえ付け、手が放せない入場係にあたかも後続を代表して不満の声を上げれば、事態は勝手に転がりだす。
入り口付近での足止めが長引けば騒ぎが波及する。パッと見ただの子どもであるスワローへのチェックはあせりと相まって雑になる。
隙がないなら作ればいい。
列のどのあたりに並ぶか、だれの後ろに付くかの段階から既にスワローは頭を使っていた。
「痴漢野郎のせいでちと予定が狂ったが結果オーライだ」
赤髪は生贄、陽動の捨て駒。
後続への注意が散漫になるように、あえてトラブルメイカ―の特徴を兼ね備えたチンピラに的を絞った。母の所に出入りする男達に鍛えられた観察眼には自信がある。
「コヨーテアグリーショーはさんざ待たせた上に客を選り好みすんのか、ちょっと儲かってるからってお高くとまりやがってムカツクぜ。スラムに足を運ぶんだ、いまどきだれだってハジキやナイフの一挺二挺持ってんだろ、てめえの身はてめえで守れが原則だ!」
「押さえろ、奥に連れてけ!賞金稼ぎだったらたっぷり話聞かねェとな、近くに仲間がひそんでるかもしれねえ、一匹残らずいぶりだすぞ」
「てめえみてえにお客サマ気取りの勘違いクレーマーが後絶たねーから迷惑してんだ、営業妨害で摘まみだすぞ」
「ほら見ろ他の客がドン引きだ、でけえ図体してきゃんきゃん吠えたてやがって……興ざめのツケはきちっと払ってくれるんだろうな駄犬野郎」
スワローの背でドレッドが応援を呼び、奥から慌ただしく仲間が馳せ参じる。
殺気走って追い抜いていく男達とすれちがいざま、成功の確信に口元がゆるむ。
最初に目を付けたのは別人だが、痴漢の出現までは想定外だった。いらぬ注目を買うのを控え、さりげなく後ろへ割り込んだのが結果的に功を奏した。
最初から赤髪の後ろに行かなかった理由はリアクションを見るためとささやかな悪戯心。もしあそこでスワローを迎え入れる寛容さを発揮したなら、拍子抜けでがっかりしていた。自分の勘が正しいか体を張って確かめたのだ。
汚いケツを拝んだ甲斐はある。
ちらりと振り返れば、赤髪から少し離れた場所で本来スワローの前にいた男が吊るし上げられている。
「その尻のふくらみはなんだ、クソもらしたのか」
「だから勘違いだっての。コイツはハジキじゃなくて……」
尻ポケットからべとべとに溶けたチョコバーをとりだして残念そうな顔をする。
「……はずした」
銃とチョコバーを見間違えるなんて、俺もまだまだだな。
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