タンブルウィード

まさみ

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五話

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車に乗り込みドアを閉じる。助手席には返り血を浴びた呉哥哥。俺も頭からびしょ濡れ、鉄臭くて鼻が曲がる。
「仲良くおそろいだな」
「最低のペアルックっすね」
エンジンをふかし車を出す。
まだ夜は明けてない。
アンデッドエンドのセレブが庭付きプール付きの豪邸を構える一等地は、他人の身に起きた悲劇なんか知ったこっちゃなく眠りを貪ってる。
後部座席バックシートには回収したフィルムが投げ置かれていた。
上司の方は見ず、ハンドルを握って指示を仰ぐ。
「これからどうします」
「静蕾んちが一番近ェか。三番通りで下ろせ」
「そのかっこで小姐んちに?引かれますよ」
「すぐ脱ぐから関係ねェ」
「洗うのが大変だ。血は落ちにくいの知ってるくせに」
変態の返り血をひっかぶって煙草がしけっちまった。家に帰りゃ新しいのがあるが……禁断症状で貧乏揺すりをしたくなる。
ハンドルを人さし指でトントン叩いて呟く。
「静蕾小姐、犬飼ってますよね」
「ああ」
「大はしゃぎで匂い嗅ぎまくりますよ。まだ暗ェのにキャンキャン吠えだしゃ迷惑っす、アイツ興奮すると小便ひっかけてくるし」
犬肉市場から買ってきた雑種だが、静蕾小姐は可愛がってる。本当は呉哥哥の子種をせがんだが断られたのだ。
どのみち売れなきゃ殺処分なのでいいことをした、のだろうか。いたずらに延命された方がかえって残酷じゃないか?
愛人に贈った愛玩犬を思い浮かべ、呉哥哥が茶化す。
「静蕾は犬にフェイって付けたんだ。お前と一緒だな」
映画のセットめいたアップタウンを脱し、ダウンタウンの猥雑な街並みに帰ってくる。
窓の外に見えてきたのは前に呉哥哥が銃撃戦でぶっ壊した看板。
相変わらず壊れたまんま、『SNAKE DANCE』の文字が点滅している。この人と同じで大事な回路が死んじまったんだ、きっと。
安っぽいネオンの残像がカクテルされたストリートを流し、ポツリと呟く。
「蟲中天の幹部ともあろうひとが、犬の小便と返り血まみれはかっこ悪いっす」
「喧嘩売ってんの」
「俺の部屋近いんで、寄ってきますか。シャワーと着替え貸しますよ」
「シャワーだけ?」
サイケデリックな彗星じみたネオンが尾を引く。バッドトリップの時に見る幻覚のような夜景。
「……アンタ次第で」
胸がむかむかしていた。瞼の裏にはドギツい映像が焼き付いてる。
今帰った所で眠れやしないのはわかりきってた。それはきっと、この人も同じだ。

人を殺した高揚感が冷めやらず、ヒリ付く火照りを持て余す。

「舎弟の招待に応じんのも一興だな。ちょうど見せてえもんがあるし」
「見せたいもの?」
「お前んちビデオデッキあるか」
「はあ……中古なら」
「かまわねえ。行け」
呉哥哥が大胆な笑みを浮かべる。決まり。アクセルを踏み込んでハンドルを切り、ならず者の天下デスパレードエデンへ。
階上から酔っ払いの怒号と痴話喧嘩の声、ガラスが割れる音が降ってきた。やっとこさ掃きだめに戻ってこれて安心する。
「付いてきてください」
アパートの前に車をとめ、先に立って案内する。血まみれの姿は見られたくないので外階段を使った。哥哥も文句は言わねえ。幸い他の住人にゃでくわさずにすんだ。
「どうぞ。汚ェとこだけど」
「本当だ」
鍵を突っ込んで捻ったのちチェーンを外し、ドアを押さえて招き入れる。
ジーパンのポケットに指をひっかけた呉哥哥が敷居を跨ぎ、物珍しげに室内を見回す。
まあ無理もねえ。テーブルには今朝かっこんできたシリアルのボウルがほったらかし、あとはビニール紐で束ねた雑誌やゴミ袋が点在するだけ。仮眠に使ってるソファーは煙草の熱であちこち穴が開き、ケロイド状に爛れてる。
我ながら殺風景な部屋。ガラスの灰皿にゃ大量の吸い殻がたまってた。
「だせえトランクス。蜘蛛の巣柄ってどーゆーセンス?」
灰皿の中身をゴミに捨て、俺が今朝脱いだトランクスを蹴飛ばしてる呉哥哥を促す。
「先にシャワー使ってください、タオルとバスローブは向こうにあるんで」
今すぐ汚い血と汗を流したいが、舎弟の立場を鑑みて上司に譲る。
バスルームに引っ込む呉哥哥を見送り、椅子に掛けてライター点火。数時間ぶりにメンソールの煙を吸い込んで生き返る。
「ふー……」
バスルームからシャワーの音が聞こえだす。呉哥哥が体を洗ってる。遅まきながらそわそわしてきた。椅子の上で膝を抱え、髪の毛をくしゃりと握り潰して自嘲する。
「何やってんだか」
呉哥哥を見る目が変わった?……わからねえ。頭ン中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらねえ。
俺はまだ呉哥哥の真意を掴み損ねてる。

正直な所、あの人の過去なんて知りたくなかった。強くて酷い人のままいてほしかった。
俺に憐れまれることを望んでねえなら、なんだってあそこに連れてった?
なんであんなもん見せた?

倦怠と虚無に沈み、苦い煙草を噛み締める。
目を瞑りゃ思い出す倒錯ポルノ。ライトがギラ付くステージで呉哥哥の面影を宿したガキが慰み者にされている。
痛ましい姿が昔の俺とだぶり、すりかわり、いたたまれなくなる。
スクリーンを切り裂いて映写機をブッ壊しても意味がねえ、あのガキを救い出すことは不可能だ。
俺は出遅れて手遅れで、役立たずすぎて泣けてくる。
そのガキは痛いも辛いもぶっ壊れたまんま大人になり、毎日無茶やりまくって死に急いでるように見える。

じゃあ、今の俺にできることは?
何かあるはずだろまだ。

まだ喫える煙草を揉み消す。
のろくさ顔を上げりゃ、テーブルの端っこの軟膏が目にとまる。生傷が絶えない毎日だもんで、置きっぱなしにしたまま忘れていた。
ためらいがちに手を伸ばし、チューブの中身を絞りだす。冷てえ。
指ですくいとり馴染ませるうちに、体温が伝染ってぬるくなった。
「ん……」
椅子の背凭れを掴んで這い蹲り、ズボンを下ろす。
軟膏をのばした手を後ろに持っていき、綴じ窄まったアナルをほぐす。
「っあ、はぁ」
額に脂汗が滲んで吐息が掠れる。
ケツに物を入れるのは久しぶりなんでちょいキツい……が、我慢できないことはねえ。
大丈夫、昔は毎日してた。前もって準備しとかなきゃ客がうるせえし、俺は後ろで気持ちよくなれるように躾けられてきたんだ。だって女の子はそうするから、孔で気持ちよくなんのが正しいから。
『まずは化粧水で下地を整えるの』
「んっ、ぐ」
記憶の彼方から優しい声が寄せて返す。
さすがに化粧水の手持ちはねえから、薬くせえ軟膏で代用する。
「はあ……んッんゥっ」
『食いしん坊で欲張りな孔ね。ごらんなさい、どんどん飲み込んでいくわ。おいしそうに咥え込んでぱくぱくしてる』
くちゅくちゅ音がする。捏ね回す。かきまぜる。指を一本から二本へ、そして三本に増やす。束ねて抜き差しするうちに吐息が熱を孕む。
『女の子はね、孔に入れられると気持ちよくなるの』
「ッは、んっんっ、んんっ」
俺は女じゃねえが「元」女の子だ。だから女の代わりをやれるはず。
軟膏を潤滑剤にしてアナルを広げ、前立腺のしこりを指で突く。前と違い感覚頼りのアナニーにもどかしさが募り行く。
片手で背凭れに縋り付き、片手でケツをぐちゅぐちゅほぐす間も、シャワー中の哥哥に間違っても喘ぎが届かないように注意する。
ズボンの前が次第にもたげ、下着ん中が蒸れてきた。
ケツをいじってる最中、色んな事を思い出した。
初めて人を殺したのは12の時。相手は家に押し入った強盗。俺はクローゼットに隠れ、強盗があの人を犯す一部始終をただ見ていた。怖くて怖くて指一本動かせず、結果自分一人逃げ延びた。

もっと早く糸を出してりゃ助けられたんじゃねえか?仮にそれができたとして、ガキの俺にあの人を助ける気はあったのか?

「ぁっ、あっ、ぁふ」
俺が今こうしてここにいられんのは呉哥哥のおかげ。哥哥が拾ってくれなきゃ野垂れ死にしてた。
アナルが物欲しげに指を食い締める。中が潤ってきた。そろそろか。
「!んッぁ」
ちゅぷんと指を抜いて腰を浮かす。
下唇を噛んで刺激をやり過ごし、壁伝いにバスルームへ行く。シャワーの音はまだ続いてた。湯気で曇ったスライドドアを手の甲でノックし、告げる。
「入りますよ」
タイルを踏み締めて中へ入る。突然衝撃が来た、壁に押し付けられたのだ。
「覗きが趣味か?」
シャワーの音がうるさい。濛々と湯気がこもる。顎を掴まれたまま、軽くむせて答える。
「口直しっす」
絶え間なく降り注ぐ湯が気持ちいい。柄シャツとジーパンが水気を吸って肌に張り付く。
排水溝に渦を巻いて流れ込む血を目の端で追い、微笑む。

「俺のこと抱いてください」
準備、してきたんで。

哥哥の目を疑問が染め上げる。バスルームを満たす水音。視線のやり場に困って俯く。濡れ透けのシャツが乳首を浮かす。
「さっき勃ってましたよね。ビデオ見てる時じゃなくて、あの変態を殴る蹴るしてる時。トリガー引いて昂ったんでしょ」
ポルノの上映中は全く反応しちゃなかったが、変態を拷問してる時ははち切れそうに固くなってた。

俺の哥哥は火薬の匂いに興奮する変態だ。どうしようもなく終わってる。

「こんな夜遅くに小姐起こしちゃ可哀想だし、俺のこと使ってくださいよ」

哥哥の裸をしっかり見るのはこれが初めてだ。セックスの時も上に羽織ってたから気付かなかったが、全身に惨たらしい傷痕がある。

ふたりしてずぶ濡れになり、透明な雫が滴る指をそっと伸ばす。
腰の銃痕に触れて、すぐ引っ込め、また伸ばす。途中で手首を掴まれ、顔の横に縫い留められた。

「なあ劉、まさか俺様ちゃんを誘惑してんの」
「……っす」
「俺様ちゃんの涙もちょちょぎれる過去に同情して、そのあばらが浮き出た貧相な体を貸してくれるっての」
「男娼上がりですよこれでも」
笑顔が圧を孕むのに伴い、握力がこもる手首が軋む。骨が砕けそうな激痛に耐え、反抗的な眼差しを撃ち返す。
「アンタのこと何も知らねえまんま、振り回されんのは嫌なんです」
「お前は俺の舎弟だろ」
「共犯ですよ。俺をあそこに連れてったのは秘密を触れ回らないって信用してくれたからっすか、悪趣味なポルノ鑑賞にご相伴させんのが目的じゃないっすよね。俺の能力が使い勝手よかったから、それが理由っすか?本当にそれだけ?ねえ哥哥、アイツが一人目じゃないっすよね。他にもいるんでしょ?」

最初の一人目にしちゃ手際がよすぎた。場慣れした素振りを見ても犯行を重ねてんのは明らかで

「ずっとこんな事してたんすか?」

その時アンタの隣にいたのは誰だ?
少なくとも俺じゃねえ。
俺は知らねえ。

シャワーの湯で温まった呉哥哥が口角を吊り上げる。琥珀の双眸に揶揄の光。

「連れてったのはお前で三人目」

予想はしていた。
でもショックだ。

「前の連中は」
「一人目は抗争で退場。二人目は殺した」
「なんで」
「鑑賞中におっ勃てたから。アイツ裏でガキ買ってたんだよ、俺様ちゃんの目も節穴だなってがっかりした」

そうか、アレは「試し」か。
この人のことだ、事情も話さずいきなりターゲットの家に連れてったに違いない。
んでもって抜き打ちでポルノを見せ、その反応によって全部話すか否か……腹心に取り立てるか否か見極めてきたのだ。

「お前はエロに興味ねェし安心して横に立たせとけた。案の定勃たなかったな」
「上司が凌辱されてんのにヌケるか」
「合格」
喉奥でくぐもった笑いをたて、俺の痩せた胸板をなで回す。
「!痛ッ」
ガリッと乳首をひっかかれ、濡れシャツに一点赤が滲む。
「上に黙って……大老たちにバレたらブッ殺されるんじゃないですか」
「邪魔者は消す。目障りは潰す」
「俺に手伝えることありますか」
「義理立てかよ、泣かせるじゃん」
「クソ外道でも一応は恩人ですんで、悪運が尽きるまでは付き合いますよ」

鱗が水滴を弾く手を頬にあてがい、首筋へ滑らせていく。

「俺じゃ勃ちません?」

はだけた胸元へと手を導き、湯気に巻かれて媚びる。

「変態に売ろうとしたんだから、責任とってくださいよ」

上手い誘惑の仕方なんて知らねえ。代わりに首の後ろに手を回し、唇を合わせる。
「ッは……」
おっかなびっくり唾液を飲ます。
柔くて熱い感触に頭が茹で上がり、シャワーの音が遠ざかる。一瞬だけ見開かれた目が和んで、虚勢を嘲り離れてく。
「メンソールか」
「言ったでしょ、口直しって」
再び顔を被せる。唾液を捏ねる音が耳を犯す。二股の舌が口腔を這い回る。哥哥がのしかかり、激しさを増すキスに翻弄される。
「ぁふ、あっ」
壁に磔の姿勢で息継ぎすらさせてもらえず、水を蹴散らし喘ぐ。
「ッは、ぁ」
「へたくそ」
だしぬけに体が浮いた。
呉哥哥がすっかりのぼせちまった俺を両手で抱え、スライドドアを蹴り開ける。連れていかれた先はベッド。乱暴に体を投げ出され弾んだそばから組み敷かれ、裸にひん剥かれる。
真っ暗な天井を背負った呉哥哥が、俺の顔のすぐ前で囁いた。
「いいぜ、全部話してやる。ガラガラ蛇と黒後家蜘蛛の二十年来の因縁ってヤツをな」
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