タンブルウィード

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love triangle

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問題児がまたやらかしたらしい。
ドアをやたらめっぽう蹴りつける轟音が響き渡る中、礼儀もへったくれもない襲撃者ががなりたてる。
「ちょっくら面貸せ」
「俺の顔はテメェに貸す程安かねえ」
「鼻梁にそばかす散らした地味顔がかっこつけんじゃねえ、髪掴んで便所の床拭くぞ」
「俺の高貴なるかんばせで拭いたら便所の床もぴかぴかになんだろーな、消臭剤のフローラルな香りが移りゃシャワー浴びる手間省けて助かる」
「お前のプライドって便所モップ以下だな」
「どーも、便所モップ以下タイル以上のプライドを認めてくれたなァ光栄だがンなもんとっくに下水に流したぜ」
ドアの表をうるさく蹴りまくられて辟易、眠気の残滓で糊付けされた瞼をひっぺがして覗き穴を覗きゃあ見るからにご機嫌斜めのスワローが立っていた。
ヤング・スワロー・バードは疫病神だ、大手振って表を歩くたんびにどでかい災厄を撒き散らす。
ローリングストーンズ転がる石あらためローリングスワローズ転がるツバメのように。
凄腕のナイフ使いだの期待のルーキーだの賞金稼ぎ界隈じゃ持て囃されちゃいるが、その実体は呼吸するように喧嘩を売り買いするトラブルメイカー。
口さがねえ連中はヤング・スワロー・バードは悪魔の股から産み落とされたんだいや悪魔の尻穴からひりだされたんだと言いたい放題叩きまくり、ストレイスワローロンリーバードの戯れ唄まで流行る始末だ。
どっこい、コイツを本人の前で歌える奴はそうそういねえ。
そんな疫病神自ら出向いてきたんだから、開けたらまたろくでもねえトラブルに巻き込まれる予感はしていた。
「はあ~……」
どす黒い隈ができたジト目でうんざりドアを見詰めてると廊下のスワローはますます痺れを切らし、「いるってわかってんだ、とっとと開けろ黄色くて一人寝チャイニーズ」と失礼千万な人種差別発言をほざきやがる。
壁にもたれて目を閉じ、たっぷり3分紫煙を燻らす。
メンソールの清涼感が喉を通り肺を循環、鼻の穴から抜けるのを待って重い腰を上げる。
「ドアがへこむからやめろ」
二重のチェーンを外してちんたら鍵を開ける。
チャイニーズマフィアの下っ端なんてあこぎな商売してると、アパートのドアのロックも厳重にならざるえない。
人によっちゃチャイムを鳴らす手間省いて鉛弾ぶちこんできやがるもんで、修理費が馬鹿にならねえのだ。ぶっちゃけ鉄砲玉の襲撃よりドアのすげ替え費用を算段するほうがずっと気が重い。
そんなこんなで時間稼ぎしてるうちにお引き取り願えねえもんかやっぱ無理かと観念してドアを開けると、廊下に仁王立ちしたスワローが挨拶もすっとばし、俺の靴に唾を吐き付ける。
「テメェざけんな!」
「待たせた仕置き。カオ外してやったんだから感謝しな、唾で洗った方が目ェ覚めるようならリクエストにおこたえするぜ」
「テメェの喉に唾詰まらせて死ね、それか金払ってでも飲みたい変態どもにくれてやれ。てか人類の最低限のマナーとしてノックしろ」
スワローがくたびれたスニーカーを履いた足を行儀悪く突き出す。
「したじゃん足で」
「そりゃKickキックだスペルが違うだろ」
KnockノックだってKからはじまんだろ」
「その手は何の為に付いてんだ」
「女の服を脱がす為。煙草喫うときもねーと不便だな」
「飯は?」
「運ばす」
「ナイフは?」
よっしゃ、一本とった。
「コイツを忘れてた」
スワローが起きぬけの俺に面と向かって中指を突き立てる。お手本のようなファックサイン。
漸く目と頭が冴えてきて、フラチな中指の先端に視線を定めた俺は心の底からしみじみと感想を述べる。
「突き指すりゃいいのに」
何が哀しくて対応に出た相手に中指おっ立てて迎えられなきゃねんねーのか。
胸元にツバメのエンブレムが入った赤基調のスタジャンを羽織り、ポケットに両手を突っ込んだスワロー。
色褪せたダメージジーンズが胴体と均整とれた長い足を引き立たせている。
耳には安全ピンやシルバーのピアスが光り、胸元にチェーンのネックレスとちんけなドッグタグが輝いているが、なによりコイツ自身がオーラを放っているような特別な存在感の持ち主だ。素材がいいと何着ても似合うっていうが、ストリートの不良みたいなラフなスタイルがコイツにゃ一番しっくりくる。

で、ふりだしに戻る。

「あのなスワロー……兄貴と揉めるたんび憂さ晴らしに引っ張りだすんじゃねえよ、こっちも予定があるんだ」
「今の今まで寝こけてやがったくせに」
「仮眠とってたんだ」
「家で待機してるってこたァ暇だろ?マジで忙しいなら事務所に泊まりこんでるはずだ」
図星を突かれて押し黙る。スワローの言い分は間違ってねえ。
昨日夜遅くまで事務所に詰めて、明け方ふらふらになって帰ってくるなりベッドに倒れ込み、今の今まで爆睡していた。寝すぎてちょっと頭が痛てえ。
スワローは俺がマフィアと賞金稼ぎの二股かけていることを知っている。前にちらっと話したのだ。俺がねぐらに引っ込んでるってことは、仕事が一区切り付いて家で休める程度の暇をもらえた証拠だ。
こみあげる生あくびを噛み殺し、手の甲で無礼なガキを追い立てる。
「夜遊びなら1人で行け、こちとら惰眠を貪るのに忙しいんだ」
「せっかく誘いにきてやったのに」
「引き立て役は願い下げ。うるせーの苦手だし、踊んのも得意じゃねえ。てかさ、お前なら他にいくらでも相手いんだろ?なんでよりにもよって俺に声かけんだ、趣味悪ィ」
スワローは常に不特定多数のセフレを囲っている。わざわざ俺なんか誘いに来なくても、そのうちの誰かを呼び出せば事足りるのだ。
物好きにあきれる俺に対し、スワローはもったいぶってポケットから片手を出す。
手にはコイツ愛用のナイフが握られており、地雷を踏んだら即座に翻って突き付けられるんじゃねえか冷や汗をかく。
銀にきらめくナイフを片手で回しながらスワローは横柄に顎をしゃくる。
「誰でもいいならお前でいいじゃん」
「意味わかんねー」
「近えから誘いやすい」
堂々すっとぼけるやナイフを投げ上げて宙でキャッチ、曲芸師の如く軽快に回す。右手を支点に完璧な弧を描く、手に吸い付いてるような見事なナイフ捌きだ。
スワローが器用に操るナイフから視線をひっぺがし、口の端を嫌味ったらしくねじった俺は、大人の余裕で腕組みしてコイツが隠そうとしている本音を見透かす。
「むしゃくしゃしてるから踊りてェけどヤりたい気分じゃねえ、だから俺を呼びに来た」
「…………」
「あたり?ダチいねーもんなお前」
「セフレならいる」
「セフレはダチに入らねー」
「なんでだよ」
「セックス抜きで友情が成立しねーからだよ」
したり顔で言い返すもののスワローにゃ難しかったのか、納得したのかしてねえのか腑に落ちない表情でナイフを止め、俺の顔の延長線上に切っ先を擬してぼやく。
「童貞に説教されるの素で気分悪ィ」
「非童貞に舐められると素で不愉快」
ナイフの切っ先に指の谷間の煙草を掲げ、口から吐いた煙が天井へ上っていくのを見送る。
要するに気分じゃねーのだ。
スワローが俺を誘いに来たのは家が近いからってのが最大の理由かもしれないが、セフレは腐るほどいても普通のダチは極端に少ないと来て、セックスのお膳立てせずただ遊んでくれそうな心の広い物好きが俺っきゃいねえからだ。
図星だろうか、スワローが口を引き結んで不機嫌そうに黙り込む。
コイツが頑として言いたがらねえ本音を察し、ちょっとだけいじらしくなる。
上京して2年だか3年だか、周囲になめられねえように虚勢を張ってても中身は青臭いガキだ。
すこぶるつきの顔と体めあてに群がるセフレは沢山いても、打算ぬきでかまってくれる気の良い兄貴分が俺っきゃ思い浮かばねえなんて可愛いところがあるじゃねえか。
「来んの?来ねーの?嫌なら別にいいぜ、向こうでテキトーなのひっかけっから」
拗ねたようにそっぽを向くスワローにニヤケそうになるのをなんとか堪え、玄関先の戸棚の上の灰皿で煙草を揉み消す。
「仕方ねえな」

てなわけでスワローと連れ立って夜の街に繰り出したが、早速後悔した。
「あースワローじゃん久しぶりー元気?」
「聞いたよジェシーの店で大暴れしたんだって、今度は何が原因~」
「ビールを水で薄めて出しやがったんだよ、せこいまねしやがって」
「んでキレてビール瓶に小便したの飲ませたのか、ひっでえーな」
「えービール瓶ケツにぶっさして蹴っ飛ばしたって聞いたけど?」
「おいおい盛ってんな、人前でションベンする趣味ねーしジェシーの汚ねーケツに突っこんだって楽しかねえ。野郎がむくつけき用心棒けしかけてきたからビール瓶床に並べてボーリングしたのさ、お前がボールだってな。ストライク連発で大ウケ」
極彩色の光が渦巻くナイトクラブに蓮っ葉な嬌声が満ちる。
マリファナとアルコール、発汗に乗じて広がる香水が攪拌された甘ったるい匂いが酩酊を誘い、大音量の音楽が鼓膜と腹に響く。
ここはスワロ―行きつけのクラブ。天井じゃあ光を鋭角にカッティングしたミラーボールが回り、肌を大胆に露出した男女がご機嫌に踊り明かすせいで、噎せ返るような人いきれが立ち込める。
同業者には腫れ物扱いだが粋人の間でスワローが人気者ってのは自称でも自惚れでもねえらしく、顔を見せるなり周囲にひっぱりだこで引きも切らずに人が詰めかける。
「本物のストレイ・スワローか。従妹がファンなんだ、サインくれ」
「りょーかい。なあアンタ、口紅持ってる?」
「いいけど何すんの」
初対面の男に色紙代わりにナプキンを差し出されりゃ、傍らで踊っていた若い女にそう声をかけて口紅を借る。
何する気だと遠目に眺めてりゃ野次馬が囲む中心で口紅のキャップを外し、薄く形良い唇に真っ赤なルージュを引いていく。
口紅を塗り終えるや面食らった男の手からナプキンをひったくり、そこへ唇を押し付ける。
「リップサービス。特別だぜ」
ドッと座が沸く中、ナプキンにキスマークを付けたスワローは続けて口紅で署名をし、不敵に微笑んで男にナプキンを突き返す。
「よくやるぜ、ったく……」
カウンターのスツールに掛けた俺は、チェリーを飾ったノンアルコールカクテルをちびちびなめながらあきれるっきゃない。
ミラーボールの回転に合わせて光の粒子が砕け散り、美しいグラデーションが客の顔を染めていく。
スワローはといえば、俺にシカトかまして他の男や女と踊りまくっている。黒豹のミュータントらしい筋肉質の男がスワローの背中に張り付き、艶めかしくくびれた腰から引き締まった太腿へ手を滑らせていく。
生唾そそる扇情的な仕草を意識しているのか、スワローは奔放に仰け反り男の首に片手を回し、流し目を使って生意気に挑発する。
そこへべらぼうに色っぽい兎耳の女が接近し、スワローの正面で唇を窄め、尻で∞を描くようにしてヤツの股間と自分の股間を擦り合わせる過激なパフォーマンスを演じだす。
ワイルドな黒豹とセクシーな兎に挟まれたスワローはどちらも上手く相手どり、黒豹の手がシャツをまくりあげて胸板をまさぐるのに笑い、肉感的にうねる兎の柳腰を抱き寄せてタイトスカートを巻き上げていく。
「草食と肉食の両刀サンドイッチか」
ガン見がいたたまれなくなり青く澄んだカクテルを捨て鉢にかっくらえば、隣のスツールに男が滑りこんでくる。
「ここいいか」
「好きに座れ」
鋲を打った黒革のジャケットを迷彩シャツにひっかけ、レザーパンツに編み上げブーツを合わせたゴツい男は、「隣と同じのを」と俺を指してカクテルを注文する。
さほど待たせずカウンターに滑らされたカクテルを一口啜ってから、退屈そうに頬杖付いてホールを眺める俺へと身を乗り出す。
「アンタ1人?見ねェ顔だけどこの店は初めてか」
「ツレがいる」
「どこに?」
「あそこで踊ってる」
憮然としてスワローに顎をしゃくる。俺の視線を追いかけた男は一瞬目を丸くし、何を思ったか盛大に吹き出す。
「ははっこりゃたまげた、アンタあのストレイ・スワローの新しい女か!」
「あ゛?」
「女じゃねェなら男か」
「そういうんじゃねーよ、アイツとはただの腐れ縁。仕事で前に組んだことがあるだけだ」
「ってことは賞金稼ぎ?アイツにゃ手ぇ焼いたろ」
「まあな」
「一緒に踊らねーのか」
「苦手なんだこーゆートコ。付き合いで来ただけだ」
距離がさらに近付く。
男は俺が干したカクテルグラスの縁を一瞥、そこにひっかかっていたチェリーを勝手に摘まんでねぶりだす。厚ぼったい唇がチェリーを食み、性急に舌を絡めて唾液を塗す。
「暇してんなら一緒に来ねえか」
ちゅぽと音をたて口から抜いたチェリーを改めてグラスの縁にひっかけ、欲情に濡れ輝く目が俺のシャツを透かすように凝視。毛が密生した手の甲で首筋をなであげてくる。
「あー……わりぃけどそっちのケは……」
「スワローともヤッてんだろ?じゃあいいじゃん」
「よくねェよ、なんでスワローとヤッてたらアンタと寝ていいことになるんだよ。いや寝てねーけど」
「悪趣味なシャツの胸元はだけて誘ってる。乳首チラ見せサービスか」
「ボタン全部はめたらだせーじゃん、息苦しいの嫌いなんだ」
心底スワローを呪った。あの馬鹿、遊んでんじゃねえよ。
名前も知らねえ男は完全に俺にロックオンし、身体を密着させて執拗に絡んでくる。
この場を借りて弁解させてほしいが、こっちもただで乳首を見せてるんじゃねえ。
ボタンを上まできっちり嵌めると窮屈で落ち着かねえし、ガキの頃を思い出して気分が悪い。「女の子は無闇に肌を出しちゃいけないの、おしとやかにしてるのよ」ってのがあの人の口癖で、ボタン付きの服を着る時は必ず全部留めさせられた。
その反動で大人になっても首まで締めるタイプの服は苦手だし、首まわりや胸元が解放的なシャツしか着れねえだけだ。
俺の苛立ちをよそに男はますます調子にのって、毛むくじゃらの手を肩に回してくる。
反対の手が俺の太腿にのっかり、発情した芋虫のように這ってシャツの割れ目から忍びこむ。
「ストレイ・スワローなんざほっぽって2人でいい事しようぜ、可愛がってやる」

仕方ねえ。

露骨にため息を吐き、死角に隠した指先を波打たせた時だった。
「~~~~~っめて!?」
「俺の物にちょっかい出すなよ」
スワローが俺達の背後に立ち、男の襟ぐりを引っ張って背中にカクテルを注ぎ入れたのだ。空っぽになったグラスを床に放り、悶絶する男を無視して俺の腕を引き立てる。
「行くぜ劉」
「ちょ、待てよスワロー!」
「このシャツ高かったんだぞ弁償しろ、しかも俺のカクテルじゃねえか!」
椅子を蹴倒した男が咄嗟に腕をのばし、俺の手首を掴む。間抜けなことにスワローと男2人に手を引っ張られて立ち往生すりゃ、スワローが剣呑に据わらせて圧をかける。
「文句あンの」
「な…………」
「連れなんだけど」
大音量のリズムが鼓膜と腹を絶えず揺すり立てる。カウンターの前で対峙した男とスワローは暫く睨み合っていたが、眼光の圧に負けた男が舌打ち共に撤退し、その場はどうにか収拾が付く。相変わらず俺の手を掴んだスワローが、音楽にかき消されまいと声を張り上げて罵りくさる。
「シケたのにひっかかんな、隙だらけだ」
「ほったらかしたせいだろ」
「まざりゃいいじゃん、いちいちおてて引いてエスコートしてやんなきゃ踊り方もわかんねーのか年上のくせに」
どうやらコイツは俺がクラブ経験者で、ネジさえ巻きゃ狂ったようにシンバルを叩く猿のオモチャよろしく勝手に踊りだすと踏んだらしい。
「初心者かよ」
「何回か来たことある、接待やお付で」
不機嫌に負け惜しみを呟けば、スワローは俺の腕を引っ張ってホールの中央へ連れて行き、ミラーボールが角度を変えるごと明暗が錯綜し絢爛に織り成される光の中、腰を揺らして踊りだす。
「音楽に合わせろ」
「無茶ゆうな」
「足りない頭で考えんな、感覚で動くんだ」
スワローが刹那的に笑い、ミラーボールの惑星が回り光彩なす宇宙空間で腰をくねらせ、掲げた両腕を上下前後に振ってリズムをとる。俺は鼻白んで踵を返す。
「やってられっか」
「戻ったらまた絡まれるぜ、腹くくれ」
「……くそったれ」
流れるようなスワローのダンスを真似てぎくしゃくと踊りだす。
ぶざまに蹴っ躓いてよろけ、足を踏まれそうになりゃ慌てて引っ込め、音楽に委ねて身体を揺するうちに呼吸が飲み込め始める。と、スワローが唐突に顔を背けて吹き出す。
「ダンシングフラワー」
「何だそれ」
「よそ見すんなよ、もっと腰突き出してご機嫌にスイングするんだ」
「こうか?」
スワローと向い合わせになって、お互い腰を突き出しては引っ込めてを繰り返す。
音楽がムーディーな曲に切り替わり、クレイジーな世界の中心のミラーボールがダークピンクとバイオレットの妖艶な諧調を帯びる。
スワローが悪戯に含み笑い、蝶々のように舞って俺の視線を絡め取った五指をジーンズが包む太腿へ遊ばせたかと思いきや、挑発的に股間を摺り寄せてくる。
思わず腰が引ける。
「近すぎ」
「ツマンねーこと気にすんな」
スワローが緩やかに前傾して俺にもたれかかり、俺は紙一重でスワローを避けるようにして腰を揺する。

結局その夜は3軒ハシゴした。
スワローは行く先々で浴びるようにカクテルをかっくらっちゃアルコールと汗を一緒に流し、女を侍らせ男に囲まれ、ミラーボールの輝きに彩られたキレキレのダンスで喝采を浴び、気に入らねえヤツに次々喧嘩をふっかけて回っていた。
「次行くぜ劉~~~~」
「もー帰んぞ、お前ふらふらじゃねーか」
「は?まだイケるって全然よゆー」
「前の店でボールダンスしたろ」
「ありゃ店の真ん中に柱なんか立てとくのが紛らわしい。柱があったらストリップのステージだと思うじゃん、したら回るじゃん」
「目ェ回してんじゃん」
足取りの覚束ねースワローの肩を抱いてネオンが散りばめられた歓楽街を歩きがてら、そろそろ頃合いと見て核心に踏み込む。
「なんで喧嘩したんだ」
「…………」
スワローが塩を致死量までぶちこんだコーラを呷ったような仏頂面になる。本当わかりやすいなコイツ。
「3軒付き合ってやったんだ、言えよ。吐いちまえば楽になるぜ」
スワローの性格上すっとぼける可能性は十分ありえた。
最悪俺を殴り飛ばし自分1人でとっとと4軒目に駆け込むのも考えられたが、アルコールを大量摂取した上ボールダンスで目を回し三半規管がやられてる今なら素直に吐くかもしれない勝算もあった。
自堕落にずり落ちたスワローを担ぎ直し、できるだけ軽い口調で茶化す。
「踊るだけじゃ憂さ晴れねーから俺を捌け口に恃んだろ」
コイツにゃ友達がいない。
セフレをダチに数えるなら別だが、ただ愚痴を吐いたりしんどい時に寄りかかれる相手は少ねェはずだ。
というのも、普段はそれ全部兄貴が肩代わりしてくれるからだ。
だからこそ、兄貴と痴話喧嘩やらかした時はいつもに輪をかけて破れかぶれの振る舞いをする。
「知ったかぶんな」
「知らねーから教えてくれって頼んでんだ」
「身内でもねーのに兄貴ヅラしやがって」
「ピジョンにゃ負ける。こんな面倒くせー弟、俺なら寝てる間に濡れティッシュで息止めてる」
「お前らしい姑息な手口」
スワローが皮肉っぽく片頬歪め、シャツの内側にたれた鎖を手繰ってドッグタグを引っ張り出す。
ネオンを浴びてカラフルに染まるタグを見詰め、スワローがさも忌々しげに吐き捨てる。
「……最悪」
「それ絡みで何かあったの。兄貴が質に流したとか、ッぐ!?」
無防備な鳩尾に衝撃が炸裂して息が詰まる。スワローの肘鉄をまともに食らっちまったのだ。
「駄バトが質入れするか」
「……その通り。お前が質に流すことはあってもピジョンが流すのはありえねー、断じてねー」
「もともとタダ同然の安物だよ」
「たしかピジョンが誕生日にくれたんだっけ、ペアで」
「ああ、なのにアイツ」
苦しげに咳き込んでから涙目で向き直りゃ、スワローは俺への仕打ちを謝罪するでもなくタグを握り締め、怒りに尖った目で正面の虚空を睨んでいる。
「……なくしちまったとか?」
「洗濯機にかけやがった」
「なんだって」
「俺のタグを洗濯機にかけて、他のと一緒に洗いくさりやがったんだよ」
「……わかった。続けろ」
喉元までこみ上げた突っこみを無理矢理嚥下してゴーサインをだすや、タグを掴んだスワローが堰を切ったように独りよがりな不満と鬱憤をぶちまける。
「タグが洗濯物の中にまじってたんだ。あの間抜け、それに気付かねーで全部まとめて洗濯機にぶっこんだんだよ。フツー1枚1枚改めんだろ、俺が洗濯機使うときゃポケットにレシートやガムや煙草入りっぱなしだグチグチ小姑みてーにぬかすくせに」
「ふやけてちぎれてひっつくから後始末大変なんだよ煙草は」
「お前もポカしたの」
「常習犯だよ畜生。で?」
「起きたら見当たらねーからおかしいと思ったんだ、部屋中ひっくり返してとんだ骨折り損だ。駄バトを蹴り起こして部屋中の隙間って隙間を調べて、全部の戸棚を開けても見当たらねー。で、ひょっとして地下のランドリーに行ったんだ。したら大当たり、洗濯機の底にひっかかってた」
「突っこんでいいか」
「ンだよ」
「なんで洗濯物にまぎれたんだ」
「俺が脱いだから」
「とれたの気付かなかったの」
「酔っててな」
「肌身離れてんじゃん」
まとめるとこうだ。
酔っ払って朦朧としたスワローが服と一緒にドッグタグを洗濯カゴに突っこみ、ピジョンはそれに気付かず洗濯物を地下ランドリーに運び、まとめて洗濯機にかけてしまった。
真相を知った俺は途方もない脱力感に襲われ、このアホを路上に捨ててとっとと部屋に帰ってふて寝したくなる。
「全面的にお前が悪い」
「はァ?話聞いてたか」
「頭からケツまで聞いた上での結論だよ。自分で外したんだろ?洗濯物に紛れちゃ気付かねーよ、テメェの不始末棚に上げて兄貴責めんじゃねーよ」
「クソだりーことに3時間さがしたんだぜ3時間、こちとら朝メシぬきで腹ぺこだってのに。ピジョンのアホがひょっとしてって地下行くから付いてったら案の定、洗濯機の底にあったんだよ。間に合ったからよかったけど、他の住人に盗られちまったらどう落とし前付けんだよ。ウチのアパートの連中が手癖悪ィのぞろいって知ってんだろ、洗濯機に服忘れるとすぐ持ってかれっし」
「質入れもできねーちんけなタグ持ってかねーよ、痛っで蹴んなって!」
「洗濯機にかけたんだぜ」
「遠心力で汚れ落ちてよかったじゃん」
そう返せば盲点を突かれたスワローはあっけにとられ、数秒間黙り込んで思考し、手の中のドッグタグをまじまじ見詰めなおして独りごちる。
「……それもそうか」

今夜の馬鹿騒ぎは一体なんだったんだ。

俺はといえば、地下のランドリーにて背中合わせでドッグタグを探しまくった挙句、両側から洗濯機の底を覗き込んで快哉を上げるピジョンとスワローの想像に沸々と笑いがこみ上げて止まらなくなる。
「くだらねー」
とうとうこらえきれず肩をひくつかせ笑い出せば、苛立ったスワローが俺の脚を蹴り上げ、前のめりに傾いだ所をさらに蹴り上げてくる。
「ピジョンだってドジするさ、許してやれよ」
「もう口きいてやんねー」
「ハイハイ」
スワローを引きずってアパートへの道を辿りながら、夜遅くコイツを送り届けた時のピジョンの顔を思い浮かべて愉快な気分になる。
スワローは靴底がすり減るほど踊り疲れてうたた寝してるのか、さっきまでの気勢はすっかり失せ、大人しく俺の肩にもたれかかってる。
「わざとじゃねーんだから」
「知るか」
「口利いてやんねーと寂しがる」
「勝手に寂しがりゃいいんだ」
「大人げねーな、無事に戻ってきたんだからいいじゃんか。ピジョンも一緒にさがしてくれたんだろ、3時間も根気強く」
「当たり前だ……アイツが持ってったんだから……せいぜい妬かせてやるんだ」
スワローが薄っすらと片目を開け、共犯者と示し合わせるような微笑みを向けてくる。
「2人ででかけたって聞いたらきっと羨ましがる。アイツ友達いねーもん」
俺は心底ピジョンに同情した。
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