タンブルウィード

まさみ

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Black Widowers11

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スワローは他の賞金稼ぎからネタを強請ることにした。
「ちょっくら聞きてえんだけど」
「なんだテメェ」
「待てよ見たことある。まさかストレイ・スワ」
皆まで言わせず胸ぐら掴み、鳩尾に膝蹴りを叩き込む。男が体を折って嘔吐する。
「ヤング・スワロー・バードだ、間違えんな」
「ノイジ―ヘブンに来てたのか、何の用だよ」
「テメェら賞金稼ぎだろ、匂いでわかる。黒後家蜘蛛のこと嗅ぎ回ってんだよな、何か掴んだか。目撃証言でもヤサの場所でもなんでもいい、掴んだネタ全部こっちに渡せ」
「誰が、ぐふっ!」
「返事はイエスかオフコース」
ナイフを抜くまでもなく二人をのし、殴る蹴るしてゲロさせた。
「知らねえよ、俺たちだって八方塞がりのお手上げ状態なんだ」
「んじゃ知り合いの名前挙げな、役立たずのマヌケでも一人位は使えんだろ」
でかいケツを蹴飛ばし、ノイジーヘブンに散らばった同業者の名前と特徴を聞き出す。
黒後家蜘蛛は警戒心が強い。変装の名人でもあるからして、素人の目を欺くのは造作もない。その点賞金稼ぎは腐ってもプロ、マンハントの専門技術を持っている。
現在ノイジーヘブンに流れ込んだ賞金稼ぎは五百人以上、連中を徹底的に締め上げれば大なり小なりネタを落っことすはず。
それをスワローは実行した。
街で見かけた賞金稼ぎに片っ端から接触し、必要とあれば色仕掛けも辞さず、路地裏に連れ込んでボコる。
幸いヤング・スワロー・バードの顔は売れており、大半は痛い目に遭わされる前に自分が知ってる事をぶちまけた。結論から言えば、どれも期待外れだ。
だんだん気味が悪くなってきた。
これだけの数の賞金稼ぎが総出で追ってるのに、脚の一本も掴めないなんて馬鹿げた話があるか?
実体を伴わない噂が独り歩きしてるような疑念に憑かれ、苛立ちが加速する。
もしかして、黒後家蜘蛛なんていねえんじゃねえか。
俺達は幻を追ってるんじゃねえか。
ノイジーヘブンに滞在してるってのはフェイクで、とっくに他の街に移っちまったのかもしれねえ。
次の瞬間、往来を隔てた路地裏に影がチラ付く。すかさず雑踏をかいくぐり、奥へ逃げ込む男を追跡する。追い付いた。
「待てよ」
後ろ襟をおもいきり掴むと同時に足をひっかけ、背中から壁に叩き付ける。男が空気の塊を吐き出して咳き込む。
「暴れると捻り潰す」
股間に膝をあて、ぐっと圧を加える。男が両手を挙げて降参する。一目でジャンキーだとわかった。落ち着きなく動く目に毛細血管が浮き出し、唇はひび割れている。劉と比べてもまだ細い。洗ってない髪からは不潔な匂いがした。
「賞金稼ぎだな」
「お初にお目にかかれて光栄だよストレイ・スワロー。仲間をボコってネタゆするとか、ギャングの方が向いてんじゃねーか」
「使えるものは使うのがポリシーでね」
「野良ツバメも堕ちたもんだ。兄貴は一緒じゃねえのか、確かバディ組んでたよな」
ピジョンの不在に言及され怒りが膨らむ。瞬時にナイフを抜き放ち、頬を叩く。
「駄バトの事なんかどうでもいいんだよ。今聞きてえのは」
「黒後家蜘蛛の居場所?んなもん知ってたら苦労しねェよ。なあ頼む物騒なもんしまってくれ、代わりにとっておき教えてやる、お前たちが喉から手が出るほど欲しがってるネタだよ」
「お前たち」と複数形で言ったのが気になる。こけた頬にナイフをあてがわれたジャンキーが媚びるように笑い、囁く。
「レオン・ブラザーズのねぐら、知りたかねェか」
聞き覚えがある名……賞金首兼賞金稼ぎの双子のはず。ボトムを中心に荒稼ぎしており、懸賞金はそこそこ高額だ。しかし何故連中の名前が出てくるのか腑に落ちない。
「お前馬鹿か?俺が今追ってんのは黒後家蜘蛛だ、レオン・ブラザーズなんてしょぼいの興味ねえよ」
「マジか。兄貴もそういってんのか」
「ピジョンがなんだって」
「レオン・ブラザーズは仇だろ」
理解に苦しむ。ピジョンの口からレオン・ブラザーズの名前が出たことなど、スワローが覚えている限り一度もない。
不自然な位、一度も。
「…………」
スワローは高額懸賞金の大物狙いだが、ピジョンがターゲットを選ぶ基準は女子供に害を成しているか否か。
レオン・ブラザーズは婦女子の誘拐や人身売買を生業にしている。ボトムの孤児院を襲い、子どもをさらった前科もある。
兄の正義感の強さを考えれば真っ先にリストに挙がってもおかしくないのに、まるで故意に避けてるみたいじゃないか。

「連中たァ駆け出しの頃から知り合いで、何回か飲んだことがあるんだ。ちょっと前にボトムの孤児院が襲われたろ、アレもレオン・ブラザーズの仕業、アブノーマルのガキを変態に売り飛ばす魂胆だったんだ。お前の兄貴も災難だよな、ガキども助けようと深追いしてドジったんだって」

知らない。

「ガキども人質にして言うこと聞かせたって、ゴーストとダークが自慢してたぜ」

俺は知らない。

「何したんだ」

男は言った。
レオン・ブラザーズがリトル・ピジョン・バードに働いた仕打ちを洗いざらい、微に入り細を穿ち語って聞かせた。

ブレーカーが落ち、記憶が飛ぶ。

次に目を開けたらジャンキーは血まみれで倒れており、拳から赤い雫が滴っていた。ナイフも濡れている。コイツで切り刻んだのだ。

呼吸が荒い。
酷く苦しい。

「頼む許してくれ命だけは見逃してくれ、お前が知らないって知らなかったんだ俺は悪くねェ連中が言った通りに語っただけだ、恨むんならレオン・ブラザーズを恨め!」
ジャンキーが何かほざいてる。うるせえ。無造作に蹴り転がし鼻を削ぐ。女々しい悲鳴。
「どこにいるって」
「ウェストサイドの廃モーテル、サバンナって名前の……そこの101号室だ。道わかんねーなら任せろ案内してやる、その顔は今すぐ飛んで帰って復讐する気満々だなお見通しだぜ、大事な兄貴をおもちゃにされたんだもんなキレて当然だ、お前は正しいよヤング・スワロー・バード!」

兄貴。
俺の兄貴。
俺の知らない所でレオン・ブラザーズに滅茶苦茶にされたキズモノにされた縁もゆかりもねえアブノーマルのガキども助けるため体を張って捕まってヤク打たれて二本挿しでマワされた、ドッグタグをペニスに巻かれて上と下の口に突っ込まれた

「ぎゃああああああああ!」

右手のひらをナイフで貫かれ、ジャンキーがのたうち回る。

俺が間違ってた。
離れるんじゃなかった。

殴る。蹴る。切り刻む。衝動任せにジャンキーを半殺しにする。見苦しく地べたを這いずり、泣いて命乞いする男にレオン・ブラザーズの面影を重ねて暴力を加えていく。

知りたくなかった。
知らないままでいたかった。
知らずにいる事は許されないとわかっていても、そうねがわずにいられない。

張り裂けそうに胸が苦しくて、狂おしいほどやるせなくて、お喋りなジャンキーと鈍感な自分とだんまりを通したピジョンに殺意が燃え上がる。一番ブチ殺したいのはピジョンを貶めた双子だ。
ジャンキーを切り刻む刃が跳ね返り、錯乱した心をズタズタに切り裂く。
ジャンキーのポケットから注射器とアンプルが落ちた。アンプルに入ってるのは病んだ血のような赤錆色の薬液。
「ほ、欲しけりゃやる。一発でトベるって評判のドラッグだ、アンデッドエンドに出回りだしてる……だからどうか命だけは……」
息も絶え絶えな男がスワローに縋り付き、震える手に持った注射器をかざす。
これを言うと意外に思われるが、スワローはマリファナしかやったことがない。
それも煙草に巻いて喫うのがせいぜいで、ドラッグを打った経験は皆無だった。
母に義理立てしてるわけじゃない。
親に貰った体を粗末にするとぎゃあぎゃあうるさいのが近くにいたから控えてただけだ。

『腕を穴ぼこだらけにしたら母さんが哀しむぞ、ジャンキーが弟なんて嫌だからな』

ドラッグをやったのがバレたら、今度こそ縁を切られるだろうか。
どうでもいい。
ジャンキー曰く、ピジョンは薬を打たれて輪姦されたそうだ。
スワローは今の今までそれに気付かず、何度も抱いた兄の体にある、注射針の痕を見落としてきたのだ。
既に塞がっていようが関係ない。
俺以外のヤツがピジョンに付けた傷や痣を見落としていた事実そのものが許せない。

これを打てば、ピジョンと同じ場所まで堕ちれる。

即座に注射器とアンプルをひったくり、肘裏に青く浮いた静脈に針を擬す。
「ッは、」
皮膚と血管を突き破る鋭い痛みに続き、凄まじい多幸感と酩酊感が血液に乗じ巡りだす。息もできないほど内圧を高めた殺意が僅かに緩和され、鈍った思考を靄が包む。
よろめいてあとずさり、壁を肩でこすって大通りに出、覚束ない足取りで歩く。
空っぽのアンプルと注射器が手をすり抜けたのも気付かず、失神したジャンキーをほったらかし、ピンボールの球の如く通行人に弾かれながらモーテルに帰り着く。
「ピジョン」
呂律が回らない口で呼び、隣の部屋の前に立ち尽くす。どうしてもノブを回す勇気が出ず、さりとてノックもできず、小刻みに震える手で耳を塞ぐ。
ずっと昔、兄がしてくれたように。

『大丈夫。大丈夫』

大丈夫なもんか。
ドアの表面に額を預け、かすかに漏れてくるテレビの音声に耳を澄ます。
喘ぎ声……ポルノ?ピジョンらしくもねえ。アイツも一応男だもんなと麻痺した心の片隅で思い、目を瞑る。

蹴破ろうと思えば蹴破れる。
それをしないのは、お前にあわす顔がないからだ。

何が相棒だ。
何がヤング・スワロー・バードだ。
一体何を見てきた。
結局の所、使えねえのは俺の方じゃねえか。

今、ドアが開いたら死にたくなる。
スワローはわかっていた。
ピジョンは死ぬほど優しいから、素直に謝りに行けばきっと受け入れてくれる。
もういいよ、怒ってないよと苦笑いで迎えてくれる。
そしてスワローは兄の優しさに甘え、どんな罪深い仕打ちや愚かな振る舞いもたちまち許された気になり、ピジョンを傷付けた度し難い連中と容易く傷付けられたピジョンに怒るのだ。

なあ神様、それってオナニーとどうちがうんだ?
なあ母さん、教えてくれよ。

目の前のドアが歪んでぼやけ、懐かしいトレーラーハウスのドアにすりかわる。

『お仕事中は開けちゃだめだよ』

舌足らずに注意する声が甦り、ノブを掴んだ手を離す。

巣立ちの日に母と交わした約束を破った。
ピジョンを守れなかった。
結局の所、それが全てだ。

気持ちが悪い。胃袋がでんぐり返る。重たい体を引きずり自室のドアを開け、ベッドに倒れ込む。
意識は混濁していた。ドラッグを静脈注射した体は虚脱しきり、指一本曲げるのもだるい。瞼の裏では様々な色が混沌と渦巻き、光がハレーションを起こしている。

だからきっと、それから起きた出来事は悪い夢だ。
ピジョンに犯されるなんて。
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