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8.再会
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「一人にしないでください」
老いた男が寝ていた。男の呼吸は不規則で、時折苦しそうな表情を見せた。
「また会えるよ。姿が変わっても、僕が必ず君を探し出す」
男はかすれた声で言うと、リサの手を握った。
「絶対ですよ。待っています」
ゆっくりうなずくと、男は息を引き取った。とても満ち足りた顔をしていた。
**
夢か――すっかり忘れていた遠い昔の記憶。ハリーに首飾りをもらってから、見るようになった。
ずっと待っていたはずなのに、時間が経ちすぎてクリスの顔を思い出せない。
ハリーはクリスに雰囲気が似ている。話すと心が穏やかになる。ハリーはクリスの生まれ変わりだろうか?
**
「髪、切りましたか?」
ハリーが覗き込んだ。距離が近くて、リサは思わず後ずさる。
「よく気づきましたね」
照れくさくて、髪を触った。ささいな気遣いがクリスに似ている。
「あの、お話したいことがあります」
ハリーは目をそらした。
「何ですか?」
「王立大学に行くことが決まりました。だから、今までのようには会えなくなります」
「そうですか。おめでとう」
リサは一瞬、息をするのを忘れた。会えなくなると、ハリーがクリスの生まれ変わりなのか確かめられない。
ハリーは深く息を吸った。
「僕と一緒に来てくれませんか?」
これがハリーの伝えたかったこと。リサはぼんやりと前を見ながら、ため息をつく。曖昧にするのはよくない。正直に答えよう。
「わたしは夫を待っています。正確には、夫が生まれ変わった人をです」
「どんな人ですか?」
「顔はもう忘れました。でも、雰囲気はあなたに似ています」
ハリーの頬が赤らむ。
「返事はすぐでなくていいです。また来ます」
ハリーは弾むように言うと、立ち去った。
**
ハリーはクリスの生まれ変わりかもしれない。でも、確証はない。確かめる手段があればいいのだが。
「うわぁぁっ……」
崖のほうからハリーの声が聞こえた。前日の雨で地盤が緩くなっていた。足場の悪い場所を歩いて、落ちたのかもしれない。リサは走った。
崖の下に倒れたハリーは、意識がなかった。
「クリス! わたしを残して死なないで。もう、一人は嫌です」
リサはハリーの体を何度も揺すった。
「クリス……懐かしい名前です」ハリーが小さく呟いた。
「クリスなのですか?」
「そうみたいです。思い出しました」
ミルズ伯爵領から連れ出してくれたクリス。雨を降らせたら喜んでくれた。翡翠の首飾りは今も大事に持っている。毎日が幸せだった。記憶が溢れるように蘇る。
溢れ出した涙がリサの頬を伝う。ハリーはごつごつした手でリサを抱きしめた。
「あんなことになってしまって、すまなかった」
「あんなこと?」
「君が父に倉庫の秘密を言わなければ、僕たちは一緒にいられたのに。ねえ、もう一度あの歌を聞かせてくれないか」
リサは頬の涙を拭うと、ハリーの手を払った。
「あなたはわたしの夫ではないようです。一緒にはいけません」
**
リサは長いため息をついた。ハリーは夫のクリスではなかった。
期待していただけに、心労が大きい。いつ会えるか分からないクリスを待つ、そんな日々がまた続く。もう疲れた。
ぼんやりと前を見ると、男が歩いていた。この辺りを人が通ることはない。きっと、道に迷ったのだろう。
「あの、道を教えてもらえませんか」
男は愛想笑いを浮かべる。胸元には、緑色の石のついた首飾りが見える。
「構いませんよ。どこに行きたいのですか?」
男は麓の教会に行くために山を越えてきた。鉱物が採集できそうな洞窟を見つけ、山道を外れて中に入ったら道に迷った。不注意なところがクリスに似ている。
リサが麓への道を教えると、男は「お礼にこれを」と首飾りを差し出した。世間では首飾りを贈るのが流行っているのだろうか?
「あの、どこかで会ったことはありませんか?」
男は頭をぼりぼりとかいた。リサは男を覚えていない。
「いえ、人違いではないでしょうか」
男は口元に手を当てて黙り込んだ。
「あなたの名前はリサですよね?」
「なぜそれを?」
「夢に出てくるのです。夢で僕は、クリスと呼ばれています。本名はクリストファー・コーエンだったかな?」
男は目を逸らした。リサは息を呑んで、ゆっくりと吐き出す。
「夢の中で、わたしは何をしていますか?」
「いろいろですよ。僕が一番好きなのは、あなたの踊りです。終わった後、僕に微笑みかけてくれます」
涙が溢れて、何も見えない。
「あの、変なことを言いましたか?」
男は不安そうにリサを覗き込む。
「いえ、そうじゃないんです……やっと会えた」
自然に笑顔がこぼれた。
<了>
【後書き】
この物語はこれで終わりです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
なお、各話の登場人物はこちらです。
(1)狼の魔物:ハリー・グリフィス、リサ・コーエン
(2)出会い:クリスティン・ベネット、エリザベス・ジョーンズ
(3)奴隷:クリストファー・コーエン、リサ・コーエン
(4)罪と罰:クリスティン・ベネット、エリザベス・ジョーンズ
(5)神の手伝い:クリストファー・コーエン、リサ・コーエン
(6)慕情:クリスティン・ベネット、エリザベス・ジョーンズ
(7)呪い:クリストファー・コーエン、リサ・コーエン
(8)再会:ハリー・グリフィス(クリスティン・ベネット)、リサ・コーエン、クリストファー・コーエン
老いた男が寝ていた。男の呼吸は不規則で、時折苦しそうな表情を見せた。
「また会えるよ。姿が変わっても、僕が必ず君を探し出す」
男はかすれた声で言うと、リサの手を握った。
「絶対ですよ。待っています」
ゆっくりうなずくと、男は息を引き取った。とても満ち足りた顔をしていた。
**
夢か――すっかり忘れていた遠い昔の記憶。ハリーに首飾りをもらってから、見るようになった。
ずっと待っていたはずなのに、時間が経ちすぎてクリスの顔を思い出せない。
ハリーはクリスに雰囲気が似ている。話すと心が穏やかになる。ハリーはクリスの生まれ変わりだろうか?
**
「髪、切りましたか?」
ハリーが覗き込んだ。距離が近くて、リサは思わず後ずさる。
「よく気づきましたね」
照れくさくて、髪を触った。ささいな気遣いがクリスに似ている。
「あの、お話したいことがあります」
ハリーは目をそらした。
「何ですか?」
「王立大学に行くことが決まりました。だから、今までのようには会えなくなります」
「そうですか。おめでとう」
リサは一瞬、息をするのを忘れた。会えなくなると、ハリーがクリスの生まれ変わりなのか確かめられない。
ハリーは深く息を吸った。
「僕と一緒に来てくれませんか?」
これがハリーの伝えたかったこと。リサはぼんやりと前を見ながら、ため息をつく。曖昧にするのはよくない。正直に答えよう。
「わたしは夫を待っています。正確には、夫が生まれ変わった人をです」
「どんな人ですか?」
「顔はもう忘れました。でも、雰囲気はあなたに似ています」
ハリーの頬が赤らむ。
「返事はすぐでなくていいです。また来ます」
ハリーは弾むように言うと、立ち去った。
**
ハリーはクリスの生まれ変わりかもしれない。でも、確証はない。確かめる手段があればいいのだが。
「うわぁぁっ……」
崖のほうからハリーの声が聞こえた。前日の雨で地盤が緩くなっていた。足場の悪い場所を歩いて、落ちたのかもしれない。リサは走った。
崖の下に倒れたハリーは、意識がなかった。
「クリス! わたしを残して死なないで。もう、一人は嫌です」
リサはハリーの体を何度も揺すった。
「クリス……懐かしい名前です」ハリーが小さく呟いた。
「クリスなのですか?」
「そうみたいです。思い出しました」
ミルズ伯爵領から連れ出してくれたクリス。雨を降らせたら喜んでくれた。翡翠の首飾りは今も大事に持っている。毎日が幸せだった。記憶が溢れるように蘇る。
溢れ出した涙がリサの頬を伝う。ハリーはごつごつした手でリサを抱きしめた。
「あんなことになってしまって、すまなかった」
「あんなこと?」
「君が父に倉庫の秘密を言わなければ、僕たちは一緒にいられたのに。ねえ、もう一度あの歌を聞かせてくれないか」
リサは頬の涙を拭うと、ハリーの手を払った。
「あなたはわたしの夫ではないようです。一緒にはいけません」
**
リサは長いため息をついた。ハリーは夫のクリスではなかった。
期待していただけに、心労が大きい。いつ会えるか分からないクリスを待つ、そんな日々がまた続く。もう疲れた。
ぼんやりと前を見ると、男が歩いていた。この辺りを人が通ることはない。きっと、道に迷ったのだろう。
「あの、道を教えてもらえませんか」
男は愛想笑いを浮かべる。胸元には、緑色の石のついた首飾りが見える。
「構いませんよ。どこに行きたいのですか?」
男は麓の教会に行くために山を越えてきた。鉱物が採集できそうな洞窟を見つけ、山道を外れて中に入ったら道に迷った。不注意なところがクリスに似ている。
リサが麓への道を教えると、男は「お礼にこれを」と首飾りを差し出した。世間では首飾りを贈るのが流行っているのだろうか?
「あの、どこかで会ったことはありませんか?」
男は頭をぼりぼりとかいた。リサは男を覚えていない。
「いえ、人違いではないでしょうか」
男は口元に手を当てて黙り込んだ。
「あなたの名前はリサですよね?」
「なぜそれを?」
「夢に出てくるのです。夢で僕は、クリスと呼ばれています。本名はクリストファー・コーエンだったかな?」
男は目を逸らした。リサは息を呑んで、ゆっくりと吐き出す。
「夢の中で、わたしは何をしていますか?」
「いろいろですよ。僕が一番好きなのは、あなたの踊りです。終わった後、僕に微笑みかけてくれます」
涙が溢れて、何も見えない。
「あの、変なことを言いましたか?」
男は不安そうにリサを覗き込む。
「いえ、そうじゃないんです……やっと会えた」
自然に笑顔がこぼれた。
<了>
【後書き】
この物語はこれで終わりです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
なお、各話の登場人物はこちらです。
(1)狼の魔物:ハリー・グリフィス、リサ・コーエン
(2)出会い:クリスティン・ベネット、エリザベス・ジョーンズ
(3)奴隷:クリストファー・コーエン、リサ・コーエン
(4)罪と罰:クリスティン・ベネット、エリザベス・ジョーンズ
(5)神の手伝い:クリストファー・コーエン、リサ・コーエン
(6)慕情:クリスティン・ベネット、エリザベス・ジョーンズ
(7)呪い:クリストファー・コーエン、リサ・コーエン
(8)再会:ハリー・グリフィス(クリスティン・ベネット)、リサ・コーエン、クリストファー・コーエン
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