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区役所

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「ママはどんな人だったの?」
「15歳になったらね」

 パパはいつもそう言うだけで、ママのことを話さなかった。
 研究者のパパはいつも忙しそうだ。毎日遅い時間に帰ってくる。研究所に泊まり込むことがあるから、何日も顔を合わせないこともある。パパがほとんど家にいないから、家事はお手伝いさんのジャスミンさんがしてくれた。学校から帰るとジャスミンさんが出迎えてくる。
 どうしてもママのことが知りたかった。ジャスミンさんに相談したら「戸籍謄本を調べれば分かるよ」と教えてくれた。未成年者が戸籍謄本を取得できるのを知らなかった。

 その翌日の学校帰り、区役所に行った。用紙に住所と名前を書いて窓口でお金を払うと、係の男性から戸籍謄本をもらった。戸籍謄本にはパパ、ママと私の名前、生年月日が載っている。ママの欄に「死亡」と書かれていなかった。
 「死亡と書かれていないので、お母さんは生きています」窓口の男性に尋ねたら、そう言われた。

 ママは亡くなった、とパパから聞いた。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんもそう言っていた。でも戸籍謄本ではママは死んでいない。
 区役所のデータベースにはママの情報があるかもしれない。ブースでママの名前「太田葵」、旧姓の「竹村葵」を検索した。新しい情報はなかったけど、15年以上前の記事が表示された。
 家で検索してもママの情報は何も出てこなかった。私に見せないように、パパが閲覧制限していたのだろう。
 表示されたページを確認する。ママは有名な脳科学者だったらしい。自分のことのようで、ちょっと嬉しい。検索結果は、ヒトの人格形成に関するものが多かった。これはある科学雑誌が掲載したインタビュー記事だ。

竹村:『ある国ではペットロスから立ち直るために、死んだペットのクローンを作るビジネスが流行しました。一般的なクローンの生成では、ペットの体細胞の核を除核した卵子に移植し、代理母に出産させます。しかし、このアプローチには問題点があります』

記者:『何ですか?』

竹村:『倫理的な問題もあるでしょうけど、それ以外にも、人工的に作り出したクローンがコピー元と同じといえるか、という点です。クローンの外見はコピー元と同じです。でも、オリジナルの記憶がありませんし、性格や行動パターンが違います。つまり、似ているだけのニセモノなんです』

記者:『ニセモノですか。クローンを作ることに意味はない、と竹村博士は考えているわけですか?』

竹村:『いえ、意味はあります。ニセモノの中にコピー元と同じ人格を入れれば、ホンモノが完成します。ペットは基本的欲求に忠実に生きていますから、コピー元の行動パターンをクローンの脳に埋め込めばホンモノが出来上がります』

記者:『なるほど。そうすると、ヒトの完全なクローンも作り出せるのでしょうか?』

竹村:『理論的には可能です。「量子ゆらぎ」はご存知ですよね? 離れた場所にある2つの量子は同じ動きをする。その特性を使った量子暗号は、常に変化する2つのペアを使って暗号キーを作ります。原理は同じで、ヒトの人格もAと同じ動きをするBが作れるはずです』

記者:『量子力学の脳科学への応用ですか。その技術が確立すれば、完全なクローンが完成するわけですね。ところで、クローンはオリジナルの人格を持ったまま生まれてくるのでしょうか?』

竹村:『いえ。生まれたばかりのクローンには、成人の知識量をストックできるだけの脳細胞がありません。ある程度成長してから……例えば、クローンが15歳に育ってからオリジナルの人格をコピーすることになるでしょう』

 パパが載っている記事もあった。パパはクローンの細胞を培養する方法を発見した生物学者として紹介されていた。この技術によって、代理母を使わずにクローンを生成できる。ママの人格をコピーする技術、パパの体細胞からクローンを作る技術。その二つの技術を使えば、人類は永久に生き永らえることができる。

 区役所から家に帰る途中、ずっと考えていた。
 ママが死んでいたら戸籍謄本に死亡と書いてある。書いていないのだから、ママは生きている。でも、何かの事情でママは私に会えない。
 ママにそっくりな私。クローンが15歳になったらオリジナルの人格をコピーすることができる。

――15歳になったらね

 どういう意味なのか。頭が混乱する。ママに会いたい。
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