伯爵令嬢と入れ替わった平民は、最低な婚約者から伯爵令嬢を守ることにします

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7.プレタポルテ

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※本話には別の物語が挿入されています。

 酒場に併設された安宿。壁には煙草のヤニが染みついている。夜更けにもかかわらず、酒場から笑い声やグラスのぶつかる音が聞こえる。
 アルバートは窓を少し開けると、外の通りに視線向けた。追手の姿はない。

「王立警察はメイザース王国中を捜索しています。逃げ回っていても、いつかは捕まるでしょう。誰もあなたに危害を加えません。ここらが潮時ではないですか?」

 女はじっとアルバートを見つめる。

「いえ、あなたと一緒にいます」
「逃走中は満足な宿に泊まれません。貴族令嬢のあなたを、こんな安宿に寝泊まりさせるのは、申し訳なくて」

 アルバートは頭をかきながら、女を見た。逃走生活では、女に贅沢をさせてやれない。

「泊まる場所など、どこでも構いません。私の望みはあなたと一緒にいることです。あなたと離れるなら死を選びます」

 女の瞳には決意が宿っていた。意志は固い。

 ◆◆

「ねえ、ちょっといいかしら?」

 マリーがダリオ商会に顔を出したら、ローズが言った。あれから、ローズとは元に戻るかどうかを話していない。命の危険があるかもしれないのだから、お互いに考える時間が必要だ。

「どうしましたか?」
「ダリオ商会の手伝いをして分かったのだけど、お客さんの注文をたくさん断っているわ。どうして、もっと注文を受けられないの?」

 どうやら、入れ替わりの話ではないようだ。ローズはダリオ商会を心配してくれている。

「今のままでは難しいですね。ダリオ商会の販売方法は、顧客の注文を職人が手作業で仕上げるオートクチュールです。一つ仕上げるのに約1カ月。つまり、抱えている職人の数が、一月に受けられる顧客の注文の数になるのです」
「注文を受けようにも、職人が不足しているのね」
「そういうことです」

 ローズはカップを指でなぞる。何かを考えているようだから、マリーは静かに待った。

「一年ほど前に、お父様と他国の工場に行ったの。そこでは、服の製造工程を分けて作っていたわ。作業分担ね。同じ工程を担当するのであれば、熟練の職人でなくても服を作れる。工場はそうやって大量生産していたわ」
「プレタポルテですね。素晴らしい製造工程だと思います」
「じゃあ、なぜ試さないの?」
「ダリオ商会はオートクチュールの職人を抱えています。プライドがありますから、職人は同じ工程を担当することに反対するでしょう」

 マリーは父に進言したことがあったが、職人の反対を恐れてプレタポルテを始められなかった。職人が離れてしまえば、ダリオ商会の事業は成り立たない。

「新しくプレタポルテを始めればいいのよ」

 ローズは事もなげに言った。たしかに、オートクチュールを続けるのであれば、職人は反対しない。しかし、問題は山積みだ。

「簡単に言わないでください。プレタポルテを始めるには、新しい工場が必要です」
「トリスタン家が所有する倉庫を使えばいいわ。農作物を保管していたのだけれど、今は使っていないの」
「工場があっても、職人が必要です。雇わないといけません」
「熟練の職人でなくてもいいのだから、トリスタン家が支援している孤児院から雇えばいいわ。職業訓練をしているから、それなりに使えるはずよ。あと、貧民街にも手先が器用な人はいるでしょう」

 作業場所と人員を確保できたとしても、ダリオ商会には新しくプレタポルテを始めるだけの資金がない。

「もし雇えても、賃金が払えません」
「商品が売れれば賃金は払えるでしょう?」
「ええ」
「それなら、トリスタン家が運転資金を貸すわ。これで解決かしら?」

 たしかに、これならプレタポルテを始められる。しかし、トリスタン家にそんなに協力してもらってもいいのだろうか。

「ローズ様がそこまでする必要があるのですか?」
「あなたは私。あなたのためじゃなく、私のためにしているの。それに、工場で孤児院や貧民街の人を雇えれば、社会貢献にもなる。メイザース王国のためになる事業よ」

 マリーは長いため息をついた。ダリオ商会を助けることは、ローズにとっては社会奉仕なのだ。

**

「お父様に手紙を書くから」ローズが紙を手に取ると、店舗から「誰か?」と男の声が聞こえた。母が店舗にいたはずなのに、外しているらしい。

「ちょっと行ってくるわ」

 ローズは店舗へ走っていった。それにしても、聞き覚えのある声。誰だったか? ……カルロスだ。ローズを行かせたことを後悔する。
 マリーは隠れて店舗の中を窺う。カルロスは女と宝飾品を見ていた。

「ああ、とても君に似合っているよ。気に入ったのなら、プレゼントさせてほしい」
「本当? 嬉しいわ」

 女は嬉しそうに、はめた指輪を見つめる。
 カルロスは店員のローズを呼ぶと、「君、これはいくらだ?」と尋ねた。

「銀貨2枚です」
「そうか」

 カルロスは布袋から銀貨を取り出すと、カウンターに乱暴に置いた。カルロスが持つ布袋にはトリスタン家の家紋が入っていた。
 ローズは何も言わず、カルロスと女が出ていくのを見送った。

**

 ローズが奥の部屋に戻ってきた。カルロスが取り出した袋を見ただろう。あれは、孤児院の運営資金としてローズが預けた金。孤児のために使われるべき金を、カルロスは女に貢いでいる。

「ねえ、カルロスはよく来るの?」

 ローズはぼんやりと前を見ていた。カルロスは女と何度もダリオ商会に来ている。連れてくるのはいつも違う女。今日の女は見たことがなかった。

「ええ、たまにいらっしゃいます」
「そうですか」

 ローズは引きつった笑みを浮かべた。
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