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8.孤児院
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※本話には別の物語が挿入されています。
「あら、祭かしら?」
石畳の広場に、布張りの屋台が並んでいた。焼き菓子の甘い匂い、香辛料をきかせた肉の匂い、いろんな香がした。子どもたちが手をつないで、通りの人の波を縫うように走り回る。
屋台の通りの奥には小さな教会がある。中に出入りする人が見えた。
「あの教会のお祭りのようですね」
アルバートは教会を指した。
「楽しそうですね。ちょっと見てみましょうよ」
女は目を輝かせて屋台の商品を見てまわる。串焼き、ワッフル、ホットワインを売る店が並ぶ。女は宝飾品を売る屋台の前で止まった。指輪を手にとって眺めている。
「欲しいですか?」
「はい」と女の頬が赤らむ。
屋台の主人に値段を訊く。逃亡中のアルバートにも買えない金額ではない。逃亡生活でずっと女には我慢をさせてきた。これくらいの贅沢は許されるだろう。
「じゃあ、買いましょう。それでいいですか?」
「ええ。あなたはどれにします?」
女は小声になった。揃いの指輪を買う、ということだろうか?
「そうですね。これでしょうか」
アルバートは素朴な指輪を選んだ。
「指輪を買ったことですし、行きましょうか」
女はアルバートの手を取り、すたすた歩いていく。通りを抜けて教会に入った。
祭でにぎわう礼拝堂は、ステンドグラスを通った光が床に色鮮やかな模様を描く。
祭壇の前で立ち止まると、女は少し照れたように笑い、アルバートの腕をそっとつかんだ。
「あ、神父様がいますね。結婚指輪も用意しました。ここで誓いましょう」
女は首をすくめた。アルバートの口元に微かな笑みが浮かぶ。
◆◆
「一緒に来てほしいところがある」と言って、ローズはマリーを孤児院に連れていった。
郊外にある建物は、白い壁にペンキを塗りなおした跡が幾重も見える。古いけど、清潔そうだ。子どもの笑い声が聞こえた。
孤児院には戦争孤児、両親に捨てられた孤児などが暮らしている。トリスタン伯爵家は孤児に食料、衣服を与え、成人後に働くための職業訓練をしていた。
木材加工を習得して家具職人や大工になる者、縫製技術を習得して縫製職人になる者など様々だ。ダリオ商会が抱える職人の中にも、孤児院出身者がいる。
古い木造の門を押して、孤児院の敷地に入った。
「想像以上に大きいのですね」
「そうね。生活する居住棟のほかに、勉強や職業訓練をする学習棟、運動場もありますから」
これだけの施設を維持するには、莫大な資金がいる。トリスタン伯爵家が運営費の半分を負担しているというから、驚きだ。
「あっ、ローズ様だ。こんにちは!」
女の子がやってきて、「ねえ、聞いてよ」とローズの姿をしたマリーに話しかける。女の子と目線を合わせるために、ひざを折って屈む。女の子は孤児院の男の子にいたずらをされて、困っているようだ。
「からかうのは、その男の子があなたのことを好きだからよ」
「うそー、本当に?」
「本当よ。男の子は単純なの」
女の子が「さすがローズ様ね」と褒めるから、少し照れくさい。女の子と話していたら、男の子がやってきて、マリーの姿をしたローズに話しかける。
「ねえ、かくれんぼしない?」
「いいよ」
ローズは男の子と遊び始めた。ローズに笑顔が自然にこぼれる。カルロスがダリオ商会にきてから、ローズはずっと沈んでいた。ここに来て良かった。
「ローズ様、ご相談したいことが」
振り返ると、女性の職員が立っていた。「中に移動したほうがいいですね?」と尋ねると、職員は「はい」と小声になった。
二人は職員に案内されて、孤児院の中に入った。廊下を歩くと、教室から子どもたちの視線を感じる。教室には大きさが違う机、椅子が並んでいる。貴族や平民の学校で使わなくなった備品を再利用しているのだろう。教室の天井、壁の補修の跡が目につく。
職員は廊下の行き止まりの部屋に入った。中には使い込まれた机と椅子、古い本が本棚に並ぶ。
「あの、申し上げにくいのですが、今月の寄付はいつになりますか?」
職員は視線を逸らした。カルロスに孤児院の運営費を渡したのが一週間前。ローズは落ち着きなくマリーを見た。明らかに動揺している。
ローズの手を握り、「事情を確認しましょう」と耳打ちする。
「一週間前に渡したはずですが、まだ、受取っていませんか?」
職員は首を横に振った。やはり、カルロスは孤児院に金を渡していない。
「そうですか。すぐに確認します」
「お手数をお掛けします」
「ちなみに、寄付は先月いくら受け取りましたか?」
職員は口をぽかんと開けた。ローズが知らないはずがないのだが、カルロスが横領した額を把握するためには、職員に訊くしかない。マリーは「父からいくら寄付しているか聞いていなくて」とごまかした。
「銀貨200枚です。半年前までは400枚でした」
「銀貨400枚が200枚に……そうだったのですか?」
「はい。半年前に、『トリスタン伯爵家の寄付が半分になる』とカルロス様に言われました。正直に申し上げて、200枚では孤児院の運営ができません。400枚に戻していただくよう、トリスタン伯爵と相談してもらえないでしょうか」
ローズに「渡したのは400枚ですか?」と耳打ちする。ローズはこくりと頷く。カルロスは半年前から毎月、銀貨200枚を横領している。合計1,200枚、それだけあれば平民の家が建つ。
ローズは髪を触ったまま、ぼんやりと前を見ている。
「そちらも合わせて確認します」
マリーはローズの手を取って、部屋から立ち去った。
「あら、祭かしら?」
石畳の広場に、布張りの屋台が並んでいた。焼き菓子の甘い匂い、香辛料をきかせた肉の匂い、いろんな香がした。子どもたちが手をつないで、通りの人の波を縫うように走り回る。
屋台の通りの奥には小さな教会がある。中に出入りする人が見えた。
「あの教会のお祭りのようですね」
アルバートは教会を指した。
「楽しそうですね。ちょっと見てみましょうよ」
女は目を輝かせて屋台の商品を見てまわる。串焼き、ワッフル、ホットワインを売る店が並ぶ。女は宝飾品を売る屋台の前で止まった。指輪を手にとって眺めている。
「欲しいですか?」
「はい」と女の頬が赤らむ。
屋台の主人に値段を訊く。逃亡中のアルバートにも買えない金額ではない。逃亡生活でずっと女には我慢をさせてきた。これくらいの贅沢は許されるだろう。
「じゃあ、買いましょう。それでいいですか?」
「ええ。あなたはどれにします?」
女は小声になった。揃いの指輪を買う、ということだろうか?
「そうですね。これでしょうか」
アルバートは素朴な指輪を選んだ。
「指輪を買ったことですし、行きましょうか」
女はアルバートの手を取り、すたすた歩いていく。通りを抜けて教会に入った。
祭でにぎわう礼拝堂は、ステンドグラスを通った光が床に色鮮やかな模様を描く。
祭壇の前で立ち止まると、女は少し照れたように笑い、アルバートの腕をそっとつかんだ。
「あ、神父様がいますね。結婚指輪も用意しました。ここで誓いましょう」
女は首をすくめた。アルバートの口元に微かな笑みが浮かぶ。
◆◆
「一緒に来てほしいところがある」と言って、ローズはマリーを孤児院に連れていった。
郊外にある建物は、白い壁にペンキを塗りなおした跡が幾重も見える。古いけど、清潔そうだ。子どもの笑い声が聞こえた。
孤児院には戦争孤児、両親に捨てられた孤児などが暮らしている。トリスタン伯爵家は孤児に食料、衣服を与え、成人後に働くための職業訓練をしていた。
木材加工を習得して家具職人や大工になる者、縫製技術を習得して縫製職人になる者など様々だ。ダリオ商会が抱える職人の中にも、孤児院出身者がいる。
古い木造の門を押して、孤児院の敷地に入った。
「想像以上に大きいのですね」
「そうね。生活する居住棟のほかに、勉強や職業訓練をする学習棟、運動場もありますから」
これだけの施設を維持するには、莫大な資金がいる。トリスタン伯爵家が運営費の半分を負担しているというから、驚きだ。
「あっ、ローズ様だ。こんにちは!」
女の子がやってきて、「ねえ、聞いてよ」とローズの姿をしたマリーに話しかける。女の子と目線を合わせるために、ひざを折って屈む。女の子は孤児院の男の子にいたずらをされて、困っているようだ。
「からかうのは、その男の子があなたのことを好きだからよ」
「うそー、本当に?」
「本当よ。男の子は単純なの」
女の子が「さすがローズ様ね」と褒めるから、少し照れくさい。女の子と話していたら、男の子がやってきて、マリーの姿をしたローズに話しかける。
「ねえ、かくれんぼしない?」
「いいよ」
ローズは男の子と遊び始めた。ローズに笑顔が自然にこぼれる。カルロスがダリオ商会にきてから、ローズはずっと沈んでいた。ここに来て良かった。
「ローズ様、ご相談したいことが」
振り返ると、女性の職員が立っていた。「中に移動したほうがいいですね?」と尋ねると、職員は「はい」と小声になった。
二人は職員に案内されて、孤児院の中に入った。廊下を歩くと、教室から子どもたちの視線を感じる。教室には大きさが違う机、椅子が並んでいる。貴族や平民の学校で使わなくなった備品を再利用しているのだろう。教室の天井、壁の補修の跡が目につく。
職員は廊下の行き止まりの部屋に入った。中には使い込まれた机と椅子、古い本が本棚に並ぶ。
「あの、申し上げにくいのですが、今月の寄付はいつになりますか?」
職員は視線を逸らした。カルロスに孤児院の運営費を渡したのが一週間前。ローズは落ち着きなくマリーを見た。明らかに動揺している。
ローズの手を握り、「事情を確認しましょう」と耳打ちする。
「一週間前に渡したはずですが、まだ、受取っていませんか?」
職員は首を横に振った。やはり、カルロスは孤児院に金を渡していない。
「そうですか。すぐに確認します」
「お手数をお掛けします」
「ちなみに、寄付は先月いくら受け取りましたか?」
職員は口をぽかんと開けた。ローズが知らないはずがないのだが、カルロスが横領した額を把握するためには、職員に訊くしかない。マリーは「父からいくら寄付しているか聞いていなくて」とごまかした。
「銀貨200枚です。半年前までは400枚でした」
「銀貨400枚が200枚に……そうだったのですか?」
「はい。半年前に、『トリスタン伯爵家の寄付が半分になる』とカルロス様に言われました。正直に申し上げて、200枚では孤児院の運営ができません。400枚に戻していただくよう、トリスタン伯爵と相談してもらえないでしょうか」
ローズに「渡したのは400枚ですか?」と耳打ちする。ローズはこくりと頷く。カルロスは半年前から毎月、銀貨200枚を横領している。合計1,200枚、それだけあれば平民の家が建つ。
ローズは髪を触ったまま、ぼんやりと前を見ている。
「そちらも合わせて確認します」
マリーはローズの手を取って、部屋から立ち去った。
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