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02「闇恋愛の貴公子」
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シルヴェリオは執事からひったくるように書簡を受け取る。
絵画の令嬢フランチェスカのセルモンティ伯爵家に、正式に婚約の申し込みをしていたのだ。
シルヴェリオのフィオレンツァ公爵家とは古くから付き合いがあり、幼なじみでもある二人の婚儀に反対する者などはいないはずだった。
しかし――。
「断るだと? なぜだっ!?」
書面を持つ手をわなわなと震わせシルヴェリオは憤慨する。
時期尚早であり、更なる熟慮が必要、と書いてあった。
自信家のシルヴェリオは、決まったも同然だと思っていたが何かが足りないのか?
両家は王政において同盟とも呼べる強固な関係を築いていた。一体何が不満かと首を傾げる。
「なぜこんなことに。これほど相思相愛なのに……」
「けしからんですなあ」
執事は挑発するように主の気持ちを代弁する。
シルヴェリオは成績優秀、性格も良いと評判の貴公子だ。家柄も申し分なく当然財力もある。両家の格式に問題がないのであれば次は、本人はどうか? となるはずだった。貴族同士の結婚とはそういうものなのだ。存在を示さねばならない。
「やっちまいましょうや。お坊ちゃま……」
「!」
ヴァレンテの目がギラリと光った。今は執事だが腕利き冒険者として鳴らした殺気は今も健在だ。右目の黒い眼帯は歴戦の勲章である。
「さらっちまえばよいのですよ」
「……しかし」
「新天地です。あそこは天然の要塞。どれほどの軍勢に攻められようとも難攻不落。長期戦に持ち込んだうえで、空中宮殿の魔力を手に入れれば、この世界そのものを手に入れられますぞ!」
「一人の女性のために一国を敵にまわす。確かに男子の本懐であるな。私ならば可能だが――」
「それはいけません。お坊ちゃまっ!」
フィオレンツァ家のメイド、イデアはぴしゃりと言った。短い銀髪に赤い瞳。怜悧な雰囲気を発散させているのは、中身がそうだからだ。
「冒険など冒険者に任せておけばよいのです。まず貴族ならば貴族の、高貴なる戦いがあるはず」
「ふむ。ならば、どうするのですかな?」
「正攻法で十分に目的は達せられるでしょう。お二人共にまだ学生。早い、との先方からの意思でございましょう」
「早くはないな。すでに遅いくらいだと思うが……」
「お坊ちゃまは文化に秀で芸術の才能においても申し分ありません。しかしどうでしょうか? このような絵ばかり描かれていても……。この絵は、公開できないかと思いますが?」
「うーん、それはそうだ。この絵で楽しむ資格があるのは私だけなのだからな」
「他の作品で、芸術も秀でているとアピールしてはいかがでしょうか? 例えばサロンに出品するなどです」
イデアのアドバイスはもっともである。
「ではそうしよう。芸術サロン好みの退屈な絵でも描くとするか。他には?」
「武勇ではないでしょうか?」
「武勇? 確かにそれはそうだな」
魔獣の脅威が溢れ、民衆たちを守るのが貴族の本分とされている世界。選ばれた人間がスキルと呼ばれる力を使い、人々の暮らしを守っていた。
「しかし私は――」
スキル特性の訓練など幼少の頃以来から全くやっていない。シルヴェリオは戦いに興味がなかったのだ。しかしこの歳になってもそれではいけなかった、と思い直す。
文面からしてセルモンティ伯爵家は好意的だ。昔から付き合いがある上での拒否。令嬢にふさわしい男だと認めさせねばならない。
木になる実は、待てば自然に落ちてくる。これは早摘ゆえの失態だった。
「分かった。それも考えようか。下がれ」
「はっ……」
「はい」
ヴァレンテとイデアは一礼して退出した。シルヴェリオは絵画フランチェスカたちに手をかざす。
「必ず手に入れてみせる!」
そして絵を仕上げようと再び筆を握る。応えるようにフランチェスカは優しく語りかけるのだった。
「がんばってね」
「当然じゃないか。がんばるよ。君のためにね」
(しかし……)
「なぜ婚約辞退なのだ」
絵画は答えてはくれなかった。
絵画の令嬢フランチェスカのセルモンティ伯爵家に、正式に婚約の申し込みをしていたのだ。
シルヴェリオのフィオレンツァ公爵家とは古くから付き合いがあり、幼なじみでもある二人の婚儀に反対する者などはいないはずだった。
しかし――。
「断るだと? なぜだっ!?」
書面を持つ手をわなわなと震わせシルヴェリオは憤慨する。
時期尚早であり、更なる熟慮が必要、と書いてあった。
自信家のシルヴェリオは、決まったも同然だと思っていたが何かが足りないのか?
両家は王政において同盟とも呼べる強固な関係を築いていた。一体何が不満かと首を傾げる。
「なぜこんなことに。これほど相思相愛なのに……」
「けしからんですなあ」
執事は挑発するように主の気持ちを代弁する。
シルヴェリオは成績優秀、性格も良いと評判の貴公子だ。家柄も申し分なく当然財力もある。両家の格式に問題がないのであれば次は、本人はどうか? となるはずだった。貴族同士の結婚とはそういうものなのだ。存在を示さねばならない。
「やっちまいましょうや。お坊ちゃま……」
「!」
ヴァレンテの目がギラリと光った。今は執事だが腕利き冒険者として鳴らした殺気は今も健在だ。右目の黒い眼帯は歴戦の勲章である。
「さらっちまえばよいのですよ」
「……しかし」
「新天地です。あそこは天然の要塞。どれほどの軍勢に攻められようとも難攻不落。長期戦に持ち込んだうえで、空中宮殿の魔力を手に入れれば、この世界そのものを手に入れられますぞ!」
「一人の女性のために一国を敵にまわす。確かに男子の本懐であるな。私ならば可能だが――」
「それはいけません。お坊ちゃまっ!」
フィオレンツァ家のメイド、イデアはぴしゃりと言った。短い銀髪に赤い瞳。怜悧な雰囲気を発散させているのは、中身がそうだからだ。
「冒険など冒険者に任せておけばよいのです。まず貴族ならば貴族の、高貴なる戦いがあるはず」
「ふむ。ならば、どうするのですかな?」
「正攻法で十分に目的は達せられるでしょう。お二人共にまだ学生。早い、との先方からの意思でございましょう」
「早くはないな。すでに遅いくらいだと思うが……」
「お坊ちゃまは文化に秀で芸術の才能においても申し分ありません。しかしどうでしょうか? このような絵ばかり描かれていても……。この絵は、公開できないかと思いますが?」
「うーん、それはそうだ。この絵で楽しむ資格があるのは私だけなのだからな」
「他の作品で、芸術も秀でているとアピールしてはいかがでしょうか? 例えばサロンに出品するなどです」
イデアのアドバイスはもっともである。
「ではそうしよう。芸術サロン好みの退屈な絵でも描くとするか。他には?」
「武勇ではないでしょうか?」
「武勇? 確かにそれはそうだな」
魔獣の脅威が溢れ、民衆たちを守るのが貴族の本分とされている世界。選ばれた人間がスキルと呼ばれる力を使い、人々の暮らしを守っていた。
「しかし私は――」
スキル特性の訓練など幼少の頃以来から全くやっていない。シルヴェリオは戦いに興味がなかったのだ。しかしこの歳になってもそれではいけなかった、と思い直す。
文面からしてセルモンティ伯爵家は好意的だ。昔から付き合いがある上での拒否。令嬢にふさわしい男だと認めさせねばならない。
木になる実は、待てば自然に落ちてくる。これは早摘ゆえの失態だった。
「分かった。それも考えようか。下がれ」
「はっ……」
「はい」
ヴァレンテとイデアは一礼して退出した。シルヴェリオは絵画フランチェスカたちに手をかざす。
「必ず手に入れてみせる!」
そして絵を仕上げようと再び筆を握る。応えるようにフランチェスカは優しく語りかけるのだった。
「がんばってね」
「当然じゃないか。がんばるよ。君のためにね」
(しかし……)
「なぜ婚約辞退なのだ」
絵画は答えてはくれなかった。
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