幼少期に相思相愛だった相手に婚約を申し込んだら袖にされた。 十二年疎遠だったから無理もない? 私たちは毎夜語らっていたのになぜ……。

川嶋マサヒロ

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03「アッツァリーティ大学院」

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 王都エルヴァスティの衛星都市ヘルミネンは文化芸術の都である。王都の東に位置し、その距離は馬車でおよそ半日。北の港湾都市までは二日ほど離れている。
 シルヴェリオがこの街の別邸に一人住うのは、大学院が近い利便性からだ。
 アッツァリーティ文芸大学院、略してアッツァ学院。翌朝その正門をくぐると、シルヴェリオの姿を見咎めた生徒の令嬢数人が寄ってくる。花に集まる蝶のような存在だ。
「シルヴェリオ様。おはようございます」
「うん。おはよう」
「ごきげんよう。シルヴェリオ様」
「うむ。ごきげんよう。今日も皆は美しいな」
 有力貴族の子弟であり、超絶イケメンのシルヴェリオは女子学生たちの憧れの的であった。
 気さくな態度は自然と令嬢たちを惹きつけてやまない。ただ一人を除いてだ。内心穏やかではない毎日が続いていた。
 いつも周囲がこれでは、意中の令嬢に近づくこともままならない。なるべく自然を装いながら会話するなど夢のまた夢だ。
 だから今日もこっそりと影から見守る。

 学院のエントランスは三層の吹き抜け構造だ。正面の階段先、踊り場の壁には大作が展示されていた。巨匠ビアジョッティ・ヴィットーレの【神と悪魔】だ。世界の支配を賭けて戦う悪魔の軍勢と、対峙する神の軍団。その端に描かれている戦いの女神ニケはシルヴェリオの担当だった。
 横目で未熟な力作を見て上のフロアへと上がる。
 シルヴェリオは二回生でありフランチェスカ嬢は一学年下となる。一部の講義は学年を問わない選択制だ。姿をさりげなく確認して同じ教室に入った。
 熱心なフランチェスカは最前列に陣取り、シルヴェリオは視界が遮られない席を見極め最後列に座る。
 スキル魔力で、獲物のうなじ・・・を拡大凝視し楽しんだ。

 昼食のレストランでも同種の行動をとりつつ、多数の学生令嬢からの注目を集める。
「あの、ここよろしいですか?」
「ああ、どうぞ」
 美少女学生三人組が相席を求めてきた。シルヴェリオは気さくに対応する。
(ちっ! ずうずうしい女どもだなっ!)
 アッツァのアイドル人気者などとおだてられている、カワイイ系の女どもであった。フランチェスカへの視界が無残にも閉じられる。
 周囲の学生たちは、うらやましい、あの席に座れるなんて、などと感嘆の表情である。男子たちからは両手に花とさら一追加。女子たちはまるで、あれは貴公子の親衛隊宣言だわ、と嫉妬の炎を燃やす。
 語らいの会食か、はたまたお見合いか? いったいどうなってしまうのか? 皆がかたずをのんで見守った。
「いつも一人で食べてらっしゃるのですね」
「お茶のお代わりをお持ちします?」
 シルヴェリオは無言で最後のシチューをすくって口に運ぶ。
「失礼。ではごゆっくり」
 トレーを持ち笑顔で立ち上がった。そして面食らったアイドルたちに背を向ける。微笑ほほえみには微笑ほほえみで返し、そして興味はないと意思を示す。
 周囲は脱力した。ギリギリまで高まった緊張感がほどける。
 女子たちは涙ぐみ、肩を抱き合う。両手で口を覆い何度も頷いた。
 男子たちは感心したように肩をすぼめる。その反応を感じ、アイドル偶像たちは唇をかんだ。
 シルヴェリオは返却口に向かう令嬢の後ろに付こうとした。しかし無残にも男子学生数名が間に入る。
(ちっ!)
 今日はついていないと心の中で舌打ちした。

   ◆

「なによ、あの男はっ!」
 ミネルヴァはソファーのクッションをつかみ上げる。ピンクの髪を振り乱して壁にたたきつけた。自分の思いどおりにならないと起きる、いつもの癇癪かんしゃくだ。
「ちょっとイケてるからって、いい気になりやがって」
 と吐き捨て乱暴に腰を下ろす。足を組んで親指の爪を噛んだ。
 アイドルユニット【ラヴキュア】は学院広報の戦略である。だから校舎の最上階に特別な専用休憩室が用意されていた。カワイイを勘違いした内装で彩られ、彼女たちの勘違い絵画が飾られる。
「相変わらず下品ねえ。そんなに気にいないなら毒でも盛ればどうかしら?」
 ニーヴェスは蔑むように可愛らしい顔をしかめる。長い水色の髪をかき上げた。
「あいつの魔力はハンパないって噂だ。オーディションのイモ娘相手とはわけが違うのよ……」
 この判断は正解であった。相手が悪すぎる。
 後ろ盾となる集団を使い、どんな汚い手も使ってここまででやって来た。学院トップの人気者を越えられないのなら、取り込むしかない。それがリーダーの判断だ。
「私たちをシカトするなんて、チョーシこきやがって!」
「きゃはははっ! シオ対応しない私たちが、逆にシオ対応されるなんてねー。笑える。きゃはっ……」
「笑っている場合か?」
「シオ対応にはお仕置きよ……」
 笑っていたマリアンナはドスの利いた声になる。これを笑顔のままでやるのだから恐ろしい。緑色の髪を指先で弄ぶ。
「だいたいあそこに座ろうなんて、ミネルヴァが言うからです」
「だって気に入らないだろ? この学院で私たちをシカトする男がいるなんて」
「貴公子だもんね。知らなかったんじゃない? きゃはっ」
「このままじゃすまさないよ……」
 アイドルの暗黒面は底なしの沼の様相だ。
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