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第七話「執筆構想 その一」/西園寺彩乃

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 まったく嫌になる……。こんな教室でのやり取りを見るだけで気分が悪くなる。

 これが毎日なのだから、まともな生徒もおかしくなってしまわないか心配だ。

 私も彼らの基準からすれば底辺の扱いだった。

 小説家などは世間から理解されない存在だと、叔父も言っているのだから無理もない話ではある。


 いつものように放課後の図書室に入る。無人で誰もいない静けさに、今日もまた私は落胆の小さなため息をついた。

 先に教室を出て行った伊集院は下校したようだ。

 気を取り直して書架に向かい、有名な古典を手に取る。中学時代に低年齢層向けにアレンジされた児童書を読んで以来だ。

 時代は中世の後期。権力者である貴族の人間関係、骨肉の争いを揶揄しつつ恋愛と喜劇としてまとめられている作品だ。

 この時代に権力への批判はタブーだったに違いないが、このような演出と構成によっては可能だったのだろうか?

 物語が人気になり、一部の貴族は非常にバツが悪い思いをしたに違いなかった。そう思うと時代を越えた少し可笑しい話でもある。

 権力とは自由に批判できないからこそ権力だ、とは叔父の持論であった。

 まるで虐めのごとく時代の権力を批判し、何かを成したつもりの人間が大勢いる。叔父はそう言っていた。

 批判することが自由な相手と、批判自体がタブーの相手。どちらが真の権力者なのだろうか? もしかしてこの作品は権力の移行期を察して意図的に書かれているのでは? と私は想像する。

 何事も想像しろ、も叔父の口癖だった。

 この作品を久しぶりに手に取ったのは、何かが次作の切っ掛けになればと思ったからだ。

 それに中世ヨーロッパの世界観を感じるなら、何度も書き換えリメイクられた今時の作品より原型オリジナルをまず読むべきだと思う。

 ただこの作品は、正確には中世の終焉から近代への入り口にあたる時代の小説であった。

 キリの良いところまで読んで本を閉じる。私は文芸部に入ってから仕上げた自身の作品を思い返した。

 一作目は中学時代に暖めていた作品を、高校一年生で仕上げた三万字ほどの中編。そしてそこから特定の表現だけを抜き出して短編を書き、文芸部用の作品とした。

 次作、高校生限定の公募で賞を貰えた作品は、やはり中学時代の文章を改稿し手を加えた作品だった。

 今年に入って書き始めた次の文集の作品は私と同じ女子高生が主人公だ。

 子供の頃から好きなぬいぐるみと接しながら成長してきた少女の話で、一人と一体が内面で会話をしながらストーリーを構築している。

 最後に少女は友人のぬいぐるみと決別して一人歩き出す。幼少期から青年期への変化を描いた話で先日、叔父に渡した作品がこれだった。

 他にはこれからの公募用として、中学時代に書いた長編のプロットを数編改稿して準備している。

 現在進行形の黒歴史。ネットで連載中のBLが今のところ三万字ほど公開中で、ストックは五万字ほど中締めまで完成している。

 そして、次はいよいよライトノベルの公募用に、ファンタジーに挑戦しようと思っていた。


 そんなことを考えていると、今日二人目のお客さんが入って来る。クラスメートの九条さんだった。図書室では初めて合う。

 こちらに気が付いて互いに小さく会釈を交わし、彼女は本を選んで向かいの席に座った。

「西園寺さんはどんな本を読んでいるの?」
「久しぶりにこれよ」

 私は表紙を見せる。

「へえ~、さすが文芸部」
「高校生向けの翻訳版よ。九条さんは?」
「私はこれ」

 タイトルは「フローレンス~ランプの貴婦人~」となっている。私は首を傾げた。

「ナイチンゲールの伝記よ」
「へえ、フローレンスさんなんだ……」
「そう。私が目指す将来の職業なの」
「偉いわ。私は先のことなんて、まだ全然で……」

 そろそろ進路も考えなくてはならない。大きな選択肢ではやはり小説への道なのだが、現実的には先に進学、そして就職を考えなくてはならない。

 ここでもつい、せっかくなら創作に役立つ仕事を、と考えてしまう。

   ◆

 自宅の部屋で一人執筆を進める。

 設定、出来事などを思いついたそばから次々に書き出す。

 もしも大勢の読者に読まれたいなら、流行のジャンルに乗るのは悪いとは思わない。

 私の中におぼろげながら構築を始めた中世の世界観。

 自分の姿を愛するあまり同性への愛に目覚めてしまった少年を、そのまま異性を愛する少年へとスライドさせる。

 そして中学時代の私からプレゼントされ、今の私が見直したプロットのどれが合うのか?

 この三つの組み合わせから産まれた散文が、ノートパソコンのモニターを埋め尽くしていく。


 ふと誰かに相談したいと思った。真矢は恋愛小説オンリーでそれ以外は分からないと自称している。

 叔父にも支えられて執筆活動をしているので贅沢な話だと思う。

 今の私はライトノベルの読書量が不足しているので、誰かに意見を貰いたかった。

 その人は教室で私の後ろにいる。

 振り向けばそこにいる人は読書が趣味だった。彼ははたしてライトノベルを読んでいるのだろうか?

   ◆

 その機会は意外に早く訪れる。

 翌日の放課後、本を買おうといつものバス停とは反対、少し遠い駅前への道を歩く。

 気が付けばその人も行き先が同じなのか、私の後ろを歩いていた。

 そして私は気になる男子ひとを、勇気を出して振り返る。
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