写りたがりの幽霊なんて、写真部員の敵でしかない!

ものうちしのぎ

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第5話 出会い

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 私、三代川美里には友達がいない。

 写真部だったみっこセンパイには親しくしてもらっているが、受験を間近に控えた今の時期は、勉強のジャマをしたくない。
なので、私の方から少し距離を置いている。
 それにセンパイはセンパイ。
 友達と呼ぶのは、ちょっと違うような気がする。

 近頃は、ユウが友達みたいな存在になっているけど、果たして自分に取り憑いている幽霊を友達といっていいのだろうか?
 ともあれ、高校生活では友達がいないと困る場面が結構ある。

 今日だって――

「三代川、このプリントみんなに返しておいてくれ」
 授業が終わる直前、担任の久保村先生が私に雑用を命じてきた。

「え……私ですか」
「いま、先生と目が合ったろ? 頼むよ」
「……は、はい」

 プリントには名前が書いてあって、名前の通りにクラス全員に渡さなければならない。

「じゃ、休み時間のうちによろしく」
「あ、あの……」

 すぐにチャイムが鳴って、休み時間に突入。
 先生はさっさと教室から出て行ってしまった。

 困った……。

 もう二学期も半ばになろうというのに、私はクラスメイトの顔と名前が一致していなかった。
 そりゃ少しは覚えているけど、それでも半分以上はわからない。
 とくに男子は壊滅的。

 誰かに手伝ってもらおうにも、私には友達がいない。
 とりあえず、わかる人からということでプリントを渡してゆくのだが、すぐに行き詰まってしまう。
 やはり、男子の名前が全然わからない。

 〈中村蓮〉なんて人いたっけ?
 とりあえず、それっぽい男子に当たりを付けて、プリントを手渡してみる。

「あ、あの……これ……」
「蓮? ほら、あそこ」
「あ……ドモ」

 カンは外れたけど、中村蓮くんが誰なのかは判明した。
 この調子でテキトーに渡していけば、なんとかなるか?
 いや……この方法でいけるのは、せいぜい2、3人だろう。
 なんとか、クラスメイトの名前と顔を思い出そうとする。

 〈中村拓海〉また中村……これはパス、後回し。
 次は〈中村大輝〉……また! このクラスに中村くんが何人いるんだ!

 ユウに手伝ってもらいたいけど、こんなところには出てきてくれない。
 幽霊なんだから、耳元で声だけ聞かせるとか……そういう都合のいい能力はないのかな……。
 というか、ユウだって男子の名前なんて知らないだろうから、頼まれたところで困るだろう。

 残りのプリントは、まだ20枚以上ある……早くしないと、次の授業が始まっちゃう――

 大声で名前を読み上げて、各々にプリントを取りに来てもらえば良さそうなものだが、それは陽キャのやり方だ。
 そんなことができるくらいなら、私にだって友達の数人くらいはとっくにできている。

 困り果てていると、誰かに肩をたたかれた。



「手伝おうか?」

 振り返ると、爽やかな笑みをたたえた男子の姿。
 当然、名前は知らないし、顔も何となく見たことあるかな、程度の記憶だけ。

 背が高い。
 148センチの私は、彼の顔を見上げる格好になる。
 切れ長の涼しげな目が、興味深げにじっと私を見ている。

「え、あ……あの……」
「貸して」

 私の手からプリントの束を取り上げると、あっという間にクラス全員に渡し終えてしまった。
 すごい……と思ったけど、クラスメイトの名前と顔を知っていれば、普通のことか……。

 キーンコーン

 チャイムが鳴って、次の授業が始まる。
 バタバタと席に着くクラスメイト。

 ――お礼を言いそびれてしまった。

 窓際の一番後ろの席に座った彼に向かって、ペコリと頭を下げる。
 にっこりと笑う彼。
 窓の外から差し込む午後の陽光が、まるで後光のよう……。
 私にはまぶしすぎる!

 授業の間中、動悸がおさまらなかった。

 その後、休み時間のたびにお礼を言おうとするのだが、彼の周りには常に人がいて、近づくことができなかった。
 別に人がいたって、かまわずお礼くらい言えばいいんだけど……。
 それができないのが、コミュ障のコミュ障たる所以だ。

 結局、お礼を言えないまま、放課後になってしまった。
 彼の後を付けて、一人になったところで声をかけようかと思ったのだが、そこまでしたらストーカーっぽくて引かれるかも……。
 思いあぐねているうちに、彼の姿は教室から消えてしまった。

 はぁ……何やってんだろ、私。
 うつむきながらトボトボと廊下を歩いていると、

 ドン!

 前から来た人にぶつかって尻餅をついてしまう。

「イタタタ……」

 見上げると、腕組みをして仁王立ちの女子。
 小柄だが、どっしりとした体型。
 ツインテール。
 冷たい目が、私をギロリと睨みつける。
 食いしばった歯の隙間から、なにやら私に対する呪詛の言葉らしきものが漏れている。

 怖い……。

 名前は――同じクラスの……たしか――え~と……い、い……刺草いらくささんだ!
 刺草涼花いらくさすずかさん!
 クラスメイトの名前を覚えてるなんて、すごいぞ私! しかもフルネームで!

「ご、ごめんなさい……刺草さん」
「……このクソ女……今すぐ死ねばいいのに」

 吐き捨てるようにつぶやくと、刺草さんはきびすを返して去って行った。
 いま、〈死ねばいいのに〉って言ったよね……確かに私の不注意だったけど、そんなに酷い言い方しなくてもいいじゃないか……。
 それに、がらんとして人気のない廊下なんだから、避けようと思えば避けられたはず。
 ということは、わざと私にぶつかってきたってこと?

 悪いのは私、なんだけど……なんかモヤモヤする。
 痛むお尻をさすりながら、今度はしっかりと前を見て歩く。


 鍵を開けて写真部の部室に入る。
 中には誰もいない。
 当然だ。
 部員は私ひとりなんだから。
 そうでなければ、この私が部長になんてなれるはずがない。

 今年は新入部員もなく、夏休み前にみっこセンパイが引退しちゃったから、部員は私だけ。
 このままでは部の存続が危うい。
 会則に〈銀塩カメラを使用〉とあって、デジタルカメラがNGなのも、部員の減少に拍車をかけている。

 いまどきフィルムで写真を撮りたい高校生なんて希少種だ。
 そりゃコンテストがあるくらいだから、そういう人間だって存在はしている。
 でも、私の周りには見当たらない。

 皆、写真は撮るんだよね……スマホでバシャバシャと。
 フィルムを使う銀塩カメラだと、そうはいかない。
 写真を撮るのも現像するのも、スマホの比じゃないくらい手間と時間とお金がかかってしまう。

 だが、それがいい――

「やぁ、元気?」

 周りに人がいなくなると、ユウが現れる。
 人の目を警戒したところで、CIAに捕まることなんてないのに……。

「ちょっと訊きたいんだけどさ、ユウは私のクラスにいる人の名前って知ってる?」
「え……なにそれ」

 やっぱり知らないよね……。
 プリント事件のことをユウに話す。

「――クラスメイトの名前くらい、覚えたらいいじゃないか」
「けどさ……友達でもないのに、名前を知ってるって気持ち悪くない?」
「はぁ?」
「だって……私だったらそんな風に思うだろうから、ほかの人だって同じように——」
「普通は思わないし、むしろクラスメイトの名前を知らない方がおかしいって」
「そうかなぁ……」

 コンコン

 控えめなノックの音。
 もしかして、入部希望者!?

 いそいそと扉を開けると、彼が立っていた。
 彼って言うのはもちろん、プリント配りを手伝ってくれた彼、だ――

「三代川さん、写真部だったんだ」
「あ、う……え……は、はひ……」

 途端に挙動不審になる私。
 ユウはとっくに姿を消している。

「入ってもいいかな?」
「ど、ど……どどどど……どう……ぞ」
「突然来て、驚かせちゃった?」
「いいいい、いえいえそそそそんなことはななく――」

 とんでもない動揺っぷり。
 冷や汗がぶわっと吹き出す。
 息苦しくなってから、はじめて自分が呼吸していないことに気づいた。
 あえぐように浅い呼吸を繰り返す。
 紗友さんに教えてもらった例の呪文を唱えたいのだが、欠片も頭に浮かんでこない。

「大丈夫?」
「ふぅっ、ふぅっ……な、なんとか……」
「もしかして迷惑だったかな」
「いっ……いやその……と、と……ととととんでもない……です……あっ、あのッ!」

 彼はどうしてここに来たんだろう……いやそんなことより今だ! 今こそさっきのお礼を言うんだ!
 ここで言わないと、ずっとお礼を言えないまま後悔することになる。
 大きく息を吸って、おなかに力を込めてから口を開く――

「さ、先ほどはその……た、助けていただきあっ、あっ……ありがとうございましたっ!」

 自分でもびっくりするほどの大音量。
 私って、こんなに大きな声が出せるんだ——
 だけど、

 やっちゃった……

 お礼を言うのに、あんな大声を出す必要はない。
 恥ずかしさのあまり、お辞儀をして二つに折ったままの身体を戻すことが出来ない。

「そんな力一杯お礼を言われるようなことなんて、してないけどな……頭を上げてよ」

 そろそろと顔を上げると、彼の顔をまともに見てしまう。
 青みがかった色素の薄い瞳……魅入られたように目が離せない。

「オレの名前、覚えてる?」
「あ……ご、ごめんなさいっ!」

 再び勢いよく頭を下げる。
 覚えてるどころか、今日まで存在すらほとんど認識していなかった。
 申し訳なさと恥ずかしさで涙がにじんでくる。

「ははっ、やっぱりね。プリントのとき、めちゃくちゃテンパってたからさ……ほら、頭を上げなって」
「そっ……その節は大変お世話になりまして……あり……あり……ありがとうございました」
「お礼はさっき聞いたよ。三代川さんって興味深いよね」

 輝くような笑顔。
 やっぱり、私にはまぶしすぎる……。

「きょ、興味深い……ですか?」
「深いねぇ」
「どんなところが……」
「まず可愛いでしょ」
「かっ……」
「それからミステリアス」
「…………」
「同じクラスになってずいぶん経つけど、オレ、三代川さんのこと名前くらいしか知らないもん」
「わ、私も……知りません……」
「あはっ、三代川さんの場合、オレ以外の人のこともよく知らないでしょ?」
「あ……た、確かに」
「では、あらためて自己紹介を――名前は椿真也(つばきしんや)。誕生日は1月23日、覚えやすいでしょ? みずがめ座のB型。趣味は……これといって思い浮かばないな……やだね、無趣味って。はい、じゃぁ次は三代川さんの番」

「へっ……」

 急に振られて、頭に血が上る。
 いや、さっきから血は上っているのだが、更にってこと。
 血管が切れそうなかんじ。
 頬とこめかみが、じんじんと痛熱い。

「じじじ、自己紹介って言われ、ても……」
「それじゃ質問形式でいこう。答えやすいものからね……まずは名前」
「三代川……美里」
「誕生日は?」
「3月17日……魚座です」
「血液型」
「O型」
「趣味は……写真だよね?」
「はい」
「写真以外に趣味とか好きなこととかある?」
「カメラ……ですかね」
「写真とカメラって同じじゃない?」
「カメラは写真を撮るための機械なので、カメラ好きと写真好きってちょっと違うんです」
「ふぅん?」
「カメラをたくさん持っていても、写真をほとんど撮らない人がいたり……」
「ははぁ」
「もちろん、私みたいにカメラと写真、両方好きって人も多いですけど」
「なるほどねぇ……だったら三代川さんは、何台もカメラを持っているの?」
「いえ……これ一台だけです。レンズもこの50mmだけしか……」
「なんで? カメラ好きなんでしょ?」
「金銭的な問題が……」
「そっかぁ……もしお金がたくさんあったら、他のカメラが欲しい?」
「どうだろう……欲しいカメラはいっぱいあるけど、たくさん持っていても、結局はこのカメラばっかり使うと思います」
「好きなんだね、そのカメラが」
「はい!」
「調子が出てきた。写真を撮ってるとき以外は何してるの?」
「そうですね……走ってます」
「え……闇雲に?」
「ジョギングですよ」
「ああ! オレ、奇声を上げなががら公園とかを走り回ってる三代川さんの姿を想像しちゃった」
「あはっ、なんですかそれ」
「三代川さんだったら、やりかねないなって」
「椿さん、私のこと何だと思ってるんですか」
「あ、オレの名前覚えた」
「さっき教えてもらいましたから」
「いっそのこと、お互いに名字で呼ぶのはやめて、下の名前で呼び合うことにしない?」
「え……いきなりですか」
「いきなりって言うか、もう同じクラスになって何ヶ月も経ってるんだけど」
「でも……」
「大丈夫。友達同士が名前で呼び合うのなんて普通だし、恥ずかしいのも最初だけ。慣れだよ、慣れ」
「そ、そういうものですか……」
「美里、こういうことは最初が肝心なんだ」
「あっ……いま椿さん、私のこと――」
「名前で呼んでよ」
「は、はい……」
「ほら」
「うぅ……し、し……真也……さん?」
「何?」
「何……って、つばき……ちがった、真也さんが名前を呼べって言ったから……」
「呼びかけたんだから、何か話題を振ってよ」
「話題……話題……え~と……今日はあの……天気がいい……ですねぇ」

 窓の外に目をやると、どんよりと曇った灰色の空が広がっている――

「そ、それほどでもないですねぇ……」
「ふふっ、もうすぐ本格的に寒くなるね。美里は夏も冬も走ってるの?」
「雨が降らなければ、ほとんど毎日……といっても、5キロくらいですけど」
「すごい! オレなんて運動苦手だから、5キロも走ったら死んじゃうな。てか、100メートルだって全力で走れる気がしない」
「私、中学の時は陸上部だったんです」
「走るの好きなんだ」
「そうでもないんですけどね……」
「じゃ、なんで走ってるの? ダイエットとか?」
「……そんなとこです」

 家にいたくないから……なんて、ここで言っても仕方がない。
 私だって、そのくらいの空気は読めるんだから。

「俺の好みからすると、美里の体型でダイエットは必要ないと思うけどな」
「え……こっ、この……みって――」
「はは、赤くなった」
「か、からかわないで下さい」
「いやマジでそう思ってる。三代川って娘が可愛いなぁって、初めて見たときから思ってた」
「そんな……私なんて全然……」
「ずっと話しかけようとチャンスを狙ってたんだけど、オーラがすごくてさ」
「オーラ?」
「〈私に近づかないで〉っていうオーラ」
「そんなにバリア張ってました?」
「分厚いやつね」
「……そんなつもり、なかったんですけど」
「だからこのまえ美里が困ってたとき、これはチャンスだって飛びついたわけ」
「ははぁ……」
「良かったよ、思い切って話しかけて」
「あのときは誠にどうもありがとうござい――」
「もういいってば……親切心もあったけど、下心が9割だったんだから」
「それでも助かりました」
「おかげで、こうして美里と友達になることができたんだし……あ、友達でいいよね?」
「……はい」
「あのさ、良かったらだけど……連絡先、交換しない?」
「それは……」
「ダメ?」
「そうじゃなくて、私その……スマホ持ってないから……」
「家が厳しいとか?」
「いえ、アレルギーを少々……」
「日本舞踊を少々、みたいに言わないでよ」
「あははっ、なんですかそれ」
「お見合いの時の受け答えみたいな言い方だったから」
「本当なんです。医学的にはアレルギーっていうかわからないんですけど、スマホとかデジタル的なものを触ると、肌がかゆくなって……くしゃみや涙が止まらなくなって……たまにおなかも痛くなったり……とにかく調子が悪くなっちゃうんです」
「そりゃ大変だ」
「だから、真也さんが期待するような〈連絡先〉が私にはないので……ごめんなさい」
「ふぅん……じゃ、文字でコミュニケーションを取りたければどうしよう……文通?」
「交換日記とか」
「あ、それ新鮮……交換日記、マジでしてみる?」
「……はい」

 彼と――真也さんと友達になれた!
 しかも交換日記って!?
 いま起きていることが信じられない。
 頭の中がふわふわして……まるで現実感がない。

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