8 / 17
第8話 これってデート?
しおりを挟む
待ち合わせの時間より1時間も早く、駅に着いてしまった……。
何度か交換日記をやりとりしているうちに、真也さんの買い物に付き合うことになった。
銀塩カメラを買いたいから、私にアドバイスして欲しいそうだ。
学校の外で真也さんと会うのは、今日が初めて。
男の人とデートするのも人生初。
待て……これはデートなのか?
ふつう、デートで中古カメラ屋さんに行くだろうか……いや、行かないな。
とすると、今日は単なる買い物——
ユウに相談したいところだが、いくら田舎町とはいえ、駅前にはそれなりに人通りがある。
CIAに捕まることを恐れるユウは、私以外の人間がいるところには出てきてくれない。
真也さんが現れたら、なんて挨拶しよう……。
『待った?』
『いえ全然、私も今来たところです』
みたいな定番のやりとりがあるんだろうか?
脳内で会話やら行動やらのシミュレーションをしているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまう。
ふと気づけば、待ち合わせの時間を5分ほど過ぎていた。
真也さんはまだ来ない——
何かトラブルでもあったのだろうか?
約束の日を間違えてはいないだろうか?
本当に真也さんは来てくれるのか?
どんどん不安な気持ちが膨らんでゆく。
いつもは思わないが、今はスマホが欲しいと切実に思う。
真也さんの電話番号はメモしてあるので、スマホがあれば連絡が取れるのに……。
ん? ちょっと待って……ここは駅なんだから、公衆電話があるはず。
広くもない構内をウロウロすると――
あったあった! ありましたよ!
……公衆電話の置いてあった〈跡〉が。
え~ん
なぜだ……なぜ撤去した……。
いくら儲からないからって、公衆電話が必要な人もいるんですよ!?
トボトボと待ち合わせの場所に戻る。
「美里、遅刻だよ」
「あ……し、真也さん」
「オレもちょっと遅れたけど、美里はオレより後から来たからセーフだよね」
「え……いやあの……わ、私はちゃんと早めに来て――」
急に恥ずかしくなってきた。
待ち合わせの時間より1時間も前に来て、勝手にやきもきして……挙げ句の果てに公衆電話を探してウロウロしてたなんて……説明するのもばかばかしい。
「その……間違えて北口のほうに行っちゃって……」
「そうなの? まぁ、美里ならそういうことありそう」
「えぇ……私のことそんな風に見てたんですか」
「普段からぼ~っとしてること多いよね」
「そうかなぁ……自分ではけっこうしっかり者のつもりなんですけど」
「え、それって冗談?」
「本気ですよ」
「ははっ、そういうことにしておこうか」
「もうっ……」
「そういえば、美里の私服姿って初めて見たけど、やっぱ可愛いな」
「か、かわ……いい、ですか?」
「うん、美里らしくて可愛いと思う」
「そんなこと——」
その日の私の格好といえば……上はダボっとしたパーカー、下はショートパンツにスニーカー。肩掛けのカメラバッグに、首からは一眼レフをぶら下げているという……色気もなにもない格好。
真也さんと会うんだから、私だって可愛い服を着てお洒落したいと思っている。
思ってはいるが、先立つものがない。
伯父さんからもらうお小遣いは、ほとんど全てをカメラ関係につぎ込んでしまうので、服なんて滅多に買うことがない。
それでも、なるべく新しくて穴を補修した跡とかがない服を選んだら、この格好になってしまった。
真也さんは、白のシャツに細身の黒のパンツ、革靴といったシンプルな服装。
仕立てがいいから、たぶんお値段もそれなりにするんだと思う。
真也さんなら、たとえ安い服でもサラッと着こなしちゃうんだろうな……。
翻って、自分のちんちくりんな体型とダサいファッションときたら……真也さんとの格差をひしひしと感じる。
私なんかが、真也さんと並んで歩いたりして良いんだろうか?
うつむいたまま悶々としていると、真也さんがぱっと私の手を握った。
「行こうよ」
「……は、はい」
いきなりの手繋ぎ……私の想像では、それはもっと先の段階だと思ってたのに。
真也さんのほっそりとした長い指と、私の短い指が絡み合う。
これって――
恋人繋ぎ!
◇ ◇ ◇
電車に乗って三駅。
目的地である中古カメラ屋さん――〈カメラの隼〉に到着。
若城さんのお店でもよさそうなものだが、真也さんを連れて行くのが恥ずかしい。
それと、品揃えの問題もある。
ワカギカメラでは、カメラの在庫が少ないのだ。
静かなブームとかで、この頃は安い銀塩カメラも発売されている。
そういった類のものなら新品で買えるし、値段も安い。
けど真也さんは、
「美里と同じようなカメラがいい」
というので、必然的に中古カメラを選ぶことになる。
〈カメラの隼〉は、中古カメラをたくさん扱っているお店だ。
真也さんの気に入ったカメラが見つかるといいけど――
駅前の商店街にある店舗は、間口は狭いけど奥行きが深い。
いわゆる鰻の寝床なつくりだ。
店の奥に店主のおじさんが座っている。
おじさんの手元には、分解中のカメラ。
じろりと私たちを一瞥し、
「いらっしゃい……」
ぼそりとつぶやいて、再び手元に注意を戻す。
店内には、所狭しとカメラが並べられている。
デジタルカメラも少しあるが、ほとんどはフィルム式のカメラだ。
カメラだけでも千台はありそうだし、交換レンズやモータードライブといったアクセサリの品揃えも豊富――
私のような人間にとっては宝の山だ。
こんなに在庫を抱えて、お店がやっていけるのか心配になる。
ここには何度か来たことがあるが、お客さんがいるのを見たことがない。
「すごいな……これぜんぶカメラか……」
真也さんも、圧倒されているみたい。
真也さんを驚かせることができて、私は少し得意になった。
まるで私の手柄のよう。
すごいのはカメラ屋さんなのに。
「一眼レフがいいんですよね。メーカーの希望とかありますか」
「オレは全然わからないから、いくつか良さそうなのを選んでよ」
「はい!」
私は張り切った。
持てる限りの知識を総動員して、真也さんにあれこれとカメラのことを説明する。
早口でカメラのうんちくをまくし立てる私の姿は、我ながらオタク丸出し。
真也さんもたぶん、私が語る内容のほとんどを理解していないと思うし、私もそういう空気を感じているのだが、口の方が止まらない。
しらけた空気になっているなら説明をやめれば良さそうなものだが、それが出来ない。
逆に早口を加速させて、おしまいまで説明してしまおうとする始末。
これはもう、オタクの性なのだろう。
黙って耳を傾けていたであろう店主のおじさんも、呆れていたに違いない。
それでも、真也さんは私の説明にいちいち相づちを打ってくれた。
「――というわけで、真也さんにはこの2台をお勧めしたいんです」
私が選んだのは、ニコンのF3とオリンパスのOM-2N。
値段も真也さんに言われた予算内におさまる。
「この2つはどう違うの?」
「ニコンは交換レンズが豊富ですね。あと、プロ用なので頑丈。赤ラインが、かっこいい!」
「オリンパスは?」
「小型軽量、それにTTLダイレクト測光」
「小型軽量はわかるけど、なに……ダイレクト?」
「かんたんに言うと、シャッターが開いている間も露出を測る機構です」
「ははぁ……?」
「ストロボ撮影とか長時間露光撮影の時にオート露出で撮影できるんですよ! まぁ、F3もストロボ撮影ではTTL自動調光できるんですけど」
「へぇ?」
「どちらも良いカメラなんで、触ってみてビビッと来た方を選ぶといいと思います」
店主のおじさんにお願いして、ショーケースからカメラを出してもらう。
どちらも標準レンズ――明るめな50mmの単焦点レンズが付いている。
まずはオリンパスから――
「重っ……これで、小型軽量?」
「当時としては、です」
「ぎっしりと詰まってる感がすごいな……」
「ファインダーを覗いてみて下さい」
「こうか……ボケボケだけど」
「レンズに付いてるフォーカスリングを回して、ピントを合わせるんです」
「なるほど……おっ、はっきりしてきた」
「ピントが合ったら、シャッターを」
パシャッ
「布幕シャッターの音が気持ちいいでしょ」
「音? もう一回聞いて……あれ、ボタン押せないぞ」
「一枚撮ったら、親指のとこにあるレバーでフィルムを巻き上げるんです」
「これか」
ギリリッ
パシャッ
「なるほど……これは大変だ。写真一枚撮るのに、こんなに手間がかかるなんて」
「この後、現像とプリントをしなくちゃいけません」
「じゃ、撮ってすぐには見れない?」
「はい」
「失敗したらどうするの?」
「どうしようもありません」
「海外旅行とか結婚式とか……二度と撮れない場面だってあるじゃない」
「失敗しないように頑張るんです」
「へぇ……」
「ニコンの方も試してみます?」
「うん」
ニコンのF3。
このカメラが現役バリバリの時代なら、私なんかとても手が出なかっただろう高級機。
いまだって、中古なのにけっこう高い。
真也さん、お金持ってるなぁ……。
「重っ! さっきより重くてデカイ」
「その代わり頑丈で、ちょっとやそっとぶつけたくらいじゃ壊れません」
「え~と……まずはフィルムを巻き上げて……おっ! さっきと感触が違う」
「なめらかですよね」
「だね。シャッターは——」
カシャ!
「音もけっこう違うな……」
「F3はチタン製のシャッター幕ですからね。OMよりも硬質な音だと思います」
「へぇ……全体的にカッチリとした感じがする……」
真也さんは、代わる代わる2台のカメラを触っていたが、やがて——
「決めたよ。こっちにする」
手にしたのは、OM-2N。
「美里はビビッときた方を選べっていうけど、正直よくわからないしさ。美里と一緒の方がいいと思って」
「私のはOM-1で違う機種なんですけど」
「見た目がほとんど同じだし、兄弟みたいなもんだろ?」
「まぁ、そうですけど」
「ならいいよ。おじさん、このカメラ買うから」
支払いはクレジットカード。
「高校生でもカード持てるんですか?」
「原則ダメみたいだけど、オヤジが何とかするみたい」
「お父さん、何者なんですか?」
「……裏社会のボス」
「ええっ!?」
「うそうそ、ボスはボスだけど、中小企業の社長だよ」
「はえぇ……社長さん」
「美里のオヤジさんは?」
「うちは両親ともいなくて……あっ、でも伯父さん夫婦が面倒みてくれてるから――」
「……そっか」
気まずい空気。
ゴホン!
店主のおじさんが沈黙を破ってくれた。
ストラップとフィルムを1本、おまけに付けてくれるという。
「おじさん、ありがとう」
「……そのカメラ、ちょっと見せてくれないか」
首から提げた私のOM-1を指差す。
おじさんにカメラを渡すと、手にとってためつすがめつ――
「あの……何か」
「いやなに……ちょっと気になったもんだから。大切に使われて、カメラも幸せだろう」
何が気になったんだろう……。
なにせ、幽霊が写ってしまうカメラだ。
長年、たくさんのカメラを扱ってきた専門家であるおじさんには、なにか引っかかるところがあったのかもしれない。
詳しく聞いてみたいが、いまは真也さんもいることだし、おとなしく退店する。
何度か交換日記をやりとりしているうちに、真也さんの買い物に付き合うことになった。
銀塩カメラを買いたいから、私にアドバイスして欲しいそうだ。
学校の外で真也さんと会うのは、今日が初めて。
男の人とデートするのも人生初。
待て……これはデートなのか?
ふつう、デートで中古カメラ屋さんに行くだろうか……いや、行かないな。
とすると、今日は単なる買い物——
ユウに相談したいところだが、いくら田舎町とはいえ、駅前にはそれなりに人通りがある。
CIAに捕まることを恐れるユウは、私以外の人間がいるところには出てきてくれない。
真也さんが現れたら、なんて挨拶しよう……。
『待った?』
『いえ全然、私も今来たところです』
みたいな定番のやりとりがあるんだろうか?
脳内で会話やら行動やらのシミュレーションをしているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまう。
ふと気づけば、待ち合わせの時間を5分ほど過ぎていた。
真也さんはまだ来ない——
何かトラブルでもあったのだろうか?
約束の日を間違えてはいないだろうか?
本当に真也さんは来てくれるのか?
どんどん不安な気持ちが膨らんでゆく。
いつもは思わないが、今はスマホが欲しいと切実に思う。
真也さんの電話番号はメモしてあるので、スマホがあれば連絡が取れるのに……。
ん? ちょっと待って……ここは駅なんだから、公衆電話があるはず。
広くもない構内をウロウロすると――
あったあった! ありましたよ!
……公衆電話の置いてあった〈跡〉が。
え~ん
なぜだ……なぜ撤去した……。
いくら儲からないからって、公衆電話が必要な人もいるんですよ!?
トボトボと待ち合わせの場所に戻る。
「美里、遅刻だよ」
「あ……し、真也さん」
「オレもちょっと遅れたけど、美里はオレより後から来たからセーフだよね」
「え……いやあの……わ、私はちゃんと早めに来て――」
急に恥ずかしくなってきた。
待ち合わせの時間より1時間も前に来て、勝手にやきもきして……挙げ句の果てに公衆電話を探してウロウロしてたなんて……説明するのもばかばかしい。
「その……間違えて北口のほうに行っちゃって……」
「そうなの? まぁ、美里ならそういうことありそう」
「えぇ……私のことそんな風に見てたんですか」
「普段からぼ~っとしてること多いよね」
「そうかなぁ……自分ではけっこうしっかり者のつもりなんですけど」
「え、それって冗談?」
「本気ですよ」
「ははっ、そういうことにしておこうか」
「もうっ……」
「そういえば、美里の私服姿って初めて見たけど、やっぱ可愛いな」
「か、かわ……いい、ですか?」
「うん、美里らしくて可愛いと思う」
「そんなこと——」
その日の私の格好といえば……上はダボっとしたパーカー、下はショートパンツにスニーカー。肩掛けのカメラバッグに、首からは一眼レフをぶら下げているという……色気もなにもない格好。
真也さんと会うんだから、私だって可愛い服を着てお洒落したいと思っている。
思ってはいるが、先立つものがない。
伯父さんからもらうお小遣いは、ほとんど全てをカメラ関係につぎ込んでしまうので、服なんて滅多に買うことがない。
それでも、なるべく新しくて穴を補修した跡とかがない服を選んだら、この格好になってしまった。
真也さんは、白のシャツに細身の黒のパンツ、革靴といったシンプルな服装。
仕立てがいいから、たぶんお値段もそれなりにするんだと思う。
真也さんなら、たとえ安い服でもサラッと着こなしちゃうんだろうな……。
翻って、自分のちんちくりんな体型とダサいファッションときたら……真也さんとの格差をひしひしと感じる。
私なんかが、真也さんと並んで歩いたりして良いんだろうか?
うつむいたまま悶々としていると、真也さんがぱっと私の手を握った。
「行こうよ」
「……は、はい」
いきなりの手繋ぎ……私の想像では、それはもっと先の段階だと思ってたのに。
真也さんのほっそりとした長い指と、私の短い指が絡み合う。
これって――
恋人繋ぎ!
◇ ◇ ◇
電車に乗って三駅。
目的地である中古カメラ屋さん――〈カメラの隼〉に到着。
若城さんのお店でもよさそうなものだが、真也さんを連れて行くのが恥ずかしい。
それと、品揃えの問題もある。
ワカギカメラでは、カメラの在庫が少ないのだ。
静かなブームとかで、この頃は安い銀塩カメラも発売されている。
そういった類のものなら新品で買えるし、値段も安い。
けど真也さんは、
「美里と同じようなカメラがいい」
というので、必然的に中古カメラを選ぶことになる。
〈カメラの隼〉は、中古カメラをたくさん扱っているお店だ。
真也さんの気に入ったカメラが見つかるといいけど――
駅前の商店街にある店舗は、間口は狭いけど奥行きが深い。
いわゆる鰻の寝床なつくりだ。
店の奥に店主のおじさんが座っている。
おじさんの手元には、分解中のカメラ。
じろりと私たちを一瞥し、
「いらっしゃい……」
ぼそりとつぶやいて、再び手元に注意を戻す。
店内には、所狭しとカメラが並べられている。
デジタルカメラも少しあるが、ほとんどはフィルム式のカメラだ。
カメラだけでも千台はありそうだし、交換レンズやモータードライブといったアクセサリの品揃えも豊富――
私のような人間にとっては宝の山だ。
こんなに在庫を抱えて、お店がやっていけるのか心配になる。
ここには何度か来たことがあるが、お客さんがいるのを見たことがない。
「すごいな……これぜんぶカメラか……」
真也さんも、圧倒されているみたい。
真也さんを驚かせることができて、私は少し得意になった。
まるで私の手柄のよう。
すごいのはカメラ屋さんなのに。
「一眼レフがいいんですよね。メーカーの希望とかありますか」
「オレは全然わからないから、いくつか良さそうなのを選んでよ」
「はい!」
私は張り切った。
持てる限りの知識を総動員して、真也さんにあれこれとカメラのことを説明する。
早口でカメラのうんちくをまくし立てる私の姿は、我ながらオタク丸出し。
真也さんもたぶん、私が語る内容のほとんどを理解していないと思うし、私もそういう空気を感じているのだが、口の方が止まらない。
しらけた空気になっているなら説明をやめれば良さそうなものだが、それが出来ない。
逆に早口を加速させて、おしまいまで説明してしまおうとする始末。
これはもう、オタクの性なのだろう。
黙って耳を傾けていたであろう店主のおじさんも、呆れていたに違いない。
それでも、真也さんは私の説明にいちいち相づちを打ってくれた。
「――というわけで、真也さんにはこの2台をお勧めしたいんです」
私が選んだのは、ニコンのF3とオリンパスのOM-2N。
値段も真也さんに言われた予算内におさまる。
「この2つはどう違うの?」
「ニコンは交換レンズが豊富ですね。あと、プロ用なので頑丈。赤ラインが、かっこいい!」
「オリンパスは?」
「小型軽量、それにTTLダイレクト測光」
「小型軽量はわかるけど、なに……ダイレクト?」
「かんたんに言うと、シャッターが開いている間も露出を測る機構です」
「ははぁ……?」
「ストロボ撮影とか長時間露光撮影の時にオート露出で撮影できるんですよ! まぁ、F3もストロボ撮影ではTTL自動調光できるんですけど」
「へぇ?」
「どちらも良いカメラなんで、触ってみてビビッと来た方を選ぶといいと思います」
店主のおじさんにお願いして、ショーケースからカメラを出してもらう。
どちらも標準レンズ――明るめな50mmの単焦点レンズが付いている。
まずはオリンパスから――
「重っ……これで、小型軽量?」
「当時としては、です」
「ぎっしりと詰まってる感がすごいな……」
「ファインダーを覗いてみて下さい」
「こうか……ボケボケだけど」
「レンズに付いてるフォーカスリングを回して、ピントを合わせるんです」
「なるほど……おっ、はっきりしてきた」
「ピントが合ったら、シャッターを」
パシャッ
「布幕シャッターの音が気持ちいいでしょ」
「音? もう一回聞いて……あれ、ボタン押せないぞ」
「一枚撮ったら、親指のとこにあるレバーでフィルムを巻き上げるんです」
「これか」
ギリリッ
パシャッ
「なるほど……これは大変だ。写真一枚撮るのに、こんなに手間がかかるなんて」
「この後、現像とプリントをしなくちゃいけません」
「じゃ、撮ってすぐには見れない?」
「はい」
「失敗したらどうするの?」
「どうしようもありません」
「海外旅行とか結婚式とか……二度と撮れない場面だってあるじゃない」
「失敗しないように頑張るんです」
「へぇ……」
「ニコンの方も試してみます?」
「うん」
ニコンのF3。
このカメラが現役バリバリの時代なら、私なんかとても手が出なかっただろう高級機。
いまだって、中古なのにけっこう高い。
真也さん、お金持ってるなぁ……。
「重っ! さっきより重くてデカイ」
「その代わり頑丈で、ちょっとやそっとぶつけたくらいじゃ壊れません」
「え~と……まずはフィルムを巻き上げて……おっ! さっきと感触が違う」
「なめらかですよね」
「だね。シャッターは——」
カシャ!
「音もけっこう違うな……」
「F3はチタン製のシャッター幕ですからね。OMよりも硬質な音だと思います」
「へぇ……全体的にカッチリとした感じがする……」
真也さんは、代わる代わる2台のカメラを触っていたが、やがて——
「決めたよ。こっちにする」
手にしたのは、OM-2N。
「美里はビビッときた方を選べっていうけど、正直よくわからないしさ。美里と一緒の方がいいと思って」
「私のはOM-1で違う機種なんですけど」
「見た目がほとんど同じだし、兄弟みたいなもんだろ?」
「まぁ、そうですけど」
「ならいいよ。おじさん、このカメラ買うから」
支払いはクレジットカード。
「高校生でもカード持てるんですか?」
「原則ダメみたいだけど、オヤジが何とかするみたい」
「お父さん、何者なんですか?」
「……裏社会のボス」
「ええっ!?」
「うそうそ、ボスはボスだけど、中小企業の社長だよ」
「はえぇ……社長さん」
「美里のオヤジさんは?」
「うちは両親ともいなくて……あっ、でも伯父さん夫婦が面倒みてくれてるから――」
「……そっか」
気まずい空気。
ゴホン!
店主のおじさんが沈黙を破ってくれた。
ストラップとフィルムを1本、おまけに付けてくれるという。
「おじさん、ありがとう」
「……そのカメラ、ちょっと見せてくれないか」
首から提げた私のOM-1を指差す。
おじさんにカメラを渡すと、手にとってためつすがめつ――
「あの……何か」
「いやなに……ちょっと気になったもんだから。大切に使われて、カメラも幸せだろう」
何が気になったんだろう……。
なにせ、幽霊が写ってしまうカメラだ。
長年、たくさんのカメラを扱ってきた専門家であるおじさんには、なにか引っかかるところがあったのかもしれない。
詳しく聞いてみたいが、いまは真也さんもいることだし、おとなしく退店する。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
