妹のように

きむらきむこ

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妹のように

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メアリー・ウェルズリー伯爵令嬢は婚約者を前に、ムカついていた。
「婚約を解消して欲しいですって?アラステア様」

 プラチナブロンドに青い目のメアリーは、端正な顔を一瞬しかめてから、見事な貴族的作り笑顔に切り替えた。

 ウッドヴィル伯爵令息で嫡男であるアラステアは、ステイシー・アースキン子爵令嬢を隣に従えて、メアリーの前に座っていた。ウッドヴィル家での婚約者のお茶会で、本来ならアラステアとメアリーの2人が交流を持つための時間だった。

 メアリーとアラステアとの婚約は、家同士の仕事上の付き合いから結ばれた。出会ったのは6年前の10才の頃で、同い年のメアリーとアラステアは、子どもなりに誼を結び好意を育んできたはずだった。

 アラステアの妹アリッサの友人、ステイシーがウッドヴィル家に出入りするようになるまでは。

 2年くらい前からステイシーは、アリッサと共に流行りのケーキだの雑貨だのを買いに行くのに、アラステアを付き添いとして連れ出すようになった。
  
 最初は、メアリーも微笑ましく見ていたのだが、それはステイシーとアラステアの距離がどんどん近くなるまでだった。その時にアラステアとその家族には注意をしたのだ。

「近頃、ステイシーさんとお出かけのことも多いようですが、少し距離が近いのではなくて」 

「何を心配しているんだい。彼女はまだ子どもだよ、アリッサの友だちで私にも妹のようなものだよ」

「まあ、メアリーは考えすぎじゃなくて?妹の友人と出かけているだけよ」

「メアリー姉様も考えすぎよ。アラステア兄様はわたくしとステイシーを同じように可愛がってくださるだけよ」

 アラステアの父は、見当違いなことを大げさに言うくらいメアリーがアラステアを好いているのだ、と訳知り顔をしてその場にいた。

 そこまで言われてはメアリーも何も言えずに引き下がったが、この家に嫁いでやっていけるのだろうかと、心配になった。

 それからは、婚約者の交流会にもアリッサとステイシーが乱入してくることが増えた。「アラステア様はわたくしとの交流を優先してくださらないのね」とメアリーが言うと、アラステアは「うちに嫁いできたら、妹たちとも仲良くしてほしいからね」と返すのだった。

 アラステアとステイシーの外出は、たとえアリッサが一緒にいても方方で目撃され、年若い令嬢たちのお茶会で、「あの方はどなたですの」と半ば心配され、半ば浮気されている令嬢として話題にされた。

 その度に「アリッサ嬢の友人で妹のようなお付き合いをされてるそうですわ」と情けない気持ちで答えていた。
 アラステアの母のペネロープとお茶会で一緒になった時は、ペネロープ自らが「家族ぐるみでアラステアのもう一人の妹のように思っておりますの」などと言っていた。

 メアリーはここに来て、両親に婚約の解消を願うべきか真剣に考え始めた。ところが、アラステアから婚約を解消してほしいと先に言われたのだった。
 
「まあ、わたくしとの婚約の話にどうしてステイシーさんがいらっしゃるのかしら」

「そんな意地悪を言うなよ。ステイシーと結婚することになったからだよ」

「妹のように思ってらしたのに、また随分と方向転換されたのね」

「君みたいに当てこすりばかりの人とは、上手くやっていけないからね」

「婚約の話は父に報告いたしますので、家からまた連絡があると思いますわ」では、とメアリーは、ニコリと笑って座を辞した。





 アラステアとメアリーの婚約は、解消となった。
 仕事上の契約が絡んでいたのをアラステアの心変わりが原因での婚約解消として、メアリーには少しばかりの慰謝料が支払われた。

 メアリーは慰謝料を使って、ちょっとした商売を始めた。
 下位貴族向けの貸しドレスのお店だ。もともと自領の名産が織物で、それを使っての商売だったので、家族からも少なからず援助があった。

 アラステアの領地は染め物が盛んで、ウェルズリー家は綿を主体にした織物全般で、互いの産物を活かしてと言うのが2人の婚約の素因だった。

 メアリーの兄のランドンが、馬の生産をしているホランド家のケイト嬢と結婚してから、馬車を使った輸送に力を入れていることもあり、軍関連や各地へのコネが出来つつあった。

 破談になって落ち込むどころか、それをきっかけに商売を始めた義妹のことをケイトは気に入って、ホランド家の寄子の下位貴族の令嬢を多数紹介してくれた。

 メアリーは貸衣装となるドレスを、かなりシンプルに仕上げ、レースやフリル、小物で印象を変えるように考えた。寡婦や孤児を多めに雇い、洗濯婦やお針子にしてドレスの手入れを徹底したので、メアリーの店はドレスをそうそう買えない下位貴族と一部の高位貴族から人気となった。

 ご令嬢達に恥を掻かせないように、メアリーの店は表向き、織物を使った女性向けの小物を商っているように見せていた。扇子や手袋等を高価な布を使わずに品の良いデザインで仕立て、ご令嬢向けの人気商品となっていた。
 
 メアリーの扱う小物類がお茶会で話題になって、招待される機会が増えた。夜会だとパートナーが必要だが、茶会にならと、メアリーは色々考えて程よく着飾り、義姉のケイトと出かけて行った。

「あら、メアリー様お久しぶりね」アリッサとステイシーが、会場の入口で扇子を手に立っていた。

「お久しぶりですね。アリッサ様ステイシー様、ステイシー様はご結婚おめでとうございます」ニッコリと微笑んでメアリーは会釈した。アリッサが構ってくるのが心からうざかったが、そんな気持ちを押し隠し、挨拶をした。

「メアリー、紹介してくださる?」義姉のケイトが言った。

「アリッサ様、ステイシー様 こちらは昨年うちの兄に嫁いでこられたケイト・ウェルズリーです」

「お義姉様 こちらはアリッサ・ウッドヴィル伯爵令嬢とステイシー・ウッドヴィル夫人ですわ」
 3人は貴族らしく会釈して挨拶をした。

「メアリー様は近頃ご商売を始められたとか、流行りと聞きましたのよ」(結婚を諦めたらしいですね)

「ええ、少々まとまったものが手元に入りましたので、お陰様でなんとかやっておりますわ」(お宅のお兄様とその尻軽のおかげで慰謝料が手に入りましたから)

「そうですわね。いつまでもお仕事を優先することに、なるかもしれませんものね」(いかず後家になりそうですものね)

「ウッドヴィル家も最近は社交を優先されてるとか。愛らしい花嫁をみなさんにお見せしたいのね」(仕事が減って、社交界で新しいぶら下がり先を探してるんですって?)

「メアリー、旧交を温めるのも大事だけど、他の方ともご挨拶しないと」(落ち目の人はほっといて、商談よ)とケイトに声をかけられたメアリーは、「失礼いたします」と2人に断って、お茶会の主催者に向かって歩いた。

「メアリー、気持ちはわかるけどいつまでも相手にしちゃだめよ」

「お義姉様、見た?あのお衣装と小物。かなり苦労してるわよ」

 メアリーはアリッサの様子で、ウッドヴィル家の困窮を見て取った。今の仕事上、ある程度見た目の様子から家の事情を読み取るのは、必要なスキルだった。

 全くなんのしがらみもない相手なら、困窮した伯爵家なんて、うちのお客にぴったりなのに、と思いながらメアリーはその日の茶会を後にした。小物類のサンプルを持って伺う約束を2件と、貸衣装の話を1件の約束を取り付けて。


 メアリーがそろそろ次の婚約を、と周りに勧められた頃には、ウッドヴィル家は目に見えて凋落していた。ステイシーの実家にウッドヴィル家にとって実になるような物がなかったこと、ウッドヴィル家が仕事上の契約を軽んじる傾向があると周囲に思われたこと、などが原因だった。

 のほほんとしたウッドヴィル伯爵夫妻が気がついた時には、アラステアとステイシーはもう結婚するしかない状態になっていたらしい。

 アリッサも兄の結婚に口出しし、契約を解消に持っていったことを察知され、周囲の貴族家から忌避された為、婚約の話も波が引くように消えていったらしい。

 ステイシーも子爵家から伯爵夫人に、なんて張り切って嫁に行ったのだろうが、全く当てが外れただろう。それも仕方ない、アリッサとステイシーの「お友達のお兄様が素敵」「親友が義姉になったら楽しいわ」という子どもっぽい企みがきっかけとなったのだ。

 メアリーは、お見合い相手であるヒューバート・スタンリー伯爵子息と対峙していた。

「学生時代にランドンの所に遊びに行ってた頃も可愛かったけど、見違えるくらい綺麗になったね」

「まあ、ありがとうございます」

「もう妹みたいだ、なんて言えないな。レディとして尊重しないと」ヒューバートは、座っているメアリーの前に立ち、手を差し伸べた。

「ええ、妹みたい、とは仰らないで」

 メアリーは、ヒューバートの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。








 あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
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