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〈短編〉
しおりを挟む「単刀直入に言います。あなたはもう長くありません」
担当医からかけられた言葉に動揺を隠せなかった。
私は元々心臓が悪く、入院と退院を繰り返していた。いつかは治る、そんな儚い希望が摘まれたのはこの時だった。
それから先生は色々と言っていたが、私の耳は雑音の一つとして理解しようとしなかった。
気付いていたわ、気付いていたとも。
私が長くないことも、治らないことも。
夜に家で父が誰にも見せないように、静かに泣いていたのを見れば誰にだって気付く。
でも私は藁にも縋る思いでいつも通り振舞った。
私の心臓は治らない。でも、ドナーが見つかったなら。
いつだってそうだ、映画やドラマで見るような奇跡なんて現実ではありえない。作り物は所詮嘘と欺瞞で塗り固められている。
私は診察室を出て、一人で歩いて帰った。
いつもなら家の車に乗せられていたところだが、今回ばかりは父は私の意見に首を縦に振った。
帰り道は曇天。灰色でどこか寂しい空だった。
私はこんな気持ちで空を見上げたこともあり、普段は見せない見苦しい顔になっていただろう。こんな所誰にも見せたくない。
目頭に冷たい涙を溜めて、零さないように下唇を噛む。
段々考えてこなかった死という絶対的なものに、私は足を震わした。
前に進めない。
いつだって考えないようにしていた。でももう逃げられない。
もう期限は一年もない。
それまでにドナーが見つからなければ私は……。
身体が震える。
恐怖が頭を支配し、強い悪寒が身体を襲う。
そんな時に公園のベンチを見つけた。
こんな状態の私は、ベンチに腰を据えた。
寒い、怖い、死にたくない。
頭の中で負の感情が渦巻く。
先程から頭の中はそればかり。もう私は現実から、自分の事から逃げられないと確信した。
ベンチに座ってから何分経っただろう。
辺りは暗くなり、雨も降り始めてきた。
暗くて寒い。帰ろうと何度も考えたが、私は動かなかった。…違う、動けなかった。
家に帰って泣きそうな顔をしている父に、いつものように振る舞える自信がなかった。
普段どうり学校に通えるか自信がなかった。
短い人生だ。
17年間の短い人生。来年の受験など私にはもう関係がない。学校に通う理由も、勉強をする必要も消えてなくなった。
私は今、泣けているだろうか。
笑ったり、泣いたり、友達と関わったり。
私はこれから、やって行けるのだろうか。
恋もせずに人生が終わるなんて…一度くらい心から人を好きになってみたかった。
身体に雨が当たる。
傘など持ち合わせておらず、ただ死蔵のようにその場で固まり雨を受けていた。
不安、恐怖、自信。
今までのこと、これからのことを考えると私は立ち上がれないかもしれない。
現実は非情だ。それ故に偽物はより輝く。
私を助けてくれる人なんて───
「──え?」
身体に雨が当たらなくなった。
自分の身体を見渡すと、ずぼ濡れだ。風が冷えた私の身体を襲う。
でも、今はそんなことは然程重要でじゃない。
そんなことよりも後ろに立つ人物が重要だ。私を傘の中に入れてくれている人物。
「何してんだ橘?」
「吉川くん?」
「吉川な」
吉川。
彼は私と同じクラスの男子生徒。
こんな所見られなくない。
自分の弱い部分なんて、私にとって弱味にしかならない。
「吉川くん、どうしてここに?」
「あ?……いや、まーなんだ。たまたまだ」
「こんな雨の中?」
「いや、俺のことよりお前は何でここに?」
そうだ、私はなんでここにいるんだ。
ふと思い返す。
しかし、不思議と私から不安は取り除かれていた。
「私は……色々よ」
「そっか、色々か」
そして私は虚勢を張った。誰にも見破られたことのない私の仮面。
ずっと身につけた私の仮面は、私を普段の顔に戻すには十分以上に役に立った。
「ほら、これやるよ」
そう言って吉川は傘を私に差し出した。
しかし、それでは彼が濡れてしまう。
私みたいに先の無い人に使われるより、吉川くんのようにまだ先がある人に使われる方がいいに決まっている。
だから私はそれを拒んだ。
「いいわ、必要ないもの」
「あっそ、じゃあ傘ここに置いていくから使わなくても学校で返してくれ」
そう残して彼は私から去っていった。
酷く我儘だ。私には必要が無いと言ったにも関わらず、彼は傘を置いていった。
それも受け取ったわけでもない傘を。
でも、不思議と罵倒したい気分になっている訳では無い。
むしろ嬉しかった。
恋や恋愛とかそんな乙女な理由じゃない。
「──学校で返してくれ、か」
彼にとって何気ない一言だったのだろう。
しかし、私は未来で待っていてくれている人がいる。ただそれだけで不思議と希望が生まれた。
「帰ろ」
彼に置いていかれた傘を手に取って。
今更傘が必要かと問われればて、勿論必要ない。
服は雨で濡れており、今更庇う必要がある場所など一つもない。
雨に当たらなくなったからか、風が身体の芯を冷やす。
でも、私は少しだけ暖かかった。
「ただいま」
「彩香!そんなに濡れて…」
ずぶ濡れになった私を見て、なんと声をかけるべきかに詰まる父。
でも、今はそんなことは関係ない。
私は──。
「お父さん、最後のお願いがあるの」
「お兄ちゃん先に行くね~、戸締りよろしく!!」
「んー」
妹の友香が家を出る。
今の家には俺しかおらず、とても静かだ。両親は共働きで家にはほとんど居らず、ほど妹との二人暮らしになっている。
「俺もそろそろ行くか」
朝食を食べ終え、食器を流しに漬ける。
スクールバッグを肩にかけて、リビングを出る。
玄関の扉を開けて外に出て、戸締りをする。
「いってきます」
何気ない日常。
いつもと変わりない一日。
この時はまだそんな悠長なことを考えていた。
何も変わらない。いつもの一日。
教室に着くと、小説を手に取りイヤホンで音楽を聴く。
誰も近寄れない。そんな空間を作る。
だが、そんな空間を潰すようにそれが来た。
──三年二組、ヨシカワ 右京うきょうくん。いますぐ理事長室に来なさい。繰り返す………………
「は?」
吉川きっかわだって。
ってか誰だよ、名前間違えて呼んだやつ。どうせ事務とかのよく分からん人だろ。
しかし以外だ高校生活。一度たりとも校内放送で呼ばれたことなどなかった。勿論目立って怒られたことなどない。自分で言うのもあれだが、優等生をやっていたつもりだ。だが、なんでだ。
初めての呼び出し。
後ろめたいことなどないが、何故か俺の心はざわついている。
目立たないように振舞ってきたはずだ。
テストでは国語だけ学年一位で他は平均以下という、アンバランスだがそれ以外目立ったことなど一つもない。
一歩一歩が心臓に悪い。見えない手で握られているような感覚だった。
コンコン。
「入りなさい」
「失礼します」
だが、前に進まない限り始まらない。
後悔だけは残らないように生きることが、俺の座右の銘だ。
「え?」
情けない声が漏れた。
予測などしていなかった。理事長以外がこの場にいることなど。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
しかも、昨日の女の子。橘 彩香がいることなど。
「驚かせてすまない。今日はお願いがあって君に来てもらったんだ」
「お願い…ですか」
早々と本題に入る理事長。
しかし、それを止める者などこの場に存在しない。
「単刀直入にいうとね、私の娘。彩香に国語を教えてやって欲しいんだ」
「………………は?」
そのお願いは俺が考えていた予想を遥かに超える依頼だった。
「すみません、よく分からないんですが!どうしてそうなったんですか?」
最もな意見だった。橘は元々頭が悪い訳では無い。寧ろ学年では上位に入る秀才だ。それが今更俺になんて。
「学年でトップの成績をとった君に国語を教えてやって欲しいんだが。これが彩香の成績だ」
見せられた成績表は完全に理系寄り。数学などは学年一位だが、国語、つまり文系は中の下。
確かに教えられるかも知れないが…
「これなら理系の大学に行けばいいんじゃないですか」
「いや、それは違うんだ」
すると椅子から立ち上がり、俺の近くに歩いてきた。
理事長という立場に立っているからか、威圧感がある。
目の前まで近づき、ピタリと足を止めた。
あれ?俺殴られるの?
しかし、それは見当違いもいい所だった。理事長がとった行動は。
「吉川くん。頼む。娘に勉強を教えてやってくれ」
頭を下げたのだ。自分の高校の一生徒如きに。
傲慢に内申点などをちらつかせれば、殆どの生徒は了承しただろう。しかし、この理事長は、そういったせこい手を使わずに正面から向かい合ってきた。
「私からも、お願いします」
続いて橘も頭を下げた。
そこまでされたら、後になんて引けなくなる。
「……分かりました。俺がやれる範囲で頑張ります」
了承してしまった。
理事長の娘の指導係という、大役を背負ってしまった。
「そうか、吉川くん。ありがとう」
とても満足した顔だった。
そして、それと同時に安心したような顔でもあった。なにか一世一代の大勝負が終わったかのようにも見える顔だった。
いや、大袈裟か。
「それでは下がってもらって構わない。朝から呼び出してしまって済まない」
「はい、失礼します」
扉を閉めて教室へと戻る。
朝から度肝を抜かれるような出来事が起こった。
俺が指導係?しかも同じクラスの橘の?…ありえないだろ。
しかも一年間なんて……。
「お父さん、ありがとう」
彼がいなくなった部屋で私は父にお礼を言った。
「気にするな。お前の数少ないお願いなんだ。頭一つ下げれば叶うなら安いもんだ」
「本当にありがとう」
「いや、いいんだ。彼のこと追わなくていいのか?」
「…うん、いってくる」
私は歩き出す。
彼の元に、そして明日へと。
私は──
──恋をしてみたい。
後書き
評価が高ければ連載版も出してみたいと思っています。
ってことなんで高評価お願いします。
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