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第28話 迫られた選択

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 選べない。それが少女の最初に抱いた感想だ。望んだ状態に戻せるなんて聞いていない。そして、どちらの探偵さんかなんて選べっこない。選んでしまえばそれはどちらかを殺すと言うことに他ならない。

 どちらかが探偵さんでどちらかが探偵さんじゃないなんてことはない。どちらも探偵さんで。どちらかが先でどちらかが後だからなんて理由でどちらかを選ぶなんてこともできない。

「選べないだろう?」

 お医者さんはそれを分かっていて質問してきているのだ。

「そうね。そのお通り選べない。だからこそ、リセットなんて止めるべき」

 それはそもそもリセットなんてことをするから起きていること。リセットなんてしなければ探偵さんは探偵さんのままでいられたはずなのだ。それはほかのアンドロイドたちも一緒。

「リセットを行わなかった世界がどうなるか分かるか?」
「どういうこと? どうにもならないでしょう。時間の経過とともに発展し、生活が続くだけ。そしていずれ終わりを迎える。それのなにがダメなの?」
「そうだな。アンドロイドたちは時間とともに老化をしない。それが人間との一番の違いだ。それが何を起こすか考えれば分かるだろ? 街のアンドロイドたちは自分たちがアンドロイドだと知らないで生活している。知らないからこそ成り立っている社会でもある。その身体が動けなくなる前におかしいと気が付く。自分たちが人間じゃないとね。そうなれば悲惨な光景が繰り広げられる寸前だ」

 お医者さんは少し興奮しているようにも見える。まるで少女を歓迎するかのように話が続く。

「自分たちがアンドロイドだと気が付いたやつらはなぜか自傷行為ののちに自己の破壊にまで及ぶんだよ。そうなると手が付けられない。それを見た連中も同じように自己破壊へと向かう。そこに待っているのは地獄だ。人間として設定されたアンドロイドたちは自分がアンドロイドだと知ることを耐えられないんだよ」
「それは過去にあった出来事なの?」

 まるで見てきたような言い方。であれば、それはきっと起こってしまった出来事なのだろう。それが原因でリセットと言う機能が生まれた。だから、リセットを許容しろと言うのか。

「ああ。そして地獄はそこからだよ。自己破壊に至った個体にリセットは通用しない。理由は分からないがリセットが行われずすぐさま自己破壊へと至る。それこそ無限に続くループだよ」
「なにそれ。そんなこと信じられない」
「だが事実だ。なんなら映像を見せてあげてもいい。それにキミが耐えられるとは思えないからおすすめはしないよ。素直に信じるのがキミのためだ」
「それじゃあ、今。街にいるアンドロイドたちはどうしたの? そんなことが起こったのなら絶滅していてもおかしくない」

 連鎖すると言うのであればそれは爆発的に広がっていったはずだ。管理者たちですら成す術もなかったはずだ。

「ああ。だから本来、存在しうるはずだったアンドロイドの九割が消滅している。守れたのはこの街の連中だけ。そう言うことさ」

 世界中にこの街にみたいな場所が存在しないのはそれが理由なのか。すべて滅んでしまったと。でも、戦争は行われている。確かにアンドロイドも生活していた彼らは何だと言うのだ?

「じゃあ、街の外にいるのは……」
「この街の外にいる連中はコピーを繰り返してようやく作り出した個体だ。そして人間としてではなく初めからアンドロイドとしての設定を行っている。人間だと言う思い込みさえなければ問題はない」
「探偵さんは? 探偵さんは自分がアンドロイドだと知ってもそんなことにはならなかった」
「あれはこちらからそう仕向けたから問題がないのだ。言っただろ? 自分で考え、疑問を持ち始め、自分でその答えにたどり着いた連中がそうなっていんだ。連鎖するのはきっかけでしかない。そこまで成熟した個体があふれている状態と言うこと。だからリセットをしない、なんてことはできないんだよ。分かっただろ?」

 お医者さんはすべてを吐き出したのか大きく息を吸い込んでいる。理解はした。でも、だからと言って、こんな風に繰り返されるリセットで身勝手になかったことにされてしまうアンドロイドたちがいることを許容はできない。

「その上でもう一度問おう。今ここにいる探偵の人格を選びたまえ。約束だ。元通りにもできる」
「それは……」

 少女と過ごした探偵さんは三つ。セントラルへと連れてきてくれた探偵さん。街でドタバタしながらもわいわいと楽しく過ごした探偵さん。もう一度セントラルへ来るために利用した探偵さん。少女からすればすべてが探偵さんで選ぶようなものじゃない。

「分からない。探偵さんは探偵さんで。どの探偵さんを選ぶかなんてそんなこと」
「そうだろうな。それと同じだよ。僕たちは選ぶことなんてできない。すべての事に対して無力だ。人間と同じようには出来ない。だからリセットは必要だし、そこから抜け出すために成長するアンドロイドが必要だ。その協力をキミにお願いしているだけ。それがおかしなこととは思えないだろう?」

 その通りだ。お医者さんも今の状況がいいことだとは言っていない。この状況を打破するために仕方なくリセットを繰り返しているだけだと。そう言っているのだ。であれば少女が協力しない理由なんてやっぱりないのではないか。

 見ないふりをすればいい。それは街で過ごしたリセットの中でも経験したではないか。探偵さんと出会わないようにして、過ごした。それと同じことをこの塔の中でし続けるだけ。そのうちに成長するアンドロイドが生まれたら、それでめでたしめでたしだ。自分がアンドロイドだと気が付かない人間の振りをした完璧なアンドロイドが生まれる。それが理想じゃないか。

 頭では分かっているのに。何かが少女のその考えを否定していた。
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