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あと、1日
しおりを挟むどこにでもある、平和な町。
そこへ、一人の神父が足を運んだ。
「なんて美しい人・・・」
「こんな町へ何の御用かしら。」
「女みたいに白い肌だな。」
神父の容姿は、どこにいても目立つような目を引く美形。だが、不思議なことにその神父の顔を思い出そうとすると全く思い出せないのだ。だから、誰しもが美形の神父としか彼を言い表せる言葉がない。
「皆さん、どうかお聞きください。」
よく通る声で、美形の神父は市の中央で両手を上げて聴衆を集めた。
「皆さんに、残念なお知らせがあります。それは、悪魔に魂を売ったものが、この町のものにいる・・・というものです。」
「そんな・・・」
「一体だれが・・・あいつか?」
「そういえば、パン屋の羽振りが最近よかった。」
「隣の旦那が夜帰るのが遅いのよ。」
ざわざわと、聴衆が声を上げると、神父は鎮まるように手で合図をした。
ぴたりと、市から音が消える。
「みなさん、疑う者がおられるようです。不安でしょう。ですが、ご安心ください。その答えは、はっきりと今夜明らかになります。いいえ、明日になれば、悪魔の化けの皮が剥がれるのです。そう、もうあれは人間ではありません。人間の魂を売った時、その者は人間から悪魔になるのです。」
「今日が終われば、悪魔の力は解けます。つまり、いままで隠されていた正体が、おのずとわかるようになるのですよ。ご安心ください。正体の分かった悪魔など、敵ではありません。皆さんの手で討ち取りましょう。」
神父が言うには、この町には悪魔がいて、正体を隠して人間として生活しているらしい。だが、その正体がどういうわけか明日にはわかるそうだ。その悪魔を、神父は町の者の手で討ち取れと言った。
神父の言葉は、神の言葉と同義だ。そういう雰囲気が町に作り出されて、町は異様な空気に包まれる。
よからぬ熱気が町を支配したのを見届けた神父は、霧のように消えていった。
フォグは、目が覚めると部屋を出た。いつも起きれば何かしているスノーが、今日はいない。心配になってスノーの部屋をそっと覗いた。
布団の上で、穏やかに眠っているスノーを確認して、フォグは家を出た。
なんだかすがすがしい空気に、目が覚める思いだ。
フォグは、少し家から離れたところで寝転がった。そして、じっと待つ。
数時間でも待つつもりだったが、それはすぐにフォグの前に姿を現した。
「おはよう。」
「・・・お前が、悪魔か。」
フォグを見下ろしたのは、黒い長い髪に赤い瞳の長身の男。綺麗な顔をしているが、口元に浮かぶ歪んだ笑みがすべてを台無しにしている。
「その通りだ。我は、あの女と契約をしている悪魔。今日はお前にききたいことがあってな・・・お前もあるのだろう?」
「ある。・・・スノーはあきらめてくれ。」
「ケタケタケタ。正気を疑うな。お前に言われて諦めると思うか?」
「・・・なら、どうすれば諦める?」
「そうだな、お前があの女を愛しているというなら、考えてやってもいいぞ?」
「愛・・・!?」
「ケタケタケタ。お子様には早すぎる言葉だったか。ま、もっとわかりやすく言えば、フォグ、お前はスノーのために死ねるか?」
「・・・え?」
にやりと笑った悪魔に、フォグは何も返すことができなかった。
そんなフォグに、悪魔は告げた。
「答えは今夜までに出せ。明日の朝には、とっくに死んでいるだろうからな。」
「え・・・」
残された時間はあまりにも短かった。
スノーといられる最後の日。その日を大切にしたいと思うフォグだったが、悪魔の言葉が頭から離れなかった。
そんなフォグの手を取って、スノーはこの家での生活の仕方を教えた。
スノーの覚悟は決まったのだ。
最初は、フォグの魂を捧げるつもりで、フォグに愛されようとした。でも、それがとんでもなく醜悪で、罪深いことを悟り、スノーはそれを諦めた。
罪人の子とさげすまれた時、スノーは心の中で、それは自分とは関係ないと割り切っていた。自分自身に罪はない。だが、フォグの魂を悪魔に捧げるということは、スノー自身が罪人になるということだ。それは許せない。
そして、何よりフォグを失った生活を考えれば、生きていても仕方がないと思ったのだ。
フォグは、スノーを愛してくれるかわからないが、唯一スノーに好意を持ってくれた人間だ。
今は、町の人に愛されているが、それは悪魔の力によって。偽物の愛は、スノーの求めるものではないし、偽物でも一番になれない愛は、価値がなかった。
フォグは、スノーにとって希望だ。だから、フォグを死なせるわけにはいかない。だから、スノーは自分の命を諦めて、フォグに生活の仕方を教えることにした。
「フォグ、何か食べたいものはある?」
「・・・なんで・・・」
「何を作ろうか迷っていたの。だから、あなたの意見を聞こうかと思って。」
一通り生活の仕方を教え、夕食の準備に取り掛かろうとしたスノーは、最後の夕食はフォグの好きなものにしようと思い立ったのだ。それは、今日一日フォグの元気がなく、明日から自分が死んで一人になるフォグを元気づけるためのものだった。
スノーは、フォグに自分が今日までの命ということを伝えていなかった。スノーは死ぬ覚悟ができたし、フォグに聞かせる理由がなくなったのだ。むしろ、聞かせることで、フォグを苦しめるのではと思い、話さないことにした。
しかし、フォグは悪魔からそのことについて聞いており、普通に過ごすスノーにどうしようもない怒りを感じた。
「今日死ぬって・・・知ってるんだよな?」
「・・・!悪魔ね。」
フォグの言葉に、瞬時にスノーは悪魔がフォグにスノーの死を伝えたことを察した。
「なんで・・・なんで、普通なんだよ。死ぬのが怖くないのか?もっと、わがままを言ってよ・・・なんで僕に食べたいものを聞くの?スノーは今日で最後・・・なのに。」
「・・・最後だからだよ。」
「最後なら、自分のことだけ考えろよ!なんで、僕にいろいろ教えて・・・そんなことに貴重な時間を使うなんて・・・馬鹿だ。」
だんっと机を叩き、フォグは涙を流した。
「ごめん・・・ごめん!・・・僕は、僕は・・・怖くて。こんなによくしてもらったのに。僕は・・・」
死ぬのが怖い。だから、フォグはスノーのために死ねるなんて言えなかった。
スノーには、恩があって、好意も抱いている。でも、だからと言って自分の命を捧げるようなことはできない。
そんな自分が情けなくて、フォグは泣いた。
「ごめんね。」
スノーは、そんなフォグを抱きしめて微笑んだ。
「ごめんね、苦しめて。でも、私のわがままを聞いてくれるなら、涙を止めて?それで、何が食べたいのかを教えて?他にもね、聞きたいことがたくさんあるの。だから、泣かないで。泣き止んでくれないと、私はあなたに聞けないから。」
フォグのことを大切だと思ったスノーは、次はフォグのことを知りたいと思った。知って何になるのか。自分が満足するのだ。
明日には消えてしまう知識だが、それでもスノーは求めた。
「何が食べたい?何が好き?何が食べれない?ここにきて、どんな思い出ができた?町の印象はどうだった?この家は好き?私のことは、好き?」
「・・・スノー。」
「私はね、フォグのことが好きだよ。だって、フォグは・・・私の希望だから。」
「希望・・・僕は、そんなものになれない。」
スノーを救うことは、フォグにはできない。
「なれない・・・ね。もう、なってるんだけど・・・それで何が食べたいの?いい加減準備しないと。足りないものがあったら買い物に行かないといけないし。」
「・・・シチュー。」
「シチューね。なら、今から作るわ・・・フォグも手伝ってくれる?」
シチューの材料はそろっていたので、あとは作るだけだった。
材料を机の上に並べるスノーを、フォグは背後から抱きしめた。
「わっ・・・驚いた。」
「・・・」
「・・・どうしたの?」
「わからない。でも、なんか・・・離れたくない。」
「・・・ふふっ。私もだよ、フォグ。」
自身を抱きしめるフォグの腕に、スノーは軽く手を置いた。
「なんで・・・もっと早くに出会えなかったんだろう。」
「そうだな。」
スノーは、神の偶像を踏みつけた日を思い出した。あの日来たのが悪魔でなく、フォグだったなら、スノーは死ぬこともなかったし、幸せだっただろう。
フォグは、ただもっと長く一緒にいられたのにと、悔やんだ。
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