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16 魔の土地
しおりを挟む暖かな日差しが薄いカーテンを通り抜けて、部屋に柔らかな光が満ちている。薫り高い紅茶の香りと、お菓子の甘い香りがカンリの食欲を誘った。
ここは、パグラント城に用意されたカンリの私室。カンリは、大怪我を負った後、パグラント王国に帰還し療養している。
カンリのギフト、自動回復によって傷は完治しているのだが、3日経った今でも療養せよとの命令で、カンリは自室にこもっている。
「このお菓子おいしい。マカロン?」
「はい。それは、ストロベリーのマカロンですね。他にもメロン、バナナ、コーヒーなどがありますよ。」
「フルーツ系で攻めていたのに、急にコーヒーなんだ。」
「コーヒーは苦みを強く出した、シェフ自慢の一品です。ストロベリーは酸味、メロンは香り、バナナは甘味です。」
「ふーん・・・バナナはやめておく。」
「かしこまりました。」
「ねぇ、ランズ。私って、いつになったら謹慎が解けるわけ?」
「ツキガミ様、謹慎ではなく、療養でございます。」
「療養って、無理があるでしょ。もう傷跡一つ残っていないのに・・・」
「・・・治らない傷もあるでしょう。」
そんなのはないと、カンリはため息をついてマカロンを口に運んだ。
初めてさらされた命の危険、人間に近い魔族の死を間近で見たこと、それらがカンリに心の傷を負わせたと王国側は考えており、カンリを療養させることに決めたのだが・・・カンリからすれば、命の危険は以前にも感じたことはあるし、人間の死も何度も見たことがあるので、一切傷はついていないのだ。
しかし、別に戦争をしたいだとか、外に出たいとか思っているわけではないので、何も言わずに放置することにしたカンリ。ちょっといつ外に出られるのかな、と聞いたりはするが、出たいとは言わない。
「そういえば、山本君以外に誰か召喚した人はいるの?」
「今のところは確認が取れていませんが・・・おそらくあと2人ほどはいる可能性があります。召喚のギフトを持っている疑いのある者が2人いるので。」
「ふーん。」
「グラール様も、今は療養中です。今公にされている召喚された者が全員療養に入ったことで、新たな戦力として投入することは難しいという風潮になっています。なので、もしも召喚されていたとしても公表されない可能性がありますね。」
「・・・調べることはできる?」
「可能です。というより、現在調査中でして・・・ツキガミ様が気になさっていたようなので、やめる予定だった調査を継続しています。」
「ありがとう。」
「いえ。」
「ところで、山本君はなぜ療養を?」
「グラール様は、心に深い傷を負ったようでして・・・元人間が目の前で死んだということ、魔族が元人間だということ・・・人殺しになるのは抵抗があるといっていましたね。」
絶対嘘だとカンリは思ったが、冷たい目をするにとどめて山本の話を終える。
「ツキガミ様もだいぶ落ち着いたご様子ですので、今日は面会の依頼が来ていますがどうなさいますか?お相手はケイレンス様です。」
「・・・別に、もうどこも痛くないから自由にして。って、ケイレンスか・・・最初はヒックテインかと思った。」
「ヒックテイン様は、ツキガミ様に会わせる顔がないとおっしゃっていましたよ。ツキガミ様がお声がけしない限り姿は現さないでしょう、当然です。」
「え、なんかあったっけ?」
「ツキガミ様に大怪我を負わせたのは、あの方の落ち度ですから。私がそばにいれば、あのようなことには・・・おそばを離れてしまい、申し訳ございませんでした。」
「あー、気にしてないよ。」
カンリは、ランズが執事だということを脳内で確かめた。決して、ランズは護衛などではなかったはずだ。一度もランズを護衛と紹介されたことはないし、最初ランズは専属の執事だと言っていた。
護衛も執事の仕事に含まれるのだろうか?
「含まれます。」
ランズは即答。どうやらこの世界ではそうらしいと結論づけ、カンリはそれ以上考えるのはやめた。
午後、面会に来たケイレンスと机を挟んだソファに向かい合って座る。お見舞いの言葉を言われてテキトーに流し、さっさと本題に入れと視線で促すカンリに、ケイレンスは苦笑して用意された紅茶を口に運んだ。
「今日は、本当にあったことを話そうと思って、来たんだ。」
「・・・へー。」
「興味がないのかい?」
「・・・うん。でも、聞くよ。」
「興味がないのに聞いてくれるんだ?」
「話が進まないから。・・・それに、話した方が・・・楽になるでしょ?」
「驚いた、私のために話を聞いてくれるのかい?」
「・・・驚くこと?」
「そりゃあね。君は私のことが嫌いのようだし、私のために何かしてくれるとは思わなかった。」
「・・・話聞くだけで大げさ。・・・それに、別にあなたのことは嫌いじゃない・・・苦手なだけ。」
「いや、苦手も結構ひどい言葉だよ。まー聞いてくれるというなら話すよ。別に長い話じゃない。」
「最初に、魔族になった人間は、ムナント王国の人間だった。旧ムナント王国・・・すでに人間の国ではないその国は、魔の土地と今は呼ばれている。」
「前に話した通り、不作が続いた年があって、どこもかしこも食料に困っていた時だ。旧ムナント王国は特にひどくて、このままでは多くの民が餓死する未来が見えた。そして、王国は決意した。周りから奪うことを。」
他国から奪うため、戦争を仕掛けることを決意したムナント王国だが、武器もなく英雄もいない小さな国に勝機はない。不作で人は減り、生きている者も困窮し戦える力など残っていない。
そんなとき、ムナント王国にギフトがもたらされた。
それは、人の体を作り替え、強靭な肉体と魔力を内包させた人間・・・魔族にするギフト。そして、一夜にしてムナント王国は滅び、魔の土地が生まれた。
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