恩人召喚国の救世主に

製作する黒猫

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26 山本

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 にこにこと笑って、相手が望む答えを吐き出す。

 異世界に来ても山本の生き方は変わらない。変わったのは名前くらいだ。

 名前を変えた理由は簡単、外国人と親しくなるにはまず名前から・・・その外国人が呼びやすい名前を名乗るのがいいと聞いたから。慣れた名前なら呼びやすいし覚えやすいから、仲良くなりやすいのだと聞いたことがある。それを山本は実践した。



 山本が周りをひきつけるのはそういった、人と親しくなる術を知っているからだけではない。唐突な出来事にも即座に対応できる機転が、人を引き付ける一番の理由だ。



 山本が、グラールと名乗ったのは、異世界に召喚されてすぐのこと。混乱状態の中で、相手が外国人で自分に好意を持ってもらう必要があると判断し名乗ったのだ。



 そんな優秀な機転を持ちながらも、やはり山本は人間だったのだと自覚せざるおえない状況がある。それのせいで、山本は命を落としそうになり、異世界に召喚されるという、なんとも根暗が喜びそうな事態に陥ってしまったのだ。

 正直、不快だった。



 異世界転生というジャンルは、根暗の取り巻きから聞いたことがある。普段は口数少ない彼がよく話したので、山本の印象に強く残ったジャンルだ。本まで押し付けられそうになって・・・実際押し付けられてしまい、仕方なく質問されても問題ないように読み込んだ。

 つまらない、現実をうまく生きることができない者の妄想の産物。

 山本にとって、それは汚物のように汚らしい物語だった。



 そんな世界に転生・・・この場合は転移というのだろうが、山本にとってはどうでもいい。あの根暗と代わってやりたい状況だった。



「まぁ、あの根暗がギフトを手に入れたとしても、あの物語の様にはならないだろうけどね。」

 根暗が手に入れるとしたら、どのようなギフトか?

 自分のギフトを知った時、山本は与えられるギフトは、その人自身の実力に見合ったものを渡されるのだろうと思った。

 その思いは、カンリの能力を知った時に、確信に至った。



「やっぱり、月神完利は特別な存在だったんだ・・・僕の手で転がすことができなかった、たった一人の人・・・」

 親も先生も、先輩も後輩も・・・もちろん同級生だって、山本の思い通りに動いてくれた。少しだけ我慢して、周りを味方に付けさえすれば、山本に敵うものなどいなかった。



 誰もが山本の仮面に好意を抱き、山本の思うように動く。

 まぁ、根暗のように面倒なことは多少あったが、本当に嫌なことは拒絶できる力はある。周りが何も言わなくても排除してくれる。

 整った顔を笑顔の形にして、優しい声色で、相手が欲しい言葉を吐く。そうすれば、周りは自分に好意を持ち、自分のために動いてくれる。



 それが、山本の世界。

 たとえ、山本がいじめを行ったとしても、山本にいじめられることを言いふらさない者をターゲットにし、同じく何も言わず一緒にいじめを楽しめる者を傍らに置いていじめることで、それが許される世界を山本は作った・・・はずだった。



 まさか、自分に好意を抱かない・・・好意を抱かせることができない者がいるなんて、カンリと出会うまでは思わなかった。



 勉強ができる、運動が得意。そんな生徒はいくらでもいるし、山本自身がそうだった。でも、山本に好意を抱かずむしろ嫌悪を浮かべる生徒は、カンリだけだった。



 そんなカンリと初めて会話を交わしたのは、彼女が日直の仕事である黒板消しをしている時。次は移動教室で、相方は黒板を消す前に移動してしまって、カンリは一人で黒板を消していた。

 別に、手伝わなくても彼女が移動教室に遅れることはないだろう。でも、今まで接点のなかったカンリの手助けをすることで、好意を抱かせようかと山本は思った。



 山本も、別に全員に愛想をふりまき歩いているわけではない。全員に好かれる方法は、すべての人に愛想をふりかなくてもできるのだ。

 クラスや学年の中心人物に好かれ、何個もあるグループの大半が山本に好意を抱いていれば、協調性がお国柄の世界では全員に好意を抱かれる図式が出来上がった。



 中には、それは敵意を抱く者はいたが、そういうものは山本直々に出向くことで、悪意を好意に変えた。



 カンリは、別に敵意を抱いているようには見えなかったが、ほとんど一人でいることが多いのでよくわからず、一応接触してみようかと思い立ったのだ。



「月神さん、手伝うよ。」

「山本君?」

 カンリの顔を見て、にっこりとほほ笑む。カンリは不思議そうな顔をしたが、山本が黒板を消すのを見て自分もその作業を再開した。



 黒板を消し終わると、そろそろ移動時間が危なくなる時間になっていた。



「ありがとう、山本君。」

「いいよ、気にしないで!さ、早く移動しよう。」

 これで、カンリも山本に好意を抱くだろうと思い、満足する。



 待っていた取り巻きと共に、必要な教科書類をもって移動した。



 この時は、特にカンリに興味がわくことはなかった。カンリは、別に山本を嫌う様子はなかったし、このような出来事は何度も経験している山本。いや、何度も行っている山本は、特別なことなどなかったのだ。



 ただ、心のノートの月神完利のところに、完了と記すだけにとどめた。なにもない、日常の一コマだった・・・





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