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第五話 承認
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「叶絵ちゃん」
寺の敷地からギリギリ出そうなところで、俺が呼び止めると、彼女はすぐさま振り返った。
「笛。寺の中でなくされると困るから、各自で持ち帰ってるんだってさ」
二本の笛を差し出すと、叶絵ちゃんは「どうも」と言って受け取った。
そのまま立ち去っても良かったが、俺は森くんよろしく、近所の良きお兄さんキャンペーンを続けるために、適当な雑談を持ちかけることにした。
「なんか音楽とかやってたん?あいつら笛が上手いってやたら褒めてたけど」
「別に何も」
しかし向こうには、俺と話を続ける気なんてさらさらないみたいだ。
俯きがちに、そして面倒臭そうに答えていた。
「じゃあもともと持ってるセンスってやつかな」
「音羽って誰?」
「へっ?」
急にあいつの名前が出てきて驚いたのか、ひっくり返ったような高音の声が自分の口から漏れた。
「いや、なんか森さんとみのりさんが音羽さんって人よりセンスあるかもとか言ってたから」
「ああ~。俺と森くんの同級生で幼馴染的な?つっても、結婚してもうこの町を出て行ったんだけど」
「へえ」
「練習、明日からも来てくれる?」
俺は音羽のことから話を逸らせた。
「別に来てもいいけど」
「そ!良かった!」
俺が微笑むと、彼女は少しだけ体を震わせて下を向いた。
「じゃ」
そう言って、少し駆け足でこの場を去っていった。
「ん?なんかちょっと照れてたか?」
俺は小声で呟いた。
この擦り切れるほどに使い切った顔面にも、実はまだ少し効力は残っているのかもしれない。
次の日からも、彼女はちゃんと練習に来ていた。
相変わらず無愛想で口数も少ないが、森くんとみのりちゃんともうまくやれているみたいだ。
練習終わりに寺の部屋の中でビールを飲んでいると、隣にいた森くんが、自身のスマホの画面を俺に見せてきた。
パッと見ただけなのでよくわからないが、どうやら誰かのインスタグラムのアカウントを表示させているようだ。
同じ女の子の写真がいくつも載っている。
「なんこれ?お前のインスタ?森くんさ、ストーカー規制法って聞いたことある?」
「ち、ちが!違うよ!僕のは鉄道と好きな車両の写真しか載せてないよ!」
「あそ。フォロワー何人?」
「十五人。って僕の話はどうでもよくって!これは叶絵ちゃんのインスタグラム。みのりちゃんが教えてくれたんだ。フォロワーも五千人くらいいるし、ここらの高校生の間では、彼女まあまあ有名らしいよ。確かにこういうタイプの子はこの辺にはなかなかいないもんね。どことなく洗練されてるっていうかさ~」
叶絵ちゃんの投稿を見ると、制服を着た自身の自撮りや、私服のコーディネートの写真が多かった。
通常このようなSNSでは、写真をめちゃくちゃに加工して肌を綺麗に見せたり、目を大きく見せたりしているものだが、彼女の加工などは全くしていない。
あくまで素材の良さをアピールしているのが目立った。
私服もほとんど、フード付きパーカー、穴のあいた細身のジーンズ、そして底の厚いブーツだが、ほっそりとした彼女の体によく似合っていた。
それらには、多くの数の「いいね!」がついている。
「へー。ここらのインフルエンサー的な感じ?俺はインスタやってねえからよくわかんねえけど、普通にすごいんだろうな」
「ね。早速みのりちゃんもフォローしたって言ってたよ。僕もフォローしようかな」
「やめとけ。鉄ヲタのおっさんが調子のんな。気持ち悪がられて終わりだろ」
「だよね。僕も自分で言っておきながらそう思った!じゃあせめていいね、かコメントだけしておこうかな…あ、コメント欄は設けてないんだ。じゃあいいねしておこ!」
「クールそうに見えて割と承認欲求強いんだな。やっぱちょいと苦手だわ。そういうタイプ」
俺は吐き捨てるようにそう言って、ジョッキに残っていたビールを飲み干した。
「確かに音羽とかはさ、美人なのにこういう自分の写真を載せる、みたいなことは全然やってなかったもんね」
「それどころかあいつ自分のこと割とブスだと思ってるからな」
「健人のせいだよ」
森くんは一切の間を置かずにそう言った。
「は?なんで?俺あいつにブスとか一回も言ったことねえけど?」
俺は机の上にあったお菓子のつまみ種を鷲掴みし、乱暴に口に放り込んだ。
「ごめん。健人のせいは言いすぎか。いや、健人の取り巻きの女の子たちから、ブスのくせに健人に近づくなとか言われまくってきて、ずっと自分のことブスだって思ってたんだってさ」
「マジで?取り巻き怖すぎんだろ」
おつまみの豆をバリボリと咀嚼しながらそう言うと、森くんは「マジでこいつ」と呟き、机の上にあるそれを二、三個摘んで上品に口に入れていた。
寺の敷地からギリギリ出そうなところで、俺が呼び止めると、彼女はすぐさま振り返った。
「笛。寺の中でなくされると困るから、各自で持ち帰ってるんだってさ」
二本の笛を差し出すと、叶絵ちゃんは「どうも」と言って受け取った。
そのまま立ち去っても良かったが、俺は森くんよろしく、近所の良きお兄さんキャンペーンを続けるために、適当な雑談を持ちかけることにした。
「なんか音楽とかやってたん?あいつら笛が上手いってやたら褒めてたけど」
「別に何も」
しかし向こうには、俺と話を続ける気なんてさらさらないみたいだ。
俯きがちに、そして面倒臭そうに答えていた。
「じゃあもともと持ってるセンスってやつかな」
「音羽って誰?」
「へっ?」
急にあいつの名前が出てきて驚いたのか、ひっくり返ったような高音の声が自分の口から漏れた。
「いや、なんか森さんとみのりさんが音羽さんって人よりセンスあるかもとか言ってたから」
「ああ~。俺と森くんの同級生で幼馴染的な?つっても、結婚してもうこの町を出て行ったんだけど」
「へえ」
「練習、明日からも来てくれる?」
俺は音羽のことから話を逸らせた。
「別に来てもいいけど」
「そ!良かった!」
俺が微笑むと、彼女は少しだけ体を震わせて下を向いた。
「じゃ」
そう言って、少し駆け足でこの場を去っていった。
「ん?なんかちょっと照れてたか?」
俺は小声で呟いた。
この擦り切れるほどに使い切った顔面にも、実はまだ少し効力は残っているのかもしれない。
次の日からも、彼女はちゃんと練習に来ていた。
相変わらず無愛想で口数も少ないが、森くんとみのりちゃんともうまくやれているみたいだ。
練習終わりに寺の部屋の中でビールを飲んでいると、隣にいた森くんが、自身のスマホの画面を俺に見せてきた。
パッと見ただけなのでよくわからないが、どうやら誰かのインスタグラムのアカウントを表示させているようだ。
同じ女の子の写真がいくつも載っている。
「なんこれ?お前のインスタ?森くんさ、ストーカー規制法って聞いたことある?」
「ち、ちが!違うよ!僕のは鉄道と好きな車両の写真しか載せてないよ!」
「あそ。フォロワー何人?」
「十五人。って僕の話はどうでもよくって!これは叶絵ちゃんのインスタグラム。みのりちゃんが教えてくれたんだ。フォロワーも五千人くらいいるし、ここらの高校生の間では、彼女まあまあ有名らしいよ。確かにこういうタイプの子はこの辺にはなかなかいないもんね。どことなく洗練されてるっていうかさ~」
叶絵ちゃんの投稿を見ると、制服を着た自身の自撮りや、私服のコーディネートの写真が多かった。
通常このようなSNSでは、写真をめちゃくちゃに加工して肌を綺麗に見せたり、目を大きく見せたりしているものだが、彼女の加工などは全くしていない。
あくまで素材の良さをアピールしているのが目立った。
私服もほとんど、フード付きパーカー、穴のあいた細身のジーンズ、そして底の厚いブーツだが、ほっそりとした彼女の体によく似合っていた。
それらには、多くの数の「いいね!」がついている。
「へー。ここらのインフルエンサー的な感じ?俺はインスタやってねえからよくわかんねえけど、普通にすごいんだろうな」
「ね。早速みのりちゃんもフォローしたって言ってたよ。僕もフォローしようかな」
「やめとけ。鉄ヲタのおっさんが調子のんな。気持ち悪がられて終わりだろ」
「だよね。僕も自分で言っておきながらそう思った!じゃあせめていいね、かコメントだけしておこうかな…あ、コメント欄は設けてないんだ。じゃあいいねしておこ!」
「クールそうに見えて割と承認欲求強いんだな。やっぱちょいと苦手だわ。そういうタイプ」
俺は吐き捨てるようにそう言って、ジョッキに残っていたビールを飲み干した。
「確かに音羽とかはさ、美人なのにこういう自分の写真を載せる、みたいなことは全然やってなかったもんね」
「それどころかあいつ自分のこと割とブスだと思ってるからな」
「健人のせいだよ」
森くんは一切の間を置かずにそう言った。
「は?なんで?俺あいつにブスとか一回も言ったことねえけど?」
俺は机の上にあったお菓子のつまみ種を鷲掴みし、乱暴に口に放り込んだ。
「ごめん。健人のせいは言いすぎか。いや、健人の取り巻きの女の子たちから、ブスのくせに健人に近づくなとか言われまくってきて、ずっと自分のことブスだって思ってたんだってさ」
「マジで?取り巻き怖すぎんだろ」
おつまみの豆をバリボリと咀嚼しながらそう言うと、森くんは「マジでこいつ」と呟き、机の上にあるそれを二、三個摘んで上品に口に入れていた。
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