僕の獅子舞日記ー番外編ーとある健人の一年

池爾波師

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第六話 小食

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「ラーメン食いてえ。森くん。練習終わったら食いにいこ」

練習の休憩中、俺はトイレから出てきて手を洗っている最中の森くんに話しかけた。

「いいよ。僕も今日はお昼が早かったからお腹空いてるんだよね。ご慈愛ラーメンでいいよね?」

「もち。ビール飲みてえから星さんに連れてってもらおーぜ」

「おっけ!あ。叶絵ちゃんもさ、練習中にお腹ぐーぐー鳴ってたんだよね。誘ってあげて良い?」

「別にいいけど。誘っても来んのかな?」

すると、ちょうどタイミング良く叶絵ちゃんが廊下に姿を現した。

片手に横笛を持っているので、唾液が詰まった笛を洗いに来たようだ。

「あ、叶絵ちゃん。練習が終わったらさ、僕と健人と星さんでラーメン食べに行くんだけど、良かったら一緒にどう?」

「ら、らーめん」

なぜだかわからないが、叶絵ちゃんは大きな目を丸くして、驚いたような顔を見せた。

「ははっ。何その反応?ラーメン初めて聞いたわけ?」

俺はなんだかおかしくて、思わず吹き出しながらそう言ってしまった。

「別に。何回も食べたことあるし」

笑う俺を見て、叶絵ちゃんは少し不機嫌そうに答えた。

「どうする?今日はみのりちゃんがいないし、おっさんばっかでむさ苦しいかもしれないから、嫌だったら全然断ってもいいけど」

「い、行く」

少し挙動不審なまま森くんにそう答えた彼女は、水道の蛇口を捻って笛を洗い始めた。

二十一時を過ぎたラーメン屋は空いていた。

俺たちはボックス席に着いて、各々がメニューの写真を見つめた。

「俺はラーメンとチャーハンセットやな。餃子もつけるか」

「その餃子は星さん専用にして、僕ら三人で別で頼む?」

「森くん担々麺にして一口くれ。俺は鬼盛りチャーシュー麺にするから」

「なんで健人が僕のメニューを勝手に決めるんだよ!叶絵ちゃんはどうする?」

「う、うめぼしラーメン」

叶絵ちゃんは、メニューから目を離さずに小さな声で答えた。

「梅干し?ばばあみたいなメニュー頼むんだな」

俺がそう言うと、叶絵ちゃんは「いいでしょなんでも」と小さな声のまま呟いた。

「チャーハンとか付けなくていいの?飲み物は?」

「いらない。水でいい」

店員を呼ぶボタンを押して注文を終えると、十五分も経たずに机の上は頼んだもので埋まってスペースがなくなった。

「うっわ!うまそ!!てかうめえ」

「健人。食べるか喋るかどっちかにしなよ」

隣に座る森くんは、呆れながら言った。

向かい側の席に座っている叶絵ちゃんは、俺の鬼盛りチャーシュー麵をガン見している。

その大きな眼球が小刻みに震えていた。

「なに?一口食う?」

「い、いらっ いらないっ」

「おめえ、おっさんが箸付けたやつを女子高生が食うわけねえやろが。一種のハラスメントやぞ」

星さんはチャーハンをレンゲで口に運びながら言った。

「まじで?何年か前なら外まで列出来たのによ。見ろ!駐車場に停めてあるメルセデス!あこまで並んでっからな!余裕で!」

俺は窓の外を指さして騒いだ。

「昔のしみったれたモテ武勇伝を持ち出すのやめてくださーい」

「ごめん。一つもモテ武勇伝のない森くんにこういう話聞かせるのってハラスメントだよな。気を付けるな」

「はい、そのうちに訴えまーす☆」

俺らのやり取りを聞いて、叶絵ちゃんは笑っていた。

彼女の笑う姿は初めて見たが、通った鼻筋に少しだけ皺が寄るのが動物っぽくて可愛かった。

大人三人が食べ終わったのにもかかわらず、叶絵ちゃんの梅干しラーメンはまだ器に三分の一ほど残っていた。

俺らがずっとくだらない話をしている中で、彼女はいつまでも口に物を入れているものだから、基本的に話は聞いてはいるが、会話にはまったく参加はしてこない。

しかし時たま表情に、先ほどの笑顔が見られると、俺らおっさんもテンションが上がり、話により花が咲いた。

愛想がないうえに口数も少ないが、そこにいるだけでなんとなく場が明るくなるような不思議な存在だった。

結局俺らはラーメンを食べに来ただけなのに一時間半ほどその場に滞在した。

あれだけちょこちょこ食べていた上に、叶絵ちゃんはスープを全部残していた。

いくら女子とはいえども、自分の食べ盛りの十代の頃と比べると、信じられないほどの小食ぶりだ。

「おいしかった」

帰りの車の中で、彼女は呟いた。

「お!良かった!」

助手席から森くんが振り向いて、後部座席にいる叶絵ちゃんにそう言った。

「また行こうな」

俺も隣にいる彼女を見て言った。

叶絵ちゃんは、口角をあげて微笑んだ。
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