6 / 19
第六話 小食
しおりを挟む
「ラーメン食いてえ。森くん。練習終わったら食いにいこ」
練習の休憩中、俺はトイレから出てきて手を洗っている最中の森くんに話しかけた。
「いいよ。僕も今日はお昼が早かったからお腹空いてるんだよね。ご慈愛ラーメンでいいよね?」
「もち。ビール飲みてえから星さんに連れてってもらおーぜ」
「おっけ!あ。叶絵ちゃんもさ、練習中にお腹ぐーぐー鳴ってたんだよね。誘ってあげて良い?」
「別にいいけど。誘っても来んのかな?」
すると、ちょうどタイミング良く叶絵ちゃんが廊下に姿を現した。
片手に横笛を持っているので、唾液が詰まった笛を洗いに来たようだ。
「あ、叶絵ちゃん。練習が終わったらさ、僕と健人と星さんでラーメン食べに行くんだけど、良かったら一緒にどう?」
「ら、らーめん」
なぜだかわからないが、叶絵ちゃんは大きな目を丸くして、驚いたような顔を見せた。
「ははっ。何その反応?ラーメン初めて聞いたわけ?」
俺はなんだかおかしくて、思わず吹き出しながらそう言ってしまった。
「別に。何回も食べたことあるし」
笑う俺を見て、叶絵ちゃんは少し不機嫌そうに答えた。
「どうする?今日はみのりちゃんがいないし、おっさんばっかでむさ苦しいかもしれないから、嫌だったら全然断ってもいいけど」
「い、行く」
少し挙動不審なまま森くんにそう答えた彼女は、水道の蛇口を捻って笛を洗い始めた。
二十一時を過ぎたラーメン屋は空いていた。
俺たちはボックス席に着いて、各々がメニューの写真を見つめた。
「俺はラーメンとチャーハンセットやな。餃子もつけるか」
「その餃子は星さん専用にして、僕ら三人で別で頼む?」
「森くん担々麺にして一口くれ。俺は鬼盛りチャーシュー麺にするから」
「なんで健人が僕のメニューを勝手に決めるんだよ!叶絵ちゃんはどうする?」
「う、うめぼしラーメン」
叶絵ちゃんは、メニューから目を離さずに小さな声で答えた。
「梅干し?ばばあみたいなメニュー頼むんだな」
俺がそう言うと、叶絵ちゃんは「いいでしょなんでも」と小さな声のまま呟いた。
「チャーハンとか付けなくていいの?飲み物は?」
「いらない。水でいい」
店員を呼ぶボタンを押して注文を終えると、十五分も経たずに机の上は頼んだもので埋まってスペースがなくなった。
「うっわ!うまそ!!てかうめえ」
「健人。食べるか喋るかどっちかにしなよ」
隣に座る森くんは、呆れながら言った。
向かい側の席に座っている叶絵ちゃんは、俺の鬼盛りチャーシュー麵をガン見している。
その大きな眼球が小刻みに震えていた。
「なに?一口食う?」
「い、いらっ いらないっ」
「おめえ、おっさんが箸付けたやつを女子高生が食うわけねえやろが。一種のハラスメントやぞ」
星さんはチャーハンをレンゲで口に運びながら言った。
「まじで?何年か前なら外まで列出来たのによ。見ろ!駐車場に停めてあるメルセデス!あこまで並んでっからな!余裕で!」
俺は窓の外を指さして騒いだ。
「昔のしみったれたモテ武勇伝を持ち出すのやめてくださーい」
「ごめん。一つもモテ武勇伝のない森くんにこういう話聞かせるのってハラスメントだよな。気を付けるな」
「はい、そのうちに訴えまーす☆」
俺らのやり取りを聞いて、叶絵ちゃんは笑っていた。
彼女の笑う姿は初めて見たが、通った鼻筋に少しだけ皺が寄るのが動物っぽくて可愛かった。
大人三人が食べ終わったのにもかかわらず、叶絵ちゃんの梅干しラーメンはまだ器に三分の一ほど残っていた。
俺らがずっとくだらない話をしている中で、彼女はいつまでも口に物を入れているものだから、基本的に話は聞いてはいるが、会話にはまったく参加はしてこない。
しかし時たま表情に、先ほどの笑顔が見られると、俺らおっさんもテンションが上がり、話により花が咲いた。
愛想がないうえに口数も少ないが、そこにいるだけでなんとなく場が明るくなるような不思議な存在だった。
結局俺らはラーメンを食べに来ただけなのに一時間半ほどその場に滞在した。
あれだけちょこちょこ食べていた上に、叶絵ちゃんはスープを全部残していた。
いくら女子とはいえども、自分の食べ盛りの十代の頃と比べると、信じられないほどの小食ぶりだ。
「おいしかった」
帰りの車の中で、彼女は呟いた。
「お!良かった!」
助手席から森くんが振り向いて、後部座席にいる叶絵ちゃんにそう言った。
「また行こうな」
俺も隣にいる彼女を見て言った。
叶絵ちゃんは、口角をあげて微笑んだ。
練習の休憩中、俺はトイレから出てきて手を洗っている最中の森くんに話しかけた。
「いいよ。僕も今日はお昼が早かったからお腹空いてるんだよね。ご慈愛ラーメンでいいよね?」
「もち。ビール飲みてえから星さんに連れてってもらおーぜ」
「おっけ!あ。叶絵ちゃんもさ、練習中にお腹ぐーぐー鳴ってたんだよね。誘ってあげて良い?」
「別にいいけど。誘っても来んのかな?」
すると、ちょうどタイミング良く叶絵ちゃんが廊下に姿を現した。
片手に横笛を持っているので、唾液が詰まった笛を洗いに来たようだ。
「あ、叶絵ちゃん。練習が終わったらさ、僕と健人と星さんでラーメン食べに行くんだけど、良かったら一緒にどう?」
「ら、らーめん」
なぜだかわからないが、叶絵ちゃんは大きな目を丸くして、驚いたような顔を見せた。
「ははっ。何その反応?ラーメン初めて聞いたわけ?」
俺はなんだかおかしくて、思わず吹き出しながらそう言ってしまった。
「別に。何回も食べたことあるし」
笑う俺を見て、叶絵ちゃんは少し不機嫌そうに答えた。
「どうする?今日はみのりちゃんがいないし、おっさんばっかでむさ苦しいかもしれないから、嫌だったら全然断ってもいいけど」
「い、行く」
少し挙動不審なまま森くんにそう答えた彼女は、水道の蛇口を捻って笛を洗い始めた。
二十一時を過ぎたラーメン屋は空いていた。
俺たちはボックス席に着いて、各々がメニューの写真を見つめた。
「俺はラーメンとチャーハンセットやな。餃子もつけるか」
「その餃子は星さん専用にして、僕ら三人で別で頼む?」
「森くん担々麺にして一口くれ。俺は鬼盛りチャーシュー麺にするから」
「なんで健人が僕のメニューを勝手に決めるんだよ!叶絵ちゃんはどうする?」
「う、うめぼしラーメン」
叶絵ちゃんは、メニューから目を離さずに小さな声で答えた。
「梅干し?ばばあみたいなメニュー頼むんだな」
俺がそう言うと、叶絵ちゃんは「いいでしょなんでも」と小さな声のまま呟いた。
「チャーハンとか付けなくていいの?飲み物は?」
「いらない。水でいい」
店員を呼ぶボタンを押して注文を終えると、十五分も経たずに机の上は頼んだもので埋まってスペースがなくなった。
「うっわ!うまそ!!てかうめえ」
「健人。食べるか喋るかどっちかにしなよ」
隣に座る森くんは、呆れながら言った。
向かい側の席に座っている叶絵ちゃんは、俺の鬼盛りチャーシュー麵をガン見している。
その大きな眼球が小刻みに震えていた。
「なに?一口食う?」
「い、いらっ いらないっ」
「おめえ、おっさんが箸付けたやつを女子高生が食うわけねえやろが。一種のハラスメントやぞ」
星さんはチャーハンをレンゲで口に運びながら言った。
「まじで?何年か前なら外まで列出来たのによ。見ろ!駐車場に停めてあるメルセデス!あこまで並んでっからな!余裕で!」
俺は窓の外を指さして騒いだ。
「昔のしみったれたモテ武勇伝を持ち出すのやめてくださーい」
「ごめん。一つもモテ武勇伝のない森くんにこういう話聞かせるのってハラスメントだよな。気を付けるな」
「はい、そのうちに訴えまーす☆」
俺らのやり取りを聞いて、叶絵ちゃんは笑っていた。
彼女の笑う姿は初めて見たが、通った鼻筋に少しだけ皺が寄るのが動物っぽくて可愛かった。
大人三人が食べ終わったのにもかかわらず、叶絵ちゃんの梅干しラーメンはまだ器に三分の一ほど残っていた。
俺らがずっとくだらない話をしている中で、彼女はいつまでも口に物を入れているものだから、基本的に話は聞いてはいるが、会話にはまったく参加はしてこない。
しかし時たま表情に、先ほどの笑顔が見られると、俺らおっさんもテンションが上がり、話により花が咲いた。
愛想がないうえに口数も少ないが、そこにいるだけでなんとなく場が明るくなるような不思議な存在だった。
結局俺らはラーメンを食べに来ただけなのに一時間半ほどその場に滞在した。
あれだけちょこちょこ食べていた上に、叶絵ちゃんはスープを全部残していた。
いくら女子とはいえども、自分の食べ盛りの十代の頃と比べると、信じられないほどの小食ぶりだ。
「おいしかった」
帰りの車の中で、彼女は呟いた。
「お!良かった!」
助手席から森くんが振り向いて、後部座席にいる叶絵ちゃんにそう言った。
「また行こうな」
俺も隣にいる彼女を見て言った。
叶絵ちゃんは、口角をあげて微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる