捨てられた子が龍の化身に溺愛されるまで《完結》

トキ

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本編

溺愛(療養)生活2

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 暫くすると氷雨が小さな土鍋を持って戻ってきた。ベッドのサイドテーブルに置いていたペットボトルを移動させ、鍋敷きを置く。その上に土鍋を乗せ、分厚い手袋のようなものを付けたまま土鍋の蓋を開けた。

「わあ」
「熱いから少し冷ましてから食べようね」

 白い湯気が広がり、ふわふわの卵とお米が混ざり合って優しい香りが漂ってくる。離央の口の大きさに合わせて、少し小さめのおかゆスプーンで土鍋の中を軽くかき混ぜて掬う。食べられる温度になったそれを、氷雨はそっと離央の口元へ運んだ。

「あ、の……」
「離央くんが元気になるよう、おまじないをかけて作ったんだ。食べてくれるかな?」

 自分で食べるという選択肢は与えられないらしい。そう理解した離央は恐る恐る口を開けた。パクッと卵雑炊を口に含み、もごもごと咀嚼してゆっくりと嚥下する。温かい手料理を初めて食べた離央は、あまりの美味しさにぽろぽろと涙を流してしまった。

「おいしい、です。とても、とても、おいしくて、あったかくて……ぅう」
「うん。ゆっくりでいいからね。全部食べられなくても大丈夫だから。風邪が治ったら離央くんの大好きなものを作ってあげるからね」

 スプーンを置いて、氷雨は静かに涙を流す離央を優しく抱きしめた。「もう大丈夫」と何度も何度も慰めながら……

「おいしかったです。ありがとうございます」
「こちらこそありがとう。全部食べられて離央くんは偉いね」

 時間はかかってしまったものの、離央は卵雑炊を完食した。元々お茶碗半分くらいの量しか作っていなかった為、完食してくれたのを見て氷雨は安堵した。同年代の子ども達と比べて、離央は少し痩せていた。日頃からきちんとした食事を与えられていない証拠だ。本当はこの量でも一般の子ども達が食べる量より少ないのだが、いきなり食事の量を増やすと離央の身体に負担がかかってしまって逆効果だ。その為、少しずつ量を増やしていくしかない。栄養のある料理を沢山作って、満面の笑みを浮かべながら食べる離央の姿を想像して、氷雨は自然と頬が緩んだ。

 完食できたご褒美が必要だね。そう言って氷雨は空になった土鍋を片付けて部屋から出て行った。数分後には戻ってきて、小さな瓶とスプーンを離央に渡した。さっきまで冷やしていたのか、瓶はとても冷たかった。

「プリン?」
「プリンを食べるのは初めて?」

 優しく質問する氷雨に、離央はコクンと小さく頷いた。テレビのCMや番組で見たことはあるが、食べたことはなかった。母親が買ってくるのは割引シールの貼られた安いパンやおにぎりだけで、偶に惣菜を買ってくる程度。休日や長期休暇の時は「面倒だから」という理由で大量のカップ麺を買ってきてそれを食べろと離央に吐き捨てて放置していた。

「あの、これ、すごくたかいプリン、ですよね?」

 小学一年生になったばかりの離央はまだ漢字が読めない。それでもテレビで何度も見たことのある「最高級」という文字とラベルを見て、氷雨に確認した。

「値段なんて気にしなくていいんだよ。それに、これはうちで作っているプリンだから予約しなくても直ぐ手に入るんだ」

 氷雨さんは一体何者なんだろう? 前に見たテレビ特集では、このプリンは予約必須で人気すぎて数年待ちだと説明されていた。そんなお高いプリンを予約なしで手に入れられるなんてどう考えてもおかしい。疑問に思いはするものの、氷雨に「食べてごらん。とっても美味しいから」と笑顔で言われ、蓋を開けられたプリンにそっとスプーンを差し込んだ。一口だけ掬い取り、恐る恐る口に含むと、直ぐにとろけて甘い香りと味が口内全体に広がる。火照った身体にプリンの冷たさが心地よくて、あまりの美味しさに離央は夢中で食べてしまった。

「お、おいしかったです。えっと、ありがとう、ございます」
「ふふふ。プリンは気に入った? 他にも美味しいお菓子があるから、元気になったら一緒に食べようね」
「ほ、ほかのおかしも、たべていいんですか?」
「勿論。だから早く風邪を治そうね。大丈夫。俺が傍にいるから、君のご両親のように寂しい思いは絶対にさせないよ」
「…………」

 美味しいものを食べて忘れていたが、離央は両親のことが気になった。風邪が治るまでは氷雨の屋敷で療養することになっているが、完治したら両親の元へ帰らなければならない。当然だ。氷雨は幼い離央が心配で、善意で助けてくれただけなのだから。血の繋がりのない氷雨と一緒に過ごせる時間は期間限定のもの。風邪をひいて倒れても、病院に搬送されても、お見舞いにすら来ない両親の元へ帰っていいんだろうか。帰ったら、二人は抱きしめてくれるだろうか。褒めてくれるだろうか。

「病院の先生は三日って言っていたけど、念の為、一週間は安静に。様子を見て大丈夫そうなら次の日曜日、離央くんのご両親とお話しすることになっているんだ。とても大事なお話だから、離央くんにも聞いてほしい」
「おとうさんと、おかあさんに、あえる?」
「会えるよ。俺の連絡先も伝えているからね。でも……」
「ひさめさん?」
「ごめんね。なんでもないよ。さて、風邪をしっかり治す為にもお薬はきちんと飲まなきゃいけないね。一人で飲める?」
「はい」

 薬を嫌がる子どもは多いが、離央は素直に処方された薬を飲んだ。お腹がいっぱいになって、離央は再び眠くなりベッドに横たわった。氷雨に優しく頭を撫でられ「おやすみ。離央くん」と声をかけられ、落ち着いた声に離央は心から安堵する。今迄きちんと眠れたことはなく、心身共に限界がきていた離央は、身体が休息を求めていたこともあり朝までぐっすり眠ってしまった。




 初日は発熱だけだったが、二日目から咳や鼻水が出るようになった。薬を飲んでいるお陰で肺や鼻が痛くなるほど酷い症状は出ていないが、これ以上悪化しないように離央は大人しく横になっていた。朝起きたら、氷雨が離央を抱き起こして洗面所へ案内する。トイレや洗顔、歯磨きを済ませ、再び氷雨の部屋に戻って来ると今着ているパジャマを脱がされ、新しいものに着替えさせられる。その上からもこもこの軽くて暖かい上着を着せ、氷雨は離央の熱を測った。

「まだ熱があるね。朝は食べられそう?」
「はい」
「分かった。直ぐに持って来るから待っていてね」

 ポンと、離央の頭をそっと撫でて氷雨は朝食の準備を始めた。昨日と同じようにサイドテーブルに小さなお盆を置く。お盆には幾つかのお皿が載せられていて、美味しそうな匂いが立ち込めていた。

「野菜と卵のスープを作ったんだ。ご飯も食べられそうだったら昨日みたいに雑炊にもできるから」
「あ、ありがとう、ございます。いただきます」

 きちんと両手を合わせ、スプーンを持つ。ふわふわの卵と細かく切られたとろとろの野菜が入ったスープ。昨日と同じように、スプーンで掬って少し冷ました後、離央はゆっくり口に入れて咀嚼した。口の中で直ぐに溶ける野菜と、ふわふわとした卵の食感。とても美味しくて、離央はあっという間に完食してしまった。もう少し食べたいという離央の気持ちに気付いたのか、氷雨が「雑炊も食べる?」と優しく聞いてくれる。おかわりしてもいいのだろうかと不安になっていた離央は「いいんですか?」と聞き返した。

「食欲があるってことは、順調に身体が回復している証拠だ。それに、離央くんは食べる量が少ないんだ。同年代の元気な子ならこの量の二倍から三倍は食べているよ?」
「そ、そんなに?」
「直ぐにその量を食べろとは言わない。少しずつ量を増やしていけばいい」

 そうしないと離央くんの胃がびっくりしちゃうからね、と告げて、氷雨は食べられる量を聞いて雑炊を作る為に部屋から出て行った。十分程で氷雨は戻ってきて昨日使っていた土鍋をサイドテーブルに置いた。雑炊はとても熱いからという理由で、氷雨がスプーンを持って離央に食べさせる。スープの時と違って、少しすっぱくて、そのすっぱさがあっさりとした味になって、離央はゆっくり雑炊を食べて完食した。

「とてもおいしかったです」
「少しだけ梅を混ぜているんだ。梅は風邪に効くからね」

 空になった食器をまとめ、氷雨は小皿に載せていたみかんの皮を剥く。「口を開けて?」と言われ、離央は素直に口を開ける。

「みかんだよ。食べてみて」
「ん!」

 一房、みかんを口に含んで噛んだ瞬間、ジュワッとみかんの果汁が溢れて離央は慌てて飲み込んだ。それでも果汁が出てきて、甘酸っぱい味に頬を緩ませる。氷雨に「一個、食べられる?」と聞かれ、離央は頬を赤く染めながらコクンと小さく頷いた。

「まだ食べる?」
「い、いえ。もう、おなかいっぱい、です。ごちそうさまでした」
「そうか。それじゃあ、お薬飲んでゆっくり休もうね」
「あの、ひさめさん」
「ん?」
「ぼく、じゃまじゃないですか?」
「…………」
「こ、こんなにいっぱい、めいわくをかけて、わ、わがままもたくさんきいてくれて、ぼく、おかねももっていないのに……」
「迷惑じゃないよ。離央くんが心配で、俺が勝手にやっていることだから」
「ひさめさん」
「大丈夫。何があっても俺が君を守るから。今はゆっくりおやすみ」
「……ん」

 優しく頭を撫でられて、離央は眠気に逆らえずそのまま暖かなベッドの中ですやすやと眠りに就いた。
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