捨てられた子が龍の化身に溺愛されるまで《完結》

トキ

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本編

化身と伴侶2

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 離央の気持ちが落ち着くのを待って、氷雨は温かいはちみつレモンを注いだマグカップを渡した。離央でも持てる小さめのマグカップを選んだが、彼が持つには少し大きかったようだ。小さな両手でマグカップを持ち、はちみつレモンをゆっくり飲んでいく。

「味はどう?」
「あまくて、おいしい、です」
「ゆっくりでいいからね」
「ん」

 はちみつレモンを半分ほど飲むと、離央は軽くなったマグカップを片手で持ち、反対側の手は無意識に氷雨の指先をぎゅっと握りしめていた。氷雨が遠くへ行ってしまうかもしれないと不安に思ったのだろう。そのいじらしい仕草に、氷雨は「んん!」と咳払いをした。

 か、可愛すぎる! なんだ、この可愛い生きものは! どうして俺の伴侶はこんなにも可愛らしいんだ! と、氷雨の心の中は大忙し。

「離央くん。今日は俺と一緒に寝る?」
「え?」
「夜は冷え込むみたいだから。それに、寂しそうな顔をする離央くんを一人で眠らせるのは少し心配で。俺と一緒に寝るのは嫌?」
「い、いやじゃ、ない、です。うれしい、です」
「そっか。それじゃあ、寝る前に身体を拭こうか。本当はお風呂に入るのがいいんだけど、今はまだ我慢してね」
「はい」

 夕食後、薬を飲む時も、食器を片付ける時も、離央はそわそわして落ち着かない様子だった。柔らかなほっぺを薔薇色に染め、期待に満ちた目を氷雨に向ける。浴室へ向かう時も両手を伸ばしてだっこをお強請りしてきて、氷雨は嬉しすぎて気絶しそうになった。風邪が悪化しないよう浴室の温度も調整し、離央のパジャマと下着を脱がしていく。腰にタオルを巻いて、氷雨は洗面器にお湯を注ぎ、清潔なタオルを浸す。絞ったタオルで離央の身体を優しく丁寧に拭いてふわふわのバスタオルで全身を包み込む。

「新しい着替えは脱衣所の籠に入っているから、自分で着替えられるかな?」
「できます」
「俺もサッと身体を洗うから、離央くんは先に部屋へ戻ってもいいからね」
「……まってちゃ、だめですか?」
「ダメじゃないけど、少し時間がかかるよ?」
「まってます。ひさめさんと、いっしょにおへや、もどりたいから」
「分かった。なるべく早く終わらせるから、暖かくして待っているんだよ?」
「ん」

 離央がパジャマを着ている間に、氷雨は服を脱いでシャワーを浴びる。何時もより念入りに髪も身体も洗い、湯船に浸かる。浴室も無駄に広い為、湯船というより大浴場に近い。大きなガラス窓の外は小さな庭園を楽しむことができる。脱衣所も広く、棚と籠が設置され、中央には座って休めるベンチもある。

 フェイスタオルで軽く身体を拭き、バスタオルを腰に巻いて脱衣所に戻ると、離央はパジャマの上から全身を包むもこもこの上着を着て、ベンチにちょこんと座って待っていた。

「急いで着替えて髪も乾かすから、もう少しだけ待っててね」

 籠に入れていたタオルで髪と身体を拭き、急いで着替えを済ませる。上のパジャマを着てボタンを掛ければ着替えは終わるのだが、背後から強い視線を感じて氷雨は振り返る。

「わあ!」

 真正面から氷雨の上半身を見て、離央は更に目を輝かせた。惚れ惚れとした表情で見つめられ、氷雨は首を傾げる。風呂上がりで離央が喜ぶようなものは何も持っていない。しかし、離央は氷雨を見て「かっこいい」と呟いていた。

「離央くん?」
「ひさめさんのおなか、ばっきばきでかっこいいです!」
「ばっきばき?」
「うでも、もっこもこですごいです!」
「もっこもこ」

 恐らく、氷雨の程よく鍛え上げられた筋肉が格好いいと離央は言いたいのだろう。前世では悪鬼を討伐する軍人だった。悪鬼の居ない平和なこの世界に転生しても、氷雨は何時でも悪鬼と戦えるよう常に鍛えている。離央も男の子だから、筋肉には憧れを抱いているのかもしれない。

「ぼくも、ひさめさんみたいな、りっぱなからだになりたいです! どうすればなれますか?」
「健康な体は食事と運動と睡眠が重要だ。なんでも食べて、たくさん運動して、夜はたっぷり眠る」
「そうすれば、ぼくも、おなかばっきばき、うでもっこもこになりますか?」
「……離央くんの努力次第かな?」

 一瞬だけ筋骨隆々な離央を想像して、氷雨は首を横に振った。化身であれば可能だが、化身の伴侶は小柄で華奢な人が多い。勿論、例外もあるだろうが、筋肉ムキムキの化身の伴侶を氷雨は一度も見たことがない。そもそも、化身は伴侶への執着心や独占欲が強く、見付けたら大事に大事に囲い込んで、信頼する者以外には絶対に会わせようとしないし、伴侶の姿を見ることすら困難なのだ。しかし、正直に真実を話して離央が悲しむ姿は見たくない。その為、氷雨は僅かな可能性のある「努力次第」と答えるしかなかった。





 氷雨が傍にいて安心したのか、離央はベッドに横になって直ぐ眠ってしまった。氷雨に抱きしめられ、離央も彼が着ているパジャマの襟をぎゅっと強く握りしめる。まだ三日しか経っていないが、離央は氷雨を信頼して素直に甘えてくれた。

「ひさめさん。ぼく、ひさめさんのこになりたいです」

 氷雨が説得する前に、離央は自分の望みを口にした。血の繋がった両親よりも、氷雨と家族になりたいと。ゆっくりと瞼を閉じる離央の頭を優しく撫でながら、氷雨は「君が望むなら、なんでも叶えてあげるよ。俺と、家族になろう」と囁いた。

「ぅん」

 安心しきった笑顔を向けて、離央は氷雨に身を委ねて深い眠りに就いた。可愛くて、愛おしくて、大切に大切に慈しみたい小さな命。化身が求める魂の半身。前世では伴侶と出会えず、氷雨はそれが当たり前だと思って生きてきた。悪鬼と戦っている間は気にしなかったが、討伐後や休んでいる時に突然襲われる虚無感。ずっと心に穴が空いているような錯覚と、その穴を埋める為に存在しない伴侶を探し求め続ける空虚感。それらはずっと氷雨の心を蝕み、心の穴は埋まることはなく広がるばかりだった。

「困ったな。もう、この子を手放せない」

 ずっと埋まることのなかった心の穴が、離央に触れた瞬間、隙間なく埋まったような気がした。可愛い。愛おしい。抱きしめたい。喜ばせたい。幸せにしたい。この子の悲しみを、涙を、心に負った傷を、深い愛で癒してあげたい。氷雨の気持ちが離央にも伝わったのか、愛しい伴侶の直感なのか、彼は無意識に実の両親ではなく氷雨を求めていた。

 両親のことを好きかどうか聞いた時、離央は「分からない」と答えた。対して、氷雨に「いらない」と言われたら? と聞いた瞬間、離央は直ぐに「いやだ」と「すてられたくない」と泣きじゃくってしまった。離央の答えは決まったと言っても過言ではない。氷雨も離央を引き取ること前提で準備を進めている。あの二人は、氷雨が離央を引き取ると言えば喜んで同意するだろう。これでやっと邪魔者が居なくなったと、お荷物が消えて清々したと、離央のいる前で断言するに違いない。

「何があっても、必ず俺が守るよ。君は、俺がずっと求め続けた愛しい伴侶なのだから」

 安らかに眠る離央の額にちゅ、と優しく口付け、氷雨もゆっくりと瞼を閉じた。小さくて愛おしい伴侶の温もりを感じながら……

「こちらが必要書類です」
「ありがとう。時雨」
「隊長の伴侶様の為ですからお気になさらず。私も離央様のご両親について少し調べてみましたが、ご近所さんや幼稚園でも評判があまりよくありませんでした」
「だろうな。俺が連絡した時も実の我が子なのに治療費のことしか考えていなかった」
「興味本位で一緒に聞いてしまった従業員達も、かなりご立腹でしたよ。『伴侶様を蔑ろにした毒親どもに神罰を!』と大騒ぎで」
「離央とは一度も会っていないだろう?」
「会ったら益々過保護になるでしょうね。私も今日初めてお会いしましたが、なんですか? この子。天使ですか? あんな毒親からよくこんな可愛らしい天使が産まれましたね? 本当に血が繋がっているのですか?」
「お前の言いたいことはよく分かるが、離央も聞いているんだから言葉は選んでくれ」
「失礼しました。気を付けます」

 離央の耳に入らないよう、氷雨が彼の両耳を両手で覆う。二人の会話が聞こえなくなり、離央は耳を覆う氷雨の大きな手に小さな手を重ねて頑張って外そうと奮闘する。小さな手で氷雨の指を握って外そうとする姿があまりにも可愛くて、氷雨も時雨も頬が緩んでしまった。

「ひさめ、さん。きこえない、です」
「ごめんね。大人の話をしてたんだ。もう大丈夫だよ」
「初めまして。離央くん。私は七瀬時雨ななせしぐれと言います。氷雨たいちょ、こほん! 氷雨さんの部下です」
「ぶか?」
「はい。私は弁護士の資格も取得しているので、氷雨さんと離央くんが早く家族になれるようお手伝いしますね」
「おてつだい? ぼく、ひさめさんのこになれるんですか?」
「なれますよ。離央くんは、お父さんとお母さんよりも、氷雨さんと一緒に居たいですか? 氷雨さんと家族になりたいですか?」
「……おとうさん、と、おかあさん」
「もし、離央くんがお父さんとお母さんと一緒に暮らしたいなら、そちらもお手伝いするのですが……」
「おとうさんとおかあさん、は、ぼくがいないほうがしあわせです」
「離央くん」
「だから、ぼくはひさめさんとかぞくになりたいです。そうすれば、ぼくも、ふたりも、しあわせになれるから」
「離央くん!」
「あ! あいさつをわすれてました。ごめんなさい。みかみりお、ろくさいです。しぐれさん、よろしくおねがいします」
「任せてください! 必ず氷雨さんと離央くんを家族にしてみせます!」

 あれだけ暴言を浴びせられても、離央は両親の幸せを願っていた。恨むことも、憎むことも、縋ることもなく、それが両親の幸せに繋がるなら、捨てられても構わないと。純粋で、健気で、心優しい離央に氷雨も時雨もメロメロで、氷雨は離央を自分の膝の上に乗せてぎゅうぎゅうと抱きしめ、時雨は離央に「実は今日、新作の和菓子を持って来ているんですよ。離央くん、食べてみますか?」と餌付けを始めた。

「ひさめさん。ぼく、ひさめさんのこになってもいいですか?」
「勿論。君はもう、俺の大切な家族だよ」
「えへへ。うれしいです!」
「うぐ!」
「ぐは!」

 花が綻ぶような満面の笑みを浮かべる離央を見て、二人は同時に胸を抑えて小さな呻き声を上げた。天使の微笑みとはこのことを言うのか。二人は離央の可愛らしさに悶絶し、暫く動くことができなかった。
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