22 / 88
第2章
蘇る命
しおりを挟む
穏やかな海の波の音。淡く夜を照らす満月。海を一望出来る小高い丘に、小さく踞る人影。
ごめん……な、さい……
ナイフを両手で握り、高く掲げる少年。咄嗟に駆け出し、手を伸ばしても、その手が届く事はなく……
刃物が肉を突き刺す音と、悲痛な顔をして謝り続ける少年の姿だけが、今でも忘れられない。
また、助けられなかった。また、不幸にしてしまった。助けられたかもしれない命を。大事な弟の最愛の人を、何も出来ず、死なせてしまった。
『何をしても、私の弟は死んでしまうわ』
あの人の言った通りになってしまった。結局、誰も救えなかった。
『でも、それは貴方のせいじゃないわ。どう足掻いても、私の弟は死んでしまうの』
そう言って、柔らかく微笑む彼女も、この世を去ってしまった。人魚から人間になり、何もかもを犠牲にしてでも、弟の命を救うと言った彼女が現状を見たら、どう思うだろう。
『そう遠くない未来、神子様が現れるわ。神子様なら、私の弟を、シンジュを生き返らせる事が出来るの。シンジュだけじゃない。貴方の心も、貴方の弟も、救ってくれる。だから、だから、お願い。私じゃ、シンジュを護れないから。シンジュと一緒に生きられないから。シンジュを独りにしてしまうから。私の代わりに、貴方が、貴方達が、シンジュを幸せにして。シンジュに、いろんな世界を見せてあげて。シンジュが笑って生きられるなら、愛しい人と共に生きられるなら、私はこの命を投げ捨てても構わないわ』
強い人だと思った。自分の弟を救う為なら、何でも出来ると言う彼女が、酷く眩しい存在だと思う程に。彼女が、弟と共に過ごせる日々が来れば良い、と密かに願っていた。それなのに、彼女は亡くなってしまった。
彼女が死ぬとは、夢にも思っていなかった。死を覚悟したような、自分の死を予測しているような言動はあったが、きっと何かの間違いだと自分に言い聞かせていた。けれど、彼女は死んでしまった。死なせてしまった。
救える場所に居たのに。手を伸ばせば、直ぐ届く場所に居たにも関わらず、結局救えなかった。
ならば、せめて彼女の願いだけでもと思い、彼女の弟は死なせないと決意したのに。結局、死なせてしまった。
「まだ、話す気にはならないのですか?」
「…………」
今までの事を思い出していると、クラウスに声を掛けられ、ユリウスは無表情のままクラウスに視線を向ける。
「殺してないのでしょう?」
そう問うクラウスに、ユリウスは表情を変える事なく、口を開いた。
「何度聞いても同じだ。殺してなくとも、救えなければ殺したも同然だ」
「私にも、本当のことは話してくださらないのですね」
「お前が言ったんだろう。『誰が敵になろうとも、誰かが死のうとも、決して弱味を見せるな』と」
だから、弱味を見せない為に、無表情を作った。誰が敵になろうとも、動揺しないよう、冷静な判断が出来るよう、必死に努力し続けてきた。誰にも頼らず、誰にも助けを求めず、ただ、言われた事だけを忠実にやるだけの日々。
「ユリ『ユリウス様!』」
二人が真剣な話をしていると、突然扉がバンッと開き、夕がリベルテの手を引いて部屋の中へ入って来た。大きな声でユリウスの名前を呼ぶ夕。何故かは分からないが、夕はとても嬉しそうな表情をして、ユリウスを見ている。
「シンジュを、蘇らせて下さい! お願いします!」
「「は?」」
深々と頭を下げる夕に、二人は目を丸くして夕を凝視する。一瞬、何を言っているのか理解出来ず、ユリウスとクラウスは困惑した表情をして、リベルテに視線を向けた。
シンジュを蘇らせてほしい。
夕に無茶なお願いをされ、二人は顔を見合わせ、「それは無理だ」と夕に伝えた。死者は蘇らない。どんな魔法を使おうとも、死者を蘇らせる事は不可能。そう伝えると、夕はリベルテが持っている青い本に視線を向け、口を開いた。
「出来るんです。ユリウス様とリベルが居れば……」
言いながら、夕は紙切れをユリウスに渡す。「この紙に、方法が書かれています」と伝えるとユリウスは紙に目を通し、目を見開いた。
「シンジュは、死んでません。生きてるんです。海の宝玉になってしまったけど、ちゃんと、生きてるんです」
「…………」
夕の言葉を聞き、ユリウスはリベルテに視線を向ける。リベルテはユリウスから視線を逸らし、複雑な表情をして俯いた。視線を掌に向け、しばらく見詰めた後、リベルテは顔を上げ、ユリウスを見据えた。
「謝っても許されない事は分かってる。自分に取って都合の良い話だと言う事も理解してる。俺がアンタに頼む権利なんてない事も、最初から分かってる。それだけの事を、俺は今迄してきたんだ」
「…………」
「嫌なら断ってくれて構わない。後、今迄、ごめん」
深々と頭を下げるリベルテに、ユリウスはゆっくりと近づき、背中に手を添える。「謝らなくて良い」とユリウスが言うと、リベルテは顔を上げ、ユリウスを凝視する。
「俺の方そこ、悪かった。俺は、最初からシンジュが死ぬ事を知っていた。一度目は、誰もシンジュを救う事は出来ない。シンジュは、人魚族に殺される、と。知っていて、お前に話さなかった。話せなかった。救えると、思っていたんだ。シンジュだけは、死なせないと。必ずお前と幸せになれると、信じていた」
「…………」
「信じていたのに、シンジュを死なせてしまった。救える場所に居たのに。手を伸ばせば、届く場所に居たのに……俺は、シンジュを救えなかった。救えなければ、殺したも同然だ。だから、俺はお前に『殺した』と言った。お前に本当の事を話せば、シンジュを追って、お前まで失ってしまうかもしれないと思うと、急に怖くなった。憎まれても構わない、許さなくて構わない。お前が、生きてくれるなら、お前に憎まれたままでも、良かったんだ」
「……………」
「俺は、何をすれば良い?」
ユリウスの発言にリベルテは驚き、目を見開いた。ユリウスは、協力してくれないと思っていた。今迄ずっと、酷い言葉を浴びせてきた。ずっとユリウスだけを責め、憎み続けてきた。それなのに、ユリウスはリベルテを責めなかった。
「手を、貸して頂けるのですか?」
泣きそうになるのを耐え、震える声でリベルテが問うと、ユリウスは優しく微笑んだ。
「シンジュを救えなかった償いをさせてくれ」
「っ」
ユリウスの言葉に、リベルテはその場に崩れ落ち、涙を流した。何度も謝罪の言葉を述べ、掠れた声で、「ありがとう」と言った。
「本当に、良かったのか?」
「何が?」
「スズがあんな状態で、シンジュを蘇らせても良いのかと思って」
夕は「あぁ」と言って、リベルテを見る。
「気にしねぇよ。鈴が起きてたら、きっとこう言う筈だぜ。『さっさと蘇らせろ』ってな」
「本当か?」
「あぁ。鈴が起きるのを待ってからシンジュを蘇らせるって言ったら、きっと殴られるぜ。『条件が揃ってんだから、今すぐやれ!』てな」
「…………」
「それに、鈴の所にはクラウスさんが居るから大丈夫だろう。お前はシンジュを蘇らせる事だけに専念すればいい」
「……そう、だな」
ユリウスが協力してくれると言った後、クラウスが笑顔で言った。「早速準備してください」と。「スズ様は私に任せて下さい」と。最初は戸惑ったが、夕もクラウスに賛成し、日が沈むまでに夕とリベルテとユリウスで準備をする事になった。
クラウスから「神殿が最適でしょう」と言われ、三人は神殿へ移動し、シンジュを蘇らせる為の準備をした。神殿の中央にある大きな白い器に、夕は海水を注ぐ。鈴から貰った小さな小瓶には特殊な魔法が掛けられているのか、器の大きさ以上の量の海水が器を満たしてゆく。数分もすれば、器の中は海水で満たされ、夕はリベルテの名前を呼んだ。
「海の宝玉を、この中に……」
「あぁ」
一歩、一歩、ゆっくりと器へと進み、器の前まで来るとリベルテは立ち止まる。海の宝玉を見詰め、両手で包み込むように握ると、彼は目を閉じ「戻ってきてくれ」と心の中で願った。そして、海水で満たされている器の中に海の宝玉をそっと入れた。
「そろそろ日が暮れる」
ユリウスに言われ、リベルテと夕は空を見る。何時の間にか、夕暮れになっていた。
「日が沈みきったら、始めるぞ」
二人は「はい」と返事をした。準備も整い、何もする事がなくなった夕は、ユリウスに近寄り、口を開いた。
「俺、此処に居ても出来る事はもうないし、鈴の所に戻ります」
そう言って神殿から去ろうとした時、ユリウスが「待ってくれ」と言い、夕の手を掴む。慌てたような声に夕は足を止め、ユリウスを見た。
「貴方が居なければ、私は力を使う事が出来ない。シンジュを蘇らせる間、私の傍に、居てほしい」
「ユリウス、様?」
夕の手を握る手は、少し震えていた。不安に揺れる瞳、放っておけば、泣いてしまいそうな表情を、ユリウスはしていた。自分に出来る事は何もない。けれど、不安そうな表情をするユリウスを放っておけず、夕はそっと微笑んだ。
「分かりました。何も出来ないかもしれないけど、ユリウス様の傍に居ます」
そう伝えた瞬間、ユリウスに強く抱き締められる。突然の事で頭が着いて行かず、夕は戸惑う事しか出来ない。「よかった」と「ありがとう」と、安心したような声で呟くユリウスに、夕は何も言葉を返せず、そっと腕を背中に回し、ユリウスを抱き返す事しか出来なかった。
太陽が沈み、オレンジ色の空から薄紫色の空に。薄紫色から黒に。昼から夜に変わり、満天の星が空を飾る。
「日が沈んだ。ユウ、兄上、そろそろ」
リベルテの言葉に、二人はコクリと頷いた。星の光が照らす中、ユリウスは器に手を翳し、目を閉じる。暫くするとユリウスの手が淡く光り、青い光が海水を照らした。
「リベル」
「あぁ」
夕に名前を呼ばれ、リベルテは心を落ち着かせ、目を閉じる。シンジュが蘇る事だけを願い、祈りを捧げた。
今が何時なのか、どれだけ時間が経ったのか、それは分からない。ユリウスは光を器に注ぐ事に集中し、リベルテも祈りを捧げる事に集中している。二人の為に出来る事を考えても、夕は何をすればいいか分からず、ただ見守る事しか出来ない。
それでも何かしたくて、夕はユリウスに近付き、空いている手に触れ、そっと握った。夕の行動にユリウスは一瞬だけ驚き、彼を見る。夕がユリウスに優しく微笑むと安心したような表情をして、ユリウスは器を照らす事に専念した。
気が付けば、空が白み始めていた。真っ暗だった神殿の中が薄っすらと明るくなり、三人は夜明けが来たと知る。しかし、何の変化も起きず三人は器を見守るように見詰める。ゆっくりと太陽が昇るに連れ、神殿の中も明るくなって行く。朝日が昇り始めても、変化はなかった。
「やっぱり、無理だったんだよ」
器から視線を逸らし、リベルテは小さく呟いた。きっと成功すると信じていた分、何も起こらなかった現実を目の当たりにして酷く落ち込んだ。
「リベル……」
「シンジュに、会えると思ってた。信じれば、奇跡が起きると思ってた。でも、シンジュは蘇らなかった。これが、現実なんだ……」
諦めたような表情をして、リベルテは力なく笑う。無理矢理笑顔を作って、夕とユリウスに頭を下げた。
「折角協力してくれたのに、悪いな」
二人に謝罪すると、リベルテは背を向け、神殿から去ろうとした。夕が慌ててリベルテを呼び止めようとした時、朝日の光が神殿の中を照らす。その瞬間、器の中が淡く光り、変化に気付いた時には眩しい程の強い光に包まれた。
目を開けられない程の強い光に、三人は咄嗟に目を閉じる。ゆっくりと目を開き器を見ると、強い光の正体が海の宝玉だと知る。宝玉がゆっくりと浮上し、貝殻の形が変わって行く。そして、段々光が弱まると、突然リベルテが「シンジュ!」と叫び、駆け出した。
光が完全に消え去ると、強い光を放っていた場所に淡い青色の髪をした小柄な少年が倒れていた。そっと少年を抱き上げ、リベルテは少年の胸に耳を押し当てる。
トクン、トクン。
「っ!」
心臓が動く音を聞き、少年の胸が上下に動いている事を確認すると、リベルテは少年を強く抱き締めた。
「生きてる。ちゃんと、生きてる。やっと、会えた。取り戻せた。シンジュ……」
少年を強く抱き締めたまま、リベルテは何度も「良かった」と言って涙を流し続けた。
ごめん……な、さい……
ナイフを両手で握り、高く掲げる少年。咄嗟に駆け出し、手を伸ばしても、その手が届く事はなく……
刃物が肉を突き刺す音と、悲痛な顔をして謝り続ける少年の姿だけが、今でも忘れられない。
また、助けられなかった。また、不幸にしてしまった。助けられたかもしれない命を。大事な弟の最愛の人を、何も出来ず、死なせてしまった。
『何をしても、私の弟は死んでしまうわ』
あの人の言った通りになってしまった。結局、誰も救えなかった。
『でも、それは貴方のせいじゃないわ。どう足掻いても、私の弟は死んでしまうの』
そう言って、柔らかく微笑む彼女も、この世を去ってしまった。人魚から人間になり、何もかもを犠牲にしてでも、弟の命を救うと言った彼女が現状を見たら、どう思うだろう。
『そう遠くない未来、神子様が現れるわ。神子様なら、私の弟を、シンジュを生き返らせる事が出来るの。シンジュだけじゃない。貴方の心も、貴方の弟も、救ってくれる。だから、だから、お願い。私じゃ、シンジュを護れないから。シンジュと一緒に生きられないから。シンジュを独りにしてしまうから。私の代わりに、貴方が、貴方達が、シンジュを幸せにして。シンジュに、いろんな世界を見せてあげて。シンジュが笑って生きられるなら、愛しい人と共に生きられるなら、私はこの命を投げ捨てても構わないわ』
強い人だと思った。自分の弟を救う為なら、何でも出来ると言う彼女が、酷く眩しい存在だと思う程に。彼女が、弟と共に過ごせる日々が来れば良い、と密かに願っていた。それなのに、彼女は亡くなってしまった。
彼女が死ぬとは、夢にも思っていなかった。死を覚悟したような、自分の死を予測しているような言動はあったが、きっと何かの間違いだと自分に言い聞かせていた。けれど、彼女は死んでしまった。死なせてしまった。
救える場所に居たのに。手を伸ばせば、直ぐ届く場所に居たにも関わらず、結局救えなかった。
ならば、せめて彼女の願いだけでもと思い、彼女の弟は死なせないと決意したのに。結局、死なせてしまった。
「まだ、話す気にはならないのですか?」
「…………」
今までの事を思い出していると、クラウスに声を掛けられ、ユリウスは無表情のままクラウスに視線を向ける。
「殺してないのでしょう?」
そう問うクラウスに、ユリウスは表情を変える事なく、口を開いた。
「何度聞いても同じだ。殺してなくとも、救えなければ殺したも同然だ」
「私にも、本当のことは話してくださらないのですね」
「お前が言ったんだろう。『誰が敵になろうとも、誰かが死のうとも、決して弱味を見せるな』と」
だから、弱味を見せない為に、無表情を作った。誰が敵になろうとも、動揺しないよう、冷静な判断が出来るよう、必死に努力し続けてきた。誰にも頼らず、誰にも助けを求めず、ただ、言われた事だけを忠実にやるだけの日々。
「ユリ『ユリウス様!』」
二人が真剣な話をしていると、突然扉がバンッと開き、夕がリベルテの手を引いて部屋の中へ入って来た。大きな声でユリウスの名前を呼ぶ夕。何故かは分からないが、夕はとても嬉しそうな表情をして、ユリウスを見ている。
「シンジュを、蘇らせて下さい! お願いします!」
「「は?」」
深々と頭を下げる夕に、二人は目を丸くして夕を凝視する。一瞬、何を言っているのか理解出来ず、ユリウスとクラウスは困惑した表情をして、リベルテに視線を向けた。
シンジュを蘇らせてほしい。
夕に無茶なお願いをされ、二人は顔を見合わせ、「それは無理だ」と夕に伝えた。死者は蘇らない。どんな魔法を使おうとも、死者を蘇らせる事は不可能。そう伝えると、夕はリベルテが持っている青い本に視線を向け、口を開いた。
「出来るんです。ユリウス様とリベルが居れば……」
言いながら、夕は紙切れをユリウスに渡す。「この紙に、方法が書かれています」と伝えるとユリウスは紙に目を通し、目を見開いた。
「シンジュは、死んでません。生きてるんです。海の宝玉になってしまったけど、ちゃんと、生きてるんです」
「…………」
夕の言葉を聞き、ユリウスはリベルテに視線を向ける。リベルテはユリウスから視線を逸らし、複雑な表情をして俯いた。視線を掌に向け、しばらく見詰めた後、リベルテは顔を上げ、ユリウスを見据えた。
「謝っても許されない事は分かってる。自分に取って都合の良い話だと言う事も理解してる。俺がアンタに頼む権利なんてない事も、最初から分かってる。それだけの事を、俺は今迄してきたんだ」
「…………」
「嫌なら断ってくれて構わない。後、今迄、ごめん」
深々と頭を下げるリベルテに、ユリウスはゆっくりと近づき、背中に手を添える。「謝らなくて良い」とユリウスが言うと、リベルテは顔を上げ、ユリウスを凝視する。
「俺の方そこ、悪かった。俺は、最初からシンジュが死ぬ事を知っていた。一度目は、誰もシンジュを救う事は出来ない。シンジュは、人魚族に殺される、と。知っていて、お前に話さなかった。話せなかった。救えると、思っていたんだ。シンジュだけは、死なせないと。必ずお前と幸せになれると、信じていた」
「…………」
「信じていたのに、シンジュを死なせてしまった。救える場所に居たのに。手を伸ばせば、届く場所に居たのに……俺は、シンジュを救えなかった。救えなければ、殺したも同然だ。だから、俺はお前に『殺した』と言った。お前に本当の事を話せば、シンジュを追って、お前まで失ってしまうかもしれないと思うと、急に怖くなった。憎まれても構わない、許さなくて構わない。お前が、生きてくれるなら、お前に憎まれたままでも、良かったんだ」
「……………」
「俺は、何をすれば良い?」
ユリウスの発言にリベルテは驚き、目を見開いた。ユリウスは、協力してくれないと思っていた。今迄ずっと、酷い言葉を浴びせてきた。ずっとユリウスだけを責め、憎み続けてきた。それなのに、ユリウスはリベルテを責めなかった。
「手を、貸して頂けるのですか?」
泣きそうになるのを耐え、震える声でリベルテが問うと、ユリウスは優しく微笑んだ。
「シンジュを救えなかった償いをさせてくれ」
「っ」
ユリウスの言葉に、リベルテはその場に崩れ落ち、涙を流した。何度も謝罪の言葉を述べ、掠れた声で、「ありがとう」と言った。
「本当に、良かったのか?」
「何が?」
「スズがあんな状態で、シンジュを蘇らせても良いのかと思って」
夕は「あぁ」と言って、リベルテを見る。
「気にしねぇよ。鈴が起きてたら、きっとこう言う筈だぜ。『さっさと蘇らせろ』ってな」
「本当か?」
「あぁ。鈴が起きるのを待ってからシンジュを蘇らせるって言ったら、きっと殴られるぜ。『条件が揃ってんだから、今すぐやれ!』てな」
「…………」
「それに、鈴の所にはクラウスさんが居るから大丈夫だろう。お前はシンジュを蘇らせる事だけに専念すればいい」
「……そう、だな」
ユリウスが協力してくれると言った後、クラウスが笑顔で言った。「早速準備してください」と。「スズ様は私に任せて下さい」と。最初は戸惑ったが、夕もクラウスに賛成し、日が沈むまでに夕とリベルテとユリウスで準備をする事になった。
クラウスから「神殿が最適でしょう」と言われ、三人は神殿へ移動し、シンジュを蘇らせる為の準備をした。神殿の中央にある大きな白い器に、夕は海水を注ぐ。鈴から貰った小さな小瓶には特殊な魔法が掛けられているのか、器の大きさ以上の量の海水が器を満たしてゆく。数分もすれば、器の中は海水で満たされ、夕はリベルテの名前を呼んだ。
「海の宝玉を、この中に……」
「あぁ」
一歩、一歩、ゆっくりと器へと進み、器の前まで来るとリベルテは立ち止まる。海の宝玉を見詰め、両手で包み込むように握ると、彼は目を閉じ「戻ってきてくれ」と心の中で願った。そして、海水で満たされている器の中に海の宝玉をそっと入れた。
「そろそろ日が暮れる」
ユリウスに言われ、リベルテと夕は空を見る。何時の間にか、夕暮れになっていた。
「日が沈みきったら、始めるぞ」
二人は「はい」と返事をした。準備も整い、何もする事がなくなった夕は、ユリウスに近寄り、口を開いた。
「俺、此処に居ても出来る事はもうないし、鈴の所に戻ります」
そう言って神殿から去ろうとした時、ユリウスが「待ってくれ」と言い、夕の手を掴む。慌てたような声に夕は足を止め、ユリウスを見た。
「貴方が居なければ、私は力を使う事が出来ない。シンジュを蘇らせる間、私の傍に、居てほしい」
「ユリウス、様?」
夕の手を握る手は、少し震えていた。不安に揺れる瞳、放っておけば、泣いてしまいそうな表情を、ユリウスはしていた。自分に出来る事は何もない。けれど、不安そうな表情をするユリウスを放っておけず、夕はそっと微笑んだ。
「分かりました。何も出来ないかもしれないけど、ユリウス様の傍に居ます」
そう伝えた瞬間、ユリウスに強く抱き締められる。突然の事で頭が着いて行かず、夕は戸惑う事しか出来ない。「よかった」と「ありがとう」と、安心したような声で呟くユリウスに、夕は何も言葉を返せず、そっと腕を背中に回し、ユリウスを抱き返す事しか出来なかった。
太陽が沈み、オレンジ色の空から薄紫色の空に。薄紫色から黒に。昼から夜に変わり、満天の星が空を飾る。
「日が沈んだ。ユウ、兄上、そろそろ」
リベルテの言葉に、二人はコクリと頷いた。星の光が照らす中、ユリウスは器に手を翳し、目を閉じる。暫くするとユリウスの手が淡く光り、青い光が海水を照らした。
「リベル」
「あぁ」
夕に名前を呼ばれ、リベルテは心を落ち着かせ、目を閉じる。シンジュが蘇る事だけを願い、祈りを捧げた。
今が何時なのか、どれだけ時間が経ったのか、それは分からない。ユリウスは光を器に注ぐ事に集中し、リベルテも祈りを捧げる事に集中している。二人の為に出来る事を考えても、夕は何をすればいいか分からず、ただ見守る事しか出来ない。
それでも何かしたくて、夕はユリウスに近付き、空いている手に触れ、そっと握った。夕の行動にユリウスは一瞬だけ驚き、彼を見る。夕がユリウスに優しく微笑むと安心したような表情をして、ユリウスは器を照らす事に専念した。
気が付けば、空が白み始めていた。真っ暗だった神殿の中が薄っすらと明るくなり、三人は夜明けが来たと知る。しかし、何の変化も起きず三人は器を見守るように見詰める。ゆっくりと太陽が昇るに連れ、神殿の中も明るくなって行く。朝日が昇り始めても、変化はなかった。
「やっぱり、無理だったんだよ」
器から視線を逸らし、リベルテは小さく呟いた。きっと成功すると信じていた分、何も起こらなかった現実を目の当たりにして酷く落ち込んだ。
「リベル……」
「シンジュに、会えると思ってた。信じれば、奇跡が起きると思ってた。でも、シンジュは蘇らなかった。これが、現実なんだ……」
諦めたような表情をして、リベルテは力なく笑う。無理矢理笑顔を作って、夕とユリウスに頭を下げた。
「折角協力してくれたのに、悪いな」
二人に謝罪すると、リベルテは背を向け、神殿から去ろうとした。夕が慌ててリベルテを呼び止めようとした時、朝日の光が神殿の中を照らす。その瞬間、器の中が淡く光り、変化に気付いた時には眩しい程の強い光に包まれた。
目を開けられない程の強い光に、三人は咄嗟に目を閉じる。ゆっくりと目を開き器を見ると、強い光の正体が海の宝玉だと知る。宝玉がゆっくりと浮上し、貝殻の形が変わって行く。そして、段々光が弱まると、突然リベルテが「シンジュ!」と叫び、駆け出した。
光が完全に消え去ると、強い光を放っていた場所に淡い青色の髪をした小柄な少年が倒れていた。そっと少年を抱き上げ、リベルテは少年の胸に耳を押し当てる。
トクン、トクン。
「っ!」
心臓が動く音を聞き、少年の胸が上下に動いている事を確認すると、リベルテは少年を強く抱き締めた。
「生きてる。ちゃんと、生きてる。やっと、会えた。取り戻せた。シンジュ……」
少年を強く抱き締めたまま、リベルテは何度も「良かった」と言って涙を流し続けた。
264
あなたにおすすめの小説
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした
うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。
獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。
怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。
「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」
戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。
獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。
第一章 完結
第二章 完結
第三章 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる