神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

文字の大きさ
23 / 88
第2章

シンジュ1

しおりを挟む
 ぼやける視界に写ったのは、広い天井。

「ここ、は……」

 うっすらと見える天井を眺め、首を動かし、少年は目を見開いた。

「リ、ベル、さま……」

 ベッドのすぐ傍で椅子に腰をかけて眠っているリベルテの姿を見た瞬間、少年は涙を流した。そっと自分の手を握る手に触れ、ゆっくりと握り返す。

『俺がお前の家族になる!』
『何があっても、俺が必ず護ってやる!』

「ぁ、う」

 リベルテと初めて会った時に言われた言葉を思い出し、少年は涙を流し続けた。

 役立たず。
 何笑ってんだよ、気持ち悪い。
 お前なんか、誰も必要としてないのにな。
 さっさと消えろよ、鬱陶しい。

 少年に対して、仲間達はとても冷たかった。会う度に酷い言葉を浴びせられ、時には物を投げられる事もあった。大好きだった姉が死んだ時も、仲間達は少年一人だけを責め続けた。

「王子を殺して、ヒスイを蘇らせろ」

 無理矢理人間に姿を変えられ、ナイフを渡され、たった一人、地上へ投げ出された少年は、どうすればいいのか分からず泣く事しか出来なかった。

 助けてくれる人は誰も居ない。味方なんて何処にも居ない。居場所も、失ってしまった。どうやって生きていけば良いか分からない。

 そうして途方に暮れていた時、リベルテと出会った。会って間もないと言うのに、優しく接してくれた。

『お前は、笑った方が可愛い』

 初めてだった。そんな風に言ってくれたのは。仲間達からは「気持ち悪い」と言われて笑えなかった。笑顔の作り方すら、分からなくなっていた。

 でも、リベルテは違った。彼だけは、少年の笑顔を褒めてくれた。ずっと傍に居てくれた。可能な範囲で街を案内してくれた。場所を移動する度に「大丈夫か?」と声をかけてくれた。

 リベルテと過ごす日々は本当に幸せで、笑みがこぼれるほど少年は毎日が楽しかった。しかし、幸福だと感じれば感じるほど、罪悪感も感じていた。ふとした時に「王子を殺せ」と言う言葉が頭を過ぎり、少年は泣いて謝り続けた。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 謝っても、謝っても、仲間達の言葉が頭から離れず、リベルテに知られたらと思うと、急に怖くなった。

 拒絶されるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。嫌われるかもしれない。

 そう思うと、誰にも本当の事を話す事が出来なかった。何度も言おうとして、結局言えぬまま、日々を過ごしていた。「王子を殺す」と言う目的は隠したまま、少年はリベルテの傍に居たいと願い続けた。

 けれど、その願いが叶う事はなく、とうとう知られてしまった。

「王子を殺さなければ、お前は泡となって消える」

 海を一望出来る小高い丘で海を眺めていた時、海から顔を出した人魚にそう言われ、少年は「出来ない」と必死に訴えた。

  しかし、少年の気持ちは仲間達には届かなかった。「王子を殺せ」と冷たく言われ、少年はその場に崩れ落ちた。その時の会話を、リベルテの兄であるユリウスに聞かれ、少年は涙を流し続けた。

 人を殺す事は重罪。それが一国の王子ならば、罪の重さは何十倍にも膨れ上がる。知られてしまった以上、城に戻る事は出来ない。戻っても、居場所は何処にもないと、少年は思い込んだ。

 仲間達は「王子を殺せ」と言うが、少年は出来なかった。リベルテの兄であるユリウスも、とても優しい人だった。リベルテと結ばれる事を誰よりも願い、二人が幸せになれるなら、と頭を撫でながら微笑んでくれた。

「弟を支えてやってくれ」と言ってくれた人を、殺す事なんか出来ない。ユリウスを殺せば、大好きだった姉を蘇らせる事が出来るかもしれない。泡にならなくていいかもしれない。仲間が許してくれるかもしれない。思いはするものの、他人の命を奪ってまで助かりたいとは思わなかった。誰かの命を犠牲にして姉を蘇らせても、きっと姉は喜ばない。

 必死に考えて少年が出した答えは、自分で自分を殺す事だった。ユリウスの思いを、リベルテの優しさを、踏み躙る事は出来ない。

 王子を殺す為に渡されたナイフで、少年は自分の心臓を貫いて、泡となって消えた。




 今までの出来事を思い出し、これは夢だと少年は思った。

「ゆめ?」

 死んでも、夢って見るのかな?
 もし、そうなら、すごく、わがままな夢だなぁ……

 ゆっくりと体を起こし、眠るリベルテにそっと近寄る。震える手で頬に触れた瞬間、心が温かくなるような気がした。

「リベル……さま……」

 起きてほしい。気付いてほしい。笑ってほしい。もう一度、名前を呼んでほしい。

 近寄れば近寄る程、欲求は増し、自分でもどうする事も出来ないくらい、感情を抑えられなくなっていた。リベルテの頬に触れた手はそのままに、少年はゆっくりと顔を近づけてゆく。少しずつ二人の距離が縮まり、後少しで唇が重なりそうになった時だった。

「ん……」
「ひ!?」

 気が付いたのか、閉じられていたリベルテの目がゆっくりと開く。青にも翠にも見える、宝石のような綺麗な瞳。うっすらと開いていた目がだんだん大きくなる。その瞳が少年を写した瞬間、リベルテは飛び起きた。

「シンジュ!? 目が覚めたのか!? 体、どこも痛くないか!? 苦しくはないか!?」
「…………」

 両手で両肩を掴まれ、心配そうに見詰めるリベルテの姿に、シンジュと呼ばれた少年は静かに涙を流した。

 あぁ、リベルさまだ。とても優しい、リベルさま……初めて会った時も、すごく心配してくれた。帰る家も、家族も居ないと伝えたら、一緒に住もうと言ってくれた。居場所が無かった僕に、居場所を与えてくれた。

 何も、できないのに……
 何の役にも立たないのに……
 迷惑ばかりかけて、困らせてばかりいたのに……
 お礼をすることも、できなかったのに……

 嬉しい。悲しい。悔しい。怖い。様々な感情が混ざり合って、どうして泣いているかもわからない。

「シンジュ?」

 優しい声。ずっと、聞きたかった声。
 どうして、リベルさまは、こんなに優しいの?
 僕が創った夢だから?
 夢だから……そうだ、これは、夢、なんだ。

 夢で良かった。夢なんだ。現実じゃない。これは、夢。僕が勝手に創った、とてもわがままな夢。それなら……

「いい、よね?」
「シンジュ?」

 心配そうに名前を呼ぶリベルテの頬に、もう一度手を添える。キョトンとした瞳をして見詰めるリベルテに、シンジュは嬉しそうに微笑んだ。

「ゆめなら、いいよね?」

 ゆっくりと顔を近づけ、シンジュは小さく呟く。お互いの唇が触れそうなほど近づき、シンジュはリベルテを見詰めながら口を開いた。

「すきです。リベルさま……」

 頬を赤く染め、シンジュはリベルテにそっと口付けた。

 ずっと、この夢が続けばいいのに……
 リベルさまと一緒に過ごせたら……
 ずっとリベルさまの傍に居れたら……

 それは叶わない願いだと知っていながら、それでも、シンジュはリベルテと共に生きたいと、強く願った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結 第三章 完結

処理中です...