神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第3章

我慢できない

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 何も話さず、振り返らず、ユリウスは夕の手を握り、足早に自室へ向かっていた。名前を呼ばれても、周囲が視線を向けていても、気にする余裕が今のユリウスにはなかった。

 夕を見付ける事は出来た。けれど、不安が消える事は無かった。自分が知らない間に、夕が消えてしまうのではと、二度と会えなくなるのではと、嫌な事ばかり考えていた。

 広い城の中を進み、自室に入ると、ユリウスは握っている夕の手を引き寄せ、強く抱き締めた。

「ユリウス様?」
「暫く、このままで……」
「……っ……」

 耳元で囁かれる声は、震えていた。怯えたような、不安そうな声。慌てて離れようとしても、こんな声を聞かされたら、夕はどうする事も出来ない。

 ユリウス様には、好きな人が居る筈なのに……

 そう思って、必死にユリウスから離れようとしていたのに、夕の気遣いは全く反映されなかった。駄目だと分かっているのに、夕はユリウスから離れられなかった。恥ずかしいのに、何故かユリウスの腕から逃げられない。此処に居ていいのは自分じゃないと分かっているのに、断れない。

「ユウ……」
「ぁ」

 名前を呼ばれるだけで、顔が赤くなる。ドキリと胸が高鳴り、自分がどうなっているのは分からなくなる程、夕は困惑していた。最初は気のせいだと思っていた。

 けれど、ユリウスと共に過ごす内に、気のせいではないと夕は気付いた。ユリウスと一緒に居る時、彼の笑顔を見た時、抱き締められた時、今のように切ない声で名前を呼ばれた時、何時もドキッとしていた。顔に熱が集まり、体の力が抜けてしまう。

 どうしてそうなってしまうのか、その原因が何か、夕は分からなかった。

「ユリウス様」
「もう、待つのはごめんだ」
「え?」

 突然顎に手を添えられ、上へ向けられてしまう。視界に広がる綺麗な銀と蒼。少しずつ二人の距離が近付く。

「ゆ、ユリウスさ……」

 至近距離で見詰められ、夕は何も考えられない。ユリウスが何をしようとしているのか、分かってしまった。逃げようとしても、腰に手を回され、顎を固定され、抵抗すら出来ない。顔は赤く染まり、恥ずかしさから涙がこぼれ、夕は強く目を閉じた。





 後少しでお互いの唇が触れそうになった瞬間、勢い良く扉が開きリベルテが入ってきた。

「兄上ぇええええええええええっ!」

 突然のリベルテの登場で夕はユリウスから離れ、視線を逸らす。

「今度は何だ?」

 若干苛ついた様子でユリウスが問うと、リベルテはユリウスの両肩を掴み、大きく揺らした。

「シンジュが! シンジュが!」
「シンジュ?」
「スズの部屋に居るって聞いて、部屋の扉の前まで行ったら……ふ、ふた、二人がっ……うぅ、シンジュ、俺というのもがありながら……」
「落ち着け。このままでは俺も考えられない」
「あ、えっと、その……悪い……」

 ユリウスから手を離し、リベルテは俯き「シンジュ」と呟いた。相当落ち込んでいるようで、夕とユリウスは顔を見合わせ、首を傾げた。

「何があったんだ?」

 夕がリベルテに問うと、彼はサッと立ち上がり、口を開いた。

「実はな」

 ユリウス達と別れた後、リベルテは鈴の部屋へ向かった。使用人達に聞くと、シンジュも鈴と一緒に居ると聞き、リベルテは鈴の部屋へ向かい、扉を開こうとした。しかし、中から聞こえる声で、開けなかった。

 リベルテの話によると、鈴がシンジュに何かしていると言う。「だめ……」「さわら、ないで……」「くすぐったい」「は、はずかしい、です」等。鈴はそんなシンジュの様子を気にすることなく「我慢しろ」「後少しだから」「恥ずかしいなら、目を閉じていろ」と言ってはシンジュの体を触っているようだった。

「前に言っていた好きな人と言うのは、シンジュの事だったのか」
「え?」
「ユリウス様、どう言う事ですか?」
「以前、本人から聞いた。『好きな人が居る』と」
「鈴がですか?」
「あぁ」
「そ、そんな……す、スズもシンジュの事が好きだったら、お、俺は……」

 衝撃的な事実を知り、リベルテは酷く落ち込んだ。

 もし、スズもシンジュが好きだったら……
 もし、シンジュからスズの方が良いって言われたら……

「ど、どうしたら、良いんだ?」
「…………」
「…………」

 リベルテの問いに、二人は何も言えなかった。



 床に仰向けで倒れている少年。その少年を押し倒し、着ているシャツを脱がそうとしている鈴。

「何やってんだお前はぁああああああああっ!」

 最初はリベルテの勘違いだと言って笑っていた夕だが、今の状況を見て鈴を怒鳴った。

「し、シンジュ、やっぱり、スズの方が良いのか?」
「え? あ、ち、ちちち、違います! こっ、これはっ、その……」
「いきなり怒鳴るな。五月蝿い」
「お前、自分が何をしてるのか分かってんのか?」
「コイツに似合う服を選んでただけだが?」
「嘘を吐くな! こんな状況でそんな言い訳が通用するか!」
「あ、あの……」
「大丈夫か? 怖くなかったか? コイツは見た目だけは良いが、性格は悪魔だからな」
「テメェ、後で覚えてろよ」
「それはこっちの台詞だ!」
「僕、何もされてませんよ? 本当に、服を選んで貰ってただけです」
「…………」
「…………」
「え?」

 結論から言うと、鈴はシンジュに似合う服を選んでいただけだった。リベルテが聞いたのは、シンジュの体のサイズを測っていた時の声だった。それが終わると今日買ってきた服を取り出し、その中から似合うものを選び着替えていた。服もある程度決まると髪を整えたり、装飾品を選んでみたりしていた。

 一通りのものが決まり、服のサイズを調整する為、シンジュには最初に着ていた服に着替えてもらい、鈴の元へ行こうとしたが足元に片付けられていない布に引っかかり転びそうになった。転びそうになるシンジュを鈴が抱き留め、立ち上がろうとした瞬間、扉が開いて驚いて体勢を崩してしまい、今の状況と言う訳だ。

「勘違いだったのか」
「俺が他人の恋人を奪うような下衆に見えるのか?」
「いや、その……悪かった……」
「謝って済む問題か?」
「ユリウス様が、お前には好きな人が居るって聞いて……」
「あぁ」
「シンジュじゃ、ないんだよな?」
「違うに決まってるだろ。何度も言わせるな」
「ぼ、僕は……リベルさまが、い、一番、ですから……その、えっと……」
「シンジュゥウウウウ! あぁ、もう可愛い! それ反則!」
「うわ! リ、リベル、さま」

 シンジュを抱き締め、可愛いと連呼するリベルテ。恥ずかしさで顔を赤くして涙目になっているシンジュ。幸せいっぱいな表情をしている二人の姿は、微笑ましいが、同時に少し鬱陶しく感じる。

「リア充爆発しろ」

 バサリと手元に飛んできた燕を指に乗せ、頭を撫でながら鈴は愚痴った。
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