神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第4章

夜空の神子

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 さらさらと揺れる艶やかな藍色の髪。腰まである長い髪を夜風に遊ばせながら、少年は夜空を見上げる。満天の星に、薄っすらと浮かび上がる淡い月。エメラルドのように美しく大きな瞳に月を映し、少年は何かを憂うように吐息を零した。

「シェルス様? どうかされたのですか?」

 少年の護衛役である兵士が声を掛けると、シェルスと呼ばれた少年は、静かに微笑み「大丈夫です」と言葉を返した。それでも、何かを憂う表情は変わらず、シェルスは夜空に視線を戻し口を開いた。

「また、現れたそうですね」

 静かに告げると兵士はビクリと肩を震わせ視線を彷徨わせた。

「本当の神子は、シェルス様です。シェルス様こそ、ユリウス様に相応しい、夜空の神子です」
「……本当ですか?」
「無論です! あの噂はきっと嘘に違いありません。シェルス様はユリウス様の婚約者ではありませぬか。大切な婚約者を差し置いて、神子の偽物にユリウス様が現を抜かすとは……」
「そう、ですよね」
「は、はい!」

 ふわりと微笑むシェルスの姿は、美少女と間違いそうになる程美麗なものだった。何処か儚く、華奢で弱々しい印象のシェルスは、皆から愛され、大事に育てられてきた。類い稀なる容姿を持ち、夜空の神子の力を持つ特別な存在。それは、この城の中で誰もが知る真実だった。

 誰にでも優しく、誰にでも平等に接し、争い事や人と人が憎しみ合う事に誰よりも心を痛めてしまうシェルス。そんな心優しく儚いシェルスに対して好意を抱く者も数多く存在する。この兵士も、その一人だった。しかし、どんなに想いを寄せていても、それが叶う事はない。シェルスには婚約者が居る。ソレイユ国の第一王子、ユリウス・ルミエール。

 容姿端麗で文武両道、非の打ち所が無い、完璧な王子様。彼は月の神子だと言われており、月の神子を癒す力を持っているのは夜空の神子であるシェルスのみ。その噂が城内で広がり、シェルスの婚約者はユリウスだと疑う者は誰一人として存在しなかった。

 ユリウス様の隣に相応しいのはシェルス様。シェルス様の隣に相応しいのはユリウス様。それが当然だと思っている兵士は、ユリウスの行動が許せなかった。婚約者が居るにも関わらず婚約パーティーを開き、本物の神子が存在していると知っていながら偽物の神子に想いを寄せ侍らせていると言う。

「偽物かどうか、暴く為にユリウス様は……」
「シェルス様?」
「可哀想なユリウス様。きっと、偽物の神子に言い寄られて困っているに違いありません。早く、お助けしなければ……」
「っ」

 偽物の神子に何か術を掛けられ、操られているかもしれない。そう言うシェルスに兵士は深々と頭を下げ「準備をして参ります」と告げて去って行った。

「偽物には、消えて貰わないとね」

 兵士が去った後、シェルスは冷たく微笑み、淡い月を見詰め続けた。





 キィンッと、金属と金属がぶつかり合う音が鍛錬場に響く。お互いが相手から視線を逸らさず、隙を見せず、攻撃を仕掛け、躱す。額から滲み出る汗を拭き、息を整える。時の流れも忘れ、二人は只管鍛錬に打ち込み続けた。

「も、もう……駄目……限界……」

 バタリと床に倒れ込み、リベルテは掠れた声で訴えた。

「……限界の割には、最後まで容赦が無かったように思うが?」

 息を整えながら告げるユリウスに、リベルテはゆっくりと起き上がり「兄上が言ったんだろう?」と言った。

「手を抜いては鍛錬にならないって。とは言っても、少しくらい手加減してくれよ」
「手は抜かん」
「昔から変わらねえな。あぁ、畜生、まだ兄上には勝てねえか」
「お前はもっと自信を持て。昔より強くなっているのは確かだ」
「……兄上が言うと嫌味にしか聞こえねえ」
「そう易々と抜かれては困る」
「…………」

 額から滴る汗を腕で拭い、リベルテはゆっくりと立ち上がり自分の手を見詰める。兄であるユリウスにはまだ勝てない。しかし、悔しいと思う事はなかった。

「また、お前と鍛錬出来る日が来るとは思っていなかったから、俺は嬉しく思う」
「……う……」

 綺麗に微笑みながら、ユリウスはリベルテを見る。誰もが憧れ慕うユリウスの微笑む姿は、見惚れる程綺麗で、耐え切れず、リベルテは咄嗟に視線を逸らした。

「えっと……その……悪かった」
「何がだ?」
「あの時、兄上に色々と酷い事言っただろ? 化け物、とか、不幸を招く、とか……」
「あぁ、あの言葉は流石に傷付いたな」
「う!」
「とは言え、真実を伝えなかった俺にも非はある。そんなに謝らなくていい」
「で、でも」
「ユウは、俺を拒絶しなかった」
「…………」

 シンジュを失った悲しみから、リベルテはユリウスに「『あの方』も何時かはお前を拒絶する」と言った事があった。リベルテの言葉はユリウスの胸に深く突き刺さったまま、痛みも苦しみも取れる事はなかった。何年も何年も、その苦しみを抱いたまま日々を過ごしていた。

 そんな時、夕と鈴が現れた。夕と再会した時、ユリウスは嬉しいと思う反面、拒絶される事を恐れた。弟の最愛の人を殺したと夕に告げれば、どんなに優しい夕でも幻滅して拒絶するだろうと、心の何処かでそう思っていた。
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