神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第4章

婚約者?2

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 シェルスが現れてから、ユリウスはずっと不機嫌だった。本当なら、夕が隣に居る筈だった場所をシェルスが奪い、ユリウスに抱きついたまま離れないからだ。ユリウスの気持ちなどお構いなしに、シェルスは嬉しそうにユリウスに話しかける。

 これがユウだったら……

 内心愚痴りながら、ユリウスはシェルスの話に適当に相槌を打ちながら、街の中を移動した。

「ユリウスさま……大丈夫でしょうか」
「あの表情は、ちょっと危ないかもな」

 少し前を歩くユリウス達を見つめ、リベルテとシンジュは心配そうな声で呟く。

「このままだと、本気で怒るかもしれねぇ」
「え?」
「兄上が本気で怒ったら……」

 想像してリベルテは青ざめた。以前、夕と鈴が行方不明になり、必死に街中を捜し回っていた時のユリウスを思い出し、恐怖で震え上がった。

 あの時、夕達を人身売買しようとしていた男達と遭遇し、ユリウスは問答無用でその場で斬り捨てようとした。常に物事を冷静に判断するユリウスが怒りに支配され、リベルテの言葉もクラウスの言葉も聞き入れようとしなかった。

 それ程、夕達を売ろうとしていた男達が許せなかった。ユリウスの気持ちはリベルテも分かる。彼等はシンジュも売ろうとしていたと知った。大切な人を、大好きな人を、大金が得られるからと言う下らない理由で、奪おうとしていたのだ。

 結局、夕が駆けつけ何事も無く終わったが、あの時のユリウスは人一人殺せそうな程殺気立っていた。

兄上が本気で怒ったら、何をするか分からない。

 自らユリウスの婚約者だと名乗るシェルス。婚約者と自信を持って言えるのだから、身分はかなり良いのだろう。他国の貴族か、王族の血筋か……
ユリウスはシェルスと話す時、敬語を使って話している。

 もし、ユリウスの怒りが爆発したとしても、人身売買しようとした男達の時のように、斬り殺す事はないだろう。

 分かっていても、リベルテは気が気ではなかった。シンジュも心配そうにユリウスとリベルテを交互に見ている。「た、助けた方が、良いんでしょうか?」と震えた声で聞くシンジュに、リベルテは何も言う事が出来ない。

 彼等の周りには、緊迫した空気が流れていた。

「うわ!」

 そんな気を張り詰めた状況の中、短い悲鳴が聞こえた。驚いて二人が振り返ると、其処には片膝をついた夕の姿があった。

「ユウ? どうしたんだよ?」
「ユウさん!? な、何があったんですか!?」

 二人が問うと、夕は苦笑いを浮かべながら、口を開いた。

「わ、悪い。足に何か引っ掛けて、その……躓いた」
「…………」
「…………」

 夕の言葉を聞き、リベルテは頭に手を置き、深い溜め息を吐く。

「こんな所で転ぶなよ。ほら」
「悪かったな。今度から気を付けるから……」

 差し出された手を取り、ゆっくりと夕が立ち上がろうとした時、シンジュが「待ってください!」と声を荒げた。不思議に思っていると、シンジュはリベルテに近付き、ヒソヒソと何かを話し始めた。

 シンジュの話を聞き、青ざめていたリベルテの表情はパッと明るくなる。「分かった。此処で待ってるから、兄上を呼んで来てくれ!」とリベルテが言うと、シンジュは「分かりました! 直ぐに呼んで来ます! あ、ユウさんはそのまま待ってて下さい!」と言って走って行った。





「ユリウスさま! ユウさんが……」

 シンジュの言葉を聞き終わる前に、ユリウスは駆け出した。ずっと腕に抱きついているシェルスを引き剥がし、険しい表情をして、ユリウスは夕の元へ向かった。「ユリウス様っ!」とシェルスが叫んでいるが、ユリウスは一切振り向かなかった。

「ユウ!」
「え?」

 片膝を付いている夕。その隣で、夕の背に手を添えているリベルテ。何があったのかと疑問に思うユリウスに、リベルテが説明した。

「兄上、良かった。さっきユウが転んで、足を挫いたみたいでな。悪いんだが、ユウを支えてくれないか?」
「は? リベル? 何言ってんだ? 俺は別に挫いてなんか……」
「ユウさん! 立っちゃダメです! 足を怪我してるのに、無茶しないでください!」
「シンジュまで何を……確かに転んだけど、怪我なんて」

 していない、と言葉を続けようとしたら、二人から「こんな時まで気を遣うな」と何度も言われた。立ち上がろうとしても必死に止められ、足を怪我している事を強調して伝えて来る二人の勢いに、夕は顔を引きつらせる。

 転んだのは事実だが、夕は足を怪我していない。二人はその事を知っているにも関わらず、ユリウスには「怪我をした」と「立てられない」と「無理をしている」と伝えた。

 誤解を解こうと夕が口を開こうとしても、二人に邪魔され、何も話す事が出来なかった。結果、夕は再びユリウスに抱きかかえられ、街中を移動する事になった。

 無言のまま背中と膝裏に手を添えられ、気が付いたら端正なユリウスの顔が間近にあった。当然、夕は顔を真っ赤にして何度も「大丈夫です!」と「一人で歩けますから!」と訴えた。

「怪我が悪化しては大変です」
「だ、だから、その……俺、怪我なんて……」
「無理しないで下さい」
「してません! 本当、大丈夫ですから! お、お願いですから、お、降して下さい……」
「聞けません」
「え!?」
「怪我をしていようと、いなくとも、貴方は気を遣って無茶をなさる」
「…………」
「どうか、私を頼ってください。貴方を、護りたいのです」
「あ、ぇ……えっと……」

 優しく微笑みながら耳元で囁くユリウスは、とても綺麗で格好良い。距離が非常に近い為、夕は恥ずかしさで顔が更に赤くなった。バクバクと五月蝿く脈打つ心臓。自分で自分の事が分からなくなり、夕はユリウスの腕の中で指一本動かす事が出来なかった。

「甘いな」
「あまい、ですね」

 雰囲気が……

 二人は安堵の息を吐いた。

「ユウって、スゲェな」
「あんなに怒っていたユリウスさまが、一瞬で幸せそうな顔になるなんて……」
「嘘でもユウが怪我したって伝えて正解だったな」
「はい。本当はダメですが、あんなピリピリしたユリウスさまは、見ていられなくて……」

 嘘と分かっていて、敢えてシンジュは夕が怪我をしたと言う事前提でユリウスを呼びに行った。怪我をしていないと訴える夕の話を遮り、二人はユリウスと夕の距離を近付ける為に、あのような行動をした。

 結果は大成功。夕に対して罪悪感はあるものの、二人の雰囲気はとても甘く、幸せそうだ。

 やっぱり、夕じゃないと駄目なんだ。

 改めて実感してると、ふとシェルスが気になり、シンジュはシェルスが居る場所へ視線を向ける。

 シェルスの顔を見て、シンジュは凍りついた。シェルスは無表情で夕を見ていた。凍てつくような、冷たい視線を。
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