神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第6章

託されたもの

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 鈴が赤髪の男と出会ったのは夢の中でだった。御伽噺に出てくるような立派な城。隅々まで手入れが施された左右対称の広い庭。ぼんやりと城と庭を眺めていると、誰かがぶつかって来た。突然の事で対応できず、鈴はぶつかった相手と共に転んでしまう。

「悪い。まさか人が居るとは思わなくて……」

 さっと立ち上がり、倒れたままの鈴に手を差し出す男は、とても整った顔立ちをしていた。燃える太陽のような赤い髪は長く、邪魔にならないよう緩く三つ編みにしてまとめていた。赤い髪の間から見える瞳は爛々と輝く金色。鈴は驚きつつも相手の手を取り立ち上がった。

「きれいだな」
「は?」

 赤髪の男は手を握ったまま、鈴に見惚れていた。また何時もの事かと、鈴はうんざりした。容姿だけは整っているので、彼も鈴の見た目だけに興味を抱いたのだと思ったのだ。握られていた手を振り払おうとしたが、遠くから誰かの叫び声が聞こえてきた。

「チッ。もう追い付いたのか」

 お前も来い! と強引に鈴の手を引いて男はその場から逃げた。何の説明もなく男に連れ回され、鈴は更に苛立ちが募った。走って走って走って、神殿のような建物の中に入って漸く男は立ち止まった。直ぐに見付からないよう、死角になる場所に隠れると男は安堵の息を零した。

「突然連れ回して悪かった。奴らに捕まる訳にはいかなかったからな」
「何か盗んだのか?」
「盗んでねえよ。逆だ。奴らが盗もうとしてるんだよ」
「何を?」
「この世界にたった五つしかない大切なものだ。奴らに奪われる訳にはいかない。せめて、証だけでも守ろうとしたんだが……」

 この時、鈴は男が何を言っているのか全く理解できなかった。しかし、男が真剣な表情をして話しているので嘘ではないと確信した。だからと言って鈴が彼の為に出来る事は何もない。何故、一緒に逃げなければならなかったのかも分かっていない。変な事に巻き込むなと文句を言ってやろうと思ったが、それも出来なかった。

「俺はサイラス・リード。お前は?」
「宮守鈴。鈴が名前だ」
「スズか。他の連中からもそう呼ばれてるのか?」
「当たり前だ」

 そう答えるとサイラスは不満そうな顔をした。それじゃあ特別感がなくて嫌だと言って鈴に「他に呼び方はねえのか?」と聞いた。突然言われても思い付く筈もなく、鈴は「一応リンって読む事もある」と教えると、彼は満足そうに笑った。

「そう呼ばれた事は?」
「ない」
「なら、俺はお前の事をリンって呼ぼう。他の連中には絶対に呼ばせるなよ? これは俺だけの呼び方だ」
「偉そうに決めんな。一体何様だ」
「国王だよ」
「は?」
「と言っても、まだ先の話だけどな」
「国王?」
「あぁ」
「お前が?」
「何だ? その顔は」
「暴君になりそうだなって思っただけだ」

 最初はいい人なのかと思ったが、上から目線の発言や俺様っぽい態度から鈴は彼を暴君だと決め付けた。サイラスは怒りながら否定するが、説得力がない。最初は文句を言っていたのだが、何時の間にか鈴を気にかけるような事を言い始めた。誰にも触れさせるなとかその可愛い顔を俺以外の前で見せるなとか。何時から俺はこの男のものになったんだろうと思いながら鈴は聞いていた。しかし、悪い気はしなかった。サイラスは本当の鈴を知っても対等に接してくれた。

 出会って間もないと言うのに、鈴はサイラスの事を好きになっていた。




 短い時間ではあったが、二人は沢山話した。その中でサイラスが興味を抱いたのは鈴の世界にある御伽噺だった。特に好きだと言ったのが魔女の呪いによって目を覚まさなくなったお姫様を真実の愛のキスで王子様が助けると言うベタな話だ。

「俺のお姫様はリンだな」
「はあ!?」

「間違いない。俺がずっと求めていたもの。魂の半分が欠けたような喪失感がずっとあったのに、リンに出会った瞬間その喪失感が無くなった。まさか本当に出会えるなんて、俺は運がいい」
「よくそんな恥ずかしい事が言えるな」
「俺は本気だ。奴らの思い通りになるだけだと諦めかけていたが、まだ希望はある」

 サイラスは自分の胸に手を置いた。彼の胸がふわりとオレンジ色の光に包まれると、その光は直ぐに消え赤い宝石に変わった。彼は鈴の左手を取り、迷う事なく薬指に嵌めた。

「これをお前に託す。俺が操られても証が無事なら何時かきっと正気に戻る筈だ」
「は? 何言って……」
「時間がない。次に会った時、俺はきっとお前の望む姿ではないだろう。だからリン、その時はお前が俺を正気に戻してくれ。最悪殴っても構わない」
「だから、言ってる意味が分から」
「俺はお前を信じている。証を守ってくれ。リン」

 そこで鈴の意識は途切れた。神殿に雪崩れ込んで来る騎士のような男達に囲まれたサイラスの姿を見て、鈴は思いっきり叫んだ。しかし、その声が彼に届く事はなく……

「サイラス!」

 バッと飛び起きると其処は学園の寮だった。はあ、はあ、と息を整え、鈴は今まで何があったのかを整理した。一番可能性が高いのは夢だったと言う事。しかし、夢にしてはかなり現実的だった。夢の内容もしっかり覚えている。そして、先程体験した事が夢ではなく現実だったと証明するものがあった。

「この指輪」

 鈴の左手の薬指には、赤い宝石の付いた指輪が美しい輝きを放っていた。




 銀髪の美少女を助けた夢を見たと夕から聞いた時、鈴は彼も自分と同じ体験をしたのだと瞬時に理解した。しかし、夕は夢の中での出来事だと思っており、それは現実だと言っても証明するものもないので鈴は黙っていた。鈴自身もまだ半信半疑だったからだ。

 それが現実だと確信したのは、この世界に来てクラウスから神子の話を聞いた時だ。五人の神子。神子の証。それぞれの神子が持つ力と役割。バラバラだった点が一つの線で結ばれたような、パズルのピースがカチリと綺麗に嵌ったような感覚だった。

 サイラスから託された赤い宝石の指輪。それは気が付いたら消えていて、入れ替わるように白い鷲が鈴の傍に居るようになった。サイラスははっきりと「証」だと言った。否定したくても、違うと自分に言い聞かせても、この白い鷲が「太陽の神子の証」である事は疑いようもない事実だった。

 何故、サイラスは会って間も無い鈴に神子の証を託せたのか。神子の証は神子にしか扱えない。他者が持っていても宝の持ち腐れ。無理矢理奪おうとする者は証に触れる事すらできない。それなのに、鈴は証を持っていても何ともなかった。むしろ、証が鈴を守ってくれていた。

『空と海は、本当に仲が良いね』

 老いた人魚の言葉を思い出す。シンジュに関する話を聞いていた時、あの人魚は確かに言った。あの時は何を言っているのか分からなかったが今なら分かる。あの人魚は最初から知っていたのだ。シンジュが海の神子である事も、鈴も同じ存在だと言う事を。何時、どうやって知ったのか、何故知っていたのか、鈴には確かめる術はない。知っていたならもっと分かりやすく教えろと文句を言いたくても、本人が居ないので当然言えずに心の中で愚痴るだけ。

 触れるだけの口付けが突然深いものに変わって、鈴は現実に引き戻された。離れようとすると後頭部に手を回され更に深く口付けられる。

「ん、ふぁ」

 初めての感覚に、鈴は男に縋るしかない。ゾクゾクとする甘い快楽で頭がぼうっとし始めた頃、男は漸く鈴を解放した。

「おっせぇよ、リン」

 低く落ち着いた声。見上げると、ずっと鈴が求めいた男の姿が其処にあった。光を浴びて爛々と輝く鮮やかな赤い髪。輝く太陽のように煌めく金色の瞳。本来の輝きを取り戻した男を見て鈴は安堵し、彼に身を委ねた。そんな二人を祝福するかのように、白い鷲と燕が嬉しそうに空を舞う。

「た、太陽の神子さま、と、空の神子さま」

 二人を囲んでいた騎士の一人が驚愕し、震える声で呟いた。
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