神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第6章

間に合った

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 剣に貫かれる痛みに耐えるように、シンジュは強く目を閉じた。一度経験しているからこそ、その痛みも苦しみも簡単に想像できる。刺されたら死んでしまうのもシンジュは分かっている。蘇る事はもうないと言う事も……

 思い浮かぶのは、何時だってリベルテの優しい笑顔。リベルテは出会った時からシンジュの味方だった。シンジュがユリウスの命を狙っていると知っても、その罪に耐えきれず自ら命を絶っても、シンジュを取り戻した後も、リベルテはシンジュを一途に想い、守ると言ってくれた。真実を知ってもシンジュが好きだと言ってくれた。海に帰ると言った時も、カイリが迎えに来た時も、彼は「お前はどうしたい?」とシンジュの意志を尊重してくれた。

 だからシンジュは海の底から逃げ出したのだ。リベルテの元へ帰る為に。彼と共に生きる為に。何の為に地上へ逃げて来たのかを思い出して、シンジュは心から死にたくないと思った。こんな所で死にたくない。リベルさまを悲しませたくない。こんな身勝手な理由で殺されるなんて絶対に嫌だ!

 そう強く願ったからなのか、何時迄経っても痛みは来なかった。ガンッと殴るような音がしたのと同時に、肩を踏み付けていた足が無くなる。痛みに耐えながらシンジュが起き上がろうとすると、優しい温もりに包まれた。

「何、してんだ。テメエ」

 その声を聞いた瞬間、シンジュはぽろぽろと涙を流した。

「リ、ベル、さま」

 シンジュが名を呼ぶと、リベルテは小さな体をギュウッと抱きしめた。良かった、今度は間に合った、と、優しい笑みを浮かべて……

 リベルテが助けてくれたと知ると、シンジュも同じように彼に抱きついて子どもの様に泣きじゃくった。もう、会えないと思っていた。何の抵抗も出来ずに殺されると諦めかけていた。けれど、最愛の人が来てくれた。助けてくれた。守ってくれた。

「遅くなってごめん。怖かったよな? 痛かったよな? 本当に、ごめん」
「リベルさまは悪くないです。僕が捕まらなければ、こんな事には……ん」

 言葉を遮るように、シンジュの唇を塞ぐ。触れるだけの優しい口付けを、シンジュは素直に受け入れた。

「俺は悪くないと言ったように、シンジュも悪くない。悪いのは、お前を散々痛め付けて、海の神子を無理矢理手に入れようとした人魚族だ。違うか?」

 シンジュを抱きしめたまま、リベルテは砂浜に蹲るカイリを睨み付けた。ゆっくり起き上がったカイリも鋭い眼光をリベルテに向ける。

「お前なんかに、シンジュは渡さない」

 落ち着いた静かな声で、リベルテはカイリに宣戦布告した。





 砂に塗れ、殴られた痕のあるシンジュを見てリベルテは沸々と怒りが込み上げてきた。あと一歩遅ければ、リベルテはまたシンジュを失っていた。シンジュを踏みつけて剣を振り下ろすカイリを見た時、リベルテは全力で走って剣を握る彼の腕を掴んで思いっきり投げ飛ばした。投げ飛ばされたカイリが地面に叩きつけられて唸っているが、リベルテは気にする事なく倒れていたシンジュを抱き起こした。

 間に合ったと言う安堵と、もっと早く駆け付けていればと言う後悔が鬩ぎ合う。最悪の事態にならなかったものの、シンジュはボロボロだった。怖かった筈だ。痛かった筈だ。心細かった筈だ。小さな体を抱きしめると、シンジュもリベルテに抱きついて涙を流す。

 リベルテが謝ると、シンジュは首を横に振って「リベルさまは悪くない」と言った。人魚族に捕まった自分が悪いのだと言おうとしたシンジュの唇を、自分の唇で塞いで言葉を遮る。悪いのは人魚族だ。迫害に近い扱いをして地上に捨てたくせに、何故今になってシンジュを求めるのか。どうしてシンジュに拘るのか、リベルテは分からなかった。シンジュが海の神子だからとカイリは言うが、彼がシンジュへ向ける感情は明らかに異常だ。

「俺達が憎いなら直接殺しに来ればいいだろ? それなのに、なんでシンジュに殺させようとしたんだ? シンジュを見捨てたくせに、どうして今になって求めるんだよ? 身勝手だとは思わねえのか?」

「五月蝿い! 黙れ! 其奴が海の神子じゃなければ、俺だってこんな事しねえよ! 其奴が、ヒスイから神子の力を奪ったのが悪いんだろ! 海の神子は人魚族のものだ。人間如きが邪魔するんじゃねえ!」

「海の神子は誰のものでもねえだろ! 人魚族の掟だか決まりだか知らねえけどな、そんな下らない理由でシンジュを傷付けんじゃねえ! お前達のせいで、どれだけシンジュが傷付いたと思ってんだ! 何時も何時も泣いて謝って苦しんで、兄上に知られたと絶望してシンジュは自ら命を絶ったんだぞ! その時のシンジュの気持ちを一度でも考えた事があんのかよ!」

「其奴が勝手にやった事だろ!? 王子を殺せばちゃんと仲間として認めてやったって言うのに……この役立たずが!」

 シンジュはずっとリベルテに抱きついて震えていた。カイリにされた仕打ちを思い出して恐怖が蘇ったのだろう。怯えるシンジュを安心させるようにリベルテがそっと抱きしめる。リベルさま、と縋るように名前を呼ばれ、リベルテは「大丈夫」と涙を流すシンジュに優しく囁いた。

 チラッとカイリを見ると、彼は更に顔を歪ませリベルテに殺気を放っていた。カイリの支離滅裂な言動と態度を見て、リベルテはある事に気付いた。しかし、それを証明するものはなく、カイリがそれに気付くのも嫌だったのでリベルテは何も言わなかった。

「大丈夫だ。シンジュ。言っただろう? 今度こそ、俺がお前を護るって」
「リベルさま、ごめんなさい。僕、役立たずで……」
「そんな事はない。俺は守り人だ。神子を守るのが俺の役目。だから、シンジュ。俺を信じろ。信じて、俺の為に生きてくれ」
「……しん、じます! リベルさまと、一緒に、生きたいから」

 リベルはシンジュを抱き上げて安全な場所へそっと下ろした。その間もカイリは凄まじい殺気を放ちながらリベルテを睨み付けている。リベルテを殺す事も出来ると言うのに、カイリは手を出さなかった。親切に待ってくれているのか、怒りに支配されて動く事が出来ないのか。どちらにしても、リベルテは好都合だった。

「彼奴、気付いてないんだな」
「リベルさま?」
「なんでもない。危ないから、此処から動くなよ?」
「……はい。リベルさま、死なないで」
「あぁ。絶対に負けない。お前を置いて死なない。一緒に生きるって約束したからな」

 ぎゅう、と小さな体を抱きしめた後、リベルテはカイリの元へ歩いていく。敵意を向ける彼の目を真っ直ぐ見据え、彼は剣を抜いた。

「決着をつけようぜ」

 これ以上、シンジュを傷付ける事は許さない。リベルテが思っていた通り、カイリはシンジュに拘る理由があった。海の神子だからと言うのは口実で、本当の理由は他にあるのだ。しかし、憎しみに囚われている彼がそれに気付く事は絶対にない。そちらの方がリベルテも都合が良いのだ。こんな奴にシンジュは渡さない。シンジュを護るのは自分だと強い意志を瞳に宿し、リベルテは剣の切っ先をカイリに向けた。
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