神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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最終章

プロポーズ(サイラス)

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 大きな歓声に驚いた二人はビクッと肩を震わせ、周りの人達が見ている方へ顔を向けた。視線の先には屋根の上に堂々と立つ赤髪の男が一人。彼の手には赤い薔薇の花束。目立つ赤髪の男の周囲を大きな白い鷲が優雅に飛んでいる。派手で豪快なもの好きな彼らしく、花束も大きく、薔薇の本数もかなり多く見えた。

「太陽の神子様?」
「サイラス様よ! どうして、此処に……」

 サイラスは最近国王になったばかりで多忙の筈だ。本来なら居る筈のない人物の登場に、民衆達は騒ついた。驚く者、頬を赤く染めて見惚れる者、まさかプロポーズ? と期待する者。反応は様々だが、みんな目を輝かせてサイラスの行動を見守った。しかし、その中で顔を顰める者が居た。

「二人が結ばれた事、心から祝福するぜ! この場の空気に便乗して、俺も自分の想いを告げようと思う!」
「……最悪だ。あんな奴、好きになるんじゃなかった」
「うわ!」
「え!? す、スズさん!? 何時の間に!?」

 サイラスが演説をして民衆達が盛り上がっている中、何時の間にかシンジュとリベルテの近くに鈴が居た。彼は俯いて何やら呟いている。鈴は目立つ事が嫌いだ。目立てば目立つ程、勝手に期待され、勝手に幻滅される。そんなのはもううんざりだ。しかし、そんな事を言っていられないのも事実。サイラスと結ばれると言う事は、この国の王妃になると言う事だ。鈴がサイラスと結ばれる事が果たして本当に幸せなのか。彼にはもっと相応しい人物が居るのではないか。そんな事をずっと考えていた。

 太陽の神子であるサイラスと、空の神子である鈴。二人が結ばれる為の口実にするなら最適だろう。しかし、鈴は悩んでいた。王妃なんて無理だし、国の代表としてサイラスと共に並んで立つ覚悟なんて鈴にはない。

「よく聞け! リン! 俺はお前以外の奴を妃にするつもりはない! 下らねえ事をグダグダ考えんな! 俺はお前を必ず幸せにしてみせる! だから、俺の手を取れ。リン」

 周囲の驚く声と共に強い風が吹き抜ける。声が近くなったと思って顔を上げたら、直ぐ目の前に手を差し出すサイラスが居た。シンジュと同じく、神話に出て来るような衣装は彼によく似合っている。太陽の光に照らされてきらきら輝く赤い髪も、強い意志の宿った黄金の瞳も、自信に満ち溢れた力強い言葉も、全てが鈴を魅了する。

「スズ?」
「スズさん?」

 何も言わない鈴を心配して、リベルテとシンジュが声をかける。周囲の人々も鈴がどんな答えを返すのか気になって、誰も何も話さない。再び静寂に包まれる中、鈴は深いため息を吐いて口を開いた。

「断る」

 サイラスと鈴は相思相愛だ。サイラスが告白したら、鈴は喜んで彼の手を取ると思っていた。しかし、現実は違った。鈴は真剣な顔をしてサイラスを見据え「断る」と言った。鈴が何を言ったのか理解できず固まっていたが、暫くすると理解してリベルテとシンジュは同時に叫んだ。周囲の人々の反応も同じで「どうして!?」や「なんで断るの!?」と口々に叫ぶ。

「リン?」

 誰よりも衝撃を受けたのはサイラスだ。縋るように鈴の名を呼ぶと、彼は力なく笑ってサイラスの両頬に手を添える。そして、サイラスが何かを言う前に彼の唇を塞いだ。

 断ると言ったくせに、どうして口付けて来るんだ?

 鈴の不可解な行動にサイラスが疑問を抱くのは当然で、リベルテやシンジュ、周囲の人々も鈴の行動が理解できず首を傾げた。




 自分は王妃として相応しくない。鈴はずっとそう考えていた。サイラスが国王じゃなければと何度思ったか分からない。国王でさえなければ、鈴は迷わずサイラスの手を取った。しかし、恋愛と国政を混同してはならない事も鈴はよく理解している。この国では神子も国王と同等の地位と権力があると言われているが、鈴はそれを信じていなかった。この世界に来る前までは普通の学生だったのだ。それがいきなり異世界へ来て、好きになった相手が国王だと知って、身分差の恋だの、ロマンチックな物語だの言われても当然喜べる筈がない。

 少女漫画や恋愛小説のように二人が結ばれて終わりではないのだ。むしろ、結ばれてからが本番と言ってもいい。身分差があればある程、周囲への説得は難しくなる。サイラスと鈴は両想いだからとか二人とも神子だから問題ないとか言って果たして本当に納得してくれるのか。

 絶対にしない。どの世界でも「あんな奴より私の方が王妃に相応しい」と言ってくる輩は存在する。世継ぎはどうするんだと、子孫は残さないのかと、側室に産ませるのかと、そう言った問題が発生する事を知っているからこそ、鈴はサイラスの手を取るのを躊躇っていた。本当にサイラスの事が好きでも、男の自分では彼の子孫を残せないから。自分が原因でサイラスの評価が下がるのは嫌だし、側室だの子孫だの口煩く言われるのも嫌だ。

 嫌だった。王妃なんて絶対に無理だと、鈴は思っていた。しかし……

「断るって、言えたら良かったのにな」
「リン?」

 口付けていた唇を離し、鈴は力なく笑った。サイラスを拒絶できたら良かったのに。自分の言葉で傷付き、今にも泣き出しそうな表情をするサイラスを見たら拒絶なんて出来ない。それくらい、鈴はサイラスの事が好きなのだ。好きになってしまった。

「俺一人だったら、王妃なんて無理だった。でも、この国の王はもう一人居るから。王妃が二人居ても可笑しくないだろ? だから……」

 俺がお前の王妃になってやるよ。

 サイラスに負けず劣らずの上から目線で、鈴は挑発するように告げた。国王がサイラスだけなら鈴も王妃としての責任や重圧に耐えられなかっただろう。しかし、ソレイユ国の王はサイラスだけではない。ユリウスもまた、この国の正式な王なのだ。そして、そのユリウスが王妃として選ぶのは夕。こうなったらとことん道連れにしてやる。夕からしてみれば傍迷惑な話だが、鈴が道連れにしなくてもユリウスが夕を絶対に逃さない。夕が王妃になる事は既に決定事項なのだ。夕も同じ立場になるなら耐えられる。

「リンらしい答えだな。最初に言っておくが、俺はお前を手放すつもりはねえからな。後になって『やっぱり嫌だ』って言っても聞いてやらねえ」
「ん」

 鈴の小さな身体を引き寄せて少し強引に口付ける。触れたのは一瞬で、鈴の両手に薔薇の花束を握らせる。「俺が本当に好きなのはお前だけだ。リン」と告げて優しく笑った。鈴も頬を赤く染めて嬉しそうに笑う。二人が結ばれたと理解した人々は再び歓声を上げて「おめでとう!」と祝福の言葉を述べた。

「スズさん、おめでとうございます!」
「吃驚させんなよ。でも、良かったな。おめでとう!」
「おう! 礼を言うぜ! リベル! シンジュ! お互い幸せになろうな!」

 鈴を抱きしめた状態で、サイラスは満面の笑みを浮かべてリベルとシンジュに告げる。二人も嬉しそうに笑って「はい!」と返事をした。彼らを祝福するように、白い鷲と青い燕が舞うように空を飛ぶ。其処にシズクも加わって広場は更に盛り上がった。

「リン。手を出してくれ」

 サイラスは鈴の左手を取り、薬指に指輪を嵌めた。民衆達はもうお祭り騒ぎ状態で、拍手する者や、踊り出す者、感動のあまり泣き出す者と様々だ。広場で演奏していた楽団達も便乗して、その音楽に合わせて人々が自由に踊る。

「俺達も踊るか?」
「あの、僕、踊った事がなくて……」
「大丈夫。俺が支えるから、一緒に踊ろう。シンジュ」
「はい!」

 リベルテの手を取り、シンジュはぎこちなく踊り始める。最初は緊張していたが、リベルテの支えもあって暫くすると楽しそうに踊っていた。そんな二人を見て、サイラスも鈴の手を取って踊り始める。無理矢理踊りに参加させられた鈴は文句を言うが、楽しそうに笑うサイラスを見ると何も言えず結局一緒に踊ってしまう。

「……逃げるのは、無理そうだな」

 大盛り上がりの広場を眺めながら、夕は小さくため息を吐いた。リベルテとシンジュ、サイラスと鈴が結ばれと言う事は、次は自分の番。と言っても、夕は何度かユリウスから離れようとした事があった。結局、ユニコーンに待ち伏せされたり、黒猫に邪魔されたりして夕の計画は全て失敗に終わってしまった。

 リベルテに連れ出され、周囲が盛り上がっている今なら逃げられるのでは? と考えていると「ニャア」と猫の鳴き声が聞こえ、振り返ると黒猫がジッと夕を見つめていた。黒猫のすぐ後ろにはユニコーン。夕がユリウスから離れる事は不可能だった。自分が夜の神子である以上、この国から逃げる事は出来ないし、城から抜け出す事も出来ない。ならば、目立たない所で、ひっそりとユリウスを支えたい。そう思って距離を置こうとしたのだが、黒猫とユニコーンに邪魔をされ、夕の思惑に気付いたクラウスが血相を変えて飛んで来て「ユウ様はユリウス様の傍に居てもいいんです! むしろ居ないと私達が困るんです!」と何度も何度も力説されてしまった。

「もう逃げないって。ちゃんと、伝えるから」

 ユリウスの事をどう思っているのか。これからどうしたいのか。ユリウスの為を思うなら身を引くべきだと思っていたが、むしろ逆で傍に居るべきだと気付いた。夜の神子だからとか、使命だからと言う理由ではない。ずっと待たせてしまった事、何も気付かずに無神経な事を言ってユリウスを傷付けてしまった事に対して本当に申し訳ないと思う。だからこそ、夕はもう逃げないと決めた。ユリウスとちゃんと向き合って、自分の気持ちを伝える。

 夕の気持ちに気付いた黒猫とユニコーンは少しだけ表情を和らげた。黒猫が「ニャア」と鳴き、ユニコーンが夕の背中を優しく押す。今すぐ告げて来い! と言われているような気がして、夕は苦笑した。
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