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本編
愛する伴侶2
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ヒサメがアスマを連れてきたのは広い和室だった。アスマの希望通り、大きなガラス張りの窓からは立派な庭園が一望でき、中央には立派な木材で作られた長方形の机とお洒落なデザインの大きなソファ。窓際の方は畳ではなくフローリングになっており、障子で区切ることもできる。其処には小さな丸テーブルと一人用のソファが二つ設置してあった。まるで温泉旅館のようだと、綺麗な和室を見てアスマは少しだけ「旅行みたい」だと思った。「窓際は冷え込むから」と、ヒサメは中央の大きなソファにアスマを下ろし、隣に腰掛ける。
「体を冷やしてはいけないからね」
「あ、ありがとうございます。ヒサメ様」
まだまだ寒い季節である為、ヒサメは柔らかな毛布でアスマを包み込み、自分も同じ毛布で体を包む。一枚の毛布を二人で共有している為、ヒサメとの距離が近くなる。大きなソファはベッドと間違いそうなくらい大きくて、柔らかくて、ヒサメと二人で座ってもまだ余裕がある。
「この部屋は気に入った?」
「はい。とても、とても綺麗です」
窓ガラスに付着し、滴り落ちる雨水。雨粒が当たって揺れる木々や草花。立派な池の水面には幾つもの小さな波紋が広がっては消えていく。晴れている方が綺麗だろうと思われるかもしれないが、アスマは雨が降る様子を部屋の中から眺めるのも好きだった。
「アスマは、雨が好きなのか?」
「分かりません。でも、この雨は好きだなあって、思うんです」
「そうか」
雨が降る庭園を眺めながら、二人は沢山話をした。自分から話すのが苦手なアスマを気遣って、ヒサメが色々と聞いてくれたお陰で、会話が途切れることはなかった。前の世界でのこと。両親のこと。自分のこと。この世界に来る前のことはあまり思い出したくなかったが、アスマは可能な限り自分の生い立ちをヒサメに話した。辛いことが多く、泣きそうになるとヒサメが抱きしめてくれて「言いたくないことは言わなくていいよ」と慰めてくれる。もう大丈夫なんだと安堵したアスマは、屋敷から出て行った理由も素直に説明した。
「僕が来てから、悪鬼達の動きが活発になっていると聞いて。僕がヒサメ様の傍にいたら、貴方が危険な目に遭ってしまう。それに、愛する伴侶が現れたら、僕の居場所はなくなるから、何処か遠くへ行って、安らかに眠りたいと、そう思ったんです」
「……アスマ。さっきも言ったが、俺の伴侶は君だ。出て行く必要はない」
「はい」
「誰から聞いたのかは知らないが、悪鬼達の動きが活発になるのは当然だ。俺の伴侶が現れたのだから」
「え?」
「奴らの狙いは君だ。アスマ」
この世界の人達は必ず神の加護を受けて産まれる。彼らには愛する伴侶が存在し、生きている内に出会う運命にある。しかし、全員がそうなる訳ではない。不慮の事故や自然災害などで愛する伴侶が命を落とすことも少なくはない。中には出会う前に伴侶を失った者も居る。その場合は来世で出会えるように神様が縁を結んでくれるのだが、愛する人を失った悲しみを乗り越えられず、来世まで待てない者も存在する。伴侶の居ない現実に耐えられず、自ら命を絶ってしまうのだ。そして、この世に未練を残した者の魂は現世に漂い続け、闇に飲み込まれ悪鬼となる。
悪鬼が伴侶を狙う理由は、失った自分の伴侶を求めて彷徨っているからだと言われている。特に、化身の伴侶は奴らにとって血肉は勿論、魂も涎が垂れる程のご馳走なのだそう。その為、化身が伴侶を見付けると、自分の屋敷に囲い込み大事に大事に慈しむのだと。それは、化身の独占欲が強いのも理由の一つだが、一番の理由は大切な伴侶を悪鬼から守る為だ。
「ヒサメ様が毎日『屋敷の外に出てはいけない』って言い続けていたのは、僕を守る為?」
「そうだ。悪鬼達は不幸な魂を一番好む。俺の伴侶であり、心に深い傷を負った君が一歩でも外に出たら、奴らの餌食になってしまう危険性が高かった。だから、外に出てはいけないと、言い続けていたんだ」
「ヒサメ様が危険な目に遭うのは、僕のせい?」
「それは違う。逆だよ。この世界では伴侶と結ばれて初めて一人前と認められるんだ。神の加護を受けた者達は、伴侶を見付けることによって神の力が解放される。化身の力が解放されれば、悪鬼を一掃することも可能になる。向こうも必死だったんだよ。俺の力が解放されると、悪鬼は消滅するから。奴らは、俺の力を失わせる為に君を狙っていたんだ。伴侶を奪われた化身は神の加護を失い、いずれ奴らと同じ悪鬼に成り果てる。勿論、悪鬼にならない化身も居るが、化身は他の者達より悪鬼に堕ちる可能性が高い。神と同等の力を持つ化身が悪鬼となるんだ。それが何を意味するのか、分かるかい?」
「とても強い悪鬼が、誕生する?」
「正解。化身は神の加護を最も受けた存在。神と同等の力を持つ化身が悪鬼に堕ちたら、一瞬で国を滅ぼすことだって可能になる」
「そんな! ヒサメ様が悪鬼になるなんて、絶対に嫌です!」
「そうならない為に存在するのが『龍の宝珠』だ。龍の化身が最も愛する存在、という意味を持つ。つまり、伴侶のことだな」
「龍の宝珠。そう言えば、あの悪鬼がそんなことを言っていたような……」
森の入り口付近で出会った悪鬼は、アスマを見て「リュウノホウジュ」と確かに言った。あの時は何を言っているのか分からなかったが、ヒサメから話を聞いてアスマはやっとその意味を理解した。
「あの時、君を失っていたら俺は絶望と憎悪に心を支配され、闇に飲み込まれて悪鬼に堕ちていただろう。間に合ってよかった。君が無事で、本当によかった。アスマ……」
生きていてくれて、ありがとう。
ヒサメは何時もアスマの欲しい言葉を与えてくれる。傍に居てほしい。この屋敷から一歩も出したくない。自分だけしか知らない部屋に閉じ込めて、大事に大事に慈しんで甘やかしたい。アスマが出て行く必要なんてない。アスマがヒサメから離れたら、彼は悪鬼に堕ちてしまうかもしれない。そんなことをアスマは望まない。何時も優しくしてくれた彼が悪鬼になるなんて嫌だ。心からそう思って、アスマは「僕、ヒサメ様の傍に居ます」と言った。ヒサメはアスマをぎゅうぎゅうと抱きしめて「君が嫌だと言っても絶対に離さないから」と告げる。「今まで以上に君を甘やかすから、覚悟してくれ」と微笑まれて、アスマは頬を赤く染めて恥ずかしそうに「はい」と答えた。
「体を冷やしてはいけないからね」
「あ、ありがとうございます。ヒサメ様」
まだまだ寒い季節である為、ヒサメは柔らかな毛布でアスマを包み込み、自分も同じ毛布で体を包む。一枚の毛布を二人で共有している為、ヒサメとの距離が近くなる。大きなソファはベッドと間違いそうなくらい大きくて、柔らかくて、ヒサメと二人で座ってもまだ余裕がある。
「この部屋は気に入った?」
「はい。とても、とても綺麗です」
窓ガラスに付着し、滴り落ちる雨水。雨粒が当たって揺れる木々や草花。立派な池の水面には幾つもの小さな波紋が広がっては消えていく。晴れている方が綺麗だろうと思われるかもしれないが、アスマは雨が降る様子を部屋の中から眺めるのも好きだった。
「アスマは、雨が好きなのか?」
「分かりません。でも、この雨は好きだなあって、思うんです」
「そうか」
雨が降る庭園を眺めながら、二人は沢山話をした。自分から話すのが苦手なアスマを気遣って、ヒサメが色々と聞いてくれたお陰で、会話が途切れることはなかった。前の世界でのこと。両親のこと。自分のこと。この世界に来る前のことはあまり思い出したくなかったが、アスマは可能な限り自分の生い立ちをヒサメに話した。辛いことが多く、泣きそうになるとヒサメが抱きしめてくれて「言いたくないことは言わなくていいよ」と慰めてくれる。もう大丈夫なんだと安堵したアスマは、屋敷から出て行った理由も素直に説明した。
「僕が来てから、悪鬼達の動きが活発になっていると聞いて。僕がヒサメ様の傍にいたら、貴方が危険な目に遭ってしまう。それに、愛する伴侶が現れたら、僕の居場所はなくなるから、何処か遠くへ行って、安らかに眠りたいと、そう思ったんです」
「……アスマ。さっきも言ったが、俺の伴侶は君だ。出て行く必要はない」
「はい」
「誰から聞いたのかは知らないが、悪鬼達の動きが活発になるのは当然だ。俺の伴侶が現れたのだから」
「え?」
「奴らの狙いは君だ。アスマ」
この世界の人達は必ず神の加護を受けて産まれる。彼らには愛する伴侶が存在し、生きている内に出会う運命にある。しかし、全員がそうなる訳ではない。不慮の事故や自然災害などで愛する伴侶が命を落とすことも少なくはない。中には出会う前に伴侶を失った者も居る。その場合は来世で出会えるように神様が縁を結んでくれるのだが、愛する人を失った悲しみを乗り越えられず、来世まで待てない者も存在する。伴侶の居ない現実に耐えられず、自ら命を絶ってしまうのだ。そして、この世に未練を残した者の魂は現世に漂い続け、闇に飲み込まれ悪鬼となる。
悪鬼が伴侶を狙う理由は、失った自分の伴侶を求めて彷徨っているからだと言われている。特に、化身の伴侶は奴らにとって血肉は勿論、魂も涎が垂れる程のご馳走なのだそう。その為、化身が伴侶を見付けると、自分の屋敷に囲い込み大事に大事に慈しむのだと。それは、化身の独占欲が強いのも理由の一つだが、一番の理由は大切な伴侶を悪鬼から守る為だ。
「ヒサメ様が毎日『屋敷の外に出てはいけない』って言い続けていたのは、僕を守る為?」
「そうだ。悪鬼達は不幸な魂を一番好む。俺の伴侶であり、心に深い傷を負った君が一歩でも外に出たら、奴らの餌食になってしまう危険性が高かった。だから、外に出てはいけないと、言い続けていたんだ」
「ヒサメ様が危険な目に遭うのは、僕のせい?」
「それは違う。逆だよ。この世界では伴侶と結ばれて初めて一人前と認められるんだ。神の加護を受けた者達は、伴侶を見付けることによって神の力が解放される。化身の力が解放されれば、悪鬼を一掃することも可能になる。向こうも必死だったんだよ。俺の力が解放されると、悪鬼は消滅するから。奴らは、俺の力を失わせる為に君を狙っていたんだ。伴侶を奪われた化身は神の加護を失い、いずれ奴らと同じ悪鬼に成り果てる。勿論、悪鬼にならない化身も居るが、化身は他の者達より悪鬼に堕ちる可能性が高い。神と同等の力を持つ化身が悪鬼となるんだ。それが何を意味するのか、分かるかい?」
「とても強い悪鬼が、誕生する?」
「正解。化身は神の加護を最も受けた存在。神と同等の力を持つ化身が悪鬼に堕ちたら、一瞬で国を滅ぼすことだって可能になる」
「そんな! ヒサメ様が悪鬼になるなんて、絶対に嫌です!」
「そうならない為に存在するのが『龍の宝珠』だ。龍の化身が最も愛する存在、という意味を持つ。つまり、伴侶のことだな」
「龍の宝珠。そう言えば、あの悪鬼がそんなことを言っていたような……」
森の入り口付近で出会った悪鬼は、アスマを見て「リュウノホウジュ」と確かに言った。あの時は何を言っているのか分からなかったが、ヒサメから話を聞いてアスマはやっとその意味を理解した。
「あの時、君を失っていたら俺は絶望と憎悪に心を支配され、闇に飲み込まれて悪鬼に堕ちていただろう。間に合ってよかった。君が無事で、本当によかった。アスマ……」
生きていてくれて、ありがとう。
ヒサメは何時もアスマの欲しい言葉を与えてくれる。傍に居てほしい。この屋敷から一歩も出したくない。自分だけしか知らない部屋に閉じ込めて、大事に大事に慈しんで甘やかしたい。アスマが出て行く必要なんてない。アスマがヒサメから離れたら、彼は悪鬼に堕ちてしまうかもしれない。そんなことをアスマは望まない。何時も優しくしてくれた彼が悪鬼になるなんて嫌だ。心からそう思って、アスマは「僕、ヒサメ様の傍に居ます」と言った。ヒサメはアスマをぎゅうぎゅうと抱きしめて「君が嫌だと言っても絶対に離さないから」と告げる。「今まで以上に君を甘やかすから、覚悟してくれ」と微笑まれて、アスマは頬を赤く染めて恥ずかしそうに「はい」と答えた。
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