神子のオマケは竜王様に溺愛される《完結》

トキ

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竜王達の話3※

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 翌日、人間の身体を隅々まで堪能した赫焉は水陰と緋炎から烈火の如く怒られた。ぐちゃぐちゃになった着物。白く滑らかな肌に残る赤い斑点と掴まれた痕。朦朧とする意識の中で、水風呂に入って身体を清める人間を見て二人が発狂したのはいうまでもない。

「この大馬鹿者! この寒い時期に水を浴びるでないわ! あぁ、こんなに冷たくなって……水陰! 直ぐに湯を用意致せ!」
「今準備しています! 全く、本当にアンタはアホですね! 人間は脆いと言ったでしょう! 抱いて満足して後処理もせず放置するなんて何考えてるんですか!」

 がみがみと赫焉を叱りながら、二人は未だに意識がはっきりしていない人間の世話をした。温かいお湯で身体を洗い、中に出されたものも洗い流し、長く美しい髪も丁寧に洗った後、二人は彼を湯船に浸からせた。十分体が温まったのを確認すると濡れた身体を清潔なタオルで丁寧に拭き、風邪をひかないよう着物を着せ、緋炎は髪と肌の手入れを、水陰は食事の用意をした。その間も赫焉は人間に触れることを許されず、何を言っても二人から「黙れ!」と叱責を受けるだけだった。

「近くで見れば見る程見事な髪じゃな。美しい」
「あのバカに付き合わされて疲れたでしょう? それにお腹も空いている筈です。今日はお粥を作らせましたので、ゆっくり食べましょうね」
「おい、それは我の役目だと『ぁあん?』」

 慈しむ表情から一変、二人は人間を抱き潰した赫焉に殺気を放ち睨み付けた。誰のせいでこうなったと思っている? 反省していないならこの人間に触るな! と圧力をかけてくる二人に赫焉は逆らえなかった。以前まで人間に敵意を向けていたというのに、この溺愛っぷり。赫焉は喜べばいいのか呆れればいいのか分からなくなった。

 緋炎と水陰も人間を溺愛するようになり、彼は更に美しくなった。長い黒髪は毎日緋炎が隅々まで手入れを施し、彼が食べる物は水陰が栄養を考えて全て管理している。最近は髪だけでは満足せず、肌や爪の手入れ、身に纏う衣装まで拘りを持つようになった。生まれつき美しいものに目がない緋炎は自分が購入した高価な着物を幾つも人間に着せ、髪飾りや耳飾りも用意してより美しくすることに力を入れている。

 最初は戸惑い逃げようとしていた人間も緋炎の拘りに負けたのか今は大人しく着物を着せてもらっていた。緋炎の使用人達も加わって帯や帯紐、髪型や髪飾りについてアレコレと話し合って決めている。中々決まらない時は何時も水陰がお菓子やお茶を用意して人間に食べさせていた。

 自分の顔くらいの大きさの饅頭を渡された時、人間は受け取った巨大な饅頭と水陰を交互に見て二つに分けた。それを更に二つに分け、水陰、緋炎、そして赫焉に差し出した。四つに分けられた饅頭は一つだけ明らかに小さく、彼は迷うことなく一番小さな饅頭を口にした。その心優しくいじらしい姿に、赫焉達は愛おしすぎて天を仰いだ。

「妾達には大きいものを与え、自分は一番小さいものを選ぶとは……」
「それだけでは少ないでしょう? こちらも食べていいんですよ? これは貴方の為に用意したんですから、ね?」
「小さすぎる。そなたはもっと食べた方がいい」

 人間はやんわりと断って、三人に食べてと意思表示した。ドラゴンである赫焉達と人間とでは体格も大きさも食べる量も違う。彼らが普通に食べる量でも、彼にとっては多すぎるのだ。自分の顔と同じかそれ以上の大きさの饅頭を完食するなんて出来る筈がない。自分一人では食べきれないから四つに分けただけ。それに、彼の祖国では平等に分け与えることが当たり前だった。幼馴染であり親友でもある神子とも何度もそういったやり取りをした。嫌いな食べ物を交換したり、残り一つになったお菓子を半分にして一緒に食べたり。しかし、彼の事情など何一つ知らない赫焉達は渡された饅頭を涙を流しながらリスのように少しずつ齧って食べた。本当は彼の慈悲深い心を証明する為に保存して一生飾りたいが、食べ物を粗末にしてはいけないと幼い頃から言い聞かされていた為、彼らは渋々饅頭を口にした。

 何時も大量の料理を豪快に食べる姿を見ていた人間は小動物のように少しずつ齧って食べる三人の姿が面白くてクスクス笑った。天竜国に来て初めて見せた笑顔に、赫焉達は同時に胸に手を置き「ゔ!」と小さな悲鳴を上げた。綺麗なだけでなく、可愛さまで兼ね備えているとは。彼らが更に人間の虜になったのはいうまでもない。




 人間は脆い。龍玉を埋め込んでいるとはいえ、水陰が注意した通り赫焉達が少しでも力を込めれば細く小さな彼は簡単に折れてしまう。分かっていて、赫焉はほぼ毎日彼を求めて抱いた。壊れてしまわないように優しく、時に激しく、全てを喰らい尽くす勢いで彼の身体を隅々まで堪能した。

「今日も、声を出してくれぬのだな」

 はぁ、はぁ、と息を整え微睡む人間の頬に手を添え、赫焉は複雑な気持ちになった。額に張り付く髪、赤く染まった頬、蕩けた瞳。綺麗に着飾られたものは全て脱ぎ捨てられ、申し訳程度に引っかかっているだけ。彼を天竜国に連れ帰ってから数ヶ月は経つというのに、赫焉は彼の名前すら分からなかった。何度か聞いたことはあるが、彼は首を傾げ、困ったように笑うだけ。交わっている時も「可愛い」と「好きだ」と「愛おしい」と何度も伝えているのに、彼から同じ言葉を返されたことがない。緋炎が言った通り嫌われているのだろうかと思ったが、嫌がる素振りはない。優しく口付け、頭を撫でると何時も嬉しそうに笑う。自分から積極的に赫焉を求めることもある。赫焉が顔を近付けると、彼はほんのりと頬を赤く染めて俯いてしまう。

 嫌われている訳ではない。彼が赫焉に好意を抱いているのは明らかだ。それなのに、彼は何も話してくれない。体を繋げている時ですら声を出さない。身体の反応や彼の表情から感じているのは確かなのに、声だけが聞けない。その事実がもどかしく、悔しくもあった。

「無理矢理連れ去ったことを怒っているのではないか? 彼奴は人間の世界で生きておったのだ。故郷に帰りたいと思っておるのかもしれぬな」
「……此奴は我の伴侶だ。地上へは絶対に帰さぬ」
「それは竜王様の願望でしょう? 本人の意思を無視して無理矢理この国に縛り付けるおつもりですか?」
「天竜国の方が安全だ。アレの干渉を一切受けぬからな」

 前日の行為が激しかったのか、赫焉の腕の中で人間は微睡んでいた。暫くは起きようと努力していたが、限界が来たのか赫焉に身を委ねて眠ってしまった。微笑ましいと思うのと同時に、二人は「アレ」と聞いて顔を歪める。赫焉の言うアレが何なのか、二人は直ぐに理解した。

「まだ女神として君臨しているんですか? 気持ち悪いですね」
「アレの干渉を受けぬということは、人間界では受けていたと?」
「あぁ。聖域で此奴を罵っていた。役立たずだと、使えないと怒鳴り散らす姿を見た時は流石に腹が立った」

 人間の世界では女神信仰が浸透しているが、天竜国では最も嫌悪すべき邪神だと古くから言い伝えられている。天竜国は女神や他の者達から虐げられていた人間の為に初代竜王が建国した国だ。愛しい伴侶を傷付けられた初代竜王は、女神が人の魂を玩具のように弄んでいることや独断と偏見で異世界から人間を無理矢理召喚したこと、自分の思い通りの物語を作る為に引き立て役を作って周囲の人間達から嫌われるよう仕向けていることなど、女神の悪事を書物に残すよう部下に命じた。

 その為、天竜国の者は全員女神を邪神だと思っているし、実際彼女のしていることは邪神そのもの。女神の干渉を受けていたと知った緋炎と水陰は静かに殺気を放った。ドラゴンは番となった伴侶を一生愛し、番だけに尽くす生きものだ。赫焉は人間を伴侶として迎え入れる準備を進めており、彼を必ず護る覚悟もできている。自分の命よりも大切な存在だと言っても過言ではない愛しい人を傷付けられたのだ。赫焉が女神を嫌うのも無理はない。

 同じように彼を溺愛している緋炎と水陰も女神が虐げていたと聞いて凄まじい憎悪を抱いた。二人にとって彼はもう護るべき存在であり、次期王妃となる大切な存在。女神如きが干渉していい相手ではない。

「初めて会った時、此奴は瀕死だった。本来なら此奴が飲む筈だった治療薬を我に飲ませ、自分は死のうとした。此奴は、自分の命よりも我の命を優先したのだ。見殺しに出来る訳がなかろう」

 疲れ果てて眠る人間の額に口付け、更に強く抱きしめる。人間を伴侶にするなど愚かだと思っていた。初代竜王は優れているが、好みは悪趣味だと見下していた。何故、人間を伴侶にしたのか。何故、人間の為だけに天竜国を作ったのか。何故、たった一人の人間の為に尽くしたのか。赫焉は何一つ分からなかった。分かりたいとも思わなかった。

「記憶を、見たのですか?」
「一部だけだが、二度と見たくない。胸糞悪い」
「アレ以外の人間どもも、虐げていたのか?」
「……あぁ」

 瀕死の姿を見たのは赫焉だけだ。緋炎と水陰は人間が天竜国に来る前の事を何一つ知らない。人間の世界で何があったのか。どのような扱いを受けていたのか。どうして女神に虐げられていたのか。名前は? 声は? 故郷は? 知りたいことは沢山ある。赫焉だけでなく、二人も彼の声を一度も聞いていないのだ。だから名前も過去も分からない。赫焉が顔を歪め殺気を放つ程なのだ。女神だけでなく人間達も彼を虐げて殺そうとしたのだろう。瀕死の時に赫焉と出会ったのは運が良かったのか悪かったのか。

「此奴にとって一番安全な場所は此処だ。アレの干渉を一切受けず、人間どもがこの国に入る事は不可能に近い。もし良からぬことを考えたとしても我らが必ず守る。今は存分に愛情を注いで甘やかして、心を開いてくれるよう努力しよう。嫌われてはおらぬのだ。時が経てば、声を聞かせてくれる筈だ」

 突然違う世界に連れて来られて不安だったに違いない。それに、彼は瀕死だったのだ。女神や人間達に虐げられていたのなら人間不信に陥っていても可笑しくない。だから赫焉は彼が自分から話したくなるまで待つと決めた。当然、無理強いはしない。たっぷり愛情を注いで、甘やかして、全身で好きだと伝え続ければ、きっと心を開いてくれる。信頼してくれる。声を聞かせてくれる。

 赫焉達は喋らないと思い込んでいるが、彼が喋りたくても喋れないことを知るのはもう少し後の話。
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