神子のオマケは竜王様に溺愛される《完結》

トキ

文字の大きさ
10 / 15

神子の話3

しおりを挟む
 女神が明達の前に現れたのは赫焉が将を連れ去った翌日だった。ドラゴンだけが住む国、天竜国。この国は危険だと、人間界に戦争を仕掛ける準備をしていると、次から次へと嘘を並べ立て、女神は将を連れ戻そうと企てた。何処から入手したのか、赫焉達に大切にされ美しく着飾った将の姿を無断で撮影し、それを王子達に渡した。写真を見た明は直ぐに将だと気付いたが、王子達は全く気付く様子もなく「美しい」と「欲しい」と欲を孕んだ声で呟いた。

「という訳で、将をこの国から絶対に出さないでください。一人にしないでください。あのクズ野郎ども、あれだけ将の心も体もズタズタのボロボロに傷付けたくせに『愛人として』だの『側室として』だの巫山戯たことを言い出したんですよ!? それなのに僕への愛は本物だからとか宣いやがって、僕を馬鹿にしてんのか! 僕は彼奴らのことなんてちっとも好きじゃないし、そもそも最初から関わりたくねえんだよ! こんなクズしか居ない世界なんてあのクソ女神諸共滅んじまえばいいんだ!」

 相当鬱憤が溜まっていたのか、明の愚痴は止まらない。女神の干渉を受け彼女の思考に染まりきっている時点で色々アウト。赫焉達でさえ女神とは関わりたくない、相手にするのも時間の無駄と考えており、女神との接触を徹底的に避けていた。面倒くさいからだ。

 女神みたいな人間の相手をしていた明はかなり苦労しただろう。いや、確実に苦労している。彼が相手をしていたのは王子や騎士団長といった旅の仲間から訪れた村の住民達まで数多く存在する。皆が皆女神のような終わった性格をしており、そんな連中に囲まれて生活をしていたにも関わらずよく狂わなかったな、と赫焉達は感心した。それと同時に、殺意も湧いた。

 今迄散々役立たずだの、さっさと消えろだの暴言を吐いて、暴力まで振るって傷付けたにも関わらず、美しくなった将を見た途端「やっぱり欲しい」とか巫山戯ているとしか思えない。明の言う通り、無断で将の写真を撮って勝手に人間どもへばら撒いた女神は本当に許せない。人間どもも許せない。

 愛人だと? 側室だと? そんなものこの竜王が許す訳がなかろう! ショウは我の妻なのだ! 誰にも渡さぬ!

「本当は理解したくないんだけど! 奴らと同じだと思いたくないんだけど! でもやっぱり綺麗なんだもん! どうしちゃったの!? 将! すっごく綺麗になっててびっくりしちゃった! それに綺麗だけじゃなくて可愛いし! ねえ、今度将の髪を僕がアレンジして良い!? 髪飾りは花と宝石、どっちがいいかな? うーん、悩むなあ」
「……き……たい……じ、ま……」
「駄目だよ! 切るなんて勿体ない! 綺麗な黒髪なのに!」
「…………」
「将は平凡なんかじゃないよ! すごく綺麗で可愛い顔立ちをしてるんだから!」
「……う……」
「嘘じゃないもん! 本当だもん! 内面から滲み出る美しさっていうのかな? 気品があって上品なの! 和風美人? ともいうけど」
「あ、きら……か、わ……」
「僕の方が可愛い? 確かに容姿だけで言えば可愛い部類だと思うよ。でも、将の方が何倍も綺麗で可愛いの!」
「………」
「なんで拗ねるの!? 拗ねてる顔も可愛いけどさ!」
「あの……」

 途中から置き去りにされた水陰が声をかけると、二人の会話? は終わった。水陰は恐る恐る明にあることを聞いた。「アキラ様は、ショウ様の声が聞こえるのですか?」と。

「え? 聞こえるけど?」

 明の答えに、赫焉達は「どういうことだ?」と首を傾げた。将が話そうとしているのは分かるが、空気の抜ける音しか聞こえない。何とか聞こえたとしても単語のみ。将もこの状況が可笑しいことに漸く気付いた。今迄誰の声も聞こえず、話すことも出来なかったのに、明が相手だと声もちゃんと聞こえるし会話も出来る。

「アキラ様。その、落ち着いて聞いてくださいね?」
「どうしたんですか? 水陰さん。すごく顔色が悪いように見えますけど……」
「ショウは、耳が聞こえぬのだ。声も出せぬ。我が天竜国に連れて帰って来た時にはこの状態で、我らも最近になって気付いたのだ」
「…………」
「き、傷付けてはおらぬぞ! まあ、その……赫焉が色々と無茶はさせておったが、人間どものような最低な事はしておらぬ! 多分!」
「多分とは何だ! 我はショウを大切にしておったぞ!」
「ですが、毎日ショウ様を抱いていましたよね?」
「な! それは、その……」

 明が笑顔のまま無言で固まったからだろう。赫焉達の表情や雰囲気で察した将は明に説明した。耳が聞こえず、声も出せないこと。体に問題はなく内臓も骨も無事なこと。恐らく精神的な心の問題であること。赫焉達は本当に大切にしてくれたこと。こうなった原因は彼らではなく、女神達のせいだということを必死に伝えた。

「……あのクソ女神ども、全員ぶっ潰して来てもいいですか?」

 満面の笑みを浮かべながら、明は無邪気に、歌うように告げた。





 その後も明と赫焉達はお互いに情報交換をした。故郷に関すること、どのように生活していたか、この世界に来てからの出来事、女神達の将に対する暴虐について等、明が知っていることは全て赫焉達に話した。彼らが明の話で最も驚いたのは、将だけに神子の力を使っていたということだ。共に旅をしていた王子達には一切使っていないと言う。彼らと同じように将を虐げていた村人達も同様に。明が将以外に神子の力を使ったのは夜霧だけ。

「だって死に至る傷でもないし、薬塗って包帯を巻いていれば勝手に治るし。ほぼ無傷と変わらない怪我の為になんで神子の力を使わなきゃいけない訳? 薬買って治すか心配なら医者に診てもらえって話だよ。金だけは腐る程持ってるんだから、その金で治せばいいじゃん」

 神子の力頼りという風潮も明は大嫌いだった。神子様、神子様と周囲は褒め称えるけれど、彼らは明を利用しているだけ。明も将も異世界人である為、この世界に戸籍はないし、彼らの両親のように守ってくれる大人も居ない。今は明の容姿に夢中になっているが、彼らが何時飽きるか分からない。しかし、神子の力はずっとこの国の為に使いたい。そう考えた彼らがどのような行動をするのか手に取るように分かる。

 明へ愛の言葉を囁きながら将にも興味も持った連中だ。やはり女神と同様クズの集まりでしかない、と明は改めて思う。

「らい、じょぶ。よきり、が、あーら、まもりゅ」
「……ありがとう。夜霧」
「ちゅがい、まもりゅ、とーじぇん」
「うん」

 子どもの戯言。分かっていても、明は嬉しかった。この世界でできた初めての味方だったから。小さな夜霧の体を抱きしめて、明は静かに涙を流した。将と再会して、赫焉達に認められて、やっと安心できた気がする。明を慰めるように、夜霧が小さな手で彼の頭を優しく撫でる。

「あの、竜王様。あの子、本気ですよね?」
「見れば分かるだろ? 我らは伴侶と決めた者に尽くす生きものだ」
「じゃが、アキラは本気では受け止めておらぬ。教えた方が良いのではないか?」
「我らが話しても冗談だと思われる。もう少しすれば黒竜が本気だと思い知るだろう」
「本当に良いんですか? 教えなくて。後々面倒な事にならなければ良いのですが……」

 ドラゴンである赫焉達から見れば、黒竜の夜霧がどれ程本気なのか直ぐに分かる。彼は赫焉と同様、瀕死のところを明に助けられたのだ。言わば命の恩人。そして、ドラゴンは恩を絶対に忘れない。命を救われたのならば、助けてくれた相手に一生を尽くすのは彼らの中では常識。赫焉が将に尽くすように、夜霧もまた明に尽くすだろう。もう既に明に対して好き好き大好きオーラを出しまくりなのだ。それは大人になっても変わらない。

 更に言えば、ドラゴンは心の本質を見抜く能力に長けている。美しい心の持ち主か腐った心の持ち主か、赫焉達は直ぐに見分けられる。かつての神子は本当に性悪で心根が腐った最低野郎ばかりだったのかもしれない。しかし、夜霧が自ら望んで伴侶に選んだ明は違う。将が言った通り、彼も心優しく親友思いの素晴らしい人物だった。

「夜霧の伴侶になるなら、寿命も我らと同じになる。ショウと同じ時を過ごせるのだから、アキラにとっても悪くはないだろう」

 最終的に決めるのは明だ。口では色々言っているが、彼は夜霧に絆されている。出会った時から好感度は高かった筈だから、後は時が解決してくれるだろう。これで神子の問題も片付いた。残る問題はただ一つ。

「後は、アレの始末だな」

 赫焉が言うアレが何を意味するのか、水陰も緋炎も分かっている。将と明を無理矢理この世界に拉致し、将の身も心も深く傷付けた全ての元凶。天竜国に害が無いから黙って見過ごしていたが、もう我慢の限界だ。女神は再び将を傷付けようとした。それだけではなく、天竜国の民を無断で拉致し、人間どもに傷付けさせ、戦争の道具にしようと企んだ。誰がどう見ても天竜国への、赫焉達への宣戦布告だ。女神が本気で天竜国を潰すというのなら、こちらも全力で女神達を潰してやる。当然許す気はない。死よりも恐ろしい地獄を与えてやる。

 無意識に殺気を放っていたことに気付いたのか、将が赫焉の頬にそっと触れる。心配そうに見上げてくる愛しい伴侶の姿を見るだけで殺意が消えてしまう。女神達に罰を与えるのは決定しているが、今は愛しい伴侶に触れて癒されたい。甘くとろけるような視線を将に向け、赫焉は安心させるよう優しく口付けた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する

竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。 幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。 白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。

天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。 成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。 まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。 黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

VRMMOで追放された支援職、生贄にされた先で魔王様に拾われ世界一溺愛される

水凪しおん
BL
勇者パーティーに尽くしながらも、生贄として裏切られた支援職の少年ユキ。 絶望の底で出会ったのは、孤独な魔王アシュトだった。 帰る場所を失ったユキが見つけたのは、規格外の生産スキル【慈愛の手】と、魔王からの想定外な溺愛!? 「私の至宝に、指一本触れるな」 荒れた魔王領を豊かな楽園へと変えていく、心優しい青年の成り上がりと、永い孤独を生きた魔王の凍てついた心を溶かす純愛の物語。 裏切り者たちへの華麗なる復讐劇が、今、始まる。

僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!

迷路を跳ぶ狐
BL
 社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。  だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。  それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。  けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。  一体なんの話だよ!!  否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。  ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。  寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……  全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。  食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていた矢先、森の中で王都の魔法使いが襲われているのを見つけてしまう。 *残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

過労死で異世界転生したら、勇者の魂を持つ僕が魔王の城で目覚めた。なぜか「魂の半身」と呼ばれ異常なまでに溺愛されてる件

水凪しおん
BL
ブラック企業で過労死した俺、雪斗(ユキト)が次に目覚めたのは、なんと異世界の魔王の城だった。 赤ん坊の姿で転生した俺は、自分がこの世界を滅ぼす魔王を討つための「勇者の魂」を持つと知る。 目の前にいるのは、冷酷非情と噂の魔王ゼノン。 「ああ、終わった……食べられるんだ」 絶望する俺を前に、しかし魔王はうっとりと目を細め、こう囁いた。 「ようやく会えた、我が魂の半身よ」 それから始まったのは、地獄のような日々――ではなく、至れり尽くせりの甘やかし生活!? 最高級の食事、ふわふわの寝具、傅役(もりやく)までつけられ、魔王自らが甲斐甲斐しくお菓子を食べさせてくる始末。 この溺愛は、俺を油断させて力を奪うための罠に違いない! そう信じて疑わない俺の勘違いをよそに、魔王の独占欲と愛情はどんどんエスカレートしていき……。 永い孤独を生きてきた最強魔王と、自己肯定感ゼロの元社畜勇者。 敵対するはずの運命が交わる時、世界を揺るがす壮大な愛の物語が始まる。

処理中です...