死神令嬢と悪役令嬢は破滅フラグを叩き折りたい

紗吽猫

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15、穏やかな時間


「ロベリア嬢……?」

  その場に座り込んでしまったロベリアにゼフィランサスは屈んで様子を確認する。ハァハァと呼吸が荒くなっていき汗も尋常じゃないほど流れているようだ。
  あまりにも普通でない様子にブルーベルはロベリアの背中を擦った。だが、こんな状況になっても陰口を続ける民衆に怒りさえ沸いてくる。ブルーベルの中の魔力が感情の高鳴りに合わせて荒ぶり始めた。それに気付いたゼフィランサスは勢いよくロベリアの背中に手を回し、膝の下を持ち上げて抱きあげる。お姫様抱っこだ。

「きゃぁっ!?」

  グイッ……!と抱えられたロベリアは心臓が飛び出そうなほど驚いてゼフィランサスに抱きついた。
  頭の中が真っ白になるくらいだった。さっきまで聞こえていた不快な声は黄色い声に変わった。そして周囲を囲んでいた人々が道を作るように割れていき、そこをゼフィランサスがロベリアを抱き上げたまま歩き出す。ブルーベルもそれに続く。
  
  一体、何が起きたのかわからなかったロベリアは徐々に落ち着きを取り戻し、自分が置かれている状況を把握した。

(……こ、これ……!!!お姫様抱っこされてる!!?)

  ゼフィランサスはロベリアを軽々と抱き上げ、ジロジロとこちらを見てくる人々に目もくれず、どこか目的の場所へと颯爽と迷いなく歩いて行く。誰もが忌み嫌う女を見ていたはずが、絶世の美男子であるゼフィランサスが女性をお姫様抱っこするなんていう世の女性が憧れるだろう場面を目の前で再現するものだからもう大興奮だ。

「あ、あの……!!!ゼフィランサス様!?お、降ろしてください……!!」

  状況を理解したロベリアはついさっきまでの追い詰められる感覚は全て吹き飛び、今は恥ずかしさから再び林檎のように顔が真っ赤に染まっていた。

「大丈夫ですよ。どうかこのままで。今、落ち着ける場所に案内致しますね」

  微塵も恥ずかしさなど感じていない様な優しい爽やかな笑顔でゼフィランサスにそう切り返され、ロベリアは口をパクパクさせるしか無かった。
  そんなふたりの後ろでブルーベルがクスッと笑う。ふたりのやり取りが微笑ましく見えたようだ。さっきまでの感情の高ぶりも収まり、魔力は穏やかな波動になっていた。





「ここは……」

  ロベリアが連れてこられたのは古ぼけた画材道具で溢れた部屋。木造の部屋で長く誰も使っていなかったのだろう埃っぽさが残る。
  大きなキャンバスには布がかかっていて肝心の絵は隠れて見えない。それだけではなく、部屋のいたるところも壁にキャンバスが立てかけられ、その上から布がかかっている。だが全ての絵が隠されている訳ではなく、いくつかはキャンバスのまま飾られている。

「どなたかの…アトリエか何かですか?」

  興味津々にブルーベルとロベリアは部屋を見渡す。そんなふたりの横を通り過ぎてゼフィランサスが部屋の締め切られた窓を開けた。

 ふわっ……!!と緑の香りを運んだ風が入ってくる。その自然が運ぶ清らかで花や土や木々の香りが混ざった風は不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。それに、アトリエらしき古ぼけた部屋は汚いといった印象よりも温かく、どこか寂しさを覚える印象が強く、自然と誰かの傍にいたくなる空間だった。ロベリアは開けた窓の前に佇むゼフィランサスの隣へと立つ。髪やヴェール、服を駆け抜けていく風が心地いい。

「……どうですか?気分は落ち着きましたか?」

  まだ少し心配そうな顔をしているゼフィランサスの言葉に、ロベリアは自分がさっきまで、呼吸が荒くなるほどぐちゃぐちゃになった感情に追い詰められていた事も人々に悪意ある言葉を向けられていた事もすっかり忘れていた事実に気が付いた。それにどこか気持ちがスッキリしている。

「……」

  自分の胸に手を当て、深呼吸をする。
  その様子にブルーベルも心配そうな顔をしながら傍に寄ってきた。

(ああ……そうか……。学院にいた時と同じ……)

  ここにいるのはゼフィランサスとブルーベルと自分だけ。それにゼフィランサスはあの悪夢のような場所から連れ出してくれた。ブルーベルも常に寄り添ってくれる。ここにはカーディナリスを蔑む人もロベリア自身を忌み嫌う人もいない。
  それがわかっているから、心から安心出来ているのだ。

「ロベリア嬢?まだ、気分は良くなりませんか?……あのような、……あのような何も知らない、噂を鵜呑みにして人を平気で傷つける言葉を吐く人達の事など、気にする必要はありませんよ」

  そう言ってゼフィランサスはロベリアの頭を軽く撫でた。それは落ち着かせる為にやったことだが、ロベリアは彼の優しい手つきに、幼い頃、寂しくなって母親に甘えた時に頭を撫でられた時のことを思い出し、心が温かくなる。
  
「ふふっ。くすぐったいです、ゼフィランサス様……でも、ありがとうございます。もう大丈夫です。ご心配お掛けして申し訳ありませんでした」

  ふわっと笑顔になったロベリアの表情を見て、ゼフィランサスもブルーベルもホッとした表情になる。
  
「落ち着いたなら安心しました。……あの、もし、よろしければ、そのヴェールを取ってここからの景色を眺めませんか?」

  ゼフィランサスからの提案に、ロベリアは少し驚いた。

(……そうね。ここなら大丈夫よね)

  ロベリアはヴェールをめくり上げ、顔にかかっていた部分を頭の後ろへと回す。
  すると、ヴェールで遮られていた風も光も一斉に地肌に当たっていく。それがいっそう、気持ちよさを肌に感じさせた。

「……どうですか?」
「ええ、すごく気持ちいいです。それに……」

  窓の向こうに広がる景色を目に焼けつける。
  窓に少しかかるように育った木々の緑の向こうに川が流れている。川沿いには木々が植えられていて、川の手前にも対岸にも城下町が広がっている。左の方には川を渡る大きなレンガ橋も見えた。

(あれ?この景色……どこかで……)

  ロベリアが記憶に引っかかった景色を眺めていると、ゼフィランサスが話を始めた。

「ここは少し古ぼけてはいますが、落ち着けるところでしょう?私が良く一人になりたい時にここを訪れる隠れ家のような場所です」

(ん?その話……どこかで……)

  ロベリアはその話に聞き覚えがあった。

「ここには誰も来ないので、ゆっくり出来るのです。学院に入ってからはあまり来てはいませんでしたが……」

  続きを聞いて、ロベリアはハッ!として思い出した。

(そうだ!!!この話は小説に出てきた場面だわ!!!)

  その事に気が付いて、ようやく自分が今日、何のために彼を連れ出して来たのかを思い出した。

(ああ、そうだった……!今日は主人公よりも先に仲を進展させるために小説の展開を利用しようとしてたんだった!すっかり忘れてたわ)

  今回は主人公では起きなかった展開が起きてパニックになったので忘れていたとしても仕方ないところだろう。
  主人公の場合、この時のデートでは既に主人公は聖女としても認知されている。故に町の人々に囲まれる場面はあるのだが、それが悪意のあるものではなく、憧れや好意によるものだった。そしてモテモテな主人公を取られたくない公爵家嫡男が主人公を連れ出す、という展開。

  内容こそ違ってはいるが図らずも同じような展開になっている。
  主人公も公爵家嫡男のお気に入りだという隠れ家に連れ込まれていた。

(まさか……こんな一致をするなんて……)

  嬉しいようなそうでもないような複雑な気分。自分で選択しているはずなのに、あらかじめ、決められているかのような気持ち悪さ。それを感じて気味が悪くなったロベリアの耳に、小説には無かった台詞が聞こえてきた。

「ここは以前、祖父のアトリエでもありました。祖父は公務の間に良くここに来て、趣味の絵を描いていたのです」

  ふとゼフィランサスの方を見ると、どこか懐かしいものを見るような穏やかな表情で部屋の中にあるものを一つ一つ眺めている姿が目に入る。

「ゼフィランサス様の……お爺様が……?」
「ええ、そうなのです。祖父は厳格な方でしたが、祖父の妻だった祖母が絵画を好んだことから、自ら絵を描く趣味を見つけたそうです。ここにある絵のほとんどは祖母に贈られるはずだったもの達です」

  話を聞いて、ロベリアはふと思い出す。

「……私の家にも、ゼフィランサス様のお爺様が描かれた絵があります……!!」

   ロベリアは実家に飾られた絵画を思い出した。それは、この部屋の窓から見える景色とほとんど同じものだ。

「ああ、それは祖父が幼い貴女にねだられて描いたものですね。……覚えていませんか?」

  クスッと笑われてロベリアはカァァ……と顔が赤くなる。

「え、わ、私、おねだりしたんですか!?あ、あの、私、大変失礼なことを……!!」

(ぜ、全然覚えてないわ……!!)

「ふふ。大丈夫ですよ。祖父も可愛い孫娘ができたようだと喜んでいましたから」
「あ、ああああ、そうですか……。でしたら……いいのですが……」

  ゼフィランサスは自分で自分に呆れているロベリアを愛おしそうな表情で見つめながら、厳格な祖父が唯一可愛がった六家の子供がロベリアだった。いつも親や兄の背に隠れていた子が、初めてねだってきた日のことを、懐かしそうに話していた事を思い出していた。
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