死神令嬢と悪役令嬢は破滅フラグを叩き折りたい

紗吽猫

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28、失踪1

  まだ世界が白んでいる時刻。薄明かりの早朝。
  ベッドに腰掛けていた寝巻き姿のカルミアは何か思い詰めたような顔をしている。そして、何かを決心したように拳を握るとササッと部屋から出ていった。





  貴族の男子寮。ジニア王太子殿下に与えられたのは二人部屋でシオンと同室だ。それと寝室ともう一室。寝室にはベッドがふたつあり、シオンも布団に潜っている。寝心地のいい手触りのいい布団での睡眠は実に快適で、毎朝、起きるのが億劫になるくらいだ。

「坊ちゃん」

  布団に潜っていると声が聞こえてきた。

「坊ちゃん、起きてください」

  布団越しに耳元で呼ばれ、渋々布団から顔を出す。金色に輝く柔らかな髪が布団や枕の上を滑る。

「坊ちゃん、起きてください。寮の門のまえにいらしてますよ」
「んー?いったい、だれが……?」

  モゾモゾと布団の中から時計の時刻を確認すると、いつも起きる時間よりも早い時間。
  寝ぼけ眼を擦りながら起き上がると執事服を着た青年が服を用意しているのが見えた。

「ローダンセ……一体、こんな朝から誰が来たって言うんだい?」
「カルミア様です」

  ぼんやりしながらそう尋ねるとローダンセの口から飛び出した名前に眠気も吹っ飛んだ。

「カルミアが!?」

  バッ!とベッドから勢いよく抜け出してローダンセが用意した服に着替えて部屋から飛び出した。



「カルミア!?どうしたんだい?こんな朝早くに……」

  慌てて寮を飛び出して走ってきたジニアは門の前で俯いて座り込むカルミアに声をかける。ジニアの後からローダンセも追い掛けて来て、一歩後ろに下がって様子を窺う。

  寮の門の向こうの彼女は俯いて座り込んでいる。寝巻き姿にローブを羽織っているだけで漆黒の縦ロールこそ形を成しているが、全体的に乱れていて普段髪につけている赤いリボンもなかった。見るからに慌てて駆け出してきたような、普段の完璧な令嬢としての彼女からは想像出来ないくらいだ。それこそわざと振舞っている時くらいのものだった。

「カルミア……?何があったんだい?」

  そんな彼女の様子だったからこそ、何かあったんだとすぐに察することが出来た。
  座り込む彼女の手を引っ張って立ち上がらせて俯いた顔を覗き込み、ジニアは目を見開いて驚いた。

  カルミアは血の気が引いた青い顔をしていた。焦点は合わず揺れている。悲壮感漂うその姿は今までにジニアも見た事が無かった。それだけにジニアに与えられた衝撃は大きく、声も動揺して揺れてしまう。

「ねぇ、カルミア、ほんとに何があったんだい?ロベリアは一緒じゃないのかい?」

  彼女の肩を掴んで揺らしながら問い正す。体をガクガクと揺らされながらもジニアがその名を口にした瞬間、カルミアは堰を切ったように言葉を吐き出した。

「ああっジニア様ッ!!わ、わたくし、もう一体どうしたらいいのか……ッ!!!」

  縋るようにジニアに抱きついたカルミアにジニアは動揺を隠せなかった。
  少なくとも彼が知るカルミアの姿ではなかったし、今までで一度も抱きつかれたことなどないから。今にも泣き出しそうな顔で必死に訴える彼女にジニアは心を揺さぶられる。

  けれどそれが何か、彼女を動揺させる重大な問題が発生したことを察するには十分だった。肩を震わせ嗚咽を混ぜるかのように抱きつき縋り付くカルミアの様子にジニアも心が傷んだ。だが、同時に、もしくはそれ以上に彼女が抱きついてきて頼って来てくれたことが嬉しくて仕方なかった。

  いつだって婚約破棄を望まれてしまうくらいには好かれている事実はなかったし、お茶会を通して顔を合わせても彼女の口を突いて出てくるのは「婚約破棄して欲しい」ことと「殿下にはもっと相応しい相手がいるはず」それから、「王太子妃にはなりたくない」ということだけ。
  その都度、胸が、心が軋んだ。これは彼女の実家の爵位からみても納得の政略結婚で、王族の方から縁談を持ちかければいくら公爵家と言えど断れるはずがない。カルミアからすれば横暴だったのかもしれない。
  けれども、ジニアにとっては決してそれだけではなくて、でもそれは彼女に伝わることがない。

  そんなものだから、こんな状況であってもカルミアが自分を頼ってくれたこともこうして抱きしめることが出来ることも胸を満たすくらいには嬉しいことだった。
  だが、この状況をいつまでも楽しむ訳にはいかなくて、ジニアは頭を切り替え「落ち着いて」とカルミアに声をかけ、背中をぽんぽんとやさしく叩く。

「ゆっくりでいいから、状況を説明してくれないかい?」
「あ……」

  ジニアが優しい声音で言えば、カルミアも少し落ち着きを取り戻したのか、状況を飲み込んだのかほんのり頬を赤く染めたまま、ジニアから体を離して自分の足で立ち直す。
  ジニアにも移ったように頬を赤く染めたまま自分の足で立ったカルミアを見つめる。彼女が身なりを整え、乱れた髪を直す様を確認した後、カルミアに一度部屋に戻って身支度を整えるように促した。

「着替えて顔を洗えば少し落ち着いて話を出来るようになるだろう?僕は今から人を集めて温室に向かうから、君も用意が出来たら温室の方に来てくれ」
「……ええ、わかりましたわ……その、見苦しい所を見せてすみません……」
「いや、いいんだよ。ただ、君にしか正確な状況を説明出来ないんだ。温室でみんなに説明してもらうから……いいね?」

  真っ直ぐカルミアの目を捉える視線に、カルミアも気を引き締めることが出来た。

「……はい。では、わたくしは一度、部屋に戻りますわね」

  ぺこりと手をお腹の前で重ね、一礼する。
  ジニアは一礼した後に踵を返して寮に戻る彼女について行く様にローダンセに指示を出した。「承知しました」と一礼すると、ローダンセは駆け足でカルミアと合流する。

  そしてそれを確認した後でジニアも踵を返して寮へと戻って行った。





「坊ちゃん。カルミア様が到着されました」

  温室のガラスから降り注ぐのはまだ少し白んだ朝日。こんな早朝だというのに温室の花々は可憐に咲き誇っている。葉の上にも花弁の上にも水撒きの後だろう雫がキラキラと宝石のように輝いていて、その空間に足を踏み入れたカルミアはただただ美しいと思った。
  この光景は悲壮感に囚われているカルミアの心をいくらか救ってくれた。それに、温室の奥、円系の広場に置かれたガーデンテーブルとイス、テーブルの上に用意されたティーセットとそれらを背景に彼女を出迎える様に近寄って来たジニアが見えた。
  両手を広げて柔らかい笑みを浮かべながら待っていてくれる。普段ならそんな態度を取られても婚約破棄の為に近付こうともしなかっただろうが、今のカルミアの心境にはそんな抵抗がなく、思わず駆け寄ってその腕の中に飛び込んだ。

「カルミア、大丈夫だよ。僕が傍にいる。だから、落ち着いて状況を説明してくれるかい?」

  落ち着いた声。不思議と心に染みて全身に暖かいものが巡る。自然とジニアの背に手を回し力を込めた。より一層彼を感じられるように。

(でも、落ち着けるのは声だけじゃないわ。ジニア様の体温も心臓の音も心地いい)

  自分でもびっくりするぐらい彼の腕の中は安心出来てしまう。カルミアは今までなるべく距離を取ろうとしていたのにと自分で苦笑してしまった。
  
  深呼吸をしてジニアから体を剥がすとカルミアは改めて気を引き締めて、温室に集った面々に顔を向ける。
  
  視線の先にはゼフィランサス、シオン、そしてミモザもいた。どうやらジニアはこちらよりの人間を呼び集めたようだ。この選択は間違いではないだろう。
  
「カルミア、一体何があったのですか?ロベリア嬢が帰ってこないって……一体、どういうことですか?」

  出来るだけ荒ぶる感情を抑えることに務めてるであろう震える声でゼフィランサスが尋ねる。それはカルミアの目にもわかるくらいの動揺が瞳に現れていた。拳を握り、何度も深呼吸を繰り返す。

(ああ……彼も心配してくれるのね)

  喜ぶべきではないのかもしれないが、カルミアはロベリアの仮の婚約者である彼が心から身を案じてくれている事実が嬉しかった。
  それによくよく見渡してみれば、シオンもミモザも真剣な面持ちで話を待っているのがわかった。
  ここにいる人達は話を聞いてくれる人達だ。そう思えたカルミアは深呼吸をして、話し出す。

「昨日、先に帰ったはずのロベリアが放課後
、わたくしが帰った時にはどこにもいませんでしたわ。それでも、夜には帰ってくると思っていたのですが……」
「帰ってこなかったんだね?」
「ええ」

  カルミアの説明にジニアが確認するように聞き返す。その説明を聞いていたシオンが頭を掻きむしりつつカルミアの隣に立つと、確認するように尋ねた。

「ねぇ、なんで彼女は先に帰ったわけ?」

  それは事情を知らなければ当然の疑問だった。カルミアはシオンに聞かれてそこでその事に気が付いた。もう少し詳しく話さなければいけないことを。

  だから、カルミアは少し遡ってから話し始めることにした。


  
  
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