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30、失踪3
突然、温室に花吹雪と共に姿を現したのは紫色の髪と青紫色の瞳を持つ絶世の美少年。主人を探して飛び回っていた従者。
ブルーベルだった。
唐突な来訪者にその場の誰もが呆気に取られた。見とれてしまうほどの可憐で神秘的な登場の仕方にミモザは恍惚とした表情で思わずため息を零した。
隣にいたシオンがそれに気が付くと、少しばかり不貞腐れる。
「ブルーベル!ロベリアは見つかりましたか?」
カルミアが一目散にブルーベルの元へと駆けつけると真っ先にロベリアの消息を尋ねる。だが、ブルーベルから返ってきた反応は首を横に振る姿だけだった。その反応にカルミアは意気消沈して肩を落とす。ジニアはそんな彼女に寄り添う。
けれど、ハッと何かを思い出したようにブルーベルに向かって声をかける。
「ブルーベル、今朝、貴方に渡したものって今出てきますの?」
カルミアがそう聞くとブルーベルはコクンと頷いて何も無い空間から何かを取り出す。それはどうやら古びたスケッチブックのようだった。
カルミアはそれを受け取って「貴方の主人でもないのにごめんなさいね」と言うとブルーベルは首を振る。
そんなやり取りを不思議そうに見つめながらカルミアが手にしたスケッチブックに注視するジニアは早々に疑問を切り出す。
「カルミア、それは?」
声をかけられてカルミアは振り向く。ブルーベルの傍を離れてジニア達の方に歩み寄ると手にしていたスケッチブックを差し出した。
「ジニア様もゼフィランサスにも是非知っていて欲しいのです。ロベリアのことを」
そう促されてジニアがスケッチブックを広げる。その中身を見ようとゼフィランサスやシオン達がスケッチブックを囲むようにして集まる。
そんな彼らを一歩離れたところからカルミアが話を続けた。
「それは、まだ幼くてわかっていなかったわたくしが嫌がるロベリアに描いてもらったものですわ」
パラパラ……。
スケッチブックを綴じていた紐を解いてページをめくる。
「!?」
めくった次の瞬間に視界に飛び込んできた絵に誰もが息を飲み、ミモザは小さな悲鳴をあげ、すぐに口元を抑えて声を押し殺す。
「こ、これは……一体なんなんだい!?」
ジニアが驚愕したのはスケッチブックに描かれた絵の内容。
五体の一部が欠損した体。落ち窪んだ瞳。ただれぶら下がる皮膚。折れて皮膚から突き出す白い骨。縮れた髪。男かも女かもわからない明らかに生きていない人間だったもの。腐乱死体のようにも見える。
これだけでもゾッとする絵だった。おぞましいその姿がとても細かく描かれている。
次のページには、何人かの顔が張り付いた体を持つ不気味な人型の何かも描かれている。まるで肉塊とも表現出来る造形の“何か”が何体も描かれているのだ。
中には内蔵が垂れ下がった姿をもあり、見る者の全てに不快感と恐怖感を与えるには十分過ぎるほどだ。
どれもただのスケッチなのだが、ミモザは気分が悪くなり、シオンに持たれかかった。シオンもそんな彼女を介抱する。
「不気味ですわよね。もはやそれは化け物だと思いますわ」
どんなにページをめくっても描かれているのはそんな化け物達。ジニアもゼフィランサス達も言葉を失くす。
小さな女の子が描く絵とは思えないくらいのものだ。それこそ、まともな人間が描くようなものじゃなかった。イカれた人間が描きそうな絵。
「でもそれが、カーディナリスの目に見えている亡者だそうですわ」
「……!?」
その言葉に誰もが驚愕して目を見開き、カルミアとスケッチブックを何度も見比べる。表情ひとつ変えないカルミアの姿に、彼女が冗談や嘘を言っている訳では無いと悟った。
「これが……亡者だって?」
「ええ、そうですわ、ジニア様。こんなものがロベリア達には見えるんだそうですの。それも、生まれて目を開けたその時からだったそうですわ」
およそ子供に見せるべきでは無いもの。こんなもの、子供でなくとも恐怖を覚える存在でしかない。
スケッチブックの絵を見たゼフィランサスはふいに脳裏にとある光景が過ぎった。
幼き日に泣きじゃくる小さなロベリアが彼女の兄に抱き上げられてあやされている姿とそれを物陰から見ていた幼き日の自分。
どこか懐かしくて朧気な記憶。
「ロベリアが言うには、この亡者達はカーディナリスの人間に自分達の姿が見えていることを知っているんだそうですの。だから、ずっと視線を向けてくるし、下手に目が合えば取り憑いた人間を使って襲ってくることも少なくないそうですわ」
その話を聞いたゼフィランサスが反射的に声を荒らげた。顔が青ざめていて、心からロベリアの身を案じているということが見て取れる。
「じゃあッ!!早く捜さなければいけないのではないですか!?誰も傍にいないのなら、彼女の身が危険です……!」
「そうだね。急いで居場所を突き止めよう!」
カルミアは彼らが即座に受け入れ、行動に起こそうとしていることに驚きを隠せなかった。
(まさかこんな簡単に信じてくれるだなんて……)
じんわりと暖かいものが胸に満ちていく。
「兄さん、俺に任せてよ。俺とミモザなら捜すのは早いはずだからさ」
「ええ!ジニア様、是非とも我がベルフラワー侯爵家の“影”をお使いください。彼らならすぐにロベリア様の居場所を突き止めてくれるはずです!」
シオンとミモザがそう進言すると、ジニアはコクリと頷いてふたりに指示を出した。「かしこまりました」とその指示を受けたふたりは早々に温室を後にする。
ふたりが温室を去った後で残されたカルミアが「どうして疑わなかったんですの」と、ボソッと呟く。
静かな温室にその声が響き、同じように温室に残っていたジニアが答えるように口を開いた。
「……君が嘘をつくような人間じゃないことは僕がよく知っているからね」
にっこりと微笑みを浮かべるジニアはカルミアの隣に立つ。
そうして彼が隣に立ってくれるから不安な気持ちも少し和らいでくる。
「あの絵は想像で描けるものでは無いと思います。ですから見たままを描いたのだと納得出来ましたよ。……それに……」
ゼフィランサスも傍によって来てカルミアの隣に立ちと、スケッチブックを優しく撫でる。その表情は愛しい人を想うかのように優しいものだ。
「町で彼女が過呼吸を起こした時、あの時に彼女が感じていた視線の中に絵のような亡者もいたのなら、きっと私達が想像する以上の恐怖を感じていたはずです。彼女のヴェールは彼らの視線を遮る意味もあるのでしょう?」
思っていたよりも彼がロベリアのことを理解しているのを知り、カルミアは嬉しくなる。自分の目に狂いはなかった。彼なら、ロベリアを幸せにしてくれるんじゃないかと思えるから。
そんな風に心に余裕が出来たことで、カルミアも思考に余裕が生まれ、視界にブルーベルが入った時にふと、あのロマンス小説の事が頭を過ぎった。
カルミアはゼフィランサスとジニアが何やら会話をしているのを瞳に映し出しつつも思考は記憶を探る旅へと乗り出していた。
(ロベリアがいなくなったことに気を取られてたけど、今までの事だって小説に書かれたものもあったわ。もしかして……)
視線をブルーベルに向けると、彼はローダンセと一緒にティーセットを片付けるところだった。
小説の事をジニア達に聞かれる訳にもいかないので、カルミアはブルーベルを呼んで場所を移すことにする。
カルミアはこれが本当に普通の人生なら馬鹿げた話だが、現実と酷似している小説の存在を知っているのだ。そしてその内容をなぞらえようとする力が動いていることも知っている。
少しだけ冷静になれたカルミアはそのことを思い出せた。それがもう一度、小説の内容を精査する必要性に気づかせてくれたことでカルミアの目にも活力が戻ってきた。
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