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31、失踪4
「カルミア……?」
ふたりが話しているといつの間にかカルミアの姿がなくなっていた。ジニアがキョロキョロと辺りを見渡すが温室のどこにもいない。
タイミングがタイミングなもので一瞬にして嫌な考えが過ぎる。カルミアも消息を絶ってしまったんじゃないかと。
「ブルーベルもいませんね」
焦りから温室をくまなく捜そうとしてジニアが一歩踏み出した瞬間、そんな言葉が耳に入って振り返る。
冷静に辺りを見渡しながらゼフィランサスが言った言葉だったようだ。
言われてみればブルーベルもいなかった。その代わり、ローダンセがキョトンとした顔で温室の出入口付近で待機しているのが見えてジニアは深呼吸をした。
「ローダンセ、カルミアは?」
「先程、何か思いついた事があるとかで出ていかれましたよ。ブルーベルさんも一緒でした」
その言葉を聞いてジニアは「そうか」と安心したように胸を撫で下ろした。精霊が一緒なら大丈夫だろう。むしろロベリアの方がその身に危険が迫っている可能性が高い。
ジニアはふとゼフィランサスに視線を向ける。視線に気づいた彼はハテナを頭の上に飛ばしている。
(ちょうどここには僕らしかいない)
ジッ、とゼフィランサスを見つめると、彼はバツの悪そうな顔をした。居心地が悪いのだろう。
「……」
睨み合いという程でもないが、ふたりの視線がしばらくの間ぶつかった。異様な雰囲気にローダンセも割って入ろうかとも考えたが主人も殺気を出しているわけでもないので如何ともし難いとただ見守るだけに徹した。
そんな重々しい空気を先に破ったのはジニアの方だった。
「ひとつ、聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「ええ、どうぞ。なんでしょうか?」
訝しげにそうゼフィランサスが答えれば、ジニアは少し口角を上げた。腰に手を当て、体勢を崩す。
「君は、ロベリア嬢のこと、これからどうするつもりなんだい?」
「……?どういう意図の質問かがわかりかねますが」
「本気で彼女を公爵夫人として迎え入れる気なのかが聞きたいんだよ」
ジニアの言葉にゼフィランサスは目を見開く。どことなく空気がピリッと張り詰める。
「契約婚約なんだろう?シオンが言っていたけどさ。どういう意図の婚約なんだろうってさ」
ジニアは話を続けるが、ゼフィランサスは黙ったままだ。
「……」
「実はさ、その婚約が重要じゃないならさ。……僕が王位を継承した暁にはロベリア嬢を側室に迎えようかと思うんだよ」
ブワッと風が巻き上がった。
いや、正確には風が吹いたわけではなく、ゼフィランサスが放った気の風圧だった。芯からゾクッとしたジニアの頬に汗が流れる。
「……いくら殿下でもそんなことを許す訳にはいきません。彼女は私の婚約者です。殿下であっても渡す気はありませんよ」
ジニアの言葉にゼフィランサスが明確な怒りを表した。普段穏やかな彼からは信じられないくらいの怒りを含んだ声音にジニアはゴクリと唾を飲む。
(……なんだ。かなり本気なんじゃないか)
少し口角を歪めて笑うジニアはこんなゼフィランサスを見れたのは今回が初めてで少しばかり楽しくなってきていた。だが、別に喧嘩したい訳じゃないしそんなことに時間を費やすわけにはいかない。彼が暴走する前にササッと手を引く。
「……って、シオンが提案してきたんだよね」
やれやれと手を広げて言えば、ゼフィランサスも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後に、はぁーっと少し長めのため息をついて肩を落とす。
「またあの人ですか……」
心からの呆れたを含んだ声音にジニアは少しクスッと笑ってしまう。
「そうなんだよ。シオンが言ったんだよ。でも、意外だったな。君がそこまで怒るとは思わなかった。てっきり契約婚約だと思っていたんだけど……違うのかい?」
「いいえ、確かにそうですよ。契約の上で成り立った婚約です」
「でも、彼女を手放す気はないと」
「その通りです」
ジニアはゼフィランサスの瞳を確認するように見つめる。その瞳に淀みはなくこれが本心からの言葉であると確信した。
それならば、とジニアはゼフィランサスにひとつ助言をした。
「カーディナリスの目は特に狙われやすい。側室になれば王国が彼女を護るが出来るけど、そうでなければいずれ公爵家の当主になる君が彼女を護らなければならない。それを忘れないようにね」
☆
温室を出て適当な空き教室に入ったカルミアはブルーベルを教室の奥に呼び、件の小説を出すように頼んだ。
「ごめんなさいね、貴方の主人でもないのに」
本日二回目となる謝罪をしつつブルーベルから件の小説を手渡してもらうと、カルミアは早速共通ルートに当たる第一巻のページをパラパラとめくる。
ブルーベルも気になるのか小さな件の小説を覗き込む。
「確か……この辺に……」
そんな呟きをしながらページをめくっていた手が止まる。
「ありましたわ!」
カルミアの手が止まったページには悪役令嬢のとある思惑の物語が書かれていた。
主人公と王太子殿下の距離が日に日に縮まっていき、その事に日々不満を募らせた悪役令嬢はふたりの仲を引き裂くために、とある悪行を思いつく。
それが、主人公に怪我を負わせるということだった。それもただ怪我を負わせるだけではなくその容姿を醜くさせるための傷を負わせることが目的だ。その手口の中に図書館にいる主人公にシャンデリアを落とすことという極めて危険で、殺人未遂にもなりうる行為を選んだ。
(シャンデリアの事故のことを聞いた時に思い出せれば良かったのですが……)
小説と同じことが起きていた。けれど、小説の犯人は悪役令嬢だったが、現実では死神令嬢が犯人だという噂が流れている。
(気が動転しすぎててこの小説が関連してる可能性を失念していましたわ)
小説ではシャンデリアの事故で思ったほどの成果も上げられず、より親密になっていく王太子殿下と主人公を引き裂くために悪役令嬢はさらに過激な手段を選んだ。
それが、次の手。
主人公を男達の手で傷物にすることだった。外部で雇った男達を寮内に手引きして主人公を襲わせる魂胆だ。
当然、こんなことをしたとわかればただでは済まない。後に悪役令嬢の断罪の材料となる出来事だ。
「まさか、ロベリアはシャンデリアの事故からこの展開に気づいたのかしら?」
独り言のように小説に目を落としながら呟いたカルミアをブルーベルが眺める。
(それでも、小説ではこれをしたのは悪役令嬢ですわ。死神令嬢であるあの子とでは立場が違うはず)
それに、もしこの展開が現実に起きようとしているのなら、仕掛けた人間は一体誰だと言うんだろうか。小説のように悪役令嬢と死神令嬢が仕掛けた訳じゃない。だが、主犯としてだけはふたりの名が当たり前のように挙げられている。
ネリネはロベリアを主犯とする展開にしようとしていた。
そのロベリアは一連の事件の濡れ衣を晴らそうとしていたし、シャンデリアの事故の主犯が自身だとされた時に次のこの展開を阻止しようと動いたとしてもおかしくはないのかもしれない。
(わたくし達の目標は小説通りになんてさせない。破滅を回避することですもの)
だけど、もしそうなら、何故何も言ってくれなかったのだろう。精霊のブルーベルまで置いていって。
人の視線に晒されることが駄目で、亡者にも怯えるくらい繊細なはずなのに。いつも背に隠れていたはずなのに。
たった一人で。
「……そんなの、許しませんわ」
それだけを呟くと、カルミアはさらに小説を読み込んだ。
ロベリアがこの小説の展開をなぞっていることに気が付いたならきっと彼女の行先も書かれているはずだ。
文章に指を添えて一語一句見逃さないように。
ーーーそうしてページをめくっていった先で手がかりを見つけた。
「あった!!ここですわ……ッ!!」
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