死神令嬢と悪役令嬢は破滅フラグを叩き折りたい

紗吽猫

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  ふわっ……と、部屋に吹き込む風となびくカーテン。
  パキ……と、床に散乱した窓ガラスの破片を踏む音。褐色の肌を持つ足が履いているのはサンダル。ガラスの上を臆することなく歩く様はまさに威風堂々。夕日が差し込む窓を背景にジャラジャラと身につけた金属のアクセサリーが反射してキラキラと輝く。
  それと同時に風になびく瑠璃色の長い髪が視界に入る。

(私は……この男を知っている)

  窓から吹き込んだ風は部屋全体を掻き回すように流れていき、ベッドの上にもたれ込むように後ろに両手を手をついていたロベリアの銀色の髪も舞い上がらせる。
  赤と桃色の左右色の違う瞳と紺碧色の瞳が交差すると、男の口元が笑みを浮かべた。

「よぉ。久しぶりだなぁ、ロディ」

  筋肉のついたガタイのいい褐色の男は長い髪をかきあげてロベリアに笑みを向ける。
  男は驚いた様子のロベリアとふたりの間に割って入ったブルーベルに敵意を向けた。そのことに気づいたロベリアが威嚇しているブルーベルの手を握って安心させるように微笑むと、彼の隣にゆっくりと立ち、この突然の来訪者と面と向かう。それから「ええ、久しぶりね」と男に声をかけた。

「アジュガ・カルセドニー」

  ロベリアに名を呼ばれた男は嬉しそうに笑って見せる。
  ブルーベルは不安そうにしていたが、ロベリアは笑みを浮かべたまま彼に紹介をする。

「ブルーベル、安心していいわ。彼は私の友人よ」

  その言葉にブルーベルは首を傾げる。少なくとも、ロベリア・カーディナリスにカルミア以外の友人がいたとは知らなかった。そんな反応にロベリアは思わずクスッとなる。

「なぁ、そいつの紹介してくれよ。見たところ、人間じゃ、ないだろ?」
「あ、ああ、そうね。そうです。彼はブルーベル。私と契約している精霊です。今は従者として一緒に学院に通っているのです」
  
  そう説明されると、ブルーベルに向けられていた敵意が消える。アジュガと呼ばれた男は納得したようだ。だが、次にはロベリアの姿を頭の上から足先まで確認したアジュガの顔つきが険しくなっていく。

  明らかな怒りが全身から溢れる。

「おい。その怪我はなんだ。一体、何があった?」

  怒気を身にまとったままガラス片を踏みしめロベリアに近づく。アジュガの手がロベリアに触れそうな距離まで来た時、

  バン……ッ!

 と、閉ざされていた部屋の扉が勢いよく開け放たれ、勢いのまま蝶番が一個外れてしまった。そしてその喧騒のまま「ロベリア嬢!!」「カルミア……!!」とふたりの名を呼ぶ声が入って来た。

「ご無事ですか!?」
「一体何事だい!?」

  バタバタと部屋に入ってきたのはジニアとゼフィランサス、それにシオンとミモザも一緒だった。

「え!?ゼフィランサス様!?ジニア殿下まで……!?」

  ロベリアは驚いて声を上げ、呆然と彼らの方を眺める。
  大慌てで駆けつけた彼らが見た部屋に景色は異様なものだった。
  
  部屋の中は散らかっていて、窓の柵ごと壊されてガラス片とともに床に散乱している。そして、ベッドの前に立つロベリアと横に立つブルーベルが見えた。そして、そのすぐ近くには見知らぬ男がいた。

  褐色の肌を持つ筋肉質なガタイのいい体格の男で、瑠璃色の長い髪を後ろ手にひとつに束ねてあり、瞳の色は紺碧色をしている。首飾りに、耳飾り、腕輪等あらゆるものをジャラジャラを身につけた派手な格好をしており、髪飾りまでつけている。見るからに金回りの良さそうな長身の男は、ドタバタと部屋に入ってきたジニア達を睨む。

「ああん……?なんだ?あんたら」

  その場にいる誰よりも長身で体格のいい男に凄まれて、ミモザは怯えてシオンの背に隠れた。

「それはこちらのセリフだ。貴様、ここが何処かわかっておるのか?」

  ジニアが一歩前へ出て、王太子殿下としての振る舞いを見せる。明らかに自分よりも体格もよく、背の高い相手に怯むことなく立ちはだかった。

「さぁな?知ったこっちゃねぇよ。あんたらが何者でも俺にっちゃ知ったことじゃないからーー…」

  アジュガとジニアが睨み合う中、ゼフィランサスがロベリアに駆け寄った。アジュガはその姿を視界に捉える。

「無事ですか……!?」

  ロベリアの瞳に映る彼は心配そうな表情をしている。瞳が微かに揺れているのがわかった。

「怪我は……してないですね?ここはガラスの破片が散らかっていて危ないのでこちらへ……」
  
  ゼフィランサスがロベリアの手を引くと、そのままお姫様抱っこのように抱き上げる。

「え!?ぜ、ゼフィランサス様!?」

  されるがままに抱き上げられたロベリアは咄嗟にゼフィランサスにしがみつく。その姿を横目に見ていたアジュガが威嚇するように「彼女から離れろ!」とゼフィランサスに掴みかかろうとした。

「馴れ馴れしく触んじゃねぇよ!!」

  ガッ!とアジュガが手を伸ばした瞬間、ゼフィランサスはロベリアを守ろうと身を引いて後ろに下がった。

(ちょっと……!?待って待って!!こんなところで喧嘩しないで!?)

「待ってください!!!」

  ゼフィランサスの腕の中でロベリアが制止させようと声を上げた。
  その声にジニア達もその声にじっと待つ。

「ロベリア嬢……?」
「なんだよ、ロディ」

  慌ててロベリアはゼフィランサスの腕から降りて説明する。

「待ってください、彼は悪い人ではありません。彼は私の友人です。アジュガ・カルセドニーと言います」

  ロベリアが褐色の男をそう紹介すると、今度はゼフィランサスを手で指し、

「アジュガ。この方はゼフィランサス・インカローズ様。……その、私の、婚約者です」

  少し頬を赤く染めながらロベリアがそう紹介すればゼフィランサスは一瞬、驚いたような顔をした後にすぐさまロベリアの体を引き寄せる。腰に手を回されゼフィランサスに引き寄せられると、ロベリアは思わず赤面した。その様子を見たアジュガは色々と察したようだが、

「婚約者……。この女みたいな優っぽい男がか?」

  それでも信じられないといった顔でアジュガはゼフィランサスと部屋の入り口付近にいるジニア達のことも睨む。

「ロディ、だまされてんじゃないのか?どうせなんかを条件に強制的に婚約させられてるんじゃないのか?」

  アジュガにそう言われてロベリアは「そんなことはない」と否定しようとする。それよりも先に、

「……私はロベリアの婚約者です。強制でも契約でもありません」

  ぎゅうっとロベリアの肩を護るように抱き締める。睨み合うゼフィランサスとアジュガの間に流れる空気は最悪なものだった。

(な、なんなの……?なんでこんな空気悪いのよ!?)

  焦ってきたロベリアはとにかく場を収めるために「他の方のことも紹介しておきますね」と、間に割って入る。
  ジニア達も決して歓迎していないこの状況はまずいと思った。今この場で起きていることは小説には無かったから。

(しかも、アジュガはあの小説には登場していない人物。そんな人物がこのタイミングで現れるなんて……)

  とにかく今ここで彼らの関係を悪化させることは得策ではないはず。

「え、と、アジュガ、聞いてください。こちらの方はこの国の王太子殿下であらせられるジニア殿下です。この方は第一王子で、その隣の方がシオン殿下、第二王子です。そしてこちらの女性はシオン殿下の婚約者でミモザ様とおっしゃいます。ジニア殿下とシオン殿下、それからゼフィランサス様は学院で同じ生徒会に所属しており、そこには私とカルミアも所属しているんですよ」
「王太子だぁ?」

  ロベリアの紹介にもいまいち信じられないようでアジュガはジニアを睨む。
  アジュガは長身で大きいがその彼に比べるとジニアは小さい。小柄に見える為にピンと来ないようだ。

「僕はジニア・アゲット=アクアマリン。この国の王太子だ。これ以上、この場で騒ぎを起こしようなら黙ってはいられないよ。ロベリア嬢の友人だと言うが……君は一体、何者だ?何故、この場にいる?」

  明らかな不法侵入の痕跡にジニアも黙ってはいられないようだ。

「王太子の名前も顔も知らないのか?あんた。随分、派手な格好しているわりに世間知らずなのか怖いもの知らずだってのか?」

  馬鹿にするようにシオンが言えばアジュガはそれを鼻で笑った。そんな彼の態度にシオンはカチンと頭に来て、言い返そうとしたが「止めておくんだ」とジニアが静止を呼びかけ「なんでだよ!」とシオンが食い下がる。

  殿下を前に物怖じしない上、全く動じないアジュガの態度にはジニアも違和感を感じていた。

(この男、ただの世間知らずってわけじゃない。なにか……)

  じっくりとアジュガを観察したジニアが気づいたのは首飾りに埋められた宝石。それはこの国では大変貴重な宝石だが、それの唯一無二の原産国として名を馳せる帝国のことが頭を過った。

(まさか……)

  その事に気づいたジニアの目が大きく見開かれた時、計らったようにアジュガは不敵な笑みを浮かべこう言った。

「俺は宝石の国、クロムスフェーン帝国が第三皇子、アジュガ・クロムスフェーン=カルセドニー。クロムスフェーン帝国の皇太子だ!!」
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