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拾、逢引狐―中編―
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キョウの都にも、春の訪れを感じさせる梅の花が咲き始めていた。この頃になると、都にも湯治旅行の人々や神社仏閣を目指して、訪れる人々で何処の店も景気が良い。
ようやく馴染みの店も出来て、キョウの都も過ごし易くなったが、事情を知ら無い観光客にジロジロと異人のような容姿を物珍しそうに見られるのは、仕方の無い事とは言え、やはり少し肩身が狭く感じる。
こうして、行き交う人々と肩も触れ合う位に混み合っていると直にそれを感じて、項垂れてしまった。
『姫、この通りは混み合っております故……人と肩がぶつかりませぬよう、私の方へ』
「あっ、ありがとう、あの、でも、由衛、ずっと肩を抱いたままだと恥ずかしいよ…」
不意に由衛が肩を抱いて恭しく言うと、自分の方に引き寄せた。若菜は驚いたように彼を見上げると頬を染める。
由衛は今、式神の姿では無く人間の姿をしているので傍から見れば、若い恋仲の男女が昼間からお熱い事だと思われてしまう。
これはこれで人の視線を集めてしまうので恥ずかしいけれど、本人はそんな視線など全く気にも止めず、満面の笑みを浮かべていた。
『姫、恥ずかしゅう御座いますか? 初心な所も愛らしいですね……人間等気にせず、私に甘えて下さって結構なのですよ』
狐目を更に細め、若菜の腰に手を回して耳元で囁く。その背後から吉良がニュッと顔を出して由衛の手の甲を抓った。
『イッッタァ!!! 何すんねんこの糞犬!』
『真っ昼間から性欲垂れ流しやがって気持ち悪ぃんだよ、てめェは。若菜の尻ばっかり追い掛けてねェで、女の一人でも作ったらどうだ』
『うるさいわ!!お前は小舅か、俺が本気になったら女の一人や二人簡単に出来るっちゅうねん……せやけどお姫さんに比べたら、他の女は月とスッポンやさかいな』
「あっ、あそこが噂のお団子屋さんかなー! 凄く良い香りがする……結構並んでるね」
争う二人を無視して、若菜は茶屋を見付けると目を輝かせてそちらに向かった。
流行りの店なのか、都の娘達が並んだり、紅い縁台に座り茶と団子を頂く物見遊山の客もいる。
足早に店に向かう主を追い掛けて、二人の男が若菜の背後に並ぶと、娘達がチラチラと背の高い二人を見ていた。
特に、吉良には視線が集まり頬を染めている娘もいる。何故か彼は強面なのに歌舞伎役者のような佇まいなので、女中にも気にいられているようで、厨房から時々酒を拝借している。
本人は娘達の視線など全く意に介して居ないが、隣の由衛はイライラと眉間にシワを寄せている。
どうにか、この疎ましい狗から離れて若菜と二人きりになりたい。
悪狐は悪知恵を働かせる為に、キュッと目を細めた。そう言えば、この辺りには出合茶屋があった筈だ。狗神に蜜をやった事今でも根に持っているし、嫉妬しているので、愛しい主には埋め合わせをして貰わなければ気が済まない。
「みたらし団子と、よもぎ団子買ったよ! 三人で一本ずつ食べようね。縁台も丁度空いたし座って食べましょう」
甘党の若菜は、団子や饅頭に目がない。まるでこの甘味の為に日々を生きている、と言わんばかりに輝く満面の笑顔で二人に差し出すと、その圧に耐えかねて、二人が団子を取る。
店の裏手にある縁台の真ん中に、若菜を挟んで、阿吽像ように、左右に二人が主を護るように座ると一斉に食べ始めた。
「はぁ……甘くて美味しいなぁ、幸せ……」
『こりゃあ、思ったよりあっさりしてて美味ェな』
その言葉に若菜は、嬉しそうにニコニコ微笑みながら吉良を見つめる。その様子を見ると、更に由衛の眉間に皺が深く寄り団子の串を圧し折りそうになった。
ふと、人間の娘達が此方を気にしているのに気付き由衛が口角を上げて目を細めた。
『姫、お茶のお代わりは如何です? 吉良、お姫さんのお茶貰って来てくれへんか? 序に俺の団子も追加頼むわ』
「そうだね、喉渇いちゃった。吉良、申し訳無いけど、お願いしても良い?」
若菜が銭を差し出すと、しょうがねェなァと重い腰をあげた吉良が店の方へと回っていくと、案の定二人から離れて、一人になる機会を伺っていた娘達が吉良を取り囲んだ。
どうやら、会話から今流行の芝居小屋で演じている、人気歌舞伎役者に似ているようで、人間嫌いの狗神が困惑しながら娘達に囲まれている様子は中々愉快だった。
「だ、大丈夫かな……吉良」
『良いではありませんか姫。人と接する機会が多い程、狗神の憎悪も薄れて行く事でしょう。ところで姫。この辺りに美味しい饅頭を頂ける茶屋があると聞きました……お土産も包んでくれるそうなので覗いて見ませんか』
「でも……。吉良を置いていけないよ?」
『なに、ほんの少し席を外すだけです。式神なば姫の気を頼りに追って来られるでしょう』
若菜は、困惑しながら対応している吉良を心配そうに見ていたが、美味しい饅頭と言う言葉に逆らえきれず、ほんの少しだけならと頷いた。
「お土産に出来そうなら、朔ちゃんや紅雀に持って帰りたいな。直ぐに行って帰ってこようね」
その一言で、由衛は満面の笑みを浮かべ、若菜の肩を抱いて裏路地に入っていく。そう言えば、今までこの通りに用事が無かったので入った事は無かったが、こんな所に茶屋なんてあったのだろうかと若菜は首を傾げた。もしかしたら、一見さんお断りの知る人ぞ知るのお店なのだろうか。
暫く奥へと入ると、若い女が人目を気にしながら茶屋らしき家屋に入っていく後ろ姿を見た。
『姫、着きましたよ。此処は座敷があってゆっくりと寛げる茶屋なんです』
「そうなの?」
案の定、若菜は不思議そうに出合茶屋を見ている。人目を忍んで男女が逢引する為に使われる場所だが、その反応からして今迄縁の無い場所だったと言う事が知れる。
中から店主が出てくると、由衛は銭を握らせ耳打ちをする。店主は笑顔で頷くと二人を1番奥の個室へと案内する。
こじんまりとしているが、廊下を歩けば障子越しに男女の話し声や、艶やかな声が聞こえて若菜は頬を染めた。
スッと店主が障子を開け、ごゆっくりと意味深な言葉を残して去っていくと由衛が若菜の背中を押して部屋へと入る。
二人が入るとまるで門番のように狐火がゆらりと一つ揺らめいて浮遊する。
『少し寛ぎましょう、そのうちあの狗も私達の後を追って来るでしょうから』
「う、うん……ねぇ、由衛。ここって普通のお茶屋さんなの?」
確かに、机には茶菓子が置いてあるが、奥の部屋には布団が敷いてある。あの男女の艶声も気のせいでは無く、此処は以前陰陽師見習いの時に聞いたことのある、男女が密会して逢瀬をする場所では無いだろうか。
由衛は、悪びれも無く三日月のように口角を上げて笑った。
『姫、此処は出合茶屋で御座いますよ』
「ど、どうして……っ、こんな所に来たの」
やっぱりと言う気持ちと羞恥で引返そうとする若菜の華奢な体を由衛が抱き締めた。青白い狐火が数体ぼんやりと寝室を照らし、妖艶な雰囲気が漂った。
『姫、狐はとても嫉妬深いのですよ。私と言う従順な式神がいるのに関わらず狗神を迎え……剰え、貴方の高貴な蜜をアレに味合わせるとは……』
「やっ………」
由衛は、耳元で吐息を吹き掛けながら熱っぽく囁き、若菜の背中を指先でなぞっだ。ビクンッと体を震わせ、若菜は顔を上げると狐の金の瞳が熱っぽくそして、嫉妬で燃えているのに気付いた。
確かに、由衛にしてみれば突然吉良が現れた事で、不安に思ったりしているのだろうかと思い、安心させるように彼を見つめた。
「吉良が式神になっても、由衛の事は大事に思っているし頼りにしているよ……れ、霊力はどうしてもこの世界に居るには必要だから。それに紅雀と一緒に居させてあげたいの」
真っ直ぐな琥珀の瞳で見つめられ、由衛は悲しそうに目を伏せた。
『ええ、そうでしたね……紅雀と吉良は恋仲でした。お優しい姫ならば喜んでそうされるでしょう……』
寂しそうにする由衛を見ると、何だか胸が痛んだ。式神の気持ちの全てを理解する事は出来ないが、頭では理解していても親を取られる子供のように、吉良に主人を取られてしまうようなそんな気持ちなのだろうか。
「由衛、どうしたら安心してくれるの?」
『姫……吉良に与えた分だけ、私に蜜を与えて頂きたいのです』
由衛は熱っぽく濁った瞳で若菜を見つめた。出来るだけ哀れに見えるようにと悪狐は演技をする。ただし、その言葉には偽りは無く、吉良に与えた分だけ蜜を奪いこの嫉妬を鎮めたい。
この肌の、どの部分に触れたのかを聞き出し、全て自分の指先で塗り潰したい。
「で、でも……。本当に今日だけだよ、霊力は必要な時だけにしてね? そうじゃないと……」
若菜は頬を染め困惑したように彼を見つめていたが、引き返すつもりもない彼の様子に根負けする。
優しく気の弱い彼女が情に訴えれば情けを与えるのは、悪狐は重々承知をしていたので、狡猾に彼女の隙間に入り込んだ。
主の許可が下りると由衛の表情が先程とは打って変わり妖艶なものになる。
人の姿に変化した漆黒の髪と瞳の由衛は、何だか別人のようにも見える。
『そうじゃないと……どうなるんです?』
喉の奥で含み笑いを押し殺すようにして、若菜の手首を掴み腰を抱くとふっくらとした薄桃色の唇に唇を重ねた。僅かに開かれた唇から舌先が入り、口腔内を泳いで慣れた様子で濡れた小さな舌先を絡めとる。
「んんっ……っ、ゆ、え、んっ……ちゅ」
舌先で口腔内をかき乱されると、じわじわと広がる快楽に意識が霞んで甘い吐息を吐くと、ゆっくりと味わうように舌先を離して、銀糸を絡ませながら由衛は、己の唇を舐めた。
酸素を求めるように、荒い呼吸を繰り返す様子に、満足げに由衛は微笑んだ。
『姫の唾液も、あの狗神に穢されて居ないようですね……邪魔されぬよう、結界をはりましたので存分に愛らしい声を、狐に聞かせて下さいませ』
「………っ、由衛、恥ずかしい、早く終わらせないと吉良が心配しちゃうから」
人間のみならず、狗神も侵入出来ない様に結界を張った。
自分の質問に答えず、あの狗の名前を出すとは無意識に苛められたいのか、と悪狐は目をキュッと細め、白く細い首筋に唇を這わせた。
分厚い舌が首の付け根から、耳朶の付け根まで下から上へとスッと舐められると、若菜は目を見開き甘い歓声をあげる。
スルスルと巫女服の帯を解きながら弱点の耳朶を舐めると、若菜は腰が抜けそうになりながら由衛の胸に縋りいた。
「はぁっ、ぁ、や、まっ、耳はだめ、よわっ……んんっ」
『そうじゃないと……なんですか?』
若菜は涙目になりながら目を泳がせ、頬を染めた。
快楽に支配されてしまうのが恐ろしく、義弟に罪悪感が募るばかりなのだろう。
心の中で細くえむと柔らかな頬を撫でながら耳元で囁き反応を待つように耳朶に犬歯で甘噛みする。
「そ、それは……はぅっ、んっっ」
『ん……姫は、耳を舐めただけで惚けてしまうのですね。さて、布団へ行きましょうか』
開けた巫女服のまま、若菜を軽々と抱き上げ狐火が揺らめく奥の寝室へに視線を向けた。
人の世界なのに、そこだけはまるであやかしの世界のようだった。
ようやく馴染みの店も出来て、キョウの都も過ごし易くなったが、事情を知ら無い観光客にジロジロと異人のような容姿を物珍しそうに見られるのは、仕方の無い事とは言え、やはり少し肩身が狭く感じる。
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「あっ、ありがとう、あの、でも、由衛、ずっと肩を抱いたままだと恥ずかしいよ…」
不意に由衛が肩を抱いて恭しく言うと、自分の方に引き寄せた。若菜は驚いたように彼を見上げると頬を染める。
由衛は今、式神の姿では無く人間の姿をしているので傍から見れば、若い恋仲の男女が昼間からお熱い事だと思われてしまう。
これはこれで人の視線を集めてしまうので恥ずかしいけれど、本人はそんな視線など全く気にも止めず、満面の笑みを浮かべていた。
『姫、恥ずかしゅう御座いますか? 初心な所も愛らしいですね……人間等気にせず、私に甘えて下さって結構なのですよ』
狐目を更に細め、若菜の腰に手を回して耳元で囁く。その背後から吉良がニュッと顔を出して由衛の手の甲を抓った。
『イッッタァ!!! 何すんねんこの糞犬!』
『真っ昼間から性欲垂れ流しやがって気持ち悪ぃんだよ、てめェは。若菜の尻ばっかり追い掛けてねェで、女の一人でも作ったらどうだ』
『うるさいわ!!お前は小舅か、俺が本気になったら女の一人や二人簡単に出来るっちゅうねん……せやけどお姫さんに比べたら、他の女は月とスッポンやさかいな』
「あっ、あそこが噂のお団子屋さんかなー! 凄く良い香りがする……結構並んでるね」
争う二人を無視して、若菜は茶屋を見付けると目を輝かせてそちらに向かった。
流行りの店なのか、都の娘達が並んだり、紅い縁台に座り茶と団子を頂く物見遊山の客もいる。
足早に店に向かう主を追い掛けて、二人の男が若菜の背後に並ぶと、娘達がチラチラと背の高い二人を見ていた。
特に、吉良には視線が集まり頬を染めている娘もいる。何故か彼は強面なのに歌舞伎役者のような佇まいなので、女中にも気にいられているようで、厨房から時々酒を拝借している。
本人は娘達の視線など全く意に介して居ないが、隣の由衛はイライラと眉間にシワを寄せている。
どうにか、この疎ましい狗から離れて若菜と二人きりになりたい。
悪狐は悪知恵を働かせる為に、キュッと目を細めた。そう言えば、この辺りには出合茶屋があった筈だ。狗神に蜜をやった事今でも根に持っているし、嫉妬しているので、愛しい主には埋め合わせをして貰わなければ気が済まない。
「みたらし団子と、よもぎ団子買ったよ! 三人で一本ずつ食べようね。縁台も丁度空いたし座って食べましょう」
甘党の若菜は、団子や饅頭に目がない。まるでこの甘味の為に日々を生きている、と言わんばかりに輝く満面の笑顔で二人に差し出すと、その圧に耐えかねて、二人が団子を取る。
店の裏手にある縁台の真ん中に、若菜を挟んで、阿吽像ように、左右に二人が主を護るように座ると一斉に食べ始めた。
「はぁ……甘くて美味しいなぁ、幸せ……」
『こりゃあ、思ったよりあっさりしてて美味ェな』
その言葉に若菜は、嬉しそうにニコニコ微笑みながら吉良を見つめる。その様子を見ると、更に由衛の眉間に皺が深く寄り団子の串を圧し折りそうになった。
ふと、人間の娘達が此方を気にしているのに気付き由衛が口角を上げて目を細めた。
『姫、お茶のお代わりは如何です? 吉良、お姫さんのお茶貰って来てくれへんか? 序に俺の団子も追加頼むわ』
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若菜が銭を差し出すと、しょうがねェなァと重い腰をあげた吉良が店の方へと回っていくと、案の定二人から離れて、一人になる機会を伺っていた娘達が吉良を取り囲んだ。
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「だ、大丈夫かな……吉良」
『良いではありませんか姫。人と接する機会が多い程、狗神の憎悪も薄れて行く事でしょう。ところで姫。この辺りに美味しい饅頭を頂ける茶屋があると聞きました……お土産も包んでくれるそうなので覗いて見ませんか』
「でも……。吉良を置いていけないよ?」
『なに、ほんの少し席を外すだけです。式神なば姫の気を頼りに追って来られるでしょう』
若菜は、困惑しながら対応している吉良を心配そうに見ていたが、美味しい饅頭と言う言葉に逆らえきれず、ほんの少しだけならと頷いた。
「お土産に出来そうなら、朔ちゃんや紅雀に持って帰りたいな。直ぐに行って帰ってこようね」
その一言で、由衛は満面の笑みを浮かべ、若菜の肩を抱いて裏路地に入っていく。そう言えば、今までこの通りに用事が無かったので入った事は無かったが、こんな所に茶屋なんてあったのだろうかと若菜は首を傾げた。もしかしたら、一見さんお断りの知る人ぞ知るのお店なのだろうか。
暫く奥へと入ると、若い女が人目を気にしながら茶屋らしき家屋に入っていく後ろ姿を見た。
『姫、着きましたよ。此処は座敷があってゆっくりと寛げる茶屋なんです』
「そうなの?」
案の定、若菜は不思議そうに出合茶屋を見ている。人目を忍んで男女が逢引する為に使われる場所だが、その反応からして今迄縁の無い場所だったと言う事が知れる。
中から店主が出てくると、由衛は銭を握らせ耳打ちをする。店主は笑顔で頷くと二人を1番奥の個室へと案内する。
こじんまりとしているが、廊下を歩けば障子越しに男女の話し声や、艶やかな声が聞こえて若菜は頬を染めた。
スッと店主が障子を開け、ごゆっくりと意味深な言葉を残して去っていくと由衛が若菜の背中を押して部屋へと入る。
二人が入るとまるで門番のように狐火がゆらりと一つ揺らめいて浮遊する。
『少し寛ぎましょう、そのうちあの狗も私達の後を追って来るでしょうから』
「う、うん……ねぇ、由衛。ここって普通のお茶屋さんなの?」
確かに、机には茶菓子が置いてあるが、奥の部屋には布団が敷いてある。あの男女の艶声も気のせいでは無く、此処は以前陰陽師見習いの時に聞いたことのある、男女が密会して逢瀬をする場所では無いだろうか。
由衛は、悪びれも無く三日月のように口角を上げて笑った。
『姫、此処は出合茶屋で御座いますよ』
「ど、どうして……っ、こんな所に来たの」
やっぱりと言う気持ちと羞恥で引返そうとする若菜の華奢な体を由衛が抱き締めた。青白い狐火が数体ぼんやりと寝室を照らし、妖艶な雰囲気が漂った。
『姫、狐はとても嫉妬深いのですよ。私と言う従順な式神がいるのに関わらず狗神を迎え……剰え、貴方の高貴な蜜をアレに味合わせるとは……』
「やっ………」
由衛は、耳元で吐息を吹き掛けながら熱っぽく囁き、若菜の背中を指先でなぞっだ。ビクンッと体を震わせ、若菜は顔を上げると狐の金の瞳が熱っぽくそして、嫉妬で燃えているのに気付いた。
確かに、由衛にしてみれば突然吉良が現れた事で、不安に思ったりしているのだろうかと思い、安心させるように彼を見つめた。
「吉良が式神になっても、由衛の事は大事に思っているし頼りにしているよ……れ、霊力はどうしてもこの世界に居るには必要だから。それに紅雀と一緒に居させてあげたいの」
真っ直ぐな琥珀の瞳で見つめられ、由衛は悲しそうに目を伏せた。
『ええ、そうでしたね……紅雀と吉良は恋仲でした。お優しい姫ならば喜んでそうされるでしょう……』
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「由衛、どうしたら安心してくれるの?」
『姫……吉良に与えた分だけ、私に蜜を与えて頂きたいのです』
由衛は熱っぽく濁った瞳で若菜を見つめた。出来るだけ哀れに見えるようにと悪狐は演技をする。ただし、その言葉には偽りは無く、吉良に与えた分だけ蜜を奪いこの嫉妬を鎮めたい。
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「んんっ……っ、ゆ、え、んっ……ちゅ」
舌先で口腔内をかき乱されると、じわじわと広がる快楽に意識が霞んで甘い吐息を吐くと、ゆっくりと味わうように舌先を離して、銀糸を絡ませながら由衛は、己の唇を舐めた。
酸素を求めるように、荒い呼吸を繰り返す様子に、満足げに由衛は微笑んだ。
『姫の唾液も、あの狗神に穢されて居ないようですね……邪魔されぬよう、結界をはりましたので存分に愛らしい声を、狐に聞かせて下さいませ』
「………っ、由衛、恥ずかしい、早く終わらせないと吉良が心配しちゃうから」
人間のみならず、狗神も侵入出来ない様に結界を張った。
自分の質問に答えず、あの狗の名前を出すとは無意識に苛められたいのか、と悪狐は目をキュッと細め、白く細い首筋に唇を這わせた。
分厚い舌が首の付け根から、耳朶の付け根まで下から上へとスッと舐められると、若菜は目を見開き甘い歓声をあげる。
スルスルと巫女服の帯を解きながら弱点の耳朶を舐めると、若菜は腰が抜けそうになりながら由衛の胸に縋りいた。
「はぁっ、ぁ、や、まっ、耳はだめ、よわっ……んんっ」
『そうじゃないと……なんですか?』
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快楽に支配されてしまうのが恐ろしく、義弟に罪悪感が募るばかりなのだろう。
心の中で細くえむと柔らかな頬を撫でながら耳元で囁き反応を待つように耳朶に犬歯で甘噛みする。
「そ、それは……はぅっ、んっっ」
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