【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

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第二部 天魔界編

四、天華に恋い焦がれて―其の弐―

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 魔少年は表情を歪ませて、舌なめずりをした。空からとんびが蛇を狙うようにどうやって白露しらつゆを八つ裂きにしてやろうかと、刀の刃先を二人に向けた。
 逃げ出そうとした若菜を捕らえ、罰を与える事を想像するだけで勃起しそうになる。抵抗が激しければ激しいほど、若菜を支配する喜びが増す。法眼に完全に堕とされ飼われた若菜が自分を奉仕する姿は、愛らしい蝶の背中に針を指して標本をするようなものだ。
 永遠に囚われて、僕と法眼様の精液を注がれるだけの身動きができない愛らしい蝶。その姿は美しい芸術品にも思える。

「……き、鬼蝶。あの部屋を出たら私も霊力を使えるの、白露は私の眷属だよ、絶対に貴方に殺させないんだからっ!」

 鬼蝶の事は恐ろしいが、命がけで助けに来てくれた白露一人を戦わせるわけにはいかない。若菜はそう言うと神経を集中させて指先で五芒星を描く。主人を助けに来たはずが、逆に自分を守ろうとする若菜に自分の未熟さを恥じつつも、胸が暖かくなるような慈愛を感じた。光明の元で使役されていた時には、考えられないような言葉だ。

「青龍・白虎・朱雀・玄武、悪鬼を祓え、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」
「っ、おっと……! 若菜ァ……体が震えて上手く狙いを定められないのかな? そんなんじゃ僕を殺せないよ。捕まえて立てなくなるまでたっぷりお仕置きしなくちゃねぇ!」

 破邪はじゃの呪術を放つと、鬼蝶はヒラリとそれをかわした。挑発するような彼の実力はやはり、法眼の右腕と言うだけはある。若菜は履き慣れない靴を脱ぐと距離を取りながら五芒星を作り鬼蝶に向かって放つ。
 嘲笑いながら鬼蝶はそれを難なくかわした。呪符があればまだ応戦出来るが、妖魔より陰陽術に長けた天狗相手では、武器無しの若菜は分が悪い。
 だが、着物の袖から小刀を出した白露が素早く鬼蝶に襲いかかると、刀で軽々と受け止めまるで遊ぶように白露に攻撃を繰り出した。

「あははっ! 弱い、弱いよ白露! 若菜の眷属ねぇ、お話にならないくらい、どんくさいんだけどぉ、それも今日で終わりになりそうだね、白露ちゃん。いいかげん邪魔なんだよ、どけ」

 鬼蝶は弄ぶ事に飽きたように言うと、白露の腹を強く蹴りつけ吹き飛ばした。所持していた小刀が勢いよく回転して地面に転がる。
 背中を強く打った白露の唇の端から血が流れ落ち、若菜が慌ててかけよろうとすると、白露は頭を振った。

『くっ、駄目です、僕に構わず、若菜様、お逃げ……下さい! ここは僕がっ……』
「で、でも……!」
「御主人様に良いところ見せたいよね? でもお前はここで死ぬんだよ。若菜を連れ出そうとした罪でね」
「や、やめてっ!! だめっ!!」

 白露の気持ちを思えば、逃亡するのが一番だろう、だが自分を助ける為に誰かが犠牲になったり命を落とす事だけは耐えられ無かった。
 例え、陵辱されても一度は光明から逃れて生き延びた白露を、見殺しには出来い。若菜は駆け寄り白露を庇う様に前に立つと、鬼蝶は若菜の手首を掴んで自分のもとに引き寄せた。

「ねぇ、仮初かりそめの自由はどうだった? 僕から逃げられると思って希望を持って羽ばたいて、捕まっちゃう絶望って想像しただけで興奮しちゃうんだよねぇ。あー、そうだぁ……! 白露の前で犯してあげようか、昨日みたいな時間はないから、挿れるだけになっちゃうけどさぁ! ごめんね?」
「や、止めろ!! 若菜様に手を出すな!」
「いっ、いやっ……!」

 鬼蝶は、若菜を抱き寄せスカートを巻き上げた。その瞬間、白露が落とした小刀を隠し持った若菜が反射的に鬼蝶の顔を切りつけた。
 右半分の頬から眉毛までを切られた美少年は顔を抑えるようにして呻くと若菜の手を離した。指の間から溢れた血が、ポタポタと地面に流れ落ちる。

「ぐぁっ、目がぁあっ、僕の僕の……僕の美しい顔がっ」
「白露、大丈夫? 立てる? 逃げよう!」
「は、はい。若菜様っ……!」

 若菜は青ざめながら、白露を抱き起こすと激痛に呻いて膝をつく鬼蝶の横を通って逃げようとした。だが、若菜は足を掴まれ、地面に倒れ込むと鬼蝶が般若の形相で睨みつけてくる。
 抵抗する若菜を押さえつけ、ギリギリと唇を噛み締めて刀をゆっくりと右目に先端を押し付けようとした。

「よくもっ、この女ァ……! はは、殺さないよ。法眼様に叱られるからねぇ、だけど僕と一緒にしてあげる、若菜……ああ、そうか、僕と一緒か。同じ痛み……ふふ」

 鬼蝶の笑みは憎しみからまるで何かの答えを見つけたように狂気へと変わっていった。その底なし沼のような黒い瞳は濁っていてまるで、鈍く光り輝くようだった。
 若菜は声も出せず、自分の目を刀が突き刺すという恐怖に小さな体を震わせていたが、次の瞬間鬼蝶は反射的に顔を上げ、刀を構えると若菜の体から吹き飛ばされた。

「……!? 晴明……さ」

 若菜は、晴明が助けにきてくれたのだろうと薄っすらと目を開けると、彼女を見下ろすようにして見知らぬ男が立っていた。正確にはどこかで見た事のあるような人だった。
 黒髪を結い上げ、長い前髪から僅かに見える金の瞳、尖った耳に海を渡った大陸、みんに伝わるような明光鎧めいこうがいを纏った男が静かに仏頂面でみていた。

「娘よ、立て」
「貴方……貴方は……光明様と一緒にいた天魔……? どうして? どうして私を……」

 霧雨きりさめは、それには答えず若菜に手を差し伸べた。どうして光明を裏切り朔と共に天魔界へと向かった名も知れぬ天魔がここにいて、自分を助けてくれたのか、それを頭の中で整理する前に無意識に涙が溢れてきた。
 若菜は彼の冷たい手を取るとゆっくりと立ち上がる。

「ここは我に任せて、そなたは安倍晴明と共に逃げるがいい」
「は……い。朔ちゃんは……元気ですか?」

 蜜色の大きな瞳から涙が零れ落ちて見上げる少女を、暫く無言で見つめていた霧雨は頷いた。そしてゆっくりと、驚愕したように傷を抑えて見開く鬼蝶を見た。

「な、なんでお前がここにいるんだよ……! 天魔が、妖魔に……僕たちになんて用はないだろっ……!」

 白露は、素早く若菜の手を取ると鬼蝶と霧雨の横を取って走り始めた。若菜は引きずられるように連れて行かれ肩越しに振り返り、涙を浮かべながら叫んだ。
 この天魔は第六天魔王の側近だった者で、そんな彼が自分を助けに来たという事は、その先にいる、生き別れた最愛の義弟の存在を感じる事ができた。

「朔ちゃんに……、朔ちゃんに会いたいって伝えて下さい! ずっと、ずっと……待ってるって……! 会いに行くよって……!」

 その言葉に、霧雨は肩越しにチラリと若菜を見つめて僅かな微笑んだような気がした。少女の背中を見送ると、仏頂面のまま鬼蝶に視線を戻した。

「――――我々は、妖魔になど興味はない。貴様らは元より、どれだけ群れをなしても、我々天魔から堕ちた魔物の成れの果ての残党よ。あの娘は、第六天魔王様が目にかけている……命が惜しくば手を引け」 

 鬼蝶は刀を支えにゆっくりと立ち上がると、引きつった笑いを浮かべた。

「なんだ、格好良く登場して僕を殺す気はないのかい、天魔さん……? 随分とあまちゃんじゃないか。昔の妖魔はどうだか知らないけど……僕達は違う!」
「我にとって貴様を殺すのは簡単だが、その自慢の顔を、お前が虐げた娘によって傷つけられ、生き地獄を味わう方が似合っているぞ。死にたければかかってくるが良い。決着がつく頃には法眼も殺されているだろうがな」

 冷たく言い放つ霧雨の言葉に、今度ばかりは鬼蝶も青ざめた。顔の右半分を抑えながら、敬愛する法眼の元へと向かうべく、じりじりと交代しすると羽を広げて法眼の元へと向かった。

✤✤✤

 若菜と白露は息を切らしながら鞍馬天狗の砦を走り抜ける。道中、天狗に阻まれ二人で応戦しながら逃げると靴を脱ぎ捨てて走っていた若菜の足から、痛みと共に血が滲み始めたのを感じた。

「若菜様、おみあしが」
「っ、私は大丈夫だよ、急ごうっ! 前に二人天狗がいるよ! 気を付けて」

 若菜の言葉に白露は険しい顔になる。
 天狗が一体でも霊力が強く、苦戦すると言うのに、二体同時に遅いかかってくるとなると怪我をした若菜と白露では不利な状況だ。
 若菜が流血する足の痛みに耐えながら、小刀を構えると天狗は背後から何者かに斬り捨てられた。

「姫……!! ご無事でしたか!?」
「嬢ちゃん、大丈夫か!」
「由衛、吉良……!」

 二人の式神が、若菜の姿を見るなり顔を輝かせていた。
 由衛にいたっては走りよると愛しい主人を抱き寄せ強く胸に閉じ込め再会を喜んでいる。
 背の低い若菜は呼吸が止まりそうになったが、それでも安堵したように由衛の服を握りしめ式神達が無事であった事を喜んだ。
 そんな若菜の頭を、兄のように吉良が撫でてやり、安心させるように声をかける。

「てぇへんな目にあっちまったな、嬢ちゃん。俺達が来たからには、もう安心していいぞ」
「姫、足から出血しています……! 私が抱えて走りますので、このような不浄な天狗の巣から早く脱出しましょう」
「うん、晴明様は? 晴明様はどこにいるの?」

 由衛に抱きかえられながら、若菜は姿の見えない晴明を心配する。普段は冷静沈着で穏やかな安倍晴明だが、若菜の事になると冷静ではいられなくなる。そこが彼の危うさでもあり、朔と似た部分でもある。

「晴明のやつ、完全に神の力を開放しやがったんだ。法眼と陰陽術でぶつかりあってやがる。あれじゃ、あの光り輝くに居場所を知らせてるようなもんだ」

 若菜は、というものをが一体何を意味するのかわからず首を傾げた。鬼蝶から逃げていた若菜は、純白の翼を生やした天界人を見ることも無く、晴明の結界の中で過ごしていたお陰でそのような噂も、彼らの姿も偶然に見るような機会に恵まれてはいない。

「ともかく、晴明様の神通力おちからは凄まじいのです。私達は一刻も早くここから抜け出して安全な場所に向かいましょう」
「若菜様、先程からのこちらに響く振動も晴明様のお力でしょう。追手が来る前に早くここから抜け出しませんと……!」

 晴明と一刻も早く合流したいが、由衛と白露はなにより若菜の身の安全が大事だと口を揃えて言い、走り始めた。
 由衛の首に抱きつきながら、若菜はこんな緊迫した状況下でもあの天魔のことを考えていた。朔は、第六天魔王になったが自分のことを忘れてたいなかった。
 ――――そう思うと涙が止まらなかった。

(朔ちゃん……朔ちゃんに会いたい)
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